第21話 平穏

 次の日。スィーは思いもよらぬ人物に起こされた。自分の名前を呼ぶ、幾つもの声。煩わしいと思うよりも前に疑問が浮かび目を開いた。


「お前ら……」

「やっとスィーより早く起きれたぜ」

「しー、おきた?」

「あめ、ありがと、しー」

「ありがと!」


 ダダンと子どもたちがスィーを囲んでいたのだ。子どもたちはベッドの端に顔を乗せてじぃっとスィーのことを見ていた。ダダンはドヤ顔でスィーを見下ろしている。


「しー? ねむい?」

「ぼく、しーと、ねる!」

「お前ら、シーじゃなくてスィーだっつの!」

「すぅいー!」

「すいぃー!」


 煩いとも、何とも言わずにスィーは身体を起こした。ありがとうと何度も繰り返される言葉に、スィーはぶっきらぼうに分かったと答えた。子どもたちはそんなスィーの態度を全く気にせず、スィーの後を追っていく。ダダンも途中まで付いてきたが、スィーがどこへ行こうとしているのか分かった途端に、子どもたちを引き止めた。


「俺たちは向こうで待ってようぜ」

「なんで? わたしも、しーと、おふろ!」

「ぼくも! しー、いっしょ、だめ?」


 ぺしょりと獣の耳をタレ下げて子どもたちはスィーを見上げた。脱衣場の外でダダンはワタワタと焦っている。スィーはため息をひとつ吐いて子どもたちに答えた。


「勝手にしろ」

「やったー!」

「しー、ありがと!」


 スィーはそんな二人にお構い無しと服を脱いでいった。ダダンはスィーの柔肌を見てしまい変な声を上げながら急いで部屋の方へ逃げていった。またスィーに目を潰されそうになるのはごめんだった。ちなみにパンツは白色だった。


 子どもたちはお互いに洗いっこしながら楽しそうにしていた。随分慣れた手つきである。あんなに汚れていたが、両親が生きていた頃はそれなりに文化的な暮らしを送っていたのだろうと分かった。泡で遊びながらキャッキャとはしゃぐ様子は見た目相応だ。スィーは無言で手を動かしていた。


 粗方洗い終え、三人は浴槽に入り気持ちよさに浸っていた。浴槽があるのは珍しい。随分とヒトの文化に精通している。

 暫くぱしゃぱしゃ音をたてながらお湯で遊んでいた二人だったが、だんだん静かになった。そうして、スィーの方を伺うようにじっと見つめた。


「しー、わたし、なまえほしい……」

「ぼくも。しー、つけてくれる……?」


 スィーは湯気の立ちのぼるのを見ながら、いつか言われると思っていたと心の中で呟いた。子どもたちは二人であだ名呼び名を呼び合うことさえしなかった。森の異変に気付いたのか、元々そのつもりだったのかは定かでないが、二人の両親は良い決断をしたとスィーは思う。


 もし二人が通過儀礼を終え名前も持っていたら、それこそ奴隷商人やら闇のオークション関係者やらに捕まえられていただろう。力の解放と力の取得、獣の魔人は恐ろしく強くなる可能性を秘めているのだ。更に、恩義に厚く野心よりも忠義心の方が強い。奴隷として雇い、正しく刷り込みをすれば素晴らしい兵器や護衛身代わりになる事だろう。


 だからこそ、スィーは首を横に振った。


「断る。お前らの名付けはしない」


 スィーの言葉に子どもたちはしょんぼりと俯いた。しかし、スィーの言葉はこれで終わりではなかった。


「お互いに名付けをすれば良い」

「……おたがいに?」

「ぼくたちで、するの?」


 考えつかなかった事に目を丸くする二人。次第に瞳がキラキラと輝き出した。


「誰にも知られないように。二人だけの秘密だ」

「わたしたちだけの……」

「ぼくたちだけの……」

「分かったか?」

「「うん!」」


 元気よく頷き、楽しみが増えたと大喜びした。茹で上がる前に三人は湯船から出て、身体を拭こうと脱衣場を見て子どもたちは驚いた。服が丁寧に折り畳まれ、まるで洗いたての様に綺麗になっているからだ。


「しー! みて、しー!」

「きれいになってる!」


 スィーは驚くことなく、しかし興味深そうに「ふむ」と呟いた。ご丁寧にスィーのパンツは一番上に重ねられていた。


 ちなみに子どもたちは下着を身につけていない。魔族あるあるだが衣服が肌に纏わりつく感覚が気持ち悪く破いてしまうのだ。魔人族の子どもも、衣服は着るが下着は嫌だと言う者がよくいる。


「ボブゴブリンか……いや、」

「ごぶりん! わるい、まじん?」

「まぞく、だよ! わるい、まぞく!」


 身体を拭くのも忘れて子どもたちは衣服の方へ威嚇体勢を取っていた。


家憑き妖精ブラウニーと呼ばれる良い魔人だ。珍しいな。この宿屋を綺麗にしてくれるんだ」

「ぶらに、いいこ?」

「ぶらーにー、どこー?」


 脱衣場を水浸しにしながら子どもたちは素っ裸のまま、ブラウニーを探しに部屋へと走っていった。

 スィーのワンピースは脱いだ時には、左肩の部分が大きく切れていてボロボロになっていた。元々特別な布で作られている為、汚れづらく破れにくい服ではあったが、ダグとの決闘には耐え切れなかったのだ。しかし今は綺麗に元通りのワンピースになっていた。


 ボブゴブリンもブラウニーも同じような存在であるが、ブラウニーの方が潜在能力が高い。スィーにも気取られず服を治し綺麗にしたとなれば、ブラウニーであると断言していいだろう。


 柔らかい肌触りの真っ白なワンピースを着て、スィーは満足気に笑った。


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