第19話 彼女が辿った運命、ということ

   彼女が辿った運命、ということ。


「どういうこと?」

 アケリがそう尋ねた。ソイもふだんに似ない、思慮深そうな表情を浮かべて「ここは仕組まれた塔だ。いわば、一対一を要求した上で、その選択を試している。それは相手が紫微人だとか、死体だとか、そういうことは関係ない。ここはお試しの塔なんだよ」

「……かっこ悪。もっといいネーミングを考えなさいよ」

 アケリにそう突っこまれる。

「ネーミングなんてどうでもいいんだよ。相手を試す、その結果がこのゲームを仕掛けている奴の気に入るか、入らないかは知らないが、決着がついた時点で、次のドアが開く。そうじゃないと次にはすすめない」

「それは何となく分かったわ。そこから先よ。どうやれば、これを脱することができるの?」

「恐らく途中で降りることはできない。この星官戦争は、後二十四時間は切っているけれど、まだ一日近く残っている。それまで、この塔に入ったら降りることの赦されないゲームなんだ」

「この置換が終わるまでは、このまま? じゃあ、勝利条件は?」

「この星官戦争の勝利条件は、恐らく中心点ではない。勝ち続けること、次の扉にすすみつづけること、だろう」

「ねぇ……。前から気になっていたんだけど、何でアナタ、暦戦のことを星官戦争っていうの? それに、中心点ではなく、特異点でしょ?」

「暦戦なんて言うのは、最近だよ。星官を名乗る奴らが戦う、だから星官戦争っていうのが一般的だったんだ。特異点も同じ、それを重視する考え方が生まれたのは、つい最近さ」

 アケリもその説明に、眉を顰めた。

「ねぇ、アナタっていつからこの暦戦に参加しているの?」

「さぁな。忘れた」

 出会ったときから彼は「ベテラン」を名乗っていたのだから、参加歴が長いのは知っているけれど、一体いつから……? それはあの家に行ったときも思ったことだ。茅葺の家にはめぼしい電化製品もなく、もっていた服はモンペなど、時代を超えたようなものだ。

 紫微人はもう死んでいる……。それは紛れもない事実だ。死んだ人間だけど、こうして暦戦に参加するため、それがないときはふつうに生活を送る。でも、アケリのように両親とほとんど生活せず、一人で暮らしている者ならまだしも、そうでない紫微人はそれだけで苦労する。

 でも山奥で一人、野菜などをつくって暮らすので、彼にはあまりその苦労もないはずだった。つまり、いつから紫微人をしているか? そういうことも曖昧にするぐらい、彼は長くこの状態をつづけていた可能性もあった。


「でも、お試しの塔を脱出できないなら、どうするの?」

 これはイナミが聞いてきた。

「次のドームに行かないって手もあるんじゃ……。そうすれば、危険も回避できる」

 そういったのは、坊主頭で小太りのカラスキだ。ソイの白衣をまとっているので、何とか体裁を保っているけれど、その下にはランニングシャツと、ステテコという出で立ちである。

「どうだろうな……。それをしていると、怖い鬼がでる。最後にそいつがすべてを攫っていく。要するに、ズルは赦さないって奴さ」

 タマオノは、漢字で書くと『鬼』だ。ソイにもその出現パターンが分かっているわけではないけれど、感覚的に危険を察知し、遠ざかることで回避してきたのだ。

「取りあえず先にすすむしかない、と考えている」

「戦うの?」

 不安そうなイナミを宥めるよう、ソイはその頭をぽんぽんと叩きながら言った。

「戦うかもしれないが、仲間になる可能性だってある。こっちは、これだけの勢力があるわけだし……」

 ここにはソイ、アケリ、イナミ、それに新たに加わった金髪の少女ミツカケと、太ったカラスキがいる。

「ミツカケもそれでいいか?」

「問題ない」

 金髪少女はあまり感情が動かないのか、淡々とそう応じる。満足そうに頷いたソイは、みんなに向けて言った。「なら、やることは一つだ」

「何よ……?」

 ソイが前向きなことを言ったので、アケリも不安そうにする。この男は皮肉屋で、卑屈で、後ろ向きなことしか言わない、と思っているからだ。

「必ずしも戦いつづけろ、というわけじゃない。つまりこうして、休み休みでも問題ないんだから、この間に戦略を練っておく。そして練習もできる」

「戦略? 練習? 共闘するの、ワタシたち……」

 カラスキも驚いた声をだす。

「いいか? 一度でもその部屋に入ったら、オレたちは一蓮托生になるんだ。ナゼなら、どういう形であれ、決着がつかない限りはその部屋から出られない。ドアを開けても、また同じ部屋にループする経験を実際にしている。つまり、みんなで頑張って乗り切らないといけない。アイツを犠牲にして、オレたちは次の部屋に……みたいなことは通じない」

