第23話 紫微人の宿命、ということ

   紫微人の宿命、ということ。


 タタラが現れたことによって、敵が六体となった……。ただ、ミツカケは味方にもいるので、同一人物だとすると割り引いて考える必要もあるだろう。

「へぇ~……。すぐにこの状況で、戦力判断をする君のその慎重さは、見習うべきなんだろうね」

「用心深いんだよ。オマエのような、出しゃばりでもない。だが、どうする? 天井や壁に縛りつけておかないと、エキエの通変との関連が切れ、通変をコントロールすることもできないのだろ?」

 そのとき、体が腐りかかっているエキエが前にでてきた。

「大体、当たりだが、少しちがう」

 そのとき、壁から鎖でつながれていたヒツキの、その鎖が切れた。すると、ヒツキは狂気に充ちた目で、イナミとこちらのミツカケを守っているカラスキに向かって、一直線に走っていく。

「きゃーーッ!」

 絶叫がひびく……。それはカラスキが攻撃をうけたからだけれど、その攻撃というのが、腕に直接噛みつくというものだったからだ。そして、前腕の肉を噛み千切ってしまった。

 その肉片を、ヒツキはそのままごくりと飲みこむ。「肉……、肉……」

 もう、それは狂気だった。

「君の通変は、通変を相手にすると効くけれど、狂人相手には通用しない。だろ?」

 ソイに向かって、タタラはそういった。

「狂人を囲っておいて、いざというとき放つ……。猟犬とするつもりだったか」

 ソイもそう言った後で、猟犬ではなく、狂犬か……と気づく。

「猟犬なんて思ってないさ。苦しめれば言うことを聞く、スゥのような星宿ならそのままでもいいけれど、強烈な飢餓に襲われ、肉を喰うことしか頭にないような紫微人なんて、管理することもできない。だから解き放ったのさ。この中で一番肉付きがよい相手に向かうと思ってね」

「カラスキ!」

「だ、大丈夫……。痛いけれど、自分の痛みなら、耐えてみせる」

 それを耐えられなかったら、もうとっくに生きてなんていない。心も、体すらもぼろぼろにされるほどの痛みをうけ、それでも生きてきたんだ……。この子たちは私が守る。背後をふり返って、カラスキはそう覚悟を決めた。

 しかしカラスキは水を操るといっても、ここにある湿気を集め、利用するぐらいのことしかできない。

 この、すでに自我すら失ったような女の子と、どう戦えというのか?


「さぁ、かかってきなさい!」

 カラスキは強気にそういって、自分のケガをした右手をふってみせる。血が飛び散り、彼女にとっては、このたるんだ二の腕のお肉が、ご馳走に見えるはずだから。

 ヒツキは襲い掛かっていく。だが、カラスキにとびかかる寸前、見事にすってんころりんとひっくり返ってしまう。

 カラスキが湿気を集めて、足元を濡らしておいたのだ。右腕をふってみせたのも、そこに血をばら撒いて滑りやすくするため。それでヒツキは足を滑らせた。カラスキもこの隙を見逃さず、倒れているヒツキの顔を思いきり蹴りつけた。それで、ヒツキも一瞬にして気絶してしまう。

「やった! ワタシが倒した!」

 これまで数度の暦戦で、初めて自分が相手の紫微人を倒したのだ。カラスキにとっても初勝利。自我を失って、足元が見えていなかったとはいえ、相手を転ばすという戦略を立てての、初勝利なのだ。

 だがそのとき、カラスキの体を無数の矢が貫いていた。


「カラスキ!」

 イナミとミツカケも駆け寄る。天井から降り注いだ無数の矢が、カラスキの体を貫いて、今やもう虫の息だ。

「しっかりして!」

「……ごめんなさい、もうアナタたちのことを、守ってあげられない……」

 カラスキは、心が女の子である。いつからそうだったのか? それは分からないけれど、美少年であったあの日、トイレに連れ込まれ、同級生の男の子たちから、無理やり体を奪われた。強姦された。それで、より強く自分の心と体のバランスを失っていったことは間違いなかった。

 恥ずかしい気持ちを押し隠して、その事実を告白したけれど、誰にも信用してもらえなかった。そんなこと、あるはずがないと……。女性へのセクハラ、性的ないじりは許容されないけれど、男性同士では甘いところがある。単なる悪ふざけとされ、おぞましい記憶を否定された。

 だから引きこもりとなった。学校にも行かなくなった。そしてそのまま、社会にもでられず、大人になったのだ。

 女の子は守られるべき……強くそう思ったのも、そんな過去の出来事があったからだ。自分がうけた苦痛、ペインを味わわせたくない。そして、世捨て人のようになってしまった自分など、どうなっても構わない。穢されてしまった自分など、どうなってもいい……。

