第25話 お祭りの前

 スィーが向かったのは街の中心部だった。とは言え、王城から向こう側はどうなっているのか見えない為、王城と森の真ん中辺り……丁度、噴水がある所まで来た。


 ダダンは目の前で様々な形に噴き上がる水に興味津々で、今にも飛び込もうかという目をしていた。流石にダダンは行動に移さなかったが、子どもたちははしゃいだ声を上げて突っ込んでいった。


「あ! おい!」

「きゃあ! つめたい!」

「あはは! きもちいー!」


 スィーは言うまでもなくスルーしていた。ダダンが子どもたちの服ごと掴んで噴水から拾い上げている時、おっとりした女の声が聞こえてきた。


「あらあら、元気ねぇ」


 見れば、どっしりした体型の鳥が立っていた。ダダンはギョッとし、慌ててびしょ濡れの子どもたちを抱き抱えた。

 本当に、先程の声はこの鳥が出したのだろうか、何かの魔法か、罠か? と疑問が頭の中に飛び交う。


 ダダンより身長は低いが横幅は目の前の鳥の方があるだろう。暗い紫色と灰色の混じった羽毛はふわふわで余計に丸い印象を受けた。くちばしは太く短い、手のように扱う両羽の先には三本の指らしき部分が見えた。何よりも、黒い丸い目が額にもある事にダダンは驚いていた。ダダンの知識にある鳥には、目は二つしかない。

 魔族なのか、とダダンの頭に新たな疑問が芽生えた時、恰幅の良い鳥は嘴を開いた。


「あらまあ。この街は短いのねぇ、誰も取って喰ったりしないわよ」


 羽で嘴を覆うと、うふふと鳥は笑った。敵意の感じられない様子に緊張が解けかけるが、得体の知れない鳥であることには変わりない。


「な、何だ!」

「旅人さん、新参者ニュービーでしょう? 良かったらあたしのお店、見てかないかい?」

「店をやってるのか?」


 スィーが興味深そうに尋ねた。大きな鳥は三つの目をキュッと細めると、片羽を胸に当てて高らかに宣伝した。


「あたしは、アヒルの羽休めダック・レストの店主。パーピーって呼ばれてるわ。でも名無しなのよ? うふふ」

「ふむ。私はスィーだ」

「あらあら、よろしくねスィー」


 二人が挨拶を交わしていると、ダダンの腕の中で子どもたちがハイハイと手を挙げて主張する。


「わたし、ねね!」

「ぼく、とと!」


 いつの間にか呼び名を決めていた二人は堂々と嬉しそうにそう言った。まだ名付けまではしていないが、呼び名には二人ともとっても満足していた。

 パーピーと名乗った鳥は子どもたちに笑顔で「よろしくね」と答え、それからダダンを見つめた。ダダンは困った顔をしてスィーを見たが、スィーは別の方向を見ていて目を合わせてくれなかった。


「あ、お、俺は……」

「無理に言わなくていいのよ? そうねぇ、大柄の緑さんラージ・ジェイドって呼ぶわね。あたし、この街に来るまでは、大きな紫の鳥ビッグ・ダック・パープルって言うようにしてたのよ、うふふ」


 恥ずかしいわよねぇ、と言ってパーピーは笑った。実力の無いものが自分は強いなどと言えば嘲笑しか貰えない。ビッグなどとは自分で言うのではなく他者から言われなければ意味が無いのだ。


「お店はこっちよ」


 そう言ってズンズンとパーピーは歩き出した。スィーは黙って後を付いて行く。子どもたちもダダンの腕から抜け出してトコトコ付いて行った。ダダンも仕方なしに、魔族か魔人族か分からないデカい鳥の後を付いていくことにした。


 歩いていくと先程とは活気が違うように見えた。ざわめきが大きく、街ゆく魔族や魔人族の数も多い。この通りは服屋や小物売り店、武器屋や修理屋などが店をしっかり構えていた。

 子どもたちはアクセサリーと呼ばれる物が珍しいのか、ピカピカ光る小さな輪っかや石を見て、「きらきら!」「ぴかぴか!」と楽しそうにしていた。


 その通りも抜けると、沢山の露店でひしめき合う通りに出た。道幅は大きく、両側に色んな露店が立っていた。買い物をする者も働く者もワラワラと集まっていた。王城は近く、見上げても屋根の先が見えないほど大きい。圧巻である。


 先程の通りとは違い、こちらはハッキリとした色が多く慣れてないと目がチカチカする。加えてあちらこちらから良い匂いが漂ってきた。


「すげぇ……」

「すごい!」

「いいにおい!」

「あらまあ、うふふっ」


 ダダンと子どもたちは同じ様な感想を抱き、パーピーは予想通りの反応をする三人を見て微笑んだ。スィーは興味深そうに静かに通りを観察していた。色んな魔族の肉を、色んな魔族が売っていた。魔人族も居たが、こちらの通りの方が魔族が圧倒的に多い。よく、暴動が起きないものだと感心した。


 通りを中程まで歩いた所でパーピーは立ち止まった。その露店の看板には『アヒルの羽休めダック・レスト』と書かれており、売り場には濃い紫色のつるんとした縦長の楕円体がエプロンを巻いて立っていた。ふにゃふにゃした触手のような手足は生えているが、顔と思わしき物は見当たらない。


 売り出されているものは、クッキーというお菓子だった。


「おヒトツいカガ?」

「ヒェッ」


 濃い紫色の球体がそう言ってクッキーを差し出した。ダダンは驚いて仰け反り、助けを求めるようにスィーやパーピーの方を見た。


「あらあら、怖がらなくてもいいのよ? あたしの可愛い子ちゃんは取って喰ったりしないわ」

「ほしい!」

「ぼくも!」


 子どもたちは警戒心など置いてきたかのように、甘い香りのするクッキーに飛びついた。


「ほら、スィーもどうぞ」

「おヒトツいカガ?」

「うむ」


 少し固めの丸いクッキーをスィーは食べた。口の中に広がる甘さを飲み込むと、無性に紅茶を飲みたくなった。子どもたちはあっという間にクッキーを食べ終え、もう一個欲しいと大きな瞳で濃い紫色の球体に訴えていた。


「おヒトツ、ショードーカ、いチマい」


 売り子の球体が、茶色の袋にドサドサとクッキーを入れて子どもたちにそう言った。子どもたちはスィーを見つめた。何とも商売上手な球体である。


「これが狙いか」

「あらまあ、なんの事かしらねぇ」


 うふふと笑って誤魔化すパーピー。新参者は珍しい物を見れば試さずにはいられない。なにせ自ら街なんぞに来るくらいなのだから、好奇心が旺盛なのは言わずもがなである。


 スィーは溜め息を吐きながら、子どもたちに小銅貨を一枚ずつ渡してやった。子どもたちは「ありがと!」「しー、だいすき!」などと言いながら、商売上手な球体からクッキー入りの袋を貰い受けていた。

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