第22話 彼らは戦う、ということ
彼らは戦う、ということ。
ソイたち5人は、ミツカケと名乗る金髪少女に操られた、四人の紫微人と対峙していた。そのミツカケは、仲間であるミツカケと瓜二つで、同一人物でもあるらしく、混乱する。
「どうするの? 戦えるの、私たちしかいないでしょ」
アケリはそういって、左手に巻いたボーガンと、右手にナイフをもって構える。ソイのチームで、実戦向きなのは、アケリとソイだけ。ミツカケとイナミは小太りで、坊主頭のカラスキの背後に隠れている。
こうなることは予想できたけれど、自我を失っているかのような、こんな敵と当たることまでは予想していない。戦略が通じない相手、といえそうだ。
「鎖女と、棺桶男はとりあえず動きが遅いし、動ける範囲も限られる。お前はあのぼーっと立っている男を狙え。オレは天井の女を殺る!」
天井にいる女を、どうやって? なんて聞かない。今はぼーっと立つ、この男をアケリが倒さないと、道は拓かないのだから。アケリは自分のナイフを構えた。
「アナタ、星宿は?」
アケリがそう話しかけると、白目を剥いていた男の、黒目がぐりんともどって、アケリのことを見すえてきた。
「ホトオリ……」
アケリも頭痛を覚えた。……否、それは脳、意識の中に無理やり入りこもうとする意識を、拒絶しようとする作用だと気づく。
「オ……、オレは……操られている。オマエに、オレの意志を託したい」
「意志? どういうこと?」
「オレの星官は内平――。ルールを書き換えるものだ。でも、ミツカケには通用せずに、こうして諸侯の一人とされた」
「諸侯にされると、命令に従わされるの?」
「そうじゃない。オレたちは闇落ちしている。まるで暗い、トンネルの中にいるような……。そして通変を乗っ取られている」
通変を乗っ取られている……? ルールを書き換えられる通変を、あそこにいるミツカケが自由につかえる……。
そして、ここにいる他の紫微人の通変も、自在に使えるというの? そんな……最強じゃない!
ソイは天井を見上げる。そこから上半身だけを覗く少女。そして、壁から鎖でつながれた少女をみて、棺から現れた腐った男をみた。
「スゥ、ヒツキ、エキエってところか……」
星官、庫桜をもつスゥは武器庫とも称され、無限の武器を生みだし、降らせてくる通変をつかえた。ヒツキは何だ……? 犬の星官をもつが、その性質が強く出過ぎているのか? エキエは大陵、船、墓……。
それらを束ねているのは、やはりミツカケ――? 右轄、左轄が諸侯を封じる星官だといっても、命令権、そのすべてを統制できるわけではない。どちらかといえば、諸侯はその命に従う、というパターンにしかならないはずだった。
なぜ操れる? そして二人のミツカケ……。天井を見上げ、辺りを見回し、ふと気づく。ここは、最初にミツカケと会ったドームか……。
「そうか……。右轄、左轄という二つの星官をもっていたがゆえに、二つに分裂したのか……。オレとチームを組んだときに……」
「へぇ~、おじさん。中々鋭いね。会った時も思ったけれど、私のことを、右から左に受け流す通変だと見抜いたし……」
「見抜いた?」
ソイも首を傾げる。その間も、ヒツキと思しき少女は、顔面を血まみれとしながらこちらに迫ってくる。天井にいるスゥは、今でも空間に現れた無数の矢を、いつでも降らせる準備ができている。
そして、この腐りかけた男だ。死に方が悲惨だった場合、顔面が崩れたまま、この星官戦争に参加するような紫微人がいたことはあった。ただし、そういうケースでは自分のあり様に失望し、絶望して自ら敗者の道をえらんだものだった。むしろそうする自我も失った……?
ここまで腐っていると、それこそ戦いには不向きだ。不向きどころか、圧倒的に不利だろう。コイツを択んだ星宿は、何を考えている? むしろ、コイツを択んだことが必然だった……?
なぜ、オレは最初に戦ったドームにもどってきた?
