第22話 すごいね

 スィーと子どもたちがお風呂に入っている間、ダダンは入口側のベッドに寝転がり、昨日の事を思い出していた。


 ビトと一緒に、寄生蟲について調べる為に奔走し何度もビトに抱えられ空を飛んだ。羞恥心は消し去られ抱えられるのも慣れた頃、漸く手に入った毒の消し方は、蟲を束ねる王を見つけると言うものだった。寄生蟲は森に入ってからよく見かけた為、取り敢えず森に向かおうとビトを病室に残してダダンは駆け出した。


 あまり時間は残されてない。夜になってしまえば、森に喰われてしまうだろう。その前に蟲の王を見つけなければならない。

 今まで随分とスィーに甘えてばかりだった、これからは自分で出来ることをもっと考えたい、強くなりたい。ダダンは走っている間にそう考えていた。

 そうして、前方からとぼとぼ歩いてくる小さな存在を見つけた時、思わず声が漏れた。


「あ……!」


 ダダンの声に顔を上げたスィーの表情は、随分と疲れているように見えた。まだスィーになんて言おうか纏まっていないダダンは頭を搔いた。


「スィー、その」

「やる」

「え? ……石ころ?」


 薄い黄色の艶のある石ころを二つ強引に押し付けると、スィーは二人に喰わせろと言い捨て、背を向けて走り出した。


「おい! スィー!」


 慌てて声を掛けるが、スィーは振り返ることなく去ってしまった。追い掛けようかと迷ったが、スィーから渡された石ころを見て止めた。子どもたちに喰わせろとスィーが言ったのだ。……きっと、スィーは蟲の王に会ったのだろうと想像がつく。


 ダダンは病院へ全速力で向かった。情けなさは今更だ。また、スィーに助けて貰ったのだ。石ころを落とさないように、握り潰さないように、ダダンは優しく握った。


 バタバタと病室に駆け込むとビトが驚いた表情でダダンを見ていた。


「まさかもう蟲の王を……?」

「い、いや……」


 荒れた呼吸を整えるため、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。名前を貰い強くなったとは言え、先程まで毒で寝込んでいたのだ。病み上がりでずっと走りっぱなしは流石に体力の限界が来ていた。


「……諦めた、訳ではなさそうだけど」

「これ、スィーが、二人に喰わせろって」

「……飴だね」


 ダダンが手のひらにある石ころだと思っていた物を見せると、ビトは飴だと答えた。飴はよく分からないが、上から降ってくる水の雨ではないことは分かった。とにかく、食べられない物ではないらしい。


 ベッドに横たわる子どもたちは苦しそうに喘ぎ、顔をしかめていた。一つをビトに渡し、ダダンは姉の方に飴を喰わせた。爪や鱗で傷付けないように慎重に上半身を支え起こし、口元に飴を触れさせる。ゆっくりと口の中へ飴は誘われ、口内へ入ると瞬く間に溶けていった。


 ダダンもビトも固唾を飲んで見守っていた。子どもたちの呼吸は静かになり、苦しそうな表情もなくなった。どのくらい経っただろうか。ゆっくりと二人は目を覚まし、きょろきょろ辺りを見回していた。


「良かった!! もう苦しくないか? 何ともないか?」

「……うん、くるしくない」

「……ありがと」

「お礼はスィーに言えよ? スィーが毒消しの飴をくれたんだ」

「うん」

「わかった」


 子どもたちは傍らにいる美しい魔人のお姉さんビトに気づくと、ありがとうと感謝を口にした。ビトは優しく微笑み、医者を呼んでくると言って病室を出ていった。


 腕に繋がれた管を取ろうとする子どもたちを宥め、姉のベッドに移動しようとする弟を止めていると、急ぎ足で白衣を着た医者が病室にやってきた。ビトも後に続き入ってくる。ずり落ちかけた弟の方をダダンがベッドに寝かせた後、医者はテキパキと診察していく。


「本当に毒が消えてるね。もう心配ない、それどころか元気が有り余ってる様だ」


 面白そうに笑うと、子どもたちの腕に繋がっている管を手早く抜いた。子どもたちは喜び、ダダンの制止も聞かず弟は姉のベッドに飛び乗った。子どもたちはお互いの頬や針の刺さっていた腕、髪などを舐めて健康を確認していた。


