第20話 この異世界にいる異質、ということ
この異世界にいる異質、ということ。
ソイたち五人は、次のドアを開けた。
そこは暗く、小さな空間だった。そしてそこに、頭がケモノの人物が立っていた。
「やぁ、久しぶりだな、トロキ」+
ソイはそう声をかける。トロキ……それはアケリとイナミにも聞き覚えのある星宿だった。前回の暦戦で、最後まで自分たちを騙していた、星宿・スバルが語っていた名だからだ。
しかしトロキはアミによって殺されており、当然そこにいるのは別の紫微人……どころか、頭にミミズクの被りものをつけ、その下は赤い蝶ネクタイに燕尾服のようなものをまとった怪しい人物だった。
「君は最近、積極的になったようだね。ソイ」
「積極的になったつもりはない。ただ、この迷宮から脱出するカギをみつけたら、ちょっとわくわくするだろ?」
「カギ……。君はそれを見つけたのかい?」
「どうだろうな。ただ、少し前向きになれるぐらいには、期待値も上がっているよ」
ミミズクの被りものをした相手は「ホーホーホーッ」と、笑ったのか、鳴き声を上げたのか、分からない声をだした。
顔見知りらしいけれど、アケリも不思議な感じがした。
「ねぇ、知り合い?」
「こいつは、トロキの本体さ。あぁ……、本体というより、仮想の実体さ。コイツは時おり、こうして本体で参加する星宿なのさ」
「本体……? じゃあ、この暦戦についても、色々と知っているの?」
「君たちよりは知っているけれど、それを教えるかどうかは、また別さ」
「こいつはこういう奴だから、聞くのは吝かでないが、ムダだと思うぞ。オレも諦めている」
「ホーホーホーッ! しつこくされるより、呆れられる方がちょうどいいですね」
ふくろうは表情が変化しない。笑っているのかどうかすら分からないけれど、敵意がないことだけは伝わるので、アケリも安心して尋ねる。
「もしかして、この暦戦は神によって為されているの?」
「神……。そんな崇高なものが関わっていたら、これももっとちがったものになっていたでしょうね。もっとも、人間の創造する神とやらも、随分と人間臭い存在ではありますが……」
その言葉に、ソイは肩をすくめる。「神の定義によるだろ。全知全能、万能を神とするのなら、この世界そのものがすでに駄作だ。そんなもの、完璧な奴のやる仕事じゃない。むしろダメな世界をつくって、それを眺めてほくそ笑むような奴なら、そんなものは神じゃない。不完全で、怠惰で、不誠実なやつがつくったから、こんな世界になっているんだ」
ソイらしい意見だとアケリも感じた。宗教はそれを整合つけるためにあり、善人であれば復活の日で聖別され、神の世界にいたるとしたり、輪廻する世界で前世の因果があるから今が不幸なのだと言って、来世の幸福のために善行を強いたりする。要するに、現実世界への不平不満を、そういう形で逸らすために存在している、といってもいいほどだ。
しかし、この暦戦に関わる者が神だとか、何者なのかは関係ない。彼女たちにとって必要なのは、この暦戦を勝ち抜くためにはどうするか? そのために運営の状況を知りたかったのだけれど、どうやら答えてはもらえないようだった。
「トロキ……さんは、どうして今回、本体で?」
「めぼしい相手がいなかった、ということにしておこうかな。ただ、こんなことが赦されるのは私だけだけれどね」
「トロキは精霊という星官をもつ。だから、自らを精霊、つまり人間でないものとしての立ち位置が、本体をしてここに居られる理由さ」
ソイがそう説明を付け足す。「しかしその精霊さんは不親切で、話し相手にはなっても、肝心なことを教えちゃくれないから、聞くことは構わないけれど、まともな返答はないぞ」
「相変わらず口が悪いね、ソイは。こちらにも禁忌があるから、話せることと、話せないことがあるんだよ」
「話せないことばっかりなんじゃない? フクロウだけに、フクロウ小路だし」
これはイナミからのツッコミ。
「フクロウではなく、私はミミズクだよ。耳がついているだろう? ほとんど生態は同じだけれどね」
「それ、耳なの?」
「正確には、耳のような形状をするだけさ。口が悪い者は、これを寝ぐせなんて呼んだりもする。フクロウもミミズクも、耳がいい種が多いけれど、この程度の差では大した違いもない。人間の側が、フクロウとミミズクとして種を分けるための飾り、と考えているのさ」
「ほら、コイツはこういう無駄話が多いんだ。いつでも勝手にリタイアできるし、運営側として、ヒマつぶしをしているだけだから」
「ヒマつぶしは酷いね。実際、私はこの世界で為すこともないから、暇つぶしと思われても仕方ないけれど……」
「世界……。アナタはこの世界と言った。ちがう世界にいるんですか?」
アケリの指摘に、トロキはアケリを向く。
「これは鋭いね。形而上的には、この世界にいない。だから形而下において、君たちのような紫微人を必要とする。つまり私たちにとってここは代理戦争、君たちに戦ってもらっている形なんだよ」
「私たちは代理で戦わされているの?」
「その通りだよ。むしろ君たちは私たちにとってのコマ、だよ」
コマだから入れ替えることができる。そこまでは想像がつくことだ。
「じゃあ、アナタたちは何でこの暦戦で、勝利をめざすの? 何か、私たちを戦わせることでメリットがあるの?」