ここがドームを自由につなげ、対戦相手を向こうが勝手に決められるものだとすると、明らかにおかしい動きがそこにあった。それは生き残ってきたからこそ、新たな対戦相手として残ったここに、もどされただけだと思っていたが……。
「ちがうのか……?」
ソイもそう気づく。そもそも、ここは異世界だといっても、不思議な設定が通用するような世界ではない。あくまで紫微人は、その役割、星官というものを与えられるから、不思議な力をつかえるだけのこと。トロキが教えてくれたように、この世界が分岐世界の成れの果て、というなら、尚のことだ。
分岐世界だから、おかしな作用、働きなどあるはずがない。でも、このドーム型の戦場は、ずっとおかしな力が働いているのだ。
そのとき、天井から矢が降り注いできた。避ける術のないソイは、万事休すとなるはず……だった。
「カギをかけさせてもらった」
ソイはそういった。降り注いできたはずの矢は消えていた。何をしたかは分からないけれど、それが彼のもつ通変のようだ。
「ここに来て、やっと理解したよ。今回の星官戦争の仕組み、ルールが」
そういってソイは、エキエと想定した、腐りかけた男に目を向ける。
「このドームは、オマエがつくりだしたものか?」
それには、その場にいた全員が驚く。カラスキも、イナミとミツカケの盾になりながら「どういうこと?」と尋ねた。
「エキエには、陵墓と船という二つの星官がある。つまりここを一つの大きな陵墓とみなし、ドームをつくり上げた。通変によって造られたドームだから、おかしな力が働いていても不思議はない。そうだろう、エキエ」
顔が腐り落ちて崩れ、目すら毀れかかっているが、その目がぎろりと動いてソイのことを睨む。
「やはり、オマエは危険な紫微人だ……」
「そいつはどうも。オマエ……、エキエの本体か?」
「本体……という言い方はどうかと思うが、このゲームの参加者であることは間違いない」
「トロキといい、その参加者とやらが直接、今回の星官戦争に参加するのが、今のトレンドか? 何で今回、自ら参加した?」
「そろそろ、このゲームを降りようかと思っている。最後に、自分でもやってみたいと思っただけだ」
「腐りかけた紫微人を、わざわざ選んだのは本体をとり憑き易くするためか……。それで異世界と置換されたのに合わせ、すぐに自分の通変を発動。この円形墳墓をつくり上げた、と?」
「概ね、その通りだよ」
「概ね……?」
陵墓をつくり上げたからといって、その中にある石室を自由につなぎ直す、なんてことが可能なのだろうか?
そのとき、ふと気づく。それはミツカケが、どうして二人いるのか? 彼女は両親が英仏、その国粋主義者の家庭で生まれ、対立する、という複雑な状況にあった。そのため彼女がそれぞれの家をつなぐ、懸け橋のような存在となっていた。
恐らく、そうした状況が彼女の星官としての右轄、左轄の能力となり、右から左へと受け流す通変となっていた。
「ドームをつなぐのは、ミツカケの通変か……」
最初にミツカケと出会ったとき、部屋をでたのに、また同じ部屋につながることをくり返した。それはドームの特性だと思っていたけれど、彼女の通変が主に担っているとしたら……。
敵のミツカケは、決して動くことなく、そこに突っ立ったまま。それは最初にミツカケと会ったときの姿、そのものだ。
ただミツカケとパスを通し、その通変をつかってドームの仕組みを変えた、としても、まだ足りない。
ミツカケをその場にしばりつけ、天井から上半身を覗かせたスゥ、壁から鎖でつながれたヒツキ……。
「ドームに縛りつけた奴が、操られている……?」
そう考えると、すんなりとこの状況を受け入れられた。むしろ、最初にミツカケと出会ったとき、彼女はこちらの説得に応じて、立ち尽くしていたその場から動きだした……と思っていた。しかし動いたのは、彼女の心であって、体でなかった。すでにその場に縛りつけられていた彼女は、動くこともなく残りつづけた。だからずっと、ドームの間を自由につなぐことができていた……。
しかし、それにはもう一つコマが不足する。ドームをつくる通変、それをつなぐ通変、しかしその二つを同時に、自由に、自らの望むままにつかうことができる、そんな通変が必要だ。
「…………タタラか」
「ご明察! よくできました」