「二人は……ホント、かわいい。だから、自分を大事にしてね……」

 カラスキはそれでコト切れた。イナミもミツカケも、周りにとりすがるが、もう目を開ける様子はなかった。


「あれ? 何で矢が降り注がないの?」

 タタラは天井を見上げる。すると、スゥは天井に張り付いたまま、そこで固まっていた。

「やれやれ……。完全に固められちゃったか。恐ろしい通変だね、ソイ」

 ソイも天井を見上げた。「あの状態でも、まだ助けられると思ったオレが、間違えていた……。甘いことを考えていたオレのせいで……」

 ソイは改めて、タタラとエキエをみる。

「ここは殺し合いの場。油断すればやられる。そういう場だということを、すっかり忘れていたよ。オレも、仲良しこよしをし過ぎたかな……」

 ソイは手で拳銃のような形をつくり、それをタタラへと向けた。

「な、何を……ハッ⁉」

「管理者権限にロックをかけさせてもらった。オマエが、この世界を管理できるように、オレはそれを否定することができる。鉤鈐という星官は、すべての鍵となりうるよう、この世界が正しい道へと至るように施された、安全装置でもあるからな」

「安全装置? 笑えるね。君が思う『正しい道』が、本当にそうであるかどうかを、誰が証明するのさ? 君の『正しさ』なんて、本当に正しいのかい? こんな紫微人を集めて、星官戦争なんてしていること、その大きな流れの中で、何を正しいとするんだい?」

「簡単さ。それは……」

 そのとき、ソイはわき腹から腹へと抜ける鈍痛を感じた。それと、背後からの激しい衝撃……。

 ふり返ったそこに、ソイは見つけた。アケリが手にしたナイフを、背中から突き立てているのを……。


「ボクたちが、二人だけでチームを組んだと思っていたのかい?」

 ソイも崩れ落ちる。すぐにアケリが跨ってきて、首元にナイフを突きつけてきた。

「そ、そうか……。天井、壁、床……そこに張りついていない者が、もう一人だけいたな……」

「そういうことだよ」

 そのとき、そう声をだしたのは、我を失ったように立っていたホトオリだった。天井に縛りつけられたスゥ、壁に縛りつけられたヒツキ、床に縛りつけられたもう一人のミツカケ……。

 それに、どこにも拘束されていなかった四人目がいたのだ。機動力のありそうな相手で、アケリをその対応に当てた。そのことで、アケリが相手にとりこまれ、刃を向けてきたのだ。

「オレはホトオリ。星官は内平、ルールをコントロールする通変だ。だから、オレはその女のルールを書き換えた。より強くその心に働きかけ、仲間にするのではなく、操り人形とした。その女はもうお前たちの仲間じゃない。オレの奴隷、お前を殺すための道具だ」

 ソイも横たわりながら、その声を聞いていた。目の前には、虚ろな表情を浮かべるアケリが、まるでキスでもするかのように顔を寄せている。勿論それは、口づけをするためではない。全体重をかけて、相手を拘束するためであり、首元には今でもナイフを押し当てている。

「ボクたちは、三人で勝利をめざそうと思ったのさ。通変にカギをかけてしまう、誰の通変も通用しない君を倒すために、最強のチームを組んだ。タタラ、エキエ、ホトオリの三人で、君一人を倒そうとね」

「ソイッ⁉」

 心配そうにそう声をだしたイナミに、タタラも目を向けた。

「おっと。まだそこに二人残っていたね。……否、一人かな。歓迎せざる異物と、こちらのミツカケと、トンネル効果でつながったミツカケ。それでどう戦う?」

 そのとき、カラスキの傍からすーっと前にでたのは、ミツカケだった。

「私こそ操り人形……。私は家族を壊さないため、両家をつなぐため、操り人形となるしかない……そう思っていた。みんなのつなぎ役になるんだ。それしかないって、そう思っていた。

 でも、ソイは言った。『仲間になろう。でも、私の好きにしていい』って……。

 カラスキは言ってくれた。『幸せになりなさい』って……。

 だから私、幸せをもとめる」

 そのときタタラもハッと気づく。エキエの通変によって、床に張りつけられていたミツカケの体が、そこから消えていることに……。これまで心と体がバラバラだったミツカケだからこそ利用できたのに……。

「ギャー―ッ‼」

 それはエキエが右腕をもがれたことで、上げた悲鳴だった。そして、それを為した者の正体をみて、誰もが驚愕した

「アミ⁈」

 全身を包帯で巻き、さらにその体を鎖でつながれたアミ……。しかしその鎖はどこにもつながっておらず、自らを縛る枷――。その包帯で巻かれた体を、ある程度の制約を賭けるためのもののように見えた。不正を赦さず、ただ独自の理屈によって、敵とみなした相手をつぶす存在――。

