第24話 殺し合いの末……、ということ

   殺し合いの末……、ということ。


 そこは闇だった。気づいたら闇の中にいた。

「死んだのか……オレ?」

 これは正確ではない。何しろ、すでに死んでいるのだから……。それが紫微人として、生きているかのように活動できただけだ。

 ドームが崩れ、気づいたらここにいた。瓦礫の中、というのでもなさそうだ。そもそも、ドーム自体が物理的に存在するものではなく、通変によってつくりだされたものなのだから、通変をつかっていたエキエが消えたら、瓦礫すら残さず消えているはずだ。

「これが本当の死……ということなのか?」

 生憎と、以前死んだときがどうだったか? なんて憶えていない。むしろ焼けて死んだはずの自分が、平然と生きていることに驚いたぐらいだ。もっとも、その生きている、と思った状態が、置換された異世界だったのだが……。

「どうやら、君が今回の勝者のようだね」

 暗闇の中から、声が聞こえてきた。

「勝者……? オレは勝ったのか?」

 勝利条件は何だ? 何でオレは勝利を得たんだ? よく分からないけれど、この暦戦で勝利したのなら、これは生き返るための儀式みたいなものか……?

「オマエは神……、主催者か?」

「正確にいうと、この星官戦争に主催者はいない」

「オマエも参加者の一人?」

「そうなる。事情説明はしないといけないからね」

「なら、オレは生き返るのか?」

「そうであるし、そうでない、ともいえる」

「……どういうことだ?」

「死……が概念的に、どういうものかの説明が必要だろうね。一般的には、心臓が止まった状態、脳が活動を止めた状態、であるけれど、心臓の停止は、単に栄養を体中に送ることができないだけで、心臓を代用する機械があれば、人は生き続けることができる。つまり機械につないでおけば、永久に生き続ける……という意味で、死ではない。脳が活動を止めると、個性を失うことにはなるけれど、肉体的には生き続けることができ、脳の代用として命令を与えることができれば、体を動かし続けることも可能だ。つまり、これも死ではない」

「……何が言いたい?」

 イラつくような、もって回った言い回しだ。

「分かるだろう? 代用物さえあれば、それは死を意味しない。肉体がないことは、死とすることはできないんだよ。その肉体を代用するものがあれば……」

「…………?」

 紫微人は、何だかよく分からない基準で、この暦戦への参加を決められる。そしてここで戦うが、それは別にゲームの参加者がいて、それによって択ばれている、ということだ。

「もしかして……紫微人はオマエたちの代用物?」

「正解。つまり我々にとって、紫微人をえらび、戦わせることは自ら生きていることを示す証でもある。我々は『生きている』と……」


「本体の奴らは、生きている……?」嫌な予感がする。「もしかして、暦戦に勝利すると生き返るって……」

「その通り。君はこれから、こちら側で『参加者として生きる』んだよ」

「生き返るんじゃ……」

「正確には生き、返るんだよ。その『返る』は、天地をひっくり返すのと同じ用法、つまり君は、単なる代用だったものから、参加者の側へと立場を返す、ひっくり返すのさ」

「参加者……本体になる、ということか?」

「この星官戦争に参加する立場となり、近々死んだ者の中から紫微人を選別し、その活動をみて楽しむ側へと回る」

「楽しむ……? 暦戦をただ眺めることの、どこが楽しんだ!」

「それを楽しい、と思わなければ、やっていけないんだよ。ただ君たちのことを眺める、なんてことを永遠につづけないといけない。だからトチ狂って、自分で参加し、この境遇から逃れようとする者も現れる。そんなことで勝利をしても、タマオノに覆されて終わり、なのに……」

 崩れ行くドームの中で、確かにみた。タタラが大きな化け物に、足の側から喰われるのを……。それまで傍観者として、ただゲームの説明をするだけなら、見逃されていたかもしれないけれど、みずから勝利を目指した。魔がさした。むしろ彼はタマオノに喰われることが目的だったのでは……とさえ思えた。飽き飽きしたゲームに、変化を求めたのだ。

