第17話 邂逅する、ということ

   邂逅する、ということ。


 イナミは目の前にいる、雷使いを名乗ったナマメと、背後にいるランニングシャツにステテコを履いた男との間に入って、前門の虎、後門の狼となっていた。……否、そこはトラ柄のヘアバンドと、オオカミに襲われる側の、三匹いたら撃退できるかもしれないぐらいの太った男との間で、今やどうしてよいかも分からなかった。

 しかもこの部屋からでるドアは、それぞれの男たちの後ろにしかなく、ここには窓さえない。その空間はナゼか、外からみていたときより格段に大きな空間であって、ソフトボールの球場ぐらいはありそうで、バトルには適していても、逃げるには狭すぎた。

「オレの星宿、ナマメは雷使い……そう気づいたときに、オレは歓喜したね。何しろこんな魔法、つかってみたかったからさ。オレは電気工事を請け負っていた。電線を張っている途中、落下して死んだ……。マヌケだろう? でも、そのお陰でオレはこの力を得た。

 雷使いとなって、ふたたび生き返るのさ。そして、電気を縦横につかう正義のヒーローとして、この世界に君臨する!」

 正義のヒーロー? 正義とヒーローは、決して同じ項目ではない。敵にとっては悪魔でも、味方にとってはヒーローとなるのだから。そんなものは正義と呼べないだろう。少なくとも、それが成立するためには一方的な悪と、一方的な虐げられる存在という、明確な差のある二つがあり、しかも悪を倒すためなら何をしてもいい、との合意が必要なはずだ。

「そのためには、まずは生き返らないといけない。だから、死んでくれ。オレのために死んで、礎となれ」

 まるで駅員が「出発進行」を告げるときのように、人差し指と中指をたて、それを頭の上から前方にふり「進発雷光!」と叫ぶ。

 それと同時に、激しい雷撃が襲う。イナミでは逃げられるはずもなかった。


 雷撃の後、凄まじい轟音が襲ってきた。それはこの距離でも感じる、光と音との伝わり方の差だったけれど、問題はそれがイナミにはぶつからなかったこと、目をつぶって、耳を塞いだものの体は無傷だったことだ。

 雷撃が避けて行った……。イナミが辺りを見回すと、太った男性が立って。手を伸ばしていた。そこからは湯気のようなものが上がり、激しい熱と衝撃が、その体を貫いたことを示していた。

「ハァ……、ハァ……。女の子を害するのは、赦さない!」

 太った男はそう告げた。ナマメも目を丸くしている。

「オレの雷撃を……かわした? 否、受けたのにダメージもない?」

「き……、君が最初から、雷使いだと名乗っていたからね。ワタシだって自分の通変をつかえるんだよ」

 雷撃を通変によりかわした……? ナマメは首をかしげる。雷撃は物理的な現象である。それをかわす通変は、物理的にそれを回避する以外になく、絶縁体で体をつつむしかない……はずだった。ここでは空間が限られ、しかも電気を通しやすい、導電体である人体は二つだけ。つまり雷撃を放てば、どちらかに必ず当たり、そして破壊するはずなのだ。

 雷撃使い――。そう名乗ったところで、指先からでた後の雷の行方なんて知る由もない。雷がそうであるように、空気の中で一番通りやすい道を通って導電体へと目掛けて飛んでいく。電気を集め、それを放つところにこの通変の本質があり、○○使いというほど、大して使えていない。

 ましてそれを目視で追いかけられるような、そんな特殊な技能なんてもち合わせているはずもなかった。

 だから、放つときには目をつぶっている。もし雷が目の前で発生し、それを見ていたとしたら目がチカチカして、しばらく視界を奪われているだろう。だから、どちらにどうぶつかったのかも分からないし、選べるものでもない。

 ただ、驚愕する少女と、太った男とでは、明らかに太った男の方が何かを仕掛けたのが確実だ。

「オマエ……星宿は?」

「ワタシはカラスキ。残念だけど、相性が悪かったね。ワタシに、アナタの通変は利かない」

 この太った男の通変は何だ……? 「オマエ、星官は?」

「軍井……」

 首を傾げる。星官なんてそれこそ二十八宿の中でもいくつももつものがあり、大量過ぎて憶えきれるはずもない。星宿となり、調べたりもしたけれど、大体メジャーなところは憶えるけれど、それ以外は知識すらなかった。