 なぜアミが現れた? 考えるまでもない。ミツカケが一人にもどって、タタラの管理を外れた。彼女の右から左に通じる通変をつかって、死刑執行官であるアミをここへ呼び寄せたのだ。

「オレがルールを書き換えてやる!」

 ホトオリは初見であり、アミに向かって内平をつかった。ただ、すぐに異変に気づく。まるで意に介す様子もなく、ヅカヅカと近づいてきたアミは、包帯を巻かれて太くなった腕をホトオリに向かって大ぶりする。ホトオリは唖然とするうちに、大きく吹き飛ばされていた。

 アミには精神攻撃なんて通用しない。何しろ、そこには精神というものがない。心なんてない。変えるルールすらもたない。あるのはたった一つの信念だけ。生き返らせてはいけない紫微人をつぶす、それだけだ。

 タタラはすでに逃げていた。逃げる、といってもドームの中から逃げることはできない。エキエがつくるドームは、実はつくれる数が限られる。それの大きさを変え、形を少し変え、そうやっていくつもあるように見せかけているだけ。だからここからは逃げられない。

 タタラはそうしたことを知っている。管理者として、誰がどういう通変をもち、どういう性質かを知っていた。アミという星宿には敵わない。心がないから、殺せないのだ。殺し合いをする場なのに、殺すことができない相手。痛みすら感じず、攻撃が利かない。それがアミだ。

 だから逃げる。管理者としての権限にロックをかけられ、すでに自分でできることもない。彼はいつものように、傍観者にもどるだけだ。

 アミは止まらない。ホトオリを吹き飛ばした後、そこでソイに跨っているアケリに近づくと、ホトオリからの命令がなく、動かなかったアケリのことを蹴り飛ばした。そして、倒れたままのソイを跨いで、アケリに近づこうとする。そんなアミの足を掴んで、その動きを止めたのはソイだった。


「もう……いいんだ、アミ……」

 ソイはゆっくりと起き上がった。背中から貫通した刃は、腹からも血を滴らせる。それでも彼は立ち上がった。

「タタラ、エキエ、ホトオリ……。お前たちだけで勝利してどうする? 本体が二人も含まれていて、そんなものが赦されると思うのか?

 このゲームは本当に、ただ殺し合いをするだけのものなのか?

 公平さも、公正さもなく、有利な奴が勝利してしまう簡単なゲームなのか?

 そうじゃないだろう。だからオレは別の終わらせ方を考えてきた。どうやったら皆が笑って終わることができるのか……。それを考え、諦めて、世捨て人のようになった。でも、もう一度だけ頑張ろうとした……」

 ソイはそういって、イナミをふり返る。堪らずイナミも駆けだすと、ソイの胸に飛びこんでいく。記憶を失っている彼女にとって、ソイは初めて会った人で、それ以上の関係ではない。ぶっきら棒だし、厭味ったらしいし、いいところなんて全然思いつかないけれど、でも……大好きだ。

 ソイもその頭を優しく撫でながら「何で、記憶を失ったまま、ここに紛れ込んだのか……。それは分からないけれど、ゲームチェンジャーになり得る。この子はオレたちの希望だ」

 イナミもぐっとソイに抱きつく。ソイはぐっと上を向いた。

「こんな、クソみたいなゲームを主宰している奴! みているんだろう? こんな無法を赦していていいのか? ルールをよく知る奴らが、こうやって積極的に参加し、勝利を掻っ攫おうとしているんだぜ? そんなものが、ゲームとして成立しているのか? もうとっくにその体を為していないだろう。いつまで、こんな下らないことをつづける気だ!」

「君は……この暦戦を終わらせるつもりなのか?」

 タタラがそう驚いた声をだしたそのとき、アミが倒れていた、腐りかけたエキエの頭を踏みつぶした。

 すると、ドーム全体がぐらぐらと揺れだす。彼がつくりだしたドームが、殺されたことで消えかかっているのだ。

「ミツカケ! こっちだ」

 ソイも危険を察知し、ミツカケも呼び寄せた。通変に利くソイの通変なら、つぶれるときでもその影響を緩和できるはずだからだ。

「アケリも……」そういったとき、アケリはナイフを向けて、突っこんできた。イナミとミツカケを抱えたソイが、逃げられるはずもなかった。アケリのそのナイフを胸にうけ、そこにドームが崩れてきた。

「ソイーーッ‼」

 イナミとミツカケの絶叫が木霊する中、四人はその下敷きになっていた。

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