第21話 結章戦? ということ

   結章戦? ということ。


 ホトオリはゆっくりとドアを開けた。憔悴しきった彼の周りには誰もいない。一人だった。

 何を間違えた? 自分はどうして、このゲームで追いつめられている?

 生き返るんじゃなかったのか? 自分のせいで殺された祖母を生き返らせ、そして自分も生きかえって、自分を殺した相手に復讐する……そのために、この暦戦に勝利しないといけないのに……。

 次のドームには、一人の少女が立っていた。金髪で、幼げで、敵意もなさそうで、愛想よくニコリとほほ笑んだ。

「お兄さんが、次のターゲット?」

「オマエ一人か?」

「一人じゃないんだけど……。お兄さんが一人で、仲間になりたいっていうなら、私のチームに加えてあげる」

「…………ふッ」

 ホトオリも思わず笑みを浮かべた。小さな少女が、まるで世間を知らないように、強気にでるのを微笑ましく感じたのだ。

「だってお兄さん、さっき仲間にした相手を、すぐに滅多打ちにしたじゃん。その鬼畜ぶり、うちのチームにもふさわしいからね」

 みていた? どうやって……。だが、すぐに思い至った。それは天井の辺りから、ゆっくりと頭が現れてきて、それが先ほどの戦いにも登場した、スゥだと理解できたからだ。

 すると、壁からは少女が現れてきた。首輪をつけられ、太い鎖でつながれている。そして床からは、ゆっくりと四角い函……、棺のようなものが、まるで潜水艦のように浮上してきた。

 チームを組んでいた……? 少女がスゥたち、ここに現れた得体のしれない者たちを操っているなら、やることは一つだった。

「君の星宿は?」

「私はミツカケ」

 ミツカケ……あまり聞かない星宿だ。だとすれば、気にする必要はない。ここで彼女を仲間にするようルールを変える。

「オレはホトオリ。チームを組もう。オレはこの暦戦にも何度か参加している。力になるはずだ」

 さぁ、ルールを変える。このミツカケを、自分の配下とする。これで、オレのチームは一気に四人だ。


「肉! 肉ッ!」

 そのとき、壁からのびる鎖でつながれていた少女が、ホトオリに襲い掛かろうとしてきた。ただ、鋼鉄の鎖につながれているため、ギリギリのところで手が届かず、その爪の攻撃が当たることはない。ただ、ホトオリも予想外のことに、ドキッとさせられていた。

 その少女は口の辺りに血がこびりつき、正気の沙汰とも思われない。今の様子からも、こちらを食べようとした? 人間を食べる星宿か……? そして、天井から上半身だけを覗かせるスゥも、先ほどの戦いのときもそうだったように、自我すら壊れていると感じさせた。

 床から現れた棺の蓋が、ゆっくりと開く。そこから現れたのは、腐敗した男の姿だった。もうすでに顔は崩れ、目は腐り落ちそうで、少し飛びだしてさえいた。皮膚も剥げかかっており、もう生きている状態ではないだろう。紫微人になると、こうして死んだときの状態を保持、踏襲しているケースも多いけれど、こいつは死んでからしばらく経った状態で、ここに呼ばれたのか……。そんなことがあり得るのか? 本物の死者、ゾンビか……。

 そして目の前にいるミツカケとの関係、そのルールを書き換え、こいつらを従えたはずなのに、何で周りにいるこいつらはふつうに動いている? しかも、敵意を剥き出しにして……。

「あれぇ~? まだチームの成立に合意したわけでもないのに、何をそんなに驚いているのかな? 何か仕掛けていたぁ?」

 ミツカケはそういって、こちらに近づいてくる。

 なぜ通じない? 否……彼の内平は、心のすき間に入りこむものだ。徐々に変わるようなものでも、それを相手から再度書き換えられるようなものでもない。

 内平が利かない――。そう思うしかない。そもそも、紫微人を三人もあやつる星官とは、一体なんだ……? しかも、ここにいる奴らはどれも癖の強い相手ばかり。説得して、理解した上で仲間にしたわけではあるまい。強引に……否、通変により強制的に仲間にした……。

「もしかして、オレももう仲間に……」

「言ったじゃん。私のチームに加えてあげるって。私の星官は右轄、左轄。諸侯を統べる者!」


 ゆっくりとドアを開けた。「また、誰もいないね?」

 ソイたち5人は、もうすでに何度か次の部屋へ通じるドアを開けるも、そこに誰もいなかった。

「考えられるとしたら、まだ対戦相手の準備が整っていない、ということだろうな」

 ソイの言葉に全員が首をかしげる。

「準決勝も不戦勝ってことさ。多分、次が最後の戦いになる。オレたちがそれを超えてドアを開けても、次の対戦相手の準備ができていないと、こうして透かされるってことだろう」