「そんなものはないさ。あくまで暇つぶし、だよ」
アケリもがっくりして、言葉を失う。それにはソイが言葉を足した。
「こいつらの道楽、娯楽をとやかく言っても仕方ない。こいつらは、コマとして選んだ相手には、生き返りというメリットを与えているんだから、文句をいわれる筋合いはない、というスタンスなんだ。もし、この星官戦争で何らかのメリット、特典を得られるなら、もっと真剣にやっている。こいつだって、暇つぶしに現れたりもしないだろう」
「じゃ、じゃあ、何でアミなんているの?」
アミは死刑執行官だ。罪がある者を殺して回る。それが暇つぶしの類だとは、どうしても思えなかった。
「アミは、要するにこのヒマつぶしに対して懐疑的だからさ。だから選択された星宿が、不適切な相手だと感じると、つぶして回る。タマオノも同じだね。誰もが納得して、ここに参加しているわけじゃない」
「二十八宿って……何なの?」
「何でもないよ。ただの参加枠さ。私たちの方で参加枠を決めているから、そうなっているだけさ」
「でも……」
アケリはちらっとイナミをみる。それから、ソイのことを見つめた。
ソイもやれやれ……という感じで応じた。
「この置換された異世界に、もし紫微人以外が入ったら……?」
「それはないよ。何しろ、ここは私たちが造った世界なんだ。本来は消えるはずの分岐世界をストックしておいて、バトルフィールドを準備している。そこにプレイヤー以外の参加する余地はない」
「へぇ~、今日はよく喋るな」
「私もそろそろ、このヒマつぶしから降りようと思っているからさ。私に赦された範囲でしていい話を小出しにする必要も、止めておく必要もなくなった」
「じゃあ、教えろ。情報も与えられずに、この世界にくる紫微人はいるのか?」
「それはいないだろうね。ゲームに参加してもらうのに、ルールも教えないことは、こっちのルールに反することだから」
イナミは記憶がない。それにこの暦戦でさえ、ルールを知らなかった。それはやはり、不自然なものを感じさせた。
「しかし君は、いつの間にかこれほどのメンバーを集めるようになったんだね」
トロキはそういって辺りを見回す。
「偶然だよ」
「否……、君はソイから好かれているんだよ」
「……ん? どういうことだ?」
「私のように、ゲーム参加者が君の背後にもいる。君のような投げやりな態度をとる者を、その者がとっくに放りだしていてもおかしくない。しかし君のことをこれほど長く見守りつづけているんだ。それは観察者の方も、より忍耐強く君を見守り続けている行為でもある」
「知り合いなのか?」
「否……。個々の参加者の情報、面識は私にはないよ。強いていうなら、傾向は知れるけれどね。例えば、こういうタイプの星宿を選びやすい……という話さ。私たちはそれぞれの思惑で参加し、こうして毒にも薬にもならないゲームに参加する。参加するだけで意義がある、と考える者もいるし、私のようにヒマつぶしもいる。それだけのことさ」
そのとき、トロキの体が徐々に、崩れているのを感じた。
「私はそろそろ行くよ。無理をいって、面識のある君と話をしたくて、待っていただけだからね」
「お別れって? そんなタマでもあるまい」
「確かに。私はこのゲームに参加した、ということをしっかりと自覚したかっただけなのかもしれない。でも、今回は自分で参加したかった、というのは確実な事実なのだよ」
トロキの体が崩れていく……。自分の役目を終えたから、やりたいことが済んだから、この世界からは消える。ただそれだけのことだ。
ただ、トロキのお陰で少し分かったこともあった。イナミ……ソイとアケリから見つめられ、首を傾げているけれど、彼女の存在は明らかにこの暦戦において、異質だということだった。
「ここでトロキに会えたことは、大きいかもしれない」
ソイはそういって考えこむ。
「どういうこと? ワタシにはさっぱり分からない話をしていて、口もはさめなかったけれど……」
カラスキはそういって、話に入ってきた。
「この世界のことが、少し分かってきた。ここに五人がいるように、恐らく時間だけはまだ余しているけれど、チームを組む奴らもでてきて、だいぶバトルが減っているってことさ。だから話をする余裕もできた」
「じゃあ、もう戦わないってこと?」
イナミの言葉に、ソイも頷く。
「恐らく、残るは数チームなんだよ。大分、淘汰がすすんだんだろう。目算だが、戦うのは後一、二回だろう」
「じゃあ、それに勝てば……」
「仮定の話をしても仕方ない。恐らく、これまでこのチームはほとんど戦っていないように、最後にヤバイ奴らが残っていると思った方がいい」
「ヤバイ奴ら?」
「簡単に言えば、戦ってきた奴ら、殺し合ってきた奴ら、だ。弱い星宿同士で手を組んだオレたちのことを、一瞬にして吹き飛ばしてしまうような奴らが、ごろごろ残っているってことさ。つぶし合いでもしてくれていない限りは……」
そんな希望的観測はないはずだった。クジ運がよくて、ここまでは何とか来たけれど、準決勝になったらもう通用しない。後は勢いで、そうした連中を突破できるのかどうか……。
後一、二回だけ……。そうはいっても、そこに最大の試練が待っている。彼らも覚悟を決めて、次のドアを開けた。
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