 それは絶望へと至る変化だと、自ら気づいていたはずなのに……。

「じゃあ、オレは……」

「星宿となる死者をえらび、代理で戦わせる。もし、あなたが選んだ星宿が勝利すれば、そのときは本当に『返る』のです」

「土に……か?」

「それは肉体があれば、の話。私たちのような意識体は、イドに帰る。イドから湧き上がったリビドーが高まると、世界が置換され、戦いがはじまる。欲望をぶつけ合うステージが出来上がる」

 暗闇から語り掛けてきた相手は、そこまで説明すると、ホッとした声音に代わる。

「ようこそ、勝者たるホトオリ。あなたはホトオリとして、こちら側に回る。私はやっと……眠れる。イドに帰る……」

「ま、待ってくれ! オマエがホトオリなのか? なら、何でオレを択んだ⁈」

「もう……恨みを晴らそうとは思わなくなったでしょう……?」

 遠ざかっていくその声に、ホトオリはもはやかける言葉もなかった。この暗闇の中で一人になる、というのがどういうことか? 改めて自問する。自分のせいで亡くなった祖母のこと、そして、自分に会いに来たミイのこと……。

 不思議と悲しくはなかったけれど、虚無感には強く苛まれていた。まるでこの闇がすべてを覆い隠してしまう、自分の姿そのものだと気づいたとき、彼は激しく慟哭したけれど、それを聞いてくれる者は、もう誰もいなかった。


「え? ミツカケって、メルセデスっていうの?」

「自動車メーカーのイメージが強いけれど、スペイン系の、女の子の名前だからね、これ。両親がフランス系でも、英語系でもない名前を考えてつけてくれた。マリア・デ・ラス・メルセデス。慈悲のマリア、という意味の名前」

「へぇ~……。マリアなのか、ミツカケは」

「マリアじゃなくて、慈悲の方だから。イナミはホント、頭悪いよね」

「……てへ❤」

「それに、懲りないよね」

「私、記憶喪失だもん。色々なことを憶えていなくても、仕方ないのだよ。でも、ここでの暮らし方は憶えたよ。これはリーフレタスって言って、丸まらなくて、下の方から葉をかいていくと、ずっと食べられるんだよ」

 二人はそこで、農作業をしている。ここは畑と田んぼが、山の中腹の切り拓かれたところにあり、その周りは森で、人の気配はしない。

 あのとき……、崩れるドームの中で、ソイはイナミを抱え、ミツカケのことも呼び寄せた。彼に通変によって、このドームに風穴を開けて、逃げ道をつくることができる、と考えた。

 だがそこへアケリが突っこみ、ソイの胸にナイフを突き立てた。深々と突き刺さったナイフから、激しく血が迸った。

 ミツカケの悲鳴が木霊する。すでに腹にも大きな傷があり、致命傷とも思われた。それでもソイは、薄れいく意識の中で、手を上げた。

「通変を司る、その力の源にカギをかける……」

 彼の通変はカギを開けたり、閉じたりするもの。上手くやれば、通変でつくられたドームの中にいるイナミを見つけたときのように、パスを通すこともできる。虚ろになった意識でも、彼がそう呟くと、降り注いできた瓦礫がかき消え、天井に穴が開いた。通変によりできた円形墳墓なのだから、通変の影響さえなくなれば、影も形もなくなるのだ。

 ただそのとき、ホトオリに操られていたアケリが我をとりもどす。そして自分の手元をみて、絶望を悟った。

 自分が仲間だったソイを刺した……。いくら操られているといっても、目の前でソイは目の焦点も合わなくなり、命の火が消えかかっているのだ。

 紫微人はすでに死んでいる。流血でさえ少ない。それでも、これだけ大量となればもう命が尽きることは自明であり、それを自分が……、このナイフが……。アケリもソイの体にしがみついた。それは離れていくソイの魂を、この場にとどめようとする試みだけれど、虚しくさえあった。

