第18話 悲喜こもごも、ということ
悲喜こもごも、ということ。
ホトオリはじっと死体を見下ろしていた。
そこには体に無数の穴が開いた、ミイが倒れている。
「知り合い?」
仲間になったタスキがそう声をかけてくる。
「いや……」そう答え、一瞥すると、ホトオリもその場を離れる。
前回の暦戦で仲間となったミイが、暦戦が終わった後、彼のところに訪ねてきたのは意外だった。
「私は風使い。風の便りで聞きました。
「現実の世界では、向こうの通変はつかえないはずだ」
ホトオリがそう返すと、ミイは笑って「向こうで使ったんですよ。アナタは自分の死んだときの状況を教えてくれなかったので、風に訪ねたのです。細かいことは分かりませんでしたが、この辺りではないかと推測してきました」
ホトオリは戸惑っていた。元々、裏の世界にも精通していたので、隠れ家には困らない。それでも、一般の人々には関わらないようにしていた。本当は、自分を殺した奴らに復讐したい……と思っているけれど、もしそれをしたとき、星宿という自分の立場がどう変わるか? それを懸念していた。もし自分たちが神に択ばれ、星宿になったとしたら、その資格をはく奪されるのではないか、と……。
「何しに来た?」
「何しに……なんでしょうね?」
ミイはそういって、軽く微笑んだ。
ホトオリは小さいころから、あまり女性に興味は湧かなかった。両親との折り合いが悪く、人付き合いは苦手だ。自分にとって他人は、どうメリットがあるかであり、それが女性だろうと関係ない。メリットとは常にお金であり、自分にどう金を運んでくるか、であって、そうでない相手とは付き合う気もなかった。
この女は、何を考えているのだろう……? 暦戦ではつかえる、メリットがあるとして仲間に加えた。それだけのことだ。
しかし、次の暦戦がはじまるまで、二人は一緒にいることとなった。
「私の両親は、とある宗教をしていて、幹部……とまではいかないけれど、支部の長を任されるぐらいの地位にはあった。
だから、私は小さいころから、そうした境遇を受け入れていた。教主様の言葉を信じて、布教に邁進する。休みの日はそうやって過ごした。両親と遊びにいくことはなかったけれど、それがお給料の多くを布施と称して、献じているからだと知ったのはずっと後のこと……。私にとって、両親と一緒に布教をすることが、ただ嬉しかったのよ……。
でも、私が高校生になって、好きな人ができると、状況が変わった。同じ宗教をする人でないと、結婚ができない……。付き合うのもダメ。そうなったとき、疑問を感じ始めた。
私がこっそりとデートに行って、帰ってくると両親からひどい叱責をうけた。口もきいてくれなくなった。私は背教者で、教主様のおうかがいを立てないと……とまでいいだした。
そして、連れていかれた聖廟で、私は多くの信者から強姦された。そうすることが浄化なのだといって……。
家をでても、私は生活できないと知っていたから、私はそれに耐えた。でも、少しずつ心が壊れていって、大学を卒業するころには、すっかり心を病んでいた。それも背教だといって、私はますます穢されていった……。
私は自殺したの。生きている意味も、価値すらもなくして、両親に死体がみつかることさえ嫌だった。あの宗教で、あの様式で弔われるなんて絶対に嫌ッ! だから両親は、今でも私が行方不明だと思っているのでしょうね……」
ミイは何度か体を重ねた後、そう昔語りをした。ホトオリには性欲もないし、また紫微人となった今では、さらにそうだった。でも、それをミイが望んだ。
「だから、オレのところに来たのか?」
「アナタにも、同じ匂いがしたから……」
両親との関係か……。「オレも、両親とは不仲だ」
「それだけじゃない。私のしていた宗教ってね、詐欺なのよ。でも、宗教の名を借りて、お布施を集めたり、献金をうけたりするのは違法ではない。だけど、中に入れば入るほどよく分かる。誰かを騙し、多くの者から集金することで成り立つ、ただの金集めの道具――。
私がそれを訴えると、背教者だと罵られ、さらに心が壊れた。まっとうな世界にいると、まっとうな世界に立っていると、あそこでは悪党なのよ。私はアナタにも、その匂いを感じたの……」