「じゃ、じゃあ……、ドアを開けたままにしておいて、先遣隊が次の部屋に入って、ヤバかったらもどってくる、というのは?」

「ドアを途中で閉められる可能性がある。一度でも離れ離れになったら、もう二度と出会うことすらできないだろう。だから、部屋に入るときは一緒の方がいい。そして一緒に出る」

 五人の不思議な共同戦線の話は、これでまとまった。ただ、誰しもそれほど強い星宿でないと自覚するだけに、特にイナミなど、自らが紫微人であるかどうかすら、不明なのだ。

 不安の種は尽きなかった。


 ホトオリはゆっくりと次の扉を開けた。そこはかなり広い空間らしく、全体は暗くて見えないけれど、そこに一人の男が立つ姿があった。

 血まみれで、呆然としたように上をむき、こちらの侵入にも気づいていない。

 殺そうか……? しかし今、彼の仲間はつかえるか、つかえないか分からない、やる気のなさそうなタスキしかいない。とにかくチーム作りを優先することにして、まずは話しかけてみる。

-「オレはホトオリ。オマエの星宿は?」-

 ホトオリがそう話しかけるも、相手は気が抜けているかのように、呆然と立ち尽くしたままだ。

 生きているのか? 否……、紫微人に対してこの言葉をつかうのは適切ではない。ヤル気があるのか……こいつ?

 しかし、ホトオリが一歩近づこうとしたとき、ゆっくりと相手はこちらを向き、その虚ろ気な視線を向けてきた。

「ウルキ……」

 その言葉を聞いて、ホトオリも衝撃をうけた。それは前回の暦戦で、彼の祖母が名乗っていた星宿だったからだ。

 当然、星宿などは男女関係なく与えられるものだし、前の暦戦で紫微人が亡くなったら、次は別の紫微人が星宿にえらばれるのだから、こうして別人として出会うこともあるだろう。しかし血まみれのこの男は、一体どんな通変をつかえる? 祖母は自分を飾ることしかできない、装飾系の力と言っていたけれど、この血まみれの男がつかえる通変は、また異なるはずだ。

「ウルキ……チームを組まないか? 今回の暦戦を勝ち抜くには…………?」

 話している途中で、違和感を生じて、ドームの上をみる。すると、二十メートルぐらいの高さがありそうな天井から、半分だけ体を覗かせている者がいた。

「スゥ……」

 全身を包帯で巻き、手術をするときのような上からかぶるだけの服を着た、喉に大きな傷をもつ少女……。前回、チームを組んでいたスゥがそこにはいた。

 ただし、前回とはまったく雰囲気がちがう。上半身は覗くも、肘から先と下半身は天井に埋まっており、苦し気に体をよじらせるも、その拘束を解くことができないようだ。

「あ……あぁ…………あぁぁ……」

 ノドの傷のせいで、声はだせない。喘ぎ声のようにしぼりだすのは、それほど苦しいためか……。

 そのとき、彼女の周りの空間から、無数の矢羽根が現れた。彼女は武器を無限にうみだして、それを降らせる通変だ。その矢がどちらを向かっているか……?

 自分たちを向いている……。ホトオリもそう気づく。すでにスゥは我を失った様子であり、誰かに操られているようでもあった。目の前にいるウルキ、こいつがスゥを操っているのか……。

 矢が降り注いでくる。ホトオリは後ろのタスキなど構わず、自分に矢が当たらないように、この場のルールを変えた。要するにそれは、スゥによる攻撃対象から自分を外す、というルール変更であり、これでスゥに対するルール変更は、この暦戦の間はつかうことができなくなった。


「やれやれ……。とんでもない通変だね」

 そういって、タスキがホトオリの前にでた。どうやら今の無数の矢を受けても、無傷だったようだ。

「オマエの通変って……」ホトオリもそう尋ねるけれど、タスキはまるで何も興味がないかのように、すっとウルキに向かう。

「君は彼女を支配しているのかい? そうじゃなさそうだね。彼女と戦っていた風でもない。その血は、返り血かい? 美しいね。ボクはそういう美しいものが大好きなのさ」

 タスキはあくまで、余裕をもってそう語り掛ける。ふたたび、スゥの矢が降り注いでくる。確実にタスキの体を何本もの矢が貫いていった。ただ当たって跪き、倒れるものの、すぐに立ち上がってくる。矢を抜くと、そこからは血も流れておらず、平然と上空を見上げた。

