第26話 パーピー

 クッキー袋を大事に抱えて、子どもたちは露店の中に入り紫色のつるつるの球体と何事か話していた。会話が成り立っているのかは不明だが、子どもは子ども同士何かしら通じ合うものがあるのだろう。余程楽しいのかしっぽがぶんぶん揺れている。


 スィーやダダン、パーピーは露店の後ろにある石段に腰を下ろして、三人を見守っていた。つるんつるんの球体は子どもたちと同じくらいの背丈で、台に乗って売り子をしていた様だ。時折、子どもたちが見よう見まねで売り子のお手伝いをしていた。


 タダンは結局クッキーというものを喰い損ねて惜しい気持ちになっていた。何故なら、子どもたちがあんなにも美味しそうに食べているからである。ほっぺたが落ちるんじゃないかと思うほど膨らませ瞳をキラキラ輝かせて、美味しい美味しいと食べる様はいい宣伝だ。


 道を歩いていた魔族や魔人族たちも、子どもたちを見て気になったのか何個か買っていった。


「おい」

「え? えっ、お、あ、ありがとな!」


 スィーがダダンに差し出したのは小銅貨一枚。つまり、クッキー袋を買っても良いという事だ。意図を理解すると直ぐに子どもたちの方へ行きクッキーを貰っていた。その流れでダダンも売り子の手伝いをするようだ。

 子どもたちがダダンのズボンの裾を引っ張って何か言うと、ダダンは子どもたち二人を腕の中へ抱えた。これで、一々台から降りて交代せずとも皆で売り子ができる。


「あらあら、うふふっ」


 そんな様子を見てパーピーはつい笑みを漏らした。

 楽しげな子どもたちとそれを見守る親、そんな空気が小さな空間に流れていた。スィーは楽しそうに前を見るパーピーをちらりと見てから口を開いた。


「あれはお前の子か?」

「そうねぇ、イエスでありノーだわ。あの子はねぇタマゴなの、あたしの産んだ沢山あるタマゴの中の一つ。でもねぇ、タマゴを産む時に特別に魔力を込めてみたら、あらまあご覧の通りよ」

「それならお前の子だろう」

「あらあら、タマゴは子なのかしらねぇ? あたしは名付けも出来やしないしねぇ……」


 何ともややこしい事を聞いてくる鳥である。スィーは面倒くさくなって、突っ込むのをやめた。魔人に限りなく近くしかし魔族のままでいる鳥。きっと色々な考えがあるのだろう。

 話を変えるべく、ここに来てからずっと気になっていた事を口にした。


「隣は何をやってるんだ? 未だ無人のようだが」

「あら、隣は今年も帰ってこないわよ? 旅に出てそれっきりなのよ。ちょっと約束してるから、いつも露店だけ出してやってるのよねぇ」

「ふむ……。なら、その露店使ってもいいか?」

「あらまあ! いいと思うわ!」


 言うが早いか、パーピーは隣の露店へと歩いていった。スィーもついていく。看板は付いてなかった。空白のそこは周りより日焼けが薄い。

 パーピーが売り場のカウンターを触って確認していくと、端の方がメキリとなって壊れてしまった。


「あらまあ……、まただわ。この頃物が壊れやすくてねぇ、嫌んなっちまうよ。魔王様の代替わりかねぇ」

「魔王の力が弱まるなんて有り得るのか?」

「暗殺か奇襲が成功したのかもしれないね。街に流れる魔力も安定してないのよ。祭りが何事も無く終われば良いけどもねぇ」


 事も無げに重大なことを告げながら、パーピーはもっさり生えている紫色の羽を一枚ずつくちばしで取ると、壊れたカウンターに継ぎ足していった。


「祭りはいつ終わるんだ」

「あらあら、今日は前夜祭があるわ。 露店を出すつもりなら、前夜祭でアピールしないとねえ、埋もれちまうよ。明日が本番。朝から夜までみーんな大騒ぎ。それから後夜祭があって、お祭りは終わりね。……さあ、出来たわよ!」

「ふむ」


 大分、嘴で羽をもいでは継ぎ足してを繰り返していたが、木造の露店は少しも紫色にはなっていなかった。それどころか艶が増して綺麗になっている気がする。

 パーピーを見ると首周りの羽が薄くなっているような気がした。紫色の羽の中に水色がほんの少し覗いている。


「奴隷?」

「あらまあ、そんな事あたし以外に言ったらダメよ? 雇い主にも本人にもボッコボコにされちまうからねぇ」


 陽気に言いつつも真顔で釘を指し、首元の水色にグイッと爪をかけて引っ張った。羽の中から出てきたのは、頑丈な鉄の輪、首輪である。パーピーが現在進行形でしてるため、その全体は見えないが面妖な文字模様が刻まれていた。


「これは、魔族が雇われてますよってあかし。タマゴがこれをしていないのはタマゴだから。奴隷はこの街では禁止よ?」

「ふむ、そうなのか。悪かったな」

「あらあら、いいのよ? あたしはジャンクに雇われてるからねぇ、面白いものでも渡しておやりよ」


 ニィっと、魔人族のような笑みを携えてパーピーは笑った。喰えない鳥だ。新参者だから声をかけたのではない。新参者でジャンクに気に入られたから、声をかけたのだ。

 羽の一つ一つに大きな魔力が込められており、産むタマゴも魔族なみ。これでパーピーは魔族なのだからタチが悪い。いつでももっと強くなれますよ、と脅している様なものだ。魔族と魔人族の橋渡し役なのだろうか。


「何を売るのかしら?」

「……血のようなワイン、明日の朝から夕方にかけて売るつもりだ」

「あらまあ、いいわねぇ。でも、ワインはライバルが多いわよ? それも血のような、なんてワインだけじゃないからねぇ」

「ふん」

「あらあらまあまあ」


 口をへの字に曲げるスィーを見てパーピーは軽快に笑った。考える事は皆同じだったらしい。


「あの子たちの手伝い賃として、道具とか諸々はあたしとジャンクに任せなさいな。今日は露店を見に行くといいわよ? 街だからって弱肉強食でない訳がないのよねぇ、うふふっ」

「ああ、分かった。……そのワインを飲んだら、お前は魔族で居れなくなるから、気をつけろよ」


 言い終えると、目を細め口の端を綺麗に上げて笑った。ゾクリとパーピーの全身の羽が立ち上がった。スィーはふん、と鼻を鳴らしてダダンと子どもたちを呼びに隣の露店へ歩いていった。


「……あらまあ」


 ぽそりとパーピーは呟いた。スィーたちの姿が見えなくなっても暫くは羽毛が立ちっぱなしだった。


 祭りの日は、何が起こるのだろう。パーピーは恐ろしくなりつつも、その時を待ち遠しく思っていた。


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