そのとき空間を破り、その場にふらりと現れたのは上等なスーツを着て、自信満々の表情を浮かべる、タタラだった。
「お互い、この暦戦に参加するのが長くなると、気づきも多いよね」
「オマエが親切ぶって、変なことを吹聴して回るから、気づくよりも気づかせる方が増えたよ、オレは」
ソイとタタラの二人は顔見知りのようだけれど、仲が良い感じはまったくない。
むしろソイは断定するように「張りつけた相手の通変を管理、使用しているのはオマエだな?」
「そうだよ。エキエがつくったこのドームに張りつけられた紫微人を、ボクの力をつかって管理する。ボクの星官、天倉はすべてのものを管理する。管理とはすなわち、それを運用することも可能とする。ただ見守るだけの監視じゃなく、管理がボクの力だからね」
「異世界に、これだけ巨大なドームをつくり上げた。つまり、不可思議な力が通用しやすい世界をつくり上げたことで、オマエの管理が適用しやすくなったか……」
「さすが! そのシニカルさで世を斜にみつつ、文句を言いながらこの世界でしぶとく残ってきただけのことはある。ホント、厄介な紫微人だよね、君は。
管理者なんて何もできない、何かをした時点で、参加者からブーイングをうける損な役回りさ。だから今回、エキエも強い通変をもてたし、参加者本人がかかわる、というから、力を貸した」
「だから傍観者を止め……否、傍観者をきどって、その実トリックスターという奇妙な立ち位置をつづけてきたんだろう?」
「ひどい評価だね。トリックスターを気取ったつもりはないさ。ただ、ボクにとっては今回の暦戦を、面白おかしく盛り上げられたら、それで十分さ」
十分、という割に、随分と楽しそうにする。
「しかし、オマエはすでに管理者、傍観者という枠をこえ、単に楽しむ程度の関りではなくなったはずだ。ナゼだ? どうして今回、そこまで前のめりに、積極的に関わろうとする?」
「答える必要、ないよね?」
「あぁ、その通りだよ。悪党がいつもいつも、自分の立場ややり口を説明してくれるなんて、期待しているわけじゃない」
「ボクは悪党かい?」
「力や権限のある者が、恣意的にゲームのルールを捻じ曲げ、運用したら、それは悪党だろう? ゲームの根幹、そのものが揺らいでしまう」
タタラは含み笑いのようなものをしてみせた。
「ルールを捻じ曲げたわけじゃないさ。むしろ、そのルールの中で、最適解をみつけたと、ボクは思っている」
「オマエの最適解、という奴は、単なるこの星官戦争における勝利だろ?」
それはタタラにとって、かなり鼻につく言い方だったようだ。口元は笑っているけれど、目元からは笑みが消えた。
「君はずっとそうだね。じゃあ君は一体、何を目標にしているんだい?」
「勝利して、逃げ切って、生き返って、それで終わりならとっくにこんなゲームから降りているさ」
「だから、何を目指しているのさ?」
「何だろうな……。むしろ、答えがないから、答えを探している感じだよ」
「そうやって、いつも誤魔化す……。だからボクは、君が嫌いだよ」
「誰かに好かれたかったら、もっと立ち居振る舞いに気をつけているよ」
「そうだね。だからボクたち、ずっとこの暦戦に参加しながら、すれ違いをつづけてきた」
「今回はオマエの方から近づいてきたんだぜ。否……、勝利するためには、オレを退けないと……と思ったんだろ?」
「ふふふ……。その通りだよ。君は一筋縄どころか、二筋でも、三筋でも上手くいかない可能性がある。それぐらい厄介な通変と、性格をしている」
「通変の方を先にしたのは、オマエなりの配慮か? オレのことを嫌っているから、性格を先にするかと思ったが……」
「配慮なんかじゃないよ。実際に、君の通変は厄介だ、ということさ。性格なんて、ボクの通変でどうとでもできる」
「性格を、オマエの通変で変えられて堪るか! 変えられるぐらいなら自分でやっているさ。それより、オマエは自分でそのひねくれた性格を変えとけ」
二人の会話はずっと平行線。それは生き方がちがい、それぞれがめざす方向性が異なるからだ。
しかし、この暦戦というくり返しにおいて、これまで傍観者であるだけだった二つの星宿が、こうして決勝戦で対峙するのもまた、宿命かもしれなかった。
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