第6話

 ぴょこぴょこと動く獣の耳とふわふわの尻尾。手を繋ぎながら歩き、時折付いてきているかと確認する為に振り返る子どもたちは、何故だかダダンの庇護欲を掻き立てた。守ってあげたい可愛らしい愛玩動物ペット、ダダンのその認識は直ぐに覆ることとなった。


 着いたのは比較的原型を留めている小さめの家だった。大方、二人は森の中をさ迷い、人族の使っていた物を見つけて静かに暮らしていたのだろう。

 周りに家はなく、町から離れた森の端っこにぽつんと建っていた。ハーフは何かと狙われやすい。隠れて暮らすにはもってこいの場所だった。


 ダダンは背を丸めて扉をくぐると、目の前に広がる光景に言葉を失った。暗い紫色と赤茶色が至る所に付着している。原因と思わしき物体は、食い尽くされた後のように原型を留めていなかった。

 ブンブン音を立てて飛び回る虫を、子どもたちは並外れた反射神経でパシリと掴み殺し、嬉しそうに食べていた。


 何もかも間違っていた。曲がりなりにも、ハーフの子をペットだのと。ここは二人が見つけた家ではない。生まれ育った家だ。

 ダダンは、目の前にいる小さな子どもは親をも喰らえる魔人族なのだと漸く明確に理解した。スィーと子どもたちを交互に目に映す。成程お似合いだった。


「めし、つくる?」


 逸る気持ちを抑えながら、小さい方がスィーに話しかけた。スィーが二人を観察したところ、姉と弟ではないかという結論に至った。見た目では中々分からないが、行動や言葉の端々に性別の違いを感じることがあった。きっと、親の影響だろう。


「ぜんぶ、つかって」

「火は、ぼく、できるよ」


 姉に言われるがまま家の中にある道具を有難く使わせて貰う。子どもたち用とスィーたち用に二つ、鍋を使うことにした。

 スィーでは身長が足りないため、今回の料理は全面的にダダンが行っていた。ダダンは未だ食い散らかされた残骸に思う所があるのか、スィーの指示を受けてもああ、とかうん、しか言わなかった。


 子どもたちは料理の様子が珍しいのか、面白いのか、ダダンの手元を下からじーっと見つめていた。


「火をつけて」

「ヒート!」

「うむ、良し。こっちはもう少し強く」

「フレイム!」

「ほうほう」


 弟の魔法をコントロールする力量にスィーは感心し、ニヤニヤしながらダダンに視線をやった。ダダンは、お前より上手いな、と言われているような気がした。

 実のところ、ダダンは昨夜スィーに言われて火の魔法を習得しようとしたが、自分の手を焦がしただけで未だ習得出来てないのである。得意不得意があるとは言えタイミングが悪く、目に見える結果として確かに劣っている。


 ダダンが色々なことにショックを受けている間にも料理の手は進み、良い匂いが漂ってきた。


 血や肉でぐちゃぐちゃなテーブルにお構いなく、スィーも子どもたちも料理の盛られた皿を置いた。ダダンだけは肉片を避けて皿を置いていた。

 子どもたちにはスィーの肉で作った肉入りスープ、スィーたちはケンタウロスの肉を焼いたステーキだ。棚に放置されていたハーブを使ったお陰で、十二分に食欲を刺激した。


「ヨキカテヲ!」

「ヨキカテヲ!」


 子どもたちは食べる前の挨拶をすると、がつがつとスープを食べ始めた。お代わりの度にダダンが席を立ちスープをよそった。ケンタウロスの肉も追加して五往復ほどした頃、やっと子どもたちの腹が膨れたらしく「おいしかったー」と満足気に笑っていた。


 半分ほどが血で汚れた窓からは、太陽が少し傾き始めたことが伺えた。スィーはちらりと外を眺め、そのままダダンに視線を移して、半分ほど肉が残っているダダンの皿を見た。もう手は動かす気がないようだ。冷ややかな目でダダンを見ても、うんともすんとも言わない。


「それじゃあ、私たちはもう行くぞ」

「えっ……」

「もっと、いてよ!」

「きょうだけでも」

「おねがい!」


 スィーが席を立ち玄関に向かおうとすると、子どもたちはスィーを囲んでそうせがんだ。ダダンはすっかり空気である。

 はあ、とため息をついてスィーは提案した。


「私たちは森の向こう側まで行く。付いてくるなら勝手にしろ。自分の身は自分で護れよ?」

「うん、うん」

「ぼく、まほう、つかえるからね!」


 自分は護衛をつけてる癖に、と思ったがダダンに突っ込む元気はなかった。


 子どもたちは大して準備などせず家を出て、仲睦まじく手を繋ぎ、時折ヒラヒラ飛んでる虫を捕まえて食べていた。少し離れつつも常に一定の距離を保って付いてくる。その正確さはダダンに、魔族の、特に獣の特徴を持つ者達の狩りを思い出させた。


「俺たちを喰う気だぞ」

「そうなったらダダン、お前が真っ先に死ぬだろうね」

「……」

「何をグダグダと悩んでるんだバカタレが。死んだって、お前と違ってしっかり食べ尽くしてくれるだろうよ。良かったな!」

「あ……すまん」

「ふん!」


 スィーはダダンが食べ物を残した事に大いに腹を立てていた。それも、飢餓で苦しんでいた子どもたちの目の前で、なんて強者を目指す魔族の片隅にも置いておけない愚行だ。


「……家族が、いや……」

「……何だ?」

「親を喰うって、それもあんな子どもが。まだまだ、必要だっただろ。なのに、あんな無邪気で居られるとか……。俺には理解できねぇ」

「ふむ……、家族なあ。……私も、親を喰ったと言ったらどうする?」

「え!? く、喰ったのか?」

「喰っとらん」


 あからさまに動揺するダダンに呆れ顔でスィーは答えた。少ししてダダンはガックリと項垂れた。スィーが親を喰ったと言った時、頭に思い浮かんだのは「何か事情があったかも知れない」という事。それはなにも、スィーだけに当てはまる訳ではない。


 それでも、もやもやが晴れないのは何故なのだろうとダダンは考える。後ろから楽しげな笑い声が聞こえてきた。

 森の中、仲良しの姉弟かぞく。ダダンは自分の過去を振り返っていた。


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