「生憎と、ボクにはそういった攻撃は効かないんだ……。何しろ、ここはボクの舞台だからさ」

 両手をひろげ、ややオーバーアクション気味に、そう訴えかけてみせる。すでに自分に酔ったようで、そのまま血まみれで立ち尽くすウルキに対しても「もうここはボクのステージだよ」

 そういって彼が両手ふると、まるでオーケストラのような音楽が鳴りだす。彼は指揮者のように、その音楽を奏でるだけで、戦おうともしていないようだ。

 ホトオリも気づく。恐らくこいつは、最初から戦う気がない……というか、出会ったときも「どっちでもいい」と言っていた。彼はこの暦戦において、こうして盛り上げるだけで満足なのだ。

 ホトオリも目のまえにいるウルキに向かった。こいつがスゥを支配し、攻撃させているのか?

 ならば、こいつを自分に従うルールに書き換えてしまえば……。しかし、自我を忘れたような奴に、自分の力がどこまで通用するか……。場違いなチャイコフスキーの交響曲第六番、悲愴が流れる中、ホトオリも決断を迫られていた。


 そのとき、広いドームで周りは暗いので、全体がよく見えなかったけれど、暗がりにも気配がするのを感じた。その暗い空間に、無数の光の礫のようなものが、まるで泳ぐように現れたのだ。

 このドームにいるのはホトオリ、タスキとウルキ、スゥの四人だけじゃない?

 ということは、スゥを捉え、操っているのはこのウルキじゃなく、そこにいる誰かか……?

「ね、ねぇ。誰かいるの?」

 そちらから声が聞こえた。タスキがかき鳴らす、交響曲に気づいたのだろう。

「オレはホトオリ。オマエの星宿は?」

「アシタレ」

 ホトオリも即決した。この目の前にいるウルキより、そちらを仲間にした方がよさそうだ、と……。

「チームを組もう。ここを乗り切るには、こいつらを倒さなければ……」

 そう言いながら、ルールを書き換えた。アシタレと名乗った少女は、これで自分のチームに入った。これでアシタレへのルール変更は、この暦戦の中で二度とつかえなくなった。

 とにかくウルキと、スゥを倒さないといけないようだ。そのとき、ウルキが襲い掛かってきた。あまり実力行使は得意でないし、好きでもないのだが、手にしたナイフで胸を一突きする。それで呆気なく、ウルキは死んでしまった。

 天井を見上げると、そこにはスゥの姿もなくなっていた。彼に操られているのではなかった? もし、そうなら呪縛が解けた時点で、スゥも元にもどっているはずで、この場から姿を消したのは、別の理由があるはずだった。

 そのとき、暗闇から現れたのは、まだ若いけれど、恰好はかなり派手でキャバ嬢を思わせる少女だ。それほど彼との年齢差はなく、ただ全身が矢に貫かれ、服はボロボロで、ケガも負っているので、泣きながら近づいてくる。

「スゥを操っていたのは、君じゃないのか?」

「天井にいた奴? 知らない……。私と、あのウルキって男が戦おうとしたら、急に天井からあの女が現れて……」

 別の星宿が、スゥを操ってこちらのバトルに送りこんできた? そんなことができるのか……?

「おい、もういいぞ」

 タスキにそう声をかけたけれど、恍惚の表情を浮かべて、手を振りつづけている。その様子に気づいて、ノドに手を当てて脈をとるけれど、ホトオリも首を横にふってみせた。「死んでいる……」

 もうとっくに死んでいたのだろう。彼は演奏をすることだけが目的で、ここに立ち続けていたのだ。痛みを感じにくい紫微人だけに、矢が貫通しても耐えられないこともない。そうして演奏をつづけ、コト切れたか……。

 これで、この傷だらけの女と二人だけのチームか……。ホトオリもそう覚悟を決めて、女に向かう。

「オマエはこれまで、どんな相手と戦ってきた?」

 アシタレはしばらく考えてから「……えっと、女の人で、大した通変がないのか、何か必死で訴えていたけど……。確か、ミイって言って……」

 その瞬間、ホトオリはアシタレの胸をナイフで貫いていた。自分でも、何でそうしたのか……? うまく説明がつかない。だけど、ミイの死に様を思い浮かべたとき、彼女の無念を晴らそうと思ったのだ。

 それはこれまで自分のメリットしか考えて来なかった彼にとって、まったく不思議な行動であり、何度も、何度も彼女の胸を突き刺すホトオリは、自分でも気づかないまま、頬を涙が幾すじも伝い落ちていた。

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