第12話

 そもそも決闘とは魔人族によって問題を解決する為に編み出された、遺恨なき戦いだ。魔族と人族のような、醜い争いはしたくないと一部の魔人族は考えたのだった。


 だからダグは勿論知っていたし、スィーも決闘のルールは知っていた。

 一対一である事。気絶や続行不能と認められた場合、若しくは敗北宣言で勝負が決まる事。


 そして、相手を殺さない事。


 レオンが決闘でと頼み込んだのはこの為だ。スィーもその意図を分かっていた。だからこそ、ルールを知らないとかむにゃむにゃ言って、もっと困らせたかったというのが本音だ。


 ルールを守れば後はどんな武器を使ってもどんな魔法を使っても構わない。


 闘技場は円になっており、周りを石造りの壁で覆われている。隙間からは太陽の光が差し込み、アートのような影を落としていた。レオンは闘技場を見下ろせる観戦場所に立っていた。


 広い戦いの場に、スィーとダグが向かい合う。宣誓はない。お互い相手に掛ける誇りなど持ち合わせていないからだ。ただ自分の欲を知らしめる為に、戦う。


「子どもの姿如きで強くなれると思うなよ。無邪気は何の武器にもならない! 知っていれば何て事の無い、唯の狂人だ!」

「弱い犬ほどよく吠える」

「黙れ!!」


 鍛え上げた筋力で地面を踏みつけ、一気にスィーの目の前へ。そのまま、振りかぶった大剣を、凡そ大剣とは思わしくない速さで振り抜く。人族なら当然、下級階層の魔族も、鍛えた者でさえもこの速さを見切れる者は中々いないだろう。


 だがスィーはそれを事も無げに避けてみせた。弱さと強さは表裏一体の理に基づく還元の一つ。


 子ども特有の第六感。


 何となく嫌な予感がする、怖いものが見える。見えるはずのない物があるように見える。だから、スィーは避けた。それは戦いの素人同然の動きであるのにも関わらず、洗練されたダグの攻撃を次々とかわしていった。


 余裕を持っていたダグは、戦いの素人に軽々と避けられている事に苛立ち、剣筋がどんどん荒々しくなっていった。時には地面を抉ることもあり、土煙が舞い上がった。


 ダグの体力も無限ではなく、許容範囲を超えて大剣をブンブンと振り回せば筋肉は悲鳴を上げる。


「ハッ! 逃げ回ってるだけか雑魚が!」


 それでも、ダグは休まない。それどころか口元に笑みさえ浮かべていた。目の前の少女は反撃出来ない、戦いにも慣れてない、ただことわりのお陰で逃げられているだけだ、と理解した。

 余裕を取り戻せば、熱くなっていた脳は考えて戦う強者の落ち着きを取り戻した。視野も広くなり無駄に入っていた力も抜けた。

 確実に勝てるように、確実に相手の息の根を止める為に、精密に愚直にダグは大剣を振るった。


「おっと」

「死に晒せ糞ガキ!」


 ただ逃げるだけだったスィーはダグの思惑通り、闘技場の壁際へと追い込まれそこに背をつけた。ダグは大剣を右下から左上へ地面を抉りながら振り上げた。スィーはそれを横に転がることで避けたが砂埃が舞い上がり視界が悪い。全てダグの狙い通りだった。


「終わりだ」


 振り上げた大剣に懇親の力を込め、転がっているスィーに向けて振り下ろした。


 土煙が完全に晴れると、スィーの姿がはっきりと現れた。パタパタとスィーの左肩から血がとめどなく流れ地面に染みを作った。第六感を持ってしても避けきれなかったのだろう。

 ダグはニヤニヤと歪な笑みを浮かべていたが、スィーの血の色を見て眉をひそめた。こんな赤に近い色じゃなくて、もっと濃い紫色だと思っていたのだ。


「それだけか?」


 ただの強がりだと、血を見る前までのダグならそう思っただろう。


 血の色を見たダグは混乱していた。血溜まりにポタリと血が垂れる毎にスィーの存在感が大きくなっていくからだ。宿屋で初めてスィーを見た時は、生意気で世間も自分の力も知らない馬鹿だと思っていた。決闘が始まってからも、子どもの姿である事に胡座をかいてるだけだと。


 何故、忘れていたのだろう。何故、忘れられたのだろう。スィーはダグの名前の欠片を掴める程、博識であるのに。


 スィーはつまらなそうに呆然とするダグを見ていた。スィーの息は上がっておらず、痛みも感じてないのか作業のように服を使って血を止めると、不意に手のひらに溜まっていた自分の血をダクの目に向かって撒き散らした。


