第15話

 スィーはダダンの運ばれた病院という建物に辿り着いた。大きな四角の建物で、窓が幾つも付いている。

 受付でダダンの居る場所を聞き、周りを見ながらてくてくと歩いていった。すれ違う白衣を着た魔人や薄緑の治療服を着た魔人は、守護兵団が持っていた対魔族用の武器を所持していた。所々椅子や手すりが壊れているのは、運ばれてきた魔族が暴れたからだろうか。


 病室に辿り着き部屋に入ると、ダダンはベッドの傍に座っていた。ビトは奥の壁に背を預けて立っていた。窓から注がれる陽の光で、ビトの一つに結わえた長い橙色の髪は艶を増していた。

 ベッドは二つ並んでおり、そこには子どもたちが眠っていた。


 ダダンは何も言わない。スィーが来たことも、その視線を向けられていることも気付いていたが、心の整理がついてないのだろう。仕方なくスィーはビトに説明を求めた。


「彼の解毒が終わって戻れるってなった時、今度は子どもたちが倒れたの。最初はずっと眠そうにしてたし、疲れたのかなって思ってたんだけど、そうじゃなかった」


 ダダンは子どもたちから視線を外さない。ビトはダダンの様子に心の中で嘆息し、説明を続けた。


「寄生蟲の毒が身体を巣食ってる。でも寄生蟲は死滅してるって。回復魔法を掛けられた形跡があるからきっとそれのお陰だ、と」

「うむ」


 特に驚いた様子もなく、そうだろうなとでも言うようにスィーは頷いた。ダダンは驚いてスィーを見た。


「まさか、スィー! 知ってたのか!?」

「森で蟲を食ってたろ。あれが寄生蟲、あれでも魔族だ。二人とも喰い慣れてたし、親の死骸にも寄生蟲が見えた。相当毒が溜まってたはずだ」


 信じられない物でも見た様な、ダダンはそんな顔をしていた。口はわなわなと震えだんだん眉間に皺が寄る。


「何で放っておいた!」

「どうでもいいからだ。弱い者は淘汰され強い者が生き残る。生き残った者が強者で全てだ。何故、手を貸さねばならん? 慈悲はやったろう」


 自身の失われた左腕を見てそう言った。ダダンはスィーの左肩が欠損してることに気づいたが、もう文句を言う気力は残っていなかった。


「……死なせたくねぇよ俺は」

「お前がホーリーブレスを唱えたんだろ。それで回復しないんだからもう無理だ」


 あの時感じた疲労感はその為だったのかと、ダダンは漸く全てが腑に落ちた。

 スィーが子どもたちに肉を与えた事、その後せがまれて属名を呼んだ事、それらは冥土の土産だ。

 スィーが頑なに子どもたちを傍に置かなかったのは、もう直ぐ死ぬと知っていたからだ。


 スィーはビトに視線を送り、「もう帰って良いか」と尋ねた。ビトはダダンの治療費も、履いてるズボンも兵団持ちであることを説明し、子どもたちも一日は預かれると答えた。

 改めてダダンを見ると、確かに緩めの薄茶色のズボンを履いていた。ダダンは俯いてスィーと目を合わせようとしない。


「帰るぞ」

「……」

「ダダン」

「……」


 ダダンは何も答えず動こうともしなかった。どうにかしたい、助けたい、その思いはあるのだが、何をすれば良いのかは分からなかった。スィーなら知っているはずだが、そのスィーは子どもたちを見捨てると決断している。


「お前には何も出来んだろう」

「分かってる!」

「捨て置け」

「嫌だ」


 はあ、と聞こえるようにスィーは息を吐いた。ダダンはびくりと身体を揺らした。駄々を捏ねているのは理解している。スィーの言う事を聞いていれば楽だと言う事も。

 ダダンの中で子どもたちと出会ってから、少しずつ何かが変わっていったのだ。子どもたちの方がダダンより強いのだろうとは理解しているが、それでも何かしてやりたいと願っていた。


「お前は私の護衛だ。命令を聞け!」

「……嫌だ!」

「わがままボーイ! 私はお前の母親じゃない! 甘ったれるのもいい加減にしろ! この、この、バカタレ!!」


 そう捨て台詞を吐いてスィーは何処かへと走っていった。

 ビトはぽかんとした顔でスィーの出ていった方を見ていたが、突然大きな声で笑い出した。


「本当に、母親みたいだねあの子。君、何も出来ないのに、意見だけは言うんだから」


 笑い続けながらもダダンに毒を吐いた。ビトは二人のやり取りを聞いていて、見ていて、胸糞悪いと思っていたのだ。スィーの言ってる事が正しい。ダダンのそれはスィーに罪悪感を生ませるばかりか、責任さえ擦り付けてしまえるのだ。

 もしダグがレオンに同じ事をしていたら、ビトは叱り付けてダグが反省するまで監禁するだろう。


「君、何も出来ないって自分でも言ってたじゃないか」

「……」

「考える事は他に任せて、解決する事も他に任せて、だけど死ぬのは見たくないって。甘いんじゃない?」


 ぐうの音も出なかった。スィーの言葉を無視して森に戻った時も、ダダンは何も出来ず結局スィーに助けて貰ったのだ。あの時の事も、もうなあなあになっている。


「ねえ、君は何であの子と一緒に居るの?」

「え……?」

「何で?」

「……名前をやるから護衛をしろって」

「また、あの子のなんだ」


 これだから魔族は嫌いだと言いそうになって、ビトは我慢した。

 この街は魔族と魔人族が暮らしている。当然、魔族の方がよく問題を起こしていた。魔人族の方が数が少ないのだが、魔族より圧倒的に強い。魔族を取り締まるのも魔人族の役割だった。

 頭の出来が悪い魔族と関わるのは、ビトにとってストレスでしか無かった。何よりビトの大好きな安心安全を容易く壊す魔族には反吐が出る。


 見たところダダンはキングリザードマンなのだから、下層階級の魔族とは違うはずだ。少しは考える脳を持っている、はずなのに、目の前のキングリザードマンはまるでイヤイヤ期の赤ん坊のようだった。


 沈黙が流れ、ビトがもう駄目だと見限ろうとした時、ダダンが動いた。立ち上がりビトの元へずんずん近づいていく。


「……何?」


 また魔族お得意の暴力か、とビトは思い反撃に出られるよう神経を張り巡らせた。


「……」

「……」


 ガバッと大きな上半身を思いっきり下げ、ダダンは礼をしていた。ビトは呆気に取られ、何も言えなかった。


「寄生蟲について教えてくれ! 頼む!」

「!」

「……」

「……ふふっ、ははは!」


 自分の予想が外れ驚いてから、嬉しそうにビトは笑った。こんな魔族見た事がなかった。一頻り笑った後ふと、ビトは思い出してこう言った。


「物を頼む時は、お願いしますって言うんだ。君の母親の言葉だよ」

「お、お願いします……?」

「ああ、良いとも」


 不思議そうな顔をしたキングリザードマン、ダダンを見つめ面白そうに笑いながら、ビトは大きく頷いた。


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