第5話

 次の日、案の定早く起きたスィーがダダンを叩き起して一日が始まった。ケンタウロスの肉を麻袋に詰めれるだけ詰めて、その地を後にした。


「森の向こう側まで行きたいな」

「森ってあれか?」

「うむ」


 二人の前方には緑生い茂る森が見える。森は近くにあるようで、実際はかなり距離があることが多い。ダダンはこのペースだと森の中で野宿だな、と考えていた。

 スィーの歩みは遅いわけでないし、少女の体躯にしては速い方だろう。体力切れをおこすこともない。しかし、日没までの時間は待ってくれない。まあ、無理だ何だと言ってわざわざスィーの機嫌を損ねる必要もないだろう。ダダンはスィーに逆らえないのだから。


 歩みを進めていくと痩せ細った土地が徐々に増えていった。ここら辺下層階級の魔族は作物を育てたりしない。大概、食に拘りもないので、数だけは十分な底辺の魔族たちは殺し合って相手の肉を喰うだけなのだ。


 相変わらず時折立ち向かってくる魔族を刺殺し、殴殺し、斬殺した。魔族の分厚い皮膚を淀みなく割いた時、爪の強度も上がった事にダダンは気付いた。そのまま慢心してしまいそうになる自分をぐっと堪える。もし本当に強者になっているのならば、下層の魔族がこんなに向かってくるはずがない。スィーに向かっていく魔族など一体も居ないのだから。


 もうそろそろ森の入口も見え始めるだろうという頃。


「おっ?」


 スィーが何かを見つけたらしい。また魔族か、とダダンは苦い顔をしながら視線を彷徨わせた。しかし、ダダンの目に映ったのは二人の薄汚い小さな子どもだった。スィーも大概小さいが、子どもたちの方が小さかった。

 頭に比較的大きい獣の耳、腰の辺りからはモフモフの尻尾が生えていた。それ以外はヒトの子に似ている。二人の髪も尻尾も肌も茶色く汚れ、ボロボロの服は今にも風に吹かれて破れてしまいそうだった。


「ウルフとヒトのハーフかな」


 そう呟くと、ダダンが止める間もなくスィーは子どもたちに近づいていった。少し身体の大きい方が小さい方を守るように少し前に出る。きょうだいなのかも知れないとダダンは思った。


「どうしたお前たち」

「……」

「……」

「喋れんのか?」

「……おなか、へった」

「ふむ」


 庇われている方が掠れた声で空腹を伝えると、スィーは腰に手を当てて自分より小さい子どもたちを見下ろした。子どもたちはビクビクと震えながらも、淡い水色の瞳でじっと見つめスィーの言葉を待っていた。


「あれと私、どっちがいい?」


 離れて待つダダン、それから自分自身を指さして子どもたちに問うた。


「……?」

「……おねえさん」


 後ろに隠れている方が、ボソリと呟くと、スィーは「良かろう」と笑い、手刀で腕を切り落とした。


「きゃあああ!!」


 少し身体の大きい子は、庇うように前に出ていたせいで目の前でそれを見てしまい、叫び声を上げた。それでも咄嗟に守るようにもう一人を抱きしめて、そのままへたへたと地面に座り込んだ。ダダンは驚いてスィーの元へ駆け寄った。スィーは素早く肘から下を失った腕を止血し、切った腕の血抜きを始めていた。


「またお前は!」

「スィーだ。私たちも飯にするぞ。ケンタウロスの肉出せ」

「…………あいよ!」


 スィーに黙れと睨みを効かせられれば、ダダンには口を閉じるしか術がなく、どうにでもなれと返事をした。

 二人のやり取りを聞いて、身体の小さい方がスィーに話しかけた。先程もスィーの言葉に返事をした事といい、叫び声を上げなかった事といい、怖いもの知らずな所があるようだ。世間知らず、とも言うが。


「……めし? くれるの?」

「そうだとも」

「あっち、ぼくたちの、家あるよ」


 そう言って森の方へ指を向けると、直ぐにもう一人にぺしりと叩かれた。


「だめだよ、やめてよ」

「でも、めしくれるよ」

「でも……」


 よっぽどお腹が空いているのか、止めようとした方もちらちらとスィーの方を見た。一緒にいる大きい魔族はすごく怖かったが、小さな少女には逆らえない様子だった。それに、大きい魔族の方も肉を持っているみたいだ。空腹時の食欲を前にしては理性など砂埃のように軽い。


 子どもたちは手を取り立ち上がり、意を決して家を教えることにした。


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