第16話 四方八方戦場、ということ

   四方八方戦場、ということ。


 どうやら、このドーム型の個室は物理的なつながりより、何らかの魔法によって接続され、次の対戦相手が決まっているようだ。

 ミイもそう気づく。

 彼女は風をあやつる。広い空間だと、大きな風を巻き起こせるけれど、狭い空間だとそれは難しい。ナゼなら、風を一方に流すと、どうしても全体の空気が動いてしまうから。大きく風を動かすと、自分も揺さぶられるため、どうしても制約をかけざるを得ない。

 しかも今回の相手は、特に厄介といえた。何しろ、このドーム型になった空間を縦横につかえる通変なのだから。

 まるでドームの中、そこを水槽の中のように、小さなキラキラしたものが舞う。それは泳いでいるようでもあり、生き物であるかのごとく、それぞれがバラバラに動き回る。

 恐らく、相手はエリアを限定して自らのテリトリーのようにつかう通変だ。こうした天微垣でなければ、それほど怖い星宿でもなかったはずなのに……。

 相手は同い年ぐらいの女の子、ずっと両手を横に広げ、こちらに正対するのはそれが発動の条件なのか? 分からないけれど、操っているようには見えないそれが、どうやってこちらを攻撃、もしくは防御として機能するかが分からず、攻め手を失っていた。

 早く、ホトオリたちと合流したいのに……。しかし、一対一のこの状況を切り抜けない限り、部屋からでることさえ叶いそうにない。

「話をする余裕はあるかしら? 私はミイ。アナタの星宿は何かしら?」

 ミイも話し合いに活路をみいだそうとした。ホトオリがよくつかう手法で、私も初めて会ったとき、そう語りかけられた。彼ほどうまくやれる自信はないけれど、私も長いこと、人の説得をしてきた。それは家が行っていた宗教の影響で、訪問勧誘を小さいころからしていたからだ。

 相手は怯えたような表情を浮かべるけれど、恰好はかなり派手で、それはキャバ嬢を思わせた。何等かの事情があって、そういう職種をえらんだのなら、心が弱っているはずで、つけ入る隙もあるはずだ。そう訓練されてきた、私ならできる。相手の目をじっと見た。そうすることで、相手よりこちらが優位だと示し、話の主導権をにぎることができる。

「わ、私……、私は…………生き残ってみせるんだから!」

 まずい。暦戦に参加することは、脳裏にインプットされた情報として、ここが殺し合いの場だと理解する。だから、戸惑うことはあれど、ルールを理解していない、ということはないはずだ。でも、解釈によっての差は生じる。彼女は、絶対に殺し合わないといけない、と解釈したようだ。

 そして、そんな状況を私の説得、勧誘による手法が促したとするなら、逆効果だった。意固地にしてしまった。

「待って。ここではチームを組むことも……」

 そのとき、ミイは腹に鈍痛を感じた。紫微人は痛みに対する感覚がにぶい。決して痛くないわけではなく、生きているときに比べ、感じ方が鈍いだけだ。腹に手をやると、うっすらと血が滲む。何かが貫通していった……。そのとき、周りにただよっているキラキラした光るものが、彼女に迫っていることを感じた。空間を支配され、あの光るものが攻撃を促すものであれば、ミイにはなす術がなかった。


 ホトオリはその部屋をでた。タタラと話をするだけでは、情報は得られても何も解決はしない、ただ、それで一回戦が終わりとなるのは意外だった。戦わなくてもパスする方法……? チームを組む以外でそんなことがあるのか……。彼にも分からないけれど、ニタニタ笑うタタラは、そうなることを知っていたようであり、退出を促された。

 とにかくホトオリも、前回のチームもそうだけれど、今は早くチームを組みたいと考えていた。ホトオリは自分の弱さを自覚し、物理攻撃一つで危険に陥ることを知っている。

 確かに、その場をしのぐ、すべてをルール化してしまう通変は強力だ。その場を支配するルールなのだから、破ることができない。ただ物理法則に対しては無効であるし、むしろ対人ルールという方が近い。

