第7話

 ダダンは幼い頃から一人で生きていた。もっともっと幼い、それこそ生まれて五年も経たない頃には、誰かと一緒に居たような記憶はある。しかし、それが気の所為とか夢の中の話で無いのなら、ダダンはその誰かに捨てられたのだろう。百数十年も生きる内に、顔も何もかも忘れてしまったけれど。


 森をさ迷い、虫にも動物にも家族が居ることを見せつけられ、色々な群れに寄生し、利用され、裏切られ、命懸けで逃げ仰せた時に気が付いた。


 自分が居ることを許されたのは、ならず者や荒くれ者が集まる場所だけなのだと。


 常にどこかに死体が落ちている為、食料に困ることがなかった。こそこそ隠れ、見付かれば全力で逃げ、目を付けられたら姑息な手を使って相手を殺した。

 汚くても誰にも文句を言われず、ルールなんてなくて、有るとすれば生きている物こそが強者。ただ死なない為に生きていて、どんどん危険に敏感になっていった。


 狂った世の中にはおあつらえ向きの、魔族らしいと言えば魔族らしい場所で、羨望や憧憬は捨ててきた。そう思っていた、のに。


 漸く、ダダンは己の気持ちに気が付いた。


 ああ、期待していたのだ。美しい家族というものを。


 子どもたちに出会った時、幼い頃の自分を重ねた。身体も精神も汚くて、その日生きるのがやっとで。それは土や血に汚れボロボロの服を纏った子どもたちによく似ていたから。

 けれど、子どもは二人いた。きょうだいのような、守り守られる関係。仲睦まじく手を繋ぎ歩く姿は、理想の家族だった。親は居ないかもしれないけど、それでも一人じゃない。

 案内されて辿り着いた家も、きっと安心できる居場所なのだろうと思わせた。中へ入るまでは。


 そうして勝手に裏切られたと思い込んだ。もしかしたら、その光景こそ、美しい家族の一部だったかも知れないのに。


 親が子を助けるために惜しげも無く自らの命を差し出すこと。それはダダンの思い描く理想の家族だ。


 ダダンの表情から陰りが失せていくのを、隣で歩くスィーは感じ取った。随分と大きい赤ちゃんだな、と心の中で溜め息を吐いた。


「スッキリしたか?」

「ああ。……もしかして、心配してくれたのか?」

「ふん!」


 ダダンがいつもの調子を取り戻し、少々ゆっくりだった歩みはペースを上げた。子どもたちは難なく付いてくる。


 子どもたちが襲いかかってくると思っていたのは杞憂だったと、今のダダンなら分かる。いや杞憂などではなく、被害妄想という名の加害妄想か。そこまで考えて、ハッとした。


「魔族が襲ってこねぇ!」

「マヌケめ今更だ」


 いつもなら長考をぶち壊すが如く、息もつけないほど魔族が襲いかかってくるはずだ。子どもたちなんかではなく、そちらを注意するべきだったと自分の愚かさに悶絶した。


「この森自体が魔族の群れの様なものだからな」

「ヒェッ。それじゃ、もう喰われてるってことか!?」

「馬鹿ちんが。だから寝る前にこの森を抜けるんだ」

「けど、もうそろそろ日が暮れるぜ?」

「日が暮れたら寝るのか? 清く正しい素敵な脳味噌だな」

「げぇ……」


 ダダンは文字通り頭を抱えた。スィーとの会話を思い返してみても、今日中に森を抜ける、とか、日が暮れるまでに、とかそういう時間の制限は一度も言ってない。

 ダダンが無意識に日没までだと思い込んでいただけだ。


「抜けるまでが一苦労なんだよ」

「アイツらは大丈夫なのか? 一緒に居た方が」

「私は多頭飼いはしない主義なんだ」

「……そーかい」

「そーだ」


 子どもたちはまた笑い合っていた。葉っぱを毟って遊んでいるのか、虫を捕まえて食べたのか。この速さでも一定の距離を保ちつつ無邪気に遊ぶ様は正に、獣魔族の子どもと言った感じだ。


 空は暗い青色が侵食していた。端っこの方で赤色が少し残っていた。

 夜の森は危険だと、ダダンは知っている。夜目が利く魔族が跋扈ばっこしているからだ。この森には居ないのかもしれない。ただ、この森が夜型なのであれば話は別だ。


「俺たちは抜けれるんだよな?」

「あったり前だろ。私の歩く道が全て正しい!」


 スィーが高らかに言い放ち、ドンッと強く地面を踏みしめると心做しか道が開けた気がする。そう言われれば、先程からほとんど一直線に進んでいたにも関わらず、そこら中に生えてる木々や大岩に遮られてない。


 後ろからは、スィーの真似をしたのかトンッと地を強く踏みしめる音が二つした。


 相変わらず無茶苦茶だ、とダダンは苦笑いを浮かべた。そうしてダダンもドンッと強く地面を踏みしめたのだった。


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