 そんなソイのことをじっと見上げて、イナミは意を決したように、その体にとりついた。

「私に存在を与えてくれた……。名前をくれた……。だから、私はアナタに存在を与える。ここにいる理由をつくってあげる」

 イナミは空を仰いで、そして大きく叫んだ。

「私の星宿は、イナミ! 星官は織女! 天帝の孫、仙女、私が願えば、きっと叶うはず。お願いします、ソイを助けて。私の居場所をとらないで‼」

 そのとき、置換された世界が解け始めた。……否、離微動が起き始めた。制限時間がくる、だいぶ前であるけれど、この異世界が消えようとしていた。

 そのとき四つ足の、巨大なオオカミのような姿をしたタマオノが現れ、タタラとエキエに食らいつく様子が確認されたけれど、ソイたちにはどうすることもできない。崩れいくドームの中で、彼ら四人は光に包まれていった。


 星官戦争が終わると、元の世界にもどってくる。

 この山腹にあるポツンと一軒家に、イナミとミツカケはもどってきた。ミツカケは日本で暮らしているが、海外で殺されており、その意味で、もどる場所が難しかったのかもしれない。

 そしてもう一人――。

「ちょっと! 魚ってどうやって捌くの⁈」

 アケリがそこにいた。彼女は女子高生であり、自分の家もあるけれど、ここに飛ばされてきた。そうなった事情はきっと……。「うるさいなぁ……。おちおち、寝てもいられない」

 のっそりと奥から姿を現したのは、ソイだ。上半身には包帯を巻いているけれど、比較的元気な様子だ。

「オマエがオレの仕事を肩代わりする、手伝うって言って、始めたんだろうが」

「し、仕方ないじゃない。私のせいで、あなたがこんな……。でも、魚を捌くなんて聞いてない!」

「生きる上では、イノシシだろうと、魚だろうと、生き物を捌かないと生きていけないんだぞ」

「生きて……。私たち、本当に生き返ったのかな?」

 アケリも思わず、そう尋ねる。それはあの暦戦からもどってきて、感じた体の変化でもあった。

 生き返った……? 心臓の鼓動を感じる。体中に血が通っているのを感じる。もやもやした心の霧が晴れたようにも感じられた……。

「オレにも分からんよ。だが、オレももうダメかも……と思ってから、こうしてしぶとく生き永らえた。これがイナミの通変なのか……それは分からないけれど、この後の星官戦争に呼ばれなかったら、本当に生き返ったことになるんだろうな」

 ソイにもそれは分からなかった。あの星官戦争の終わりに、言葉が聞こえたような気もした。

「答えをみつけたようですね」

 それは優しく、穏やかで、慈母にあふれた声音だった。それがこのソイの本体だったのか? ソイにも分からない。ただ答えを見つけた者が星官戦争から抜けられる、というのなら、ここにいるメンバーは答えを見つけたのだろうか?

「ねぇ……。結局、暦戦の答えって何だったの?」

「さあな……。ただ、今回これまでとちがったのは、オレたちは別に、勝利をめざして戦ったわけじゃないってことだ」

「どういう……」

「勝利して、生き返りをめざしたわけじゃなく、みんなで生き残りを目指した。ドームという戦場だったこともあるだろう。逃げ道がなくなり、生き残るために必死になっていた。自分のためじゃなく、誰かのため……。みんなそうやって、体を張った」

「もしかして、カラスキも……?」

「あいつも生き返っているかもしれない。アイツが一番、他人のために体を張っていたからな。自分のために、自分がよければそれでいい……みたいな奴は、結局、生き返るにはふさわしくないとして、アミやタマオノによって、駆逐されてしまうのかもしれない」

「でも、私は……」

「オマエだって、大した星宿でもないのに、体を張って戦おうとしていただろ。ま、オレを刺したのはオマケにしておくよ」

「オマケって……」

 そのとき、イナミとミツカケが野菜をもって帰ってきた。

「アケリが早く魚を捌かないと、昼食にもできないぞ」

「分かったわよ。あぁ、もうヌルヌルする!」

 殺し合いの場でも、それを拒絶しつづけた彼らにとって、今はとても穏やかな時間だった。マダラにある異世界で、マーダラーにならなかった者だけが、こうした時間を享受できる。こうして、生きて大地を踏みしめる喜びを感じながら、彼らはこの時間を楽しんでいた。

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マダラにある異世界で殺し合いをする、ということ まさか☆ @masakasakasama

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