「三人ここに泊まっていきます。請求は兵団へ」

「はい、その様に」

「夕飯もお願いします」

「あんたはいいのか?」


 ビトと医者の会話を聞いていたダダンが尋ねた。ビトは肩を竦め、そんな野暮なことはしないよ、と言って笑った。

 医者はペコリと頭を下げ病室から出ていった。ビトも「じゃあね」と言って出ていこうとした所を、ダダンが止めた。


「ビト!」

「何?」

「……ありがとう。俺、分かったぜ。ちゃんと、スィーと居たいからな」


 まだ言葉にするとバラバラで、纏まってはいなかったがビトにはそれで伝わったようだ。


「そう、なら良かった。……じゃあね」

「ばいばい!」

「ありがと!」

「ありがとな!」


 ビトが出ていくと、束の間の静寂が流れた。窓の外は薄暗く、夜の街へと移り変わっていくのが分かった。街灯が歩いている者や建物を照らし、温かい雰囲気を醸し出している。


 グウウと音がなった。もう一つグウウとなる。子どもたちの腹が、飯を寄越せと訴えているのだ。二人は面白かったのかお互いのお腹を指して笑っていた。タイミング良く、ご飯が届けられ、ダダンも一緒に三人で食べた。

 肉だけではなく、見た事もない料理が並んでいた。緑色の葉っぱのような物や茶色の根っこのような物。茶色のスープもあった。また、白色の粒が沢山重なった温かい物は、噛めば噛むほど甘くなり、とても美味しかった。

 子どもたちは「こめ、すき!」と言ってスープの中に入れてパクパク食べていた。


 ご飯を終えて子どもたちは退屈になったのか、病室内を走り回り出した。ダダンは止めろと言うものの、二人はすばしっこくて中々捕まえられない。結局、医者が病室に来て子どもたちとダダンを叱るまで追いかけっこは終わらなかったのだった。


 ご飯の後に運動をしてすっかり眠気に支配された子どもたちは、仲良く一つのベッドに向かい合って寝転んでいた。ダダンは二人が眠るまでは見守るつもりで、ベッドの傍らに置いてある椅子に腰かけていた。


「あのね」


 姉の方がダダンに声を掛けた。ダダンはどうした? と返事をした。


「おはなし、きいてくれる?」

「ああ、いいぜ」

「ままとぱぱ。まえは、はやくおおきくなってね、たのしみねっていってたの」

「……」


 弟は姉の服をぎゅっと握って話を聞いていた。時折、姉の胸元にぎゅうっと顔を押し付けてぐりぐりしていた。甘えているのだろう。


「でも、ちいさいほうがいいって、そしたら、らくだよってぱぱが。だから……」

「ぼくが、ちいさいままでいようって、いったんだ」


 ぼそりと、小さな声で呟くようにそう言った。直ぐに姉に抱き着いて、ダダンから顔を背けた。


「わたしたちが、このすがたでとめたら、ままとぱぱ、ないて、どっかいっちゃったの」

「……」

「かえってきたら、ぱーてぃーしたの! それで、ずっとぱーてぃーしてて、おわったときに、ままとぱぱ、たべなさいって。つよくなるために、ふたりで、すこしずつたべなさいって」

「おいしかった」

「ね、ままとぱぱ、すごいね」


 子どもたちはダダンへと恐る恐る視線を移した。家に迎え入れた時、スィーは特に気にしていないようだったがダダンは怒っているような気がしたのだ。


「……そうか、お前らのママとパパは凄かったんだな」


 二人の目に映るダダンはもう怒ってなどいなかった。ほっとして、眠気が一気に身体を支配した。


「うん、すごいの」

「つよくて、やさしいんだよ」


 消え入るような声で呟いて二人は眠りの世界へと入っていった。ダダンは暫く子どもたちの寝顔をぼーっと見ていた。何故だか少し泣きたくなるのを、歯をかみ締めてぐっと堪えていたのだった。

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