「クッ!」


 あれこれと考え出そうとする思考を止めて、決闘に集中しろと心の中で怒鳴った。視界を一瞬奪われたダグは、距離をとるために大きくバックステップを踏んだ。


 ダグにとっては幸いな事にスィーの追撃はなく、視界が晴れた頃には随分と二人の距離が空いていた。

 先程まであんなに近くにいたのに感じられなかった畏怖の念が、今では肌が粟立つほど感じられた。スィーは隠していたのだ。宿屋の時から、守護兵団が部屋に乗り込む時から、スィーの実力を。


 こうなるこ決闘とを望んだのかはダグには分からなかった。実際、スィーの左肩は斬り落とされ出血も多い。


「貴様! 何が望みだ!」


 薄気味悪いスィーの気配に耐えられずダグは声を荒らげた。スィーはふむ、と少しばかり考えると「分からない」と答えた。


「他者を馬鹿にするのも大概にしろ!」


 ダグはスィーに気圧されまいと大声を出して威嚇した。このままでは恐怖に喰われ動けなくなりそうだった。


 スィーはダグに聞かれて、改めて自分が何を望んでいるのか考えていた。分からない、と言ったのは本当だった。こんな感覚初めてだったのだ。

 腹の奥がモヤモヤしていた。自然と眉間に皺がよって、破壊衝動に駆られた。……なるほど、とスィーは小さく呟いた。


「……腹が立つから殺したい」

「!!」

「これで満足か?」


 二人とも静止する。きっとこの一撃で勝負が決まるだろう。スィーが一歩踏み出そうとした時、ダグの方から一瞬で距離を縮めてきた。大剣を大きく振りかぶっている。


「やっぱり貴様はただの生意気な子どもだ! 馬鹿で世間知らずなのだと思い知らせてやる!」


 スィーは動かない。逃げる動きも見せなかった。


「そろそろ鳴き方を覚えたらどうだ?」

「ほざけ!」


 大剣がスィーの首を刎ねる、そう思われた時。


「ワン!」


 スィーは文字通りただ吠えた。その瞬間、ダグの身体は勢いよく吹っ飛び壁へと激突した。壁は衝撃で大きな円上に凹み、ダグは地面に倒れ伏した。


 ゆっくりと歩き、スィーは倒れているダグの元へと辿り着いた。落ちている大剣を手に取り、フゥと息を吹きかけて消そうとした所を、まだ辛うじて意識のあったダグがスィーの足を掴み拒んだ。

 一撃で殺れなかった事、思ったよりもタフだった事を嬉しく思いスィーは大きな笑顔を咲かせた。そうして、自分の足を掴む黒い剣士の腕を切断する為に、片手で大剣を振り下ろした。


 ガキィンと、金属のぶつかり合う音が響く。スィーの振り下ろした大剣はレオンの剣によって受け止められていた。スィーは痺れる腕の感覚に顔をしかめた。


「もう勝敗は喫した。彼は負けた」

「ふむ、まあ約束だからな。ではこの大剣を貰おう」

「それは、それだけは許してやって欲しい」

「命も惜しい、武器も惜しい。負けた者が大層な言い分だな」

「彼の階級を剥奪、二週間の謹慎処分、また候補生からのやり直しとさせて貰う」

「ふむふむ。また随分と。だがそれは私の知ったことではない、だろう?」

「っ……」


 レオンは最早悲痛な顔を隠すこともせず、どうにかして止められないかと模索した。スィーは大剣をつまらなそうに見つめ、今度こそ息を吹きかけて消そうとした。


「スィー」


 後もう少しのところで、スィーの名前が呼ばれた。それはよく聞きなれた声だった。観戦場所に顔を向けるとそこには、ダダンが立っていた。両腕にはずっとダダンに付き添っていた子どもたちを抱えている。


「……何だ」

「イジメは格好悪いぜ」

「何だと!」

「いじめ、よくないよ」

「な、」

「だめ、だよ」

「なっ!」


 三人から諭され、言葉につまるスィー。言われてみれば確かにいじめていたのだ。


「ほら、スィー」

「ぐうぅ……。次は、次は! タダじゃ置かないからな!」

「それは負けたヤツのセリフだろ」


 ダダンと子どもたちの笑い声が闘技場に響き渡った。その時、漸く、レオンは何故こんなにもスィーという少女が怒っていたのかを知った。少女の隣に立っているキングリザードマンの彼、ダダンを、傷付けたからだ。


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