第11話

 沈黙が落ちる中、最初に口を開いたのは上司の男だった。


「私はレオンだ。この街の守護兵団の隊長を務めている。彼について通報があってね。同行に協力を。それに彼は早く移動させた方が良い」

「どういう事だ?」

「彼に取り付けたのは対魔族用の猿轡だ。筒からが流し込まれるようになっている。直ぐに死ぬ事はないが……ね」

「ふむ……」


 スィーは倒れているダダンを見つめた。傍らには子どもたちが心配そうに寄り添っていた。

 レオンはスィーが何か言うだろうと待っていたが、スィーが口を開くことは無かった。


「此処で話すのも致し方ないが噂が立つ。口に戸は立てられないだろう。店主に迷惑をかけたくない」

「うむ、それは同感だ」

「では」

「だが、物を頼む時には言うべき事があるだろう」

「……」

「知らないのか? ママに聞いてきな坊や」


 ダァン、と大きな音が鳴った。原因はダグと呼ばれた魔人だった。肌も髪も目も、頭に生えた丸い獣の耳や細長い尻尾も全て黒色の男だ。

 ダグは背負っていた大剣を鞘ごと床に叩きつけたのだ。抜く気は無いが、黙っている気もないという事か。いや、態度次第では抜いてやろうという挑発にも見える。

 隣に控えていたビトと呼ばれたスタイルの良い女の魔人は「あちゃー!」と呟き、手で顔を覆っていた。


「ダグ、」

黒豹ネコの癖にドッグイヌとは笑わせる」


 その言葉にダグもビトも、そしてレオンでさえも驚いた表情をした。


「貴様ァ……」


 ダグは直ぐにでも抜いて斬り掛かろうかと、重心を低くし大剣を構え鞘に手をかけた。


「辞めろダグ! 死にたいか!」

「だがなぁ、私はもう殺る気になっている」


 スィーはどうしたものか、と芝居がかった喋りで悩むふりをした。更にスィーは名案だとでも言いたげに大きく頷いて言葉を続けた。


「私とお前は決闘をする。その後は望み通り何処へでも行こう。交換条件と言うやつだな」

「上等だ」

「ダグ!!」

「諦めろレオン。私もコイツも殺る気なんだ」

「片腕なんかで何が出来る! 笑わせるな、頭から丸ごと喰い殺してやる!」

「にゃんにゃん煩いぞ」

「スィー殿!! ……どうか、……どうかで、お願いします」


 そう言って、レオンは頭を下げた。ダグもビトを息を飲んだ。団長以外にレオンが頭を下げている所を見た事がなかったからだ。強情で自己中心的でカリスマ性を持ち、実力でのし上がってきたレオンを二人はよく知っていた。


「ふむ。あいつを直ぐに移動させろ、子どもたちを付き添いにな。交換条件だ」

「ビト」

「はっ!」


 ビトはそのスラリとした体躯からは予想もつかぬ力持ちのようで、ダダンと子どもたち二人を抱き抱えると、窓を開けてトンっと飛び降りた。

 背中から四枚の翼を現し大きく広げ、瞬く間に街の方へと飛んでいった。


「……闘技場へ向かおう」


 レオンは表情こそ崩さないが、その中では色々な感情が入り交じっていた。何より、ダグの見た目と呼び名だけで、名前を知られたかもしれない事が一番の恐怖だった。あの時、自分だけでも表情を保つべきだったと後悔した。

 勿論、名前をピッタリと当てられる訳では無いだろう。……無い事を願う。ただしその欠片だけでも握られているという感覚は不利に働くだろう。

 スィーは何かを仕掛けるような事はしなかった。ただ、お前の名前の鱗片を掴んだぞと脅しただけだ。それでも普段のスィーとは何か違う。それは道中、怒りをそのまま表に垂れ流し、擦れ違う者皆を威嚇している事にも現れていた。

 ダグはスィーの全てが気に入らないらしく殺気立っていた。レオンが頭を下げてまで決闘でと言ったから我慢しているだけで、本当なら宿屋を出て直ぐにスィーの身体を真っ二つに斬り裂いてやりたかった。


 そうしてダグは、殺してから手加減を誤りましたとでも言って逃れようか、等と物騒な事を思いつき、一人ほくそ笑んだのだった。


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