第4話

 ダダンが起きたのは、太陽が随分と傾いた頃だった。目の前に広がる空は赤色と青色が混ざっていた。それが夕焼け空と呼ばれる物だとダダンは知らなかったが、ずっとこの空を見ていられるなとぼやーっとした頭で考えた。


「起きたか」

「ッッうぎゃ!!」

「ばかものぉぉぉ!!」


 にゅっとスィーの顔が空を割って視界に入ってくると、ダダンはビックリして起き上がろうとした。勿論、起き上がる途中でダダンの頭とスィーのおデコがぶつかり双方ダメージを受けた。

 とは言えスィーの方は痛みよりも、急に男の顔が近づく、という事に動揺をした方が大きかった。スィーだってれっきとした乙女なのだから。


「す、すまん。大丈夫か?」

「ふん! これくらいなんてことない!」

「けど顔真っ赤だぜ? スィーにはヒール効かねぇからな……あ!」


 何か閃いた、と言わんばかりにポンと手を叩き、ダダンはスィーの額に手の甲を当てた。


「な、な、な!」

「俺の鱗冷てぇだろ?」

「バカものーーーー!!」

「グェッ」


 バチンッと大きな音が辺りに響くと、ダダンは吹っ飛んでいった。その頬には小さな紅葉が咲いていた。


 すっかり落ち着きを取り戻したスィーが地面に伸びているダダンの元へ駆け寄ると、その姿をまじまじと見つめた。


 緑色の鱗はより美しく光沢を持ち、尻尾の先は鋭く尖った槍のように変化している。身体も一回り大きくなり顔付きもキュッと引き締まった感じがする。リザードマンだった彼は、キングリザードマンに進化していたのだった。とはいえ、まだ魔族の範疇であるが。


 スィーはダダンの傍にしゃがみこんで引っぱたいた頬をつんつんと人差し指でつついてみた。起きない、反応もない。もう少し強くつついてみる。「ンン……」と嫌がるような声を出すが起きることはなかった。もっと強くつついてみた。ズブリ、つつくにしては変な音がなる。


「いってええええ!!」


 漸くダダンが目を覚まし、頬に穴が空いた痛みでグルグルと地面をのたうち回った。しかし、痛みを吹っ飛ばす程の天国がそこには広がっていたのだ!


 そう、 スィーのパンツである。


 今回は至近距離ということで、生足も存分に堪能出来た。


「おい」

「ヒェッ」


 ズブリ、スィーの人差し指と中指が直前までダダンの目があった地面に突き刺さっていた。身の危険に晒され、ダダンは素早く起き上がった後「俺はそういう趣味じゃない」と呪文のように頭の中で繰り返す。


「どれだけ寝たら気が済むんだ」

「スィーのせいだろーよ……。ていうか! その格好でしゃがんだりとか……あー、気をつけろよ!」


 ダダンにそう言われ、自分の格好をまじまじと見つめてから、ダダンに向き直る。


「……ロリコン?」

「違う!!」


 ダダンにはロリコンという言葉の意味は分からなかったが、絶対に否定せよとの脳味噌からのお告げによりほぼ反射で否定した。ふむ、とスィーは顎に指を当ててもう一度、今度は言葉を変えてダダンに問う。


「小さい女の子が好き?」

「違う!!!!」


 先程よりも倍大きい声で否定した。やっぱり否定して良かった! とダダンが安心したのは言うまでもない。


 一頻り茶番を終えると、スィーはまだ気づかんのかと言いたげにダダンを見た。そこで漸く、ダダンは自身の変化に気付いた。


 まず最初に目に付いたのは、鱗の色だ。こんなに艶のある緑色ではなかった。それから尻尾。ダダンは尻尾を見て感激した。今まではつるつるで何もない尻尾だったが、今では槍のように鋭い尻尾になっている。殺傷能力は段違いだろう。それから、少し小さくなったスィーを見て、自分が大きくなった事を知った。


「うおっしゃあー!」


 ダダンは天に向かって拳を突き上げた。強さが全てのこの世の中で、強くなった事が目に見えるのは非常に嬉しいことだった。特に、下層階級の魔族リザードマンなら尚更だ。嘗て戦場で羨ましいと見上げていたキングリザードマンになったのだと、溢れる笑顔を止められない。


「うむ。よかったな」

「おおー!」

「……」


 スィーは一回り大きくなったダダンを見上げ、目を細めて笑った。ダダンはその視線に気付くことはなかった。


 その日の夜は山ほどあるケンタウロスの肉で二人だけのパーティーをした。早食い競争をしたり、スィーの声に合わせてダダンが自身の身体が映えるようなムキムキのポーズを取ったり。焚き火の周りを意味も無い動きで回ったり、焼いたケンタウロスの肉を剣に見立てて遊んだりした。


 そうして、スィーはダダンの大きな腕の中にすっぽり包まれて、ダダンは体温の高いスィーの温もりを感じながら、二人はゆっくりと眠りについた。


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