第15話 ループするルーム、ということ
ループするルーム、ということ。
ソイとミツカケは二人きりの部屋にいた。空間自体はバスケコートぐらいなので、そこそこ広さも感じるし、そこには何もないので、余計に虚しさすら感じさせるけれど、問題はドアを開けると、それがまたこの空間に繋がっていて出られない、無限にループすることだった。
金髪の少女、ミツカケはこの状況にも動じることなく、部屋の真ん中に立ち尽くしている。
この子の通変……? 空間をつなげてしまうそれなんて、聞いたこともない。そもそもこういう状況、屋内でないと使えないではないか。
かといって、相手を打ち負かせば次の部屋への扉が開く、という保証もない。まったく勝利条件が分からないのは、この暦戦と同じではあるけれど、どうすればこの状況から抜けられるのか……?
「君はどう思う?」
ミツカケに話しかける。恐らく、この状況を知っていた……ということは、彼女は先にここに来て、色々と試したはずだからだ。
「分からない……」
「なら、条件をつぶしていこうか。仮初めでいいからチームをつくろう。互いに協力することを約束すれば、ここで戦う必要がなくなるから、扉の先が別の部屋につながり、脱出できるかもしれない」
ミツカケも頷く。これでチームは成立だ。ソイもドアを開けてみる。すると、やはりそこにはミツカケの姿があった。
そのとき、ふと気づく。
ここにあるドアは二つ。対角線に一つずつあるだけだ。つまり一つのドアを開けると、当然それはミツカケ越しに、向こうのドアが見えるのだけれど、その扉が開いているわけではない。つまり自分がこのドアを開けると、向こうのドアにつながっているのなら、向こうのドアを開けている自分の姿があるはずなのだ。
鏡像関係ではない……?
合わせ鏡をつくると、鏡が永遠につづくような映像をつくることができる。でも、ここはそういうパターンではない。
扉を開けた先にある部屋は、今ここにある部屋とつながっているわけではない。強いて言えば、ソイのいない世界――。ソイが部屋に入ってくる前、これから初めての出会いを果たそうとする状態だった。
「これは……君の通変の仕業か? ただ、君自身がつくり上げている、という意識がないのか……」
もし部屋から出ていって、次の部屋にいるミツカケと対峙すると、今この部屋にいるミツカケとそれは、別の存在となるのだろうか……。
まるで並行世界