第20話 林檎

 ジューゴの言葉はお構い無しとシクティアスは話を続けた。


「ワシらが襲撃した研究所では獣の魔族と人族の交配に力を入れとった。しかもレオンを筆頭に戦力として育てておったよ」

「……戦争の火種か」

「そうじゃ。人族と魔族、何方どちらにも怨みを生ませ大戦争を引き起こし、魔人族がこの世を統べるように計っとた」

「その通りになったな」

「……ああとも。じゃが、子どもらが戦争に巻き込まれる事は防げたと思いたいのう。ワシらも大戦時には各方に散らばりつつも隠遁いんとんしとった」

「ふむ」


 確かに魔人族が戦争を終結させた訳では無い。ただただ魔族が人族より強かっただけなのだ。それは研究者たちの思惑通りにはならなかったという事か。結局は魔族の蔓延るこの世に、四人の魔王魔人が君臨しているのだが、利用されている訳ではない。


 スィーはシチューを食べ終え、グラスに入った水も飲み干した。見ればシクティアスも食べ終えていた。

 トレーを調理場のカウンターに置き、「頼んだぞい」とシクティアスはジューゴに声をかけて、二人は食堂を後にした。


 食堂を出て、受付の前に置いてある長椅子に二人は腰掛けた。スィーはすっかりシクティアスのペースに飲まれていた。不思議と嫌な感じはしなかった。


「ほれ、食後のデザートじゃ」


 そう言ってシクティアスが差し出したのは、両端がくるくるとってある紙に包まれた小さな物だった。両端を摘んで引っ張ると紙が開き、薄黄色の飴玉が姿を現した。

 飴玉は甘酸っぱい味がした。木に実る、赤い果実の味だ。


「林檎……」

「よく知っておるのう」

「もう一つくれ」

「ほっほっほ、良いぞ」


 そう言ってシクティアスはスィーの手のひらに三つ、飴玉を置いた。


「一つでいい」

「まあまあ、そう言うでないよ。餞別品は必要じゃろう」

「……ふん」


 スィーは口の中に広がる林檎の味を楽しんだ。椅子に座ると足が床につかず、宙でぶらぶらと揺らした。それは、見た目通りの幼い少女のようだった。


「……ワシはな、彼女も研究所の被害者だったんじゃなかろうかと考えとるんじゃよ。勿論、彼女は何も言わんかったし、ワシも終ぞ聞くことはなかったが」

「彼女は人族だったんだろう?」

「そうじゃ。じゃが……、、じゃからな。生まれてくる子どもが正しく魔人になるかは誰も分からんじゃろうて」

「ふむ……」

「それでじゃ」


 シクティアスは隣に座る少女をじっと見つめた。


「ワシはあなたも彼女と同じじゃないかと思っておるんじゃ」

「……」


 シクティアスの言葉に、ぶらぶらと揺らしていた足がピタリと止まった。


「……もしそうなら、ワシは止めなければならん」

「……ハッ。何を、」

「じゃが、……じゃがワシは、そうはしたくない。彼と一緒に居るスィー殿は、ワシの思うてる未来とは別の道を往くかもしれん」

「……意味が分からない」

「スィー殿は己の事を嫌っているのかも知れんが、その全てを含めて受け入れてくれる者も、きっとおる」

「私の事など何も知らんだろう?」

「ほっほっほ、そうじゃな。年寄りのお節介じゃ。じゃがな、ワシはもう受け入れる覚悟を決めておる」

「……そーかい」

「そうじゃよ」


 スィーは椅子から降りて、目の前にある階段を上っていく。途中で、シクティアスが声を掛けた。


「スィー殿は子育てなんぞせんくて良いぞ。子どもの世話はワシら大人がするものじゃ」

「……分かってる」


 そう言って階段を一段上り、足を止めた。言うか言わまいか迷い、結論を出しスィーは口を開いた。


「……近々パーティーをするつもりだ。お前に招待状は渡さない。……ジジイは家に籠って紅茶ティーでも飲んでろ」

「そうかい、心得たぞい。ほっほっほ。ゆっくりおやすみ」

「……ああ、おやすみ」


 スィーは、がらんとした広い部屋に一人、ベッドに小さく丸まってその夜を過ごしたのだった。

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