第14話

 すっかり気に入ったのかスィーは紅茶を飲み干していた。おかわりを持ってこようか、と言うレオンの提案を断り、スィーは疑問に思っていた事を聞いた。


「あの大剣、誰が作った?」

「……造り手は不明だ。師匠が持っていた物をダグが譲り受けたのだ」

「ふむ」


 スィーは闘技場で大剣を握った時にそれが退魔の大剣だと気付いた。ダグが魔法を使わなかったのもそのせいだろう。魔法を使えないという枷を嵌めることで、より剣技に磨きがかかる様にしている。


「あれはダグにとって強さの証であり誇りなのだ。だから、」

「壊す気はもうない」

「そうなのか?」

「うむ。だが、あれを使いこなせてないみたいだったからな」


 レオンは興味深そうに目を細めて言葉の続きを促した。驚くことはもうなかった。師匠の話を聞いているみたいだと感じていた。


「アイツは大剣に頼りきってる。魔法を使わないんじゃなく使えないだけだ」

「……結果は同じだろう?」

「全然違う。使わない様にしてみせろ、意味が分かるぞ」


 スィーはそう言うとソファーから立ち上がり、もう話は終わりだと扉へ歩き出した。


「何故、助言など」


 あれ程怒っていたのに、とは口には出さなかった。が、スィーには伝わったのだろう。扉の前でレオンに背を向けたまま、少しの沈黙の後、口を開いた。


「宿屋には借りがある」


 それだけ言ってスィーは直ぐに部屋から出ていった。


 レオンは肩の力を抜いてソファーの背に身体をもたれかけた。守護兵団に加わって隊長にまで上り詰めてから、今日ほど死を隣に感じたことは無かった。懐かしい、感覚だった。


 すっかり温くなった紅茶を一気に飲み干し、応接間を出てダグに会いに行った。隊長として言うべき事はもう言ってある。今からは、幼馴染みのレオンとして会うつもりだ。


 医務室の扉をノックし自分の役職名と名前を告げる。「どうぞ」という返事を聞いて扉を開けた。


「二人きりにして貰えるか」

「ハッ!」


 医務員は直ぐに部屋から出ていってくれた。守護兵団に所属している者は皆、レオンとダグ、ビトの関係を知っている。

 察しが良くて助かるよ、とレオンは小さく呟いた。


「起きてるか」

「……ん」


 カーテンに囲まれたベッドの一つにダグは横たわっていた。怪我の処置は既に終わり、あとは安静にするだけだ。レオンを見上げるダグは叱られる前の小さな子どもの様な雰囲気を纏っていた。


「負けたな」

「……ん」

「……何で、勝負を仕掛けた? 俺は止めただろ?」

「それは、……」


 ダグは口ごもった。何を言っても最終的には怒られ、もしかしたら見捨てられるのかも知れないと恐怖していたのだ。実際にダグはレオンの判断で候補生に落ちてしまっている。それはレオンの優しさという名の厳しさなのだが、ダグは相当に参っていた。


「怒ってないよ。疑問に思っただけだ。それにダグは充分打ちのめされた様だからね」

「……」

「それともビトを呼んできた方がいいかい?」

「それは嫌だ」


 二人はビトの反応を想像して笑い合った。安心安全が大好きな彼女は、ダグを泣きながら叱りつけるに決まっている。『こんな事するなら腕を折って脚を鎖に繋げるよ』などと本気で言いかねない。彼女は過激なのだ。

 既に決闘場で見られているかも知れないが、あの時はレオンから言いつけられた役割を全うしていたのだろう。


 普段のダグに戻ってきたことを確認し、レオンはもう一度聞いた。ダグは少し考えてから答えた。


「無性に苛立って、どうしようも無くなったんだ」

「理由はない、って事か……」

「最初はレオンを馬鹿にされて、クソって思っただけだった。それがどんどん大きくなって……、殺したくて堪らなくなった」

「……挑発、だな」


 レオンは思い当たる節があるのか、顳顬こめかみに手を当てて考えを纏めていった。


「彼を傷つけた俺たちを許したくなかったが、悪いのは彼だと分かっていた。だから、わざとダグを挑発して戦いに持っていった。唯の挑発じゃないな、精神に影響を与える一種の攻撃だ」


 言ってる本人もそんな攻撃あるのか知らないが、そうとしか考えられない。余程の事が無ければダグやビトはレオンの命令を無視なんてしないのだから。


「だけど、アイツ、何を望んでるのか分からないって言ってたぜ?」

「そうなのか?」

「ん、その後、腹が立つから殺したいって言ってたけどな。あー、怖いわ!」


 その時の事を思い出したのか、ダグはブルブルと身震いした。考えれば考える程、あの時の自分はどうかしていたのだと思う。延々とおちょくられていた様な気もするが、殺されなくて良かった、と息を吐いた。


「あの子は、感情をコントロール出来ないのかもな」

「ええ……アイツが?」

「いや……、気付いてないのか……」


 二人は押し黙った。不思議な魔人だ、スィーという少女は。


「……なら、あのデカいリザードマンと一緒で良かったんじゃねぇの」

「ん?」

「アイツはリザードマンの為なら怒るんだろ?」

リザードマンだ。また怒られるぞ」


 居るのか!? と仰天し大声を出した事で身体が悲鳴を上げた。低い声で唸り痛みを堪えていると、レオンが笑い出した。


「すっかりトラウマだなあ、ネコでイヌなのに」

「止めろよ! ……はあ」

「まあでも、その通りだろうね」


 レオンは先程のダグの言葉に対して同意した。スィーが独りだったら、と考えるとゾッとする。


 不意に、レオンの視界に皿に残された料理が映りこんだ。巷で人気のハンバーグという肉料理だ。


「食べないのか?」

「……罰だとよ」

「うん?」

「アイツの肉で作ったハンバーグ」

「…………は?」


 レオンはもう一度皿の上のハンバーグを見た。特に変わったところはないが、ダグが嘘をつく理由もない。


「アイツが喰えって言ったらしい。意味分かんねぇし、喰いたくねぇよ」

「頑張れよ、ダグ」


 爽やかな笑みを携えて勢いよくダグを見捨てたレオンに、ダグはカウンター攻撃をお見舞した。


「レオンとビトの分もあるってさ」


 ここには居ないビトも巻き込み、攻撃は見事クリーンヒット。別に喰えない理由は無いのだが、触らぬ神に祟りなし、喰うのなら普通の料理を喰いたい。

 レオンは盛大な溜め息を吐いたのだった。


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