悪いことをしているけれど、どこか立ち位置がちがう……。
「オレが詐欺をしても、強盗に手を染めても、人としての立ち位置を忘れなかったのは、ばあちゃんのお陰だ。会いに行ってみるか」
そうして、二人で向かったのが、灰になったあの家の焼け跡だった。
そのミイが死んだ。それは暦戦なのだから、殺し合いなのだから、そうなることもあるだろう。
でも……。不思議と悲しいとは思わなかった。それとはちがう感情だ。祖母を失くしたときともちがう。思い入れを強くするほどに、長く一緒にいたわけでもない。肉体関係をもったのも、相手がそれを望み、今後の暦戦でも役に立つかも……と計算しただけのことだ。
彼女も淋しかったのだ……。そして同じ匂いのする、ブラックな部分を、人に語ることさえ憚られる過去をもつことを、生きていたころのことを、話し合える相手を欲していたのだ。
穴だらけとなったその体には、虚ろとなった表情には、もう癒しを求めることすら叶わないと告げていた。
これは自分の星官、内平でもどうしようもなかった。ルールを書き換えたところで死者は甦ったりしない……。
ふと、ホトオリも気づく。死者であり、紫微人である自分たちが生き返る、というルールは一体、誰が決めているのだ……?
そして、何でオレがドアを開けた先には、ミイの死体だけが置き忘れられたように転がっているのか? と……。
そのころ、チチリは一人の男の部屋にいた。まだ小学生ぐらいの少女であるチチリは、鉞をつかう通変をもつ。ここにも戦いに来た。もう三人の紫微人をぶっ殺してきたけれど、この部屋はちがった。
「ねぇ、戦わないの?」
「ボクは戦わないよ。戦うタイプの星宿じゃない」
「私はチチリ」
「ボクはタタラさ」
「戦わないなら、チームを組むの?」
「いいや。ボクは傍観者さ。ただここにいて、情報をわたすだけ。君が知りたいことには答えよう。ボクの知っている範囲で」
緊張感もない。敵意すら感じない。でも、相手の見せるそんな余裕が、逆に恐怖でもあった。
チチリは「じゃあ、私たちは生き返れるの?」
「そう言われているけれど、こればっかりはボクにも答えようがない。何しろ、生き返った奴が、またこっちにもどってきて教えてくれるわけじゃないからね」
「じゃあ、どうすれば勝利なの?」
「それも分からないよ。だって、さっきも言った通り、勝利した奴は生き返ってしまい、二度とこっちにはもどって来ないからね。ボクもそういう誰も教えてくれないことは、知りようがない」
「じゃあ、何が分かるの?」
「この暦戦に、長く携わっているという、その一点において、ボクはここに存在し、そして知恵を与えている。でも、生き返りやそれに類する勝利条件については、暦戦の先にある話さ」
タタラはそういって、軽く微笑んでみせた。チチリも訝しくその顔をみつめるけれど、タタラは涼しげな表情を浮かべる。
「じゃあ、何で私たちは星宿にえらばれたの?」
「それは深くて重い質問だね。一言でいうなら、誰でもよかった。要するに、二十八宿がそろうと暦戦がスタートするけれど、その選抜手段はその星宿による。問題の起こりそうにない相手……。例えば、死体が発見されておらず、消息不明な人物。遺体の損傷が激しく、身元不明な人物。未練の強い人物。周りがその死を信じていない人物。その選択は様々さ。
だけど、確実にいえるのは、紫微人になると、暦戦のない間は生者と同じように現実世界とかかわる。そうなっても問題のなさそうな人物、ということではあるだろうね」
そう話した後、タタラは「あぁ、これはちょっとちがうかな」と独り言のようにつぶやく。
「星宿に択ばれても、支障のありそうな人物は淘汰される。その整理役がいる、ということだ」
「整理役?」
「君が知っているかどうかは分からないけれど、アミという星宿の存在を聞いたことはないかい? アミは択ばれた星宿がろくでもない……悪影響だと判断した相手を淘汰する。逆に言えば、そういう存在がいるから、星宿による選別がいい加減で適当であったとしても、この暦戦が成り立っているんだけどね」
チチリは、そのアミという星宿についてあまり知識はなかった。ただ、その話で一つ思い当たることがあった。
