第10話

「繰り返す! 直ちにこの扉を」

「ダダン、開けてこい」

「え? え……?」

「早く行け」


 スィーに言われれば、ダダンには言う通りにするしかない。足取りは重かったが、意を決して扉を開けた。その瞬間、ダダンは猛烈な勢いによって床へと押し倒された。


「ヒェッ!? な、何すんだテメェら! ンン!?」


 訳も分からず何に押し倒されたのかも見えない中、喚くと口に筒のような物を咥えさせられ声が出せなくなってしまった。対魔族用の猿轡である。


 襟元に丸いバッチを付け、銀の糸で模様が入った紺色のスーツをピシッと着こなし、対魔族用の武器を腰や背中に下げた魔人族たちがドカドカと部屋へ入ってきた。


「通報された大柄のリザードマン捕獲しました!」

「ウルフ型と思わしき魔人族の子ども二匹、発見、保護しました!」


 部下たちは直ぐに上司にハキハキと報告する。その動きに無駄はなく精練されている事が伺えた。

 子どもたちはダダンとは違い、清潔な服を着せられ手厚く保護されていた。

 部下の一人がスィーの元へと足を運んだ。「もう怖くないよ」と言いながら優しい笑みを浮かべ、スィーを抱き上げようと手を伸ばす。スィーの片腕が無いことも同情を誘った。


「ははは! 魔人族の子ども、がどういう意味を持つのかも分からんのか。マヌケめ!」

「!?」


 スィーの言葉に驚き手を引っ込めると、直ぐに後ろへと飛び退いた。


 魔人族は、幼い頃は早急に、青年の頃から緩やかに成長し、任意の姿でそれを止める事が出来る。


 弱さは強さと表裏一体の理。


 小さい、柔らかい、弱々しい、それらは強さへ還元される。勿論、還元されると言っても魔人族同士ならただの腕力では、子どもより青年や大人の方が力が強い。


 なれば、何に還元されるのか。


「今度はこちらの番だ。降伏しろ。さもなくば、喰い殺す」

「調子に乗るなよ!」


 これは余り知られてない事なのだが、一つは。


「私は二度は言わん主義だ。二人とも腹が減ったろう。喰って構わんぞ」


 無邪気。


「うぎゃああ!!」


 二人を護るように居た魔人族の腕を一本ずつ喰い千切り、子どもたちはむしゃむしゃと食べ尽くす。尻尾を揺らし、血だらけの口元でにっこりと笑みを浮かべた。


 善悪の違いが分からぬ故の、純粋さ。戸惑いが生まれることなく他者を喰らえる欲求への素直さ。


「もっと、いい?」

「たべて、いい?」


 それは感謝して親を喰ってしまえる程に、何の混じり気もない透明な悪。


「うむ、良いぞ」


 スィーもにっこりと笑みを返した。


「クソが!」


 部下の一人がスィーを捉えようと腰に差していた武器を構えた。ただの棒に見えるが襟に付けたバッチと同じ石が嵌め込まれており、呪文を唱えれば威力が幾倍にもなった攻撃が飛んでくることだろう。

 スィーは楽しそうに、に笑った。そして、次の言葉を紡ごうと息を吸い、口を開いた時。


「辞めろ!」


 ピタリと全員の動きが止まった。スィーもゆっくりと口を閉ざす。


 命令を出したのは他の魔人達とは違い、一人だけ華美な模様のスーツを来ている男だ。襟元のバッチも細かな模様が彫られていた。見た目では人族との差異が殆ど見当たらない。強いて言うなら、犬歯が鋭い事くらいか。


「全員武器を下ろせ。負傷者を運び出し手当てを。ダグ、ビト、お前たちは残れ。他の者は外へ」

「それも、置いていけ」


 ダダンを連れて行こうとする魔人に向かい、スィーはそう言った。


「……」

「置いて良い、後は私が対処する」

「はい」


 忌々しげにスィーを見やった後素早く上司の命令に従い、ダグとビトと呼ばれた者以外は全員退室していった。


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