 ソイはそういって、その場にすわりこむ。「しばらく休憩しよう。時間はまだあるんだし……」

「じゃあ、決勝戦は大変?」

「だろうな。向こうの準決勝がどう決着するか? それによっては巨大勢力との戦いとなるだろう。ま、考えたって仕方ない」

 ソイはそういって、ごろんと横になる。

「でも、アナタはこういうとき、逃げてきたんでしょう? どうやったの?」

「さっきも見せただろう? 抜け穴をつくって、強引にイナミのいる空間を探り当ててみせた。一人なら、この場からでも逃げてみせるさ。ただ、これだけの人数を一気に動かすことは、正直難しい」

「難しいけれど、できるの?」

「やったこともないし、やれるとも思えない。前にも言ったが、条件が難しいんだ。一か八かでしかチャレンジできないよ」

 アケリも、この男の落ち着きには、どこかに秘密兵器をもっているからでは? と考える部分もあった。ドームを自分が望む場所に連結してみせた、その力がいかなるものかも分からないけれど、根本から変えてしまう可能性も感じていた。

「ミツカケは、どうしても勝利を目指したい?」

 アケリからそう声をかけられ、金髪の少女ミツカケは、首を横にふった。

「私はどっちでもいい」

「何かこのチームにいると、勝利を目指して、生き返ろうとしている私が、バカバカしくなってくるわ……。カラスキも生き返りたいわけじゃないのでしょう?」

「ワタシはどっちでもいいっていうか……。生活に困っていないから……」

「ミツカケはどう? どんな生活を送っていたの?」

「私は……」

 そう言いかけたとき、空間が大きく振動した。

 むくっと起き上がったソイが「どうやら、向こうさんの準備ができたってことだろうな」と、やれやれとばかりに立ち上がった。

 そして、この五人は次の部屋のドアを開けた。そして、驚く。そこには、ミツカケが立っていたからだった。


「何で……ミツカケが?」

 アケリも驚いてふり返る。目のまえにいるミツカケと、後ろにいるミツカケ、どうみても同一人物だ。

 双子……?

「アナタの星宿は?」

「私はミツカケ。お兄さんたちが、次の対戦相手?」

「アナタはミツカケなの? だって……」

 ふり返ってミツカケをみる。それから、ソイをみた。一番のベテランであるソイに答えを期待したのだ。

 ソイもやれやれ……という感じで前にでる。

「双子を一緒の星宿にした例はある。だが、今回は違う。そうだろう?」

「へぇ~、お兄さん、色々と知っているみたいだね。おじさんか……」

「どっちでもいいよ。右轄、左轄という、二つの星官をもつことも、何となく違和感があったんだ。しかし、二人いるのをみてはっきりわかったよ。オマエたちは同一人物、だろ?」

「そうだよ。でも、別にこうなりたくてなったわけじゃなく、ここに来たら、こうなっていたってだけ」

「オレは右から左に受け流す通変だと思っていたが、そうじゃなく、君たち二人をつなぐ通変……否、それだけじゃないようだな」

 ソイたちも、立ち上る殺気に気づいていた。それは誰であっても気づくほどの強烈な変化であり、それをもたらしたものは、天井、壁、そして床から現れた、得体の知れない紫微人たちだった。


 天井には上半身だけ覗く、包帯を巻いた女性らしき姿があり、壁からは鎖につながれた女性が、全身血まみれで現れ、地面からは棺桶のようなものが湧き上がるようにして現れてきた。

 そして、彼女の背後からゆっくりと現れたのは、若い男だ。その若い男は、まるで心ここにあらず、といった表情を浮かべ、こちらに焦点も合っていない。それは操られている姿、そのものだった。

「ミツカケには諸侯、といった星官もあるが、これは諸侯を従えている、ということなのか……」

 相手も五人、だけど、まったく質のちがう五人だ。そして、こちらにいるミツカケと、敵であるミツカケと、どう対処していいかも分からない。

「戦うの? ねぇ、戦うの?」

 イナミも、これまで仲良く……とまではいかないけれど、同年代として一緒にやってきたミツカケが、敵かもしれないとなって、戸惑っているようだ。

「向こうさんは戦う気満々……。こっちのミツカケはどうだ?」

 ソイがそう語り掛けると、こちらにいるミツカケは、首を横にふった。

「戦いたくないけれど、戦うなら戦う」

「それでいいのか?」

 ミツカケは首を縦にふる。

 敵のミツカケもにこりと笑った。「わたしたちは二人で一つ。でも、必ずしも同じ目的には向かわない」

 その説明は不思議な気もするけれど、そもそもミツカケが二人いることすら、まだよく分かっていない。

「恐らく、今回の星官戦争は、この状況を準備していたんだろう。五対五、勢力的にはよい均衡だし……。これで勝利した者が、甦りに一歩近づく」

 そう、勝利すれば生き返ることができるのだ。彼ら紫微人は、そのために暦戦をしている。

 しかし今回は、分からないことだらけだった。果たして、勝利することでそこに近づけるのだろうか? 不安を抱えつつ、二つの勢力が対峙していた。

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