第18話 紅茶

 スィーは紅茶を好きなタイミングで口に運びながらシクティアスの話を聞いていた。


「復讐をしたいと思った事はなかったんじゃが……。偶然、甚振いたぶった人族の中に、ワシの父と母を知る者が居てのぉ。話を洗いざらい吐けとワシは脅した。自分のルーツを知りたいのは、生きてる者の欲求じゃな」


 スィーは紅茶を口に運んだ。あまり、喉に通らなかった。香りだけ楽しんでカップをテーブルに置いた。


「人族の母も魔族の父も、謀られておった。周りに裏切られ実験台にされ研究者共によって愛の無い中ワシを孕んだのじゃよ」

「……そいつらを殺したのか?」

「ああとも。気付いた時には血の海じゃった。紫も赤も等しく流れておった」

「ふん」


 魔族は人型では無い事も多くある。果たして、人族と交わる事は可能なのか?


 知的好奇心かはたまた強さへの欲求か。理由は違えど人族も魔族も必要とした実験は同じだった。

 生まれた子らは魔人も奇形も様々だったが、身体を暴かれ弄り回され調べ尽くした時には、殆どが生きる事を止めていた。

 シクティアスはそんな事を仕出かす研究者たちを粉砕していったのだ。


 また一口スィーは紅茶を飲んだ。スッキリとした味わいは、やっぱり好きだとスィーは思った。


おとしめた奴らを殺め裏切った者を殺め、目的を果たしても何百年もの間ワシは手当り次第に続けてな……。親から名付けもされとったから、強いと言っても笑われん程にはなったんじゃ」

「成長は止めなかったのか?」

「別に生きていたくもなかったからのう、ほっほっほ」

「……」

「ヒトの血が濃かったのかも知れんのぉ。当時は荒れまくっとったが」


 シクティアスが紅茶を口に運んだ。スィーは自分のカップをじっと見つめていた。


 愛されたいと思うこと、必要とされたいと思うこと。手を取り合うこと、他者を慮ること。誰かの存在を得て心が満たされるという事は人族の特色だ。


 生きた後の死というものを考えることも。


「大いに荒れてた時に、とあるヒトと出会ったんじゃ。それはそれは美人で、可愛らしいヒトじゃったよ」

「……」

「出会ったのは……三百年程前じゃからの、もうとっくに土に還っとるよ」

「よく知ってるな」


 魔族や魔人族は死んだ者を弔ったりしない。死者は生者の糧になるのがこの世の常だからだ。


「そのヒトに教わったんじゃ、人族の慣習とやらを。……出会った時にぶちのめされてな。ワシは強いと自負しておったから、最初は魔人だと思っとったわい」


 スィーは一口二口紅茶を飲んだ。お代わりの紅茶はまだ透明な容器に入っていた為カップに注ぎ、次は少しだけミルクを入れる事にした。


「負けて、そればかりか名前まで当てられ、ワシはここで死ぬんじゃと思ったのう。じゃが……彼女はそんなことせんかった」


 ミルクを入れた紅茶は口当たりが濃厚で、紅茶の独特な香りとミルクのとろみが合わさって不思議な飲み物に変わっていた。


「彼女はワシの生い立ちを知っておったんじゃ」

「研究者の仲間だった?」

「そう、ワシも思うた。当然じゃろう、研究者たちも己の存在を隠匿しておったんじゃから、知ってる者は被害者か当事者か、じゃ」


 シクティアスの口振りからしてそうでない事は分かったが、彼女の正体は分からない。シクティアスは紅茶を飲んで口を湿らせた。


「彼女は研究者を追う側、だったんじゃよ。彼女と志を同じくする仲間には人族も魔族も魔人族もおったぞ」

「魔族が?」

「そうじゃ。とは言え、最早魔人族と言っても差し支えない程の能力を有しておったがの」

「……人族が指揮を執ってたのか?」

「勿論じゃ。彼女がリーダーじゃった」


 とても嬉しそうに誇りを持ってシクティアスは言い切った。シクティアスが紅茶のお代わりを注ぐと、丁度紅茶が容器から無くなった。またミルクを一回り、砂糖を一匙入れゆっくりとかき混ぜた。


「恐ろしく強い人族、しかも頭も回るときた。何故それ程まで、と思い彼女の戦う様をよくよく見て気付いたよ」

「……」


 シクティアスはもう一度、スプーンで紅茶の中に円を書いた。


「科学文字式を駆使しておった」

「……魔法陣?」

「今ではその呼び方が主流じゃな」


 科学文字式、魔法陣、錬金式。様々な呼び方があるそれは、魔力の無い人族が発見した魔法と良く似た力を発動させる式。この世のことわりに触れ、ことわりを利用する代物だ。

 当然ながら無から有を生み出せるものではなく、多くの人族は生命力を糧に科学文字式を運用していた。

 大戦時には様々な科学文字式を至る所で見ることが出来た。主には、武器に科学文字式を描くことで火力を、城壁に用いる事で強度を増幅させていた。


「ワシらは彼女を主力に研究所を尽く潰して回った。……じゃが、次第に身動きが取れんくなった」


 シクティアスは紅茶のカップを持ち上げ、飲まずにテーブルへ置いた。


「保護する事を優先しとったからなぁ。仲間はどんどん数を減らしていった。悪い事じゃないぞ、良い事なんじゃ。残ったのはワシと彼女と幾人か……。のう、スィー殿」

「何だ」

「科学文字式を使う彼女は、何を対価にしとったと思うかの?」

「……生命力じゃないのか?」

「いいや、記憶じゃ。彼女は、彼女が闘う決意をした時の記憶全てを捧げて科学文字式を使っとったよ」


 スィーは最後の紅茶を一口飲んだ。もう一口、また一口。こくりこくりと飲み干して、何も入れない方が好きだなと思った。


「何故それで闘えるんだ? 理由が無いだろう。人族はすぐ意味や理由を求めたがると記憶してるが」

「ほっほっほ、その通りじゃ」


 シクティアスも紅茶を飲み終え、口内に残る微かな香りを楽しんでいた。


「良い紅茶じゃった。また来ようぞ、のうスィー殿」

「……紅茶は美味かった」

「ああとも。そろそろ戻るとしよう」


 シクティアスは席を立ち、入口の方へと歩いって行った。店の窓から見える景色は、随分と暗くなっていた。


 夜はまだ始まったばかりだ。


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