第29話 血祭り
売り出した最初の頃は大して客は来なかった。銅貨一枚で安いから、とたまに買われるくらいだった。売り子が可愛くも珍しくも何ともない
「俺だけコレ……はあぁ……」
首元の水色の輪を見てダダンは盛大な溜め息を吐いた。大きめのサイズなので窮屈だとは思わないが自分が弱い、と言われているような気がして情けなかった。勿論同じ立場である、パーピーを弱いと言っているのでは無いのだ。弱い事を自覚している分、気になって仕方が無い。
「だだ、はい」
「さんどいっち!」
一人気分が盛り下がってる中、ネネとトトが美味しそうなパンを一つずつ差し出してきた。振り返ると、スィーが露店の後ろにある石段に腰を下ろし、差し出された物と同じパンを咥えていた。サンドイッチ、という物らしい。
「じゅーご、くれた」
「おいしいよ!」
どうやら、朝、ジューゴに貰った大きな大きな袋に入っていたベントーの中身がこれだそうだ。
大きく口を開けてネネから貰ったサンドイッチを一口で平らげた。不思議な味がした。葉っぱと肉とピリリと痺れる味、だがとても美味しい。
次に、トトから貰ったサンドイッチをこれまた一口で平らげた。先程とは打って変わって甘い味がぶわりとひろがった。甘いだけじゃなくてほんのりと酸っぱい。
「いっぱい、あるよ」
「もっと、もってくる」
フリフリと尻尾を振りながら、自分たちもサンドイッチを口に咥えてダダンに次から次へと運んで行った。「俺がそっちへ行く」と言うダダンに「だめ!」「だだ、うりこ!」と有無を言わさない。
子どもたちは、働くという事が楽しいようだった。
「美味いか?」
「んまあい」
「しー、うまい?」
「うむ、美味い」
何とも羨ましいと思いながら、後ろから聞こえてくる楽しげな会話を聞いていた。ダダンは仲間外れに心の中で涙を流し、しかしサンドイッチの美味しさに顔を弛め、ある意味で忙しさを味わっていた。
「おい、ここか? 血のようなワインってのは」
「そうだぜ、銅貨一枚だ」
「安いな、ほれ、一つくれ」
「マイドアリ!」
正直「マイドアリ」の意味は分かっていない。パーピーと紫色のタマゴ曰く、感謝を伝える言葉らしい。元気よく、しかし何だか壊れた機械のように「マイドアリ!」と客が買う度繰り返していた。
いつしか、客が数人並ぶようになっていた。一度買った客も楽しげな状態で銅貨を渡してきた。
「こりゃー、なんつー、ワインだぁ?」
「血のようなワインだ」
「ンハハ、ちげーよ、まあ、こまけぇこたー、いいかー」
「マイドアリ!」
酔いどれの客がリピーターとして並べば並ぶ程、新規の客も増えていった。一杯でキまるワイン、と囁かれ良い宣伝になっていたのだ。
太陽が一番高く昇った頃には、露店の前に行列が出来ていた。街ゆく者たちの殆どが片手に血のようなワインの入ったグラスを持っていた。限りなく赤に近い色も、味が名前の通り血のようである事も売れ行きに拍車をかけた。
「一つくれ!」
「アタシも一つ!」
「マイドアリ!」
「おい、まだか!」
「マイドアリ!」
「マイドアリ!」
ダダンはもう「マイドアリ!」以外言葉を吐いてなかった。そんな事より、銅貨を受け取って零さないように割らないように素早くワインを渡すことに神経を使っていた。
「だだ、がんばって」
「これ、ついかの、わいん」
子どもたちも大忙しだった。露店のカウンターに乗せても乗せてもどんどん消えていく。トレーいっぱいにワインの入ったグラスを置いて、台に上り素早くカウンターに移し、台から下りたら今度は空のグラスをトレーいっぱいに乗せて素早く帰る、の繰り返しだ。
空のグラスが無くなれば、カウンターの下、何も無い空間に手を突っ込んだ。すると袋を握らされ、その袋の中に空のグラスが幾つも入っていた。この空間はジャンクの元へと繋がっているようで、時折、『休ませろ!』と書かれた紙を握らされた。
スィーは台に立って樽の上に手首を乗せ、ずっと血を垂れ流していた。顔色は悪く見えないが、白くなったような気がする。そんな事より一人だけ何処にも動けないスィーは退屈だった。
「売れてるか?」
「うん!」
「すっごく!」
「いそがしいよ」
「だだ、たいへん」
たまに子どもたちへ話しかけると、同じような答えが返ってきた。パーティーは大成功らしいが、スィー自身は仕切りに囲まれている為、確認の仕様がない。
へべれけ客たちの意味不明な声や、ダダンの「マイドアリ!」は聞こえてくるが、それももう聞き飽きた。癒しと言えば、忙しい中頑張ってワインを運ぶ子どもたちくらいだ。
「しー、つかれた?」
「ぎゅー、する?」
はあ、と何度目かの溜め息を子どもたちに聞かれ、明らかに誰よりも体力を使っている二人に心配されてしまった。
スィーの返事を聞くよりも早く、二人はぎゅーっとスィーに抱きついた。それからスィーの頬にちゅっとキスを落として、ペロペロ舐めた。
「げんき、でた?」
「もっと、ぎゅー、する?」
「いや、いい。ありがとう」
「だだも、する」
「ぎゅー、する」
そう言ってダダンの元へ行く二人の背を見つめながら、スィーは先程の温もりを思い出していた。ダダンに出会ってから、温かい、を感じる事が多くなった。誰かと触れ合うなど、スィーにとって有り得なかった事だ。
「だだ、ぎゅー」
「がんばって、だだ」
「ヒェッ!? は!? は!?」
「お~なんでい、
「隅に置けねぇなあ、緑のぉ」
子どもたちの励ましによって底力を発揮したダダンは、「マイドアリ!」を繰り返しつつ爆速でワインを売り捌いていった。スィーはぽそりと、「変態め」と呟いたが、ダダンの耳に入ることは無かったのだった。
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