第19話 NO.15

 帰り道はなんて事ない簡単な道のりだった。来た時はシクティアスがわざとぐちゃぐちゃな道順で歩いていたのだろう。宿屋についてそれに気付いたスィーは、クソジジイ、と聞こえる大きさで呟いたのだった。


「まだ彼は帰ってきてないようじゃな」


 彼とはダダンの事だろう。当然子どもたちも居らず、ビトや兵団の言伝役も居ない。スィーは大して気にする事はなかった。そうなるだろうと勘づいていたのだろうか。


「夕飯はこっちじゃ」


 シクティアスの後を付いていき、小さめの食堂へ来た。今しがた紅茶を飲んだばかりなのだが、鼻をくすぐるいい匂いが漂ってくると身体はそれを欲した。


 食堂には調理場と食事処があり、調理場では目付きの悪い魔人族の男が一人黙々と働いていた。男はチラリとスィーとシクティアスを見ると呆れたように溜め息を吐いた。


「まさかそいつが新人か?」


 食堂に響いた声は、見た目からは想像の付かない腹の底に響くような低い声だった。


「ほっほっほ、それも良いかもしれんのぉ。どうじゃスィー殿、ここで働くのは」

「断る」

「そうじゃろうな。ジューゴ、お客さんじゃ。美味しいご飯を頼んだぞ」


 そう言い調理場に近いテーブルを選んでシクティアスは椅子に座った。スィーも向かい側に座った。


「働き手が彼一人でなあ。繁盛期は人手不足になるんじゃよ」


 スィーは調理場で料理を皿に盛る魔人を観察した。背丈はシクティアスよりは低そうだ、ビトと同じくらいだろうか。髪の色は焦げ茶だが瞳の色は薄い紫色だ。癖毛なのか短い髪はくるくるしており、隙間からは短い捻れた角が覗いていた。両頬には鱗のような痣、腰辺りから生えている尻尾は先の方がフサフサしていた。先程喋った時にチラリと見えたが犬歯はとても鋭く尖っていた。


「不思議な子じゃろう。ジューゴは、レオンたちと一緒に保護した子じゃ」

「勝手にベラベラ喋んじゃねぇよ」

「怖いのぉ」


 ジューゴは威嚇するように喉の奥で唸った。シクティアスは大して気にせずのんびりした雰囲気のまま笑ってみせた。


「それでじゃ、先の質問の答えじゃが……」

「おい、出来たから持ってけ」

「間が悪いわい」


 調理場の手前のカウンターには、大きめのスプーンとグラスに入った水と出来たての湯気がのぼる料理がトレーの上に置かれていた。シチューという料理だ。とろみのあるクリーム色のソースの中には具が沢山入っている。


「パンは、」

「忘れた。しょうがねぇだろ、こいつの部屋がクソ汚ぇのが悪い」

「ふむ」


 スィーは最後に見た部屋の惨状を思い出した。ベッドは子どもたちの汚れで茶色く染まっていたし、床や壁には団員と一悶着合った時の血が付いていた。きっと風呂も大なり小なり荒れていただろう。

 パンの購入くらい忘れるのも致し方ないというものだ。


 スィーは睨まれているのもお構い無しにトレーを持って席に着いた。


「ほれ、ジューゴもこっちに来なさい」

「はあ!? 嫌に決まってんだろ!」

「返事が聞こえんぞい」

「っ! ……クソジジイ!」


 ジューゴの返事を聞いて笑うシクティアス。悪態を着いてもジューゴはしっかりシクティアスの言う事を聞くのだった。


 嫌だという感情を隠すことなくシクティアスの隣に座った。そんな二人を見てスィーはダダンの事を思い出し、不思議な気持ちになった。水を一口、気持ちごと腹の中へ落とし込んだ。


「今度こそ答えじゃが、彼女は『記憶を犠牲にしてでも力を欲した過去の私を信じてる』と言っておった」

「復讐を成し遂げたい一心だったって事か?」

「ワシも、復讐の為かと聞いたがの、そうではないと笑われたわい」


 シクティアスはにっこりと笑ってジューゴを見た。ジューゴはそれを無視してシチューをガツガツと口に詰め込んでいた。


「出来るだけ多くの子どもを助けたい、と。勿論、子どもだけじゃなくその親もじゃが。言葉通り、彼女とワシらは種族など関係なく手を差し伸べた。荒れてた頃のワシでは考えられんことじゃな」

「そのせいで、仲間は減ってったんだろう?」

「そうじゃ……。じゃがその頃には大半の施設は潰しとった。あとは大きな所が二つ、そこを潰せば研究は続かんじゃろうという所まで来とった」


 ジューゴが音を立てて立ち上がった。無言で皿を持って調理場の方へ向かっていった。お代わりをよそっているようだった。


「彼女は同時に攻めよう、と提案してな。多分じゃが……、糧となった記憶分の力が残り僅かだったんじゃろう。研究者達も焦っとったから、時間も掛けれんしのぅ。ワシは彼女と一緒に行くと言ったんじゃが、一蹴されたわい。『貴方は私の次に強いんだからダメよ』とな。……これジューゴ、立って喰うでない」


 お代わりをよそい、席に戻る間にもジューゴは頬を膨らませもぐもぐと口を動かしていた。


「彼女は一人で戦うと言って聞かんかった。どっちに行くかも彼女が決めたんじゃ」

「何か知ってたのか、そのヒトは」

「そうじゃろうなあ。その事については死ぬ迄教えてくれんかったよ」


 珍しくシクティアスは寂しそうな笑みを零した。ジューゴは盗み見たシクティアスのその表情に固まり、シチューを喉に詰まらせせていた。


「何しとるんじゃ……水を飲むんじゃよ、ほれ。……この子やレオン、ダグ、ビトに出会ったのは、その大きな研究所じゃった」

「何っで、ゲホッ、こいつにっ、ゲホゲホッ、ゲホッ。そんな話してんだよ!」


 ジューゴは、自分の事をついさっき会ったばかりのスィーに聞かせるのは気に喰わないようだった。手で胸元を抑えながらもスィーを睨んだ。


「……年に似合わずはしゃいどるのかも知らんな」

「はあ?」

「スィー殿は、彼女に似とるんじゃよ。強いところも頭の良いところも」


 自分の事に疎いところも、とシクティアスは心の中で付け足した。


「得体の知れねぇ所が一番似てるんじゃねぇの」

「ほう? お前、そのヒトと会ったことがあるのか」

「あ、ああ。俺が会った時はババアだったけどな!」


 終始ジューゴの事は無視していた為返答されるとは思っておらず、言葉を詰まらせながら得体の知れないスィーに返事をした。


「命の恩人をババア呼ばわりするでない、馬鹿者が」

「知るか! お前らもさっさと喰って出てけ!」


 言い捨てると小言を言われる前に皿とグラスを持って調理場の方へ足早に逃げていった。


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