「タマオノは? 何であんな星宿がいるの?」
「簡単だよ。結果をリセットするためさ。暦戦を長いことつづけたところで、二十人ぐらいが残っていることだってある。これは仲良しこよしを推奨するシステムじゃないからね。
発生条件は色々とありそうだけれど、少なくともボクには確実なことが言えない。ただリセットするシステムだということだけは、判明しているよ」
その判断基準が分からないと、またいつ起こる可能性があるか……。それだと、安心して戦えそうにない。
「タマオノがいる限り、戦う意味ってあるの?」
あまり頭脳労働が得意でないチチリにだって、そのぐらいのことは疑問に思う。
「それも含めての勝利、だろ? 要するに、タマオノという存在にみとめられるぐらいの結果を示せ、ってことさ」
「目標も分からないのに?」
「こいつは手厳しいね。しかし生きていたときだって、明確な目標があって、すべての行動をとっていたわけじゃないだろ。自分の行動がどういう結果を招くのか? 考えて行動をとるわけでもないし……」
タタラはそういって、遠くを眺めながら「ボクもそのせいで、何度も失敗しているんだけどね」
チチリには、タタラの失敗なんて興味はない。でも、情報を教えるといいながら、肝心なことには答えず、はぐらかしてくるこの男のことは、信用できないと感じていた。
殺そうかな……。脈絡もなく、そう思った。考えるのが苦手で、行動する方が先にくるチチリにとってはそれだけで十分だった。
ぱっと手にした鉞を、躊躇うことなくすぐに横一閃してみせた。
すると、すぐに異変に気づく。彼女の手元からは、身の丈ほどもある大きな鉞が消えていた。
「な、何で……?」
「やれやれ……。ボクに通変による攻撃は利かないよ。そうでなければ、情報を渡す役なんてできるはずないだろ」
タタラはそういって笑った。ずっとこの男の態度は変わらない。それがチチリには鼻につくし、むしろ敵わないと思うからこそ、イラつく。
チチリは拳で殴りかかった。彼女は多動性障害、ADHDと診断されたこともあるほど、思いついたことは、すぐに行動する癖があった。それが、彼女が相手にしてはいけない相手にも向かったことで、殺された。しかし彼女は、それで反省したわけではなかった。むしろ、反省できるぐらいなら止められる。すでにそれは彼女の感覚の中で、思考と行動が直接、すぐにむすびつくものであり、自分でも止められるものではないのだ。
物理攻撃なら当たる……はずだった。しかし彼女の拳は空振りする。それ以上に、目の前からタタラの姿が消えていた。
それまで、ここには雑多なものが置かれていたのに、辺りが暗くなり、何もない空間に放りだされたようで、急に寂しさを感じた。
その暗い空間で、ジャリ……ジャリ……と、金属のこすれ合うような音が聞こえてきた。
チチリも恐怖する……が、彼女には助けを呼べる相手もいない……と、言うことに今さらながら思い至った。
殺気もしないけれど、背後から気配がしたので、鉞を振るった。だが、今度は消えなかったけれど、その動きをピタリと止められていた。
相手が手の平を向けているけれど、そこに当たって止まったわけではない。その手前で、鉞の刃が一時停止しているのだ。しかも、チチリは急に時間の流れが遅くなったようにも感じられていた。その中で、自分は確実にもう、鉞をふり抜いているのにもかかわらず……。
そしてもう一つ気づく。近づいてきたのが、全身に包帯を巻き、その周りにはさらに鉄の鎖を巻いた人物だということに……。
「助けて……」誰に? 何に助けを求めているの……? あぁ、そうだ。私は大勢の大人に囲まれて、ボコボコにされたときも思ったんだ。何で忘れていたの……? どうして私は忘れちゃうの? こんな大事なことなのに……。
「誰でもいいから、助けてッ!」
ただ、その声が響くことはない。ゆっくりと感じられた時間の中で、いくら叫んだところで、誰にも届かない。チチリは悶絶しながら、わずかに残る意識でこう考えていた。コイツがアミ……。そこでコト切れた。包帯に巻かれたその人物に、観察されながら……。
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