 なので、こうした一対一は得意であるけれど、だからと言って全員を仲間にとする必要もない。この天微垣を攻略するには、対人戦闘における有利な星宿を、如何に多く仲間とするか……だ。

 次のドームには、少年がいた。

「戦う気は……なさそうだな」

 ホトオリがそう呟いたのも、少年が座りこんだまま、立ち上がろうともしないからだ。

「戦いたいのかい? ボクはどっちでもいいんだけど……?」

 相手が年下と気づいて、ホトオリも「オマエの星宿は?」と高飛車に尋ねる。

「ボクはタスキ。星官のない、タスキだ」

 タスキ……? 確かに存在するけれど、あまりパッとしない星宿だ。でも、弾避けぐらいにはなるか……?

「チームを組まないか? オレはホトオリ。この暦戦にも数回参加している。そこそこの知識は有しているから、一緒にいれば勝利条件に近づけるぞ」

「ふ~ん……。いいよ。ボクも仲間は必要だと思っていたから」

 年寄り臭く「よいしょ」と声をかけながら、タスキは立ち上がった。恐怖するでもなく、また厭う感じでもない。自分より若干若いぐらいか……。この男の暦戦への向かい方に、かなりの違和感もあった。本当に勝利を……生き返りを目指しているのかすら、不明である。感情のなさそうな無表情といい、不思議な男だとホトオリも感じていた。


「ちょっと! イナミはどうしたのよ?」

「まだ出会えていない」

「出会えていないって、アナタねぇ……」

 そう言って、アケリはソイの後ろにいる少女を見る。

「アナタ、やっぱり少女趣味なんじゃないの?」

「どちらかといえば保護者気分だよ。何でオレが出会うのは幼女なんだって……」

 ソイはそういって、うんざり顔を浮かべた。アケリも少女へと目を向けた。

「アナタ、星宿は?」

「ミツカケ」

「ミツカケ……ミツカケ……、あまり聞いたことがないわね」

「朱雀の尾っぽだよ。確かにこれまでは、序盤でやられる星宿、モブ扱いも多かったから、知らないのもムリはない」

「それで同情?」

「ちがうよ。でも、この星官戦争では、紫微人が代われば、与えられる星官も、つかえる通変も変わってくる。前回の星官戦争ではモブでも、次のそれでは分からない。同情しても仕方ない」

 その通りではあるけれど……。

「とにかく、イナミを探さないといけないんじゃないの?」

「そうだけど、このドームはランダムで、空間をつなげているようだ。つまり、出会うか、出会わないかも、すべて仕組まれている。イナミを探そうとしても、こちらがどうすることもできないってことだ」

 アケリもそれは分かっている。今のが愚痴だということぐらい、自分でも分かるけれど、まだ紫微人なのかどうかも分からないイナミが、一人でここにいることが不安なのだ。

「アケリは敵を倒してきたのか?」

「それが……。誰とも出会っていないの。私も不思議なんだけど、行くところ、行くところ、誰もいなかった。これ、何なの……? って思っていたところよ」

「戦わない? もしかして、不戦勝か?」

 いくら紫微人となったからといって、誰もが強烈な生き返り願望をもつわけではない。それこそ、ソイだって同じだ。生き返ろうとはしておらず、もしこんな奇怪なバトルフィールドが設定されたら、以前の彼だったら、建物の中にすら入っていなかっただろう。

「イナミは……まだ外か?」


 そのころ、イナミはまだ建物内に入ってすらいなかった。隠れていろ、と言われたので、建物に入るのを躊躇っていたのだ。

 しかし、ドームが連なったようなこの建物には、入り口が一つ見えるだけ。あそこから入るの? でも、入ったら絶対に暦戦をはじめないといけない。今のところ、あんな変な力をつかえる人たちと戦うなんて、絶対にムリだ。

