第23話 餞別①

 物思いに耽っていたダダンは子どもたちの「ぶらに、どこ!」「ぶらーにー!」という声で現実へと戻ってきた。上半身を起こしてベッドの際に座り、首を傾げる。


「何言ってんだ?」

「ぶらに、すごいの!」

「ぶらーにー、きれい、すごい!」


 興奮した様子でバタバタと走り回り、水滴をあちこちに撒き散らしていく。ダダンには二人の言っていることがさっぱり分からなかった。


「お前たち服を着ろ!」


 向こうの方からスィーの声が聞こえると、子どもたちはしっかりと言うことを聞いて、声のする方へ戻っていった。昨夜はダダンが言っても追いかけっこを止めなかったのに、この違いである。


 大人しくなってちゃんと服を着た子どもたちとスィーが部屋に戻り、三人はもう一つの、奥にあるベッドへと腰を下ろした。ダダンは視線を部屋にさ迷わせた後、手のひらをグッと握った。


「なあ、スィー」

「何だ?」

「言うこと、聞かなくて、悪かった。それと、助けてくれてありがとう」

「……」

「俺、スィーを護るぜ。まだ弱いけど、ぜってぇ強くなるから」

「……そうか、ふふっ。そうか、分かった」


 スィーはダダンの方を向いて、楽しげに笑った。子どもたちもつられて笑っていた。

 和やかな空気が流れる中、スィーはふっと笑みを消した。


「お前たちにこれをやる」


 そう言ってスィーが差し出したのは、両端がられた紙に包まれている飴だった。三つ手のひらに乗っている。


「なーに?」

「ありがと!」


 ダダンもスィーの元へ行き、飴玉を貰った。


「林檎の飴だ。お前たち二人には餞別として渡すんだ」

「……せん、べつ?」

「……?」


 その雰囲気に子どもたちは紙を開こうとした手を止めた。ダダンも様子を伺い、近くのソファーにそっと腰を下ろした。


「お前たちとはここでお別れ、という意味だ」

「どうして? すてないで」

「いいこに、するから」

「そうじゃない。……私は、お前たちの親にはなれないからな。だが、そのまま放り捨てる訳にもいかんだろう?」


 ダダンは思わずスィーの名前を呼びそうになった。放り捨てる訳にはいかないと、スィーも思っている事に、驚いているんだろうか、喜ばしいとも思ってる気がする。


「ここの宿屋で雇ってもらえる。お前たちを正しく育ててくれる者もいる」

「……」

「……もう、ばいばい、やだ」

「もう少しこの街にいるぞ」

「ほんと?」

「ずっと、いて」


 子どもたちはスィーに抱き着いた。スィーは嫌がらずじぃっと二人を眺めていたが、そっと腕を二人の背中に回した。


「行かなければならない所があるんだ」

「……また、ここ、くる?」

「ぜったい、きて」

「……そうだな。ほら、喰え。美味しいぞ」


 未だに泣きそうな悲しい顔をしていたが、二人は飴玉を口の中に入れた。甘くて、酸っぱくて、とっても悲しくて、でもとっても美味しかった。ポロポロと二人の瞳から涙が溢れ、擦っても拭いても止まらなかった。


 それを見ていたダダンも飴玉を口の中に入れた。


「林檎だ、忘れるなよ」


 酷く真剣な声で、スィーはダダンに向かってそう言った。驚いて飴玉を飲み込みそうになり、勿体ないと思いダダンはせながらコクコクと首を上下に振って答えた。甘くて、酸っぱい、林檎。ダダンはゆっくりと味わう様に林檎の飴玉を舐め尽くした。


 少しして飴玉を喰い終えた三人とスィーは、宿屋の店主であるシクティアスに会うことにした。特に子どもたちは、これから雇ってもらうよう頼みに行くのだ。泣き止んだものの目元を少し腫らしていたので、シクティアスなら容易に先程のやり取りを想像出来るだろう。


 一階に行くと、階段の横にある受付には姿が見えない。ふむ、とスィーは呟き、食堂へ行くことにした。

 思った通りそこには、シクティアスがいた。なにやらこの宿屋唯一の働き手であるジューゴと話をしているようだった。入ってきた四人に気づくと、シクティアスは優しい笑みを向けて言葉を掛けた。


「おはよう」

「ああ、おはよう」

「おはよう?」

「……これから、おねがい、します」

「おねがい、します」


 子どもたちは先程スィーに教えてもらった挨拶を言い、ぺこりと頭を下げた。ダダンは場違いのように『おはよう』と言う挨拶に首を傾げていた。


 そう言えば、ビトの言っていた『じゃあね』も、この街に来てやたら聞く『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』『おやすみ』も馴染みのない言葉だ。

 何となく、初めて会った人に言うものなのか、と思っていたがそういう事でもなさそうだ。『じゃあね』なんて、言葉の続きを聞きたくなる。ただ、『おはよう』やら何やらは言われた言葉を同じように返せば良いのだろうと見当はついていた。今回も、間違ってない。


「ほっほっほ。任されたぞい」


 シクティアスは子どもたちを見て軽快に笑った。しかし子どもたちは離れたくない気持ちがまだ強いのか、直ぐにスィーに抱き着いていた。


「おい、まさかそいつらが新人じゃねぇよな?」


 腹の底に響く低音で、ジューゴは眉をひそめながらそう言った。子どもたちは驚いて、余計にスィーに引っ付いていた。


「そうじゃぞ、お前の後輩じゃ。しっかり面倒を見るんじゃぞ」

「はあ? こんなガキ、何も」

「分かったか?」

「……」

「返事が聞こえんのお」

「クソ! 分かった、分かった! クソジジイ!!」


 ジューゴが威嚇するようにぐるぐると喉を鳴らすと、子どもたちも負けんと言わんばかりに、スィーの後ろから喉を鳴らし耳や尻尾を逆立てた。


 こんな感じで大丈夫なのか、とジューゴにビビり倒しながらもダダンは子どもたちの未来を案じるのだった。


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