 そのとき、ナマメもふと気づく。なるほど、そういうことか……。


 ナマメはカラスキの後ろを指さした。

「水を流しておいて、そちらにアースをとった、ということか?」

 カラスキはその丸々とした体で隠していたけれど、ナマメが雷使い、と言ったときから、足元から水をながして、それを地面に染みこませていたのだ。それをアース線として利用、雷撃をうけてもアースが働いて体は無傷……ということか。

 だが……。

「要するに、その場から動けない、ということだ。動けば、またそこでアース線をとらないといけないからな」

 ナマメはヅカヅカと、カラスキに近づいていく。相手の通変が分かったのだから、もう怖いものはない。

「何だ……。何か、空気がぬるぬるするな……。こうやって湿気を漂わせ、雷撃を自分に向けさせたか……。そうまでして、そこの女の子を守る意味は何だ?」

 カラスキはぐっと詰まる。だが、カラスキがそうしたことでナマメはマウントを強めたようだ。

「その覚悟、いつまでつづくかな?」

 ナマメはその拳で殴りつける。カラスキは身動きすらとれず、両手で顔をガードしてみせたけれど、そのパンチによって体が揺らぐ。

 紫微人は痛みの感覚がにぶい。拳が直撃しても耐えられるけれど、ナマメは何度もその拳をふるってくる。少しでも体がずれれば、そのときにはまたあの雷撃をつかうつもりだ。

 カラスキも必死で堪えるけれど、それはあそこにいる、怯えた目をした小さな女の子を助けるため……。

 これまで、嫌なことからは逃げてきた。だから引きこもりになった。でも、それは自分のためにする我慢には耐えられないけれど、誰かのためなら……、女の子のためだったら……。

 イナミもそれを心配そうに見つめる。先ほど、この太った男性は、自分のことを助けようとしてくれた。そして今も……。それでも自分は何もできない。通変なんて知らない。自分がこの暦戦というものを、どうして戦うのか、すら自分でも理解できていない。大人の男の人になんて、敵うはずもなかった。

「このデブ野郎! いい加減、くたばれ‼」

 全体重をかけて蹴り飛ばされ、カラスキも吹き飛ばされた。アース線の……水の上から体が外れてしまう。

 イナミも、窮地に陥ったことを悟って叫ぶ。「ソイ~ッ! 助けてーッ‼」

 ナマメはふり返った。「オマエ、うるさいよ。お前から先にやっちゃおうかなぁ。オレは少女趣味じゃねぇし」

 ナマメがふり返って、イナミに向かおうとすると、カラスキがその足にとりつく。

「行かせない……。女の子は、守られて当然なんだ……」

「オマエもうぜぇ!」

 今度は踏みつけるようにして、何度も蹴られた。それでも、カラスキは必死で堪える。でも、もう体はボロボロとなり、顔には血が滲み、腫れ上がり、目すら開けられなくなっている。

 さすがに蹴り疲れてきたのか、ナマメもそれを止めた。イナミもどうすることもできず、カラスキも意識を失っているのか、ピクリとも動かない。

「二人まとめて殺してやるよ。……否、雷様の思し召しがあれば、どちらかは助かるかもな。進発……」


 そのとき、ガチャリとドアの鍵が開く音がした。ナマメもびっくりして、自分の背後にあるドアを見返す。ゆっくりと開いたそこから、顔を表したのは……。

「ソイッ⁉」

 そう、白衣をきたぼさぼさの髪をした男、ソイがぬーっと現れたのだ。

「イナミは無事だったか?」

 イナミをみて、そこにいるナマメをみて、倒れているカラスキをみて、ソイはその目を厳しくしてから、ナマメを睨む。

「お、オマエ! どうやって入ってきた⁈」

 ナマメもそう叫ぶ。

「今はそれが問題じゃない。ここに紫微人が三人いて、オマエがその二人を追いつめていることが問題だ」

「オレはナマメ! 雷使いだ。オマエが誰だろうと、どんな手をつかおうと、オレは絶対に生き返る。正義のヒーローとなるために!」

 その手をソイに向かって振り下ろした。「進発雷光!」

「…………何だ、それは? 車掌にでもなりたかったのか?」

 ソイはつまらなそうにそう言った。何も起きなかった。雷撃なんて火花すら飛ばなかった。

「な、何で雷撃がでないんだッ!」

 ナマメはふたたび、手を上から振り下ろして「進発雷光!」と叫ぶ。しかしそれが彼の、断末魔の声となった。彼の体が内側から激しく光りだし、激しく痙攣し、目や口からはその光が漏れていた。恐らく内部から燃えているのだろう。逆流した彼の電気は、彼の体を一瞬にして焦がし、煙を上げながら前のめりに倒れてしまった。