 でも、建物の周りには何もなく、隠れるところもないのが難点だ。一応、置換されたエリアには入ったのだけれど、そこで体育座りをしていた。

 でも、一つだけよかったことと言えば、前回は恥ずかしい格好をしていたけれど、今回はあのポツンと……にいたときの、モンペ姿であることだった。若い少女が、明らかに農作業をする用のモンペ姿というのは、ある意味では恥ずかしいのだけれど、今のイナミにはそちらはあまり重要でない。とりあえず肌の露出が少ない方が安心もできた。

「ハァ~……退屈だし、お腹空いたなぁ」

 そう呟く。一応、ソイがにぎってくれたおにぎりが二つ。背中に巻いた風呂敷に包まれていて、そこには水のペットボトルも入れてくれた。ただ、ここがどれぐらい続くかも分からず、すぐに食べるのも気が引ける。だから今は我慢していた。

「……や、やあ」

 いきなりそう声をかけられ、イナミもびっくりして飛び上がった。太った人が背後に立っていて、こちらを見ている。でもそれだけなら、そこまで驚きはしなかっただろう。そこにいるのは、白いランニングシャツに、薄いベージュのステテコは、どう考えても外にいてはいけない恰好だったからだ。

「君も、紫微人かい? ワタシも紫微人なんだけど……」

 そう言われた瞬間には、イナミも走っていた。

 逃げよう! はっきりとそう認識した。ドームの外には隠れる場所もなく、イナミはそのドームにある唯一の入り口にとりついた。

「待って!」という男の声など無視して、イナミはその中へと飛びこんだ。

 そこは比較的暗く、全体が見えにくいけれど、そこに髪の長い、チャラそうな男がすわっていた。

「やっとオレの相手が来たか……。どれだけ待たせるんだよ。何だ? 二人か……」

 イナミも慌ててふり返ると、彼女を追いかけてきたのか、さっきの太った男の人がドアから入ってきていた。

「……ま、いっか。オレは一人だろうと、二人だろうと関係ないぜ。どうせなら二人まとめて倒し、一気にこのバトルドームを攻略だ!」

 男は親指と人差し指をパッと開くと、バチッという破裂音とともに、そこに火花のようなものが飛んだ。

「オレはナマメ。雷使いだ。殺しちゃうよ~」

 楽し気にいう相手に、イナミも恐怖する。そして背後にいる太った人にも……。彼女は絶体絶命に陥っていた。


 血だまりの中を、少女が歩いていた。さっきまで戦っていた男? もう骨の一部ぐらいしか残っていないけれど、なんて名乗っていたかしら……?

 トミテ……? 中年ぐらいで、やたらと居丈高だったっけ……。自分はエライ、みたいな態度で、こちらにも従うよう迫ってきた。相手はまだ十代の女の子、マウントをとりたい大人っているよね……。

 そんなことはどうでもいい。一言でいうなら、そいつは美味しくなかった……。この飢えを癒してくれるものだったら、どんなものも口にする。目のまえにある、食べられるものだったら、何でも……。

「私の星宿……ヒツキって何……?」

 何でこんなに空腹なの……? いや……空腹なんて類の話じゃない。ナゼこれほど渇望するの? 飢え、どれだけ食べても癒されない飢餓。目のまえにいるのは、もう人間じゃない。ただの食糧……。

 だって相手も死人……。死人なのだから、喰らってもいい。私の飢えを癒すためにも、死んでもらう……。それは贄なんだ。

 とにかく食べたい。誰でもいい、私のこの渇きを癒して……。

 彼女はそこにある血を掬って、口にはこぶ。ヒツキ……この星宿に支配された私にとって、生き返りなんてどうでもいい。この暦戦に勝利することなんて、まったく興味もない。

 戦って、勝って、相手を食べる……。相手を倒して、その屍を喰らうんだ。ヒツキは次の扉を開けた。

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