「ソイ~~ッ‼」

 イナミは泣きながらソイの方に走っていったけれど、ソイの後ろにアケリがいるのに気づいて、走行経路を変えて、アケリに飛びついていった。

 ソイも受け止める準備をしていたので、透かされて、頭を掻きながら「それだけ元気なら、大丈夫そうだな」と声をかける。

「うん、でも……」イナミは、そこに倒れているカラスキに目をやる。

 近づいて脈をとったソイは「生きているよ」と告げた。

 その言葉を待っていたように、バッと顔を上げたカラスキは、そこにソイがいるのに気づいて「きゃーッ!」と黄色い悲鳴を上げ、建物の壁まで後退りする。

「人前にだせる顔じゃない、との自覚はあるけれど、そうまで怯えられると、さすがに傷つくな……」

「え、何? どうしたの?」

 カラスキは改めてそこに倒れているナマメをみて「きゃーッ!」と悲鳴を上げた。


「ねぇ、この女の子は誰? 誰なの⁉」

 イナミからそう迫られ、ソイも頭を掻く。面倒なことになり、説明に窮している感じだ。

「私はミツカケ。この人とチームを組んだ」

 金髪の少女、ミツカケからそう声をかけられ、イナミはじとっと目を細めて、ソイをにらむ。

「浮気?」

「何でそうなる? 星官戦争ではチームを組む。だけど、弱い星宿ばかりだな……」

 ソイも辺りを見回してから、改めてカラスキをみた。

「お前はどうする? イナミを助けてくれたことには礼をいうが、オレたちと一緒に行く必要はないんだけど……」

「ワタシは……アナタたちについていく。少女にそこまで慕われているアナタは、悪い人ではなさそうだし」

 判断基準、そこ? でも、少女を守ろうというその気概は本物のようだ。

「でも、その格好は何だ?」

「ワタシ……胃腸が弱くて、離微動がはじまったとき、トイレにいて……。着替えたかったんだけれど、中々立てなくて、そのまま……」

 白いランニングシャツに、ステテコというスタイルはまさに部屋着。

 ソイもやれやれ……とため息をついて「これを着ておけ。その格好のままだと、教育上よろしくない」

 そういって白衣をさしだす。カラスキは頬を赤らめながら、それを受けとった。

「でも、さっきのアナタのあれは何? 通変だったの?」

 アケリにそう尋ねられ、ソイは肩をすくめて「さあね」と応じた。

 少し前、ソイはドアの前に立って、しばらく集中すると、徐にそのドアを開けた。すると、それがイナミたちのいるこの部屋につながったのだ。

 それはアケリでなくとも驚く。この天微垣の仕組み、そのものをまるで書き換えたようにしか見えなかったからだ。

「オレの通変は、色々と小難しいんだ。だから、一々それを説明していると、何時間もかかる。戦いには使えないから、あまり気にしないでくれ」

 でも、先ほどあの雷使いのナマメが、内部から燃えたのは何? 雷が逆流したとしか思えなかった。

「でも、ここに集まった五人で、この天微垣を攻略できる?」

 アケリにそう尋ねられ、ソイも首を横にふる。

「さぁな。ここは空間そのものが、ランダムでつながる。逆に言えば、その中心点に行こうとしても、思い通りにはいかない」

「じゃあ、目標がないってこと?」

「嫌……。一つのドームに、ドアは二つ。入ってきたところと、出るところだ。つまり誘導はされている。その導きの中で、答えを探すってことだろうな」

 ソイはそういったけれど、その導き……理を破ったから、アケリも驚いたのだ。この男にも、まだ何かありそうね……。アケリもそっと厳しい視線を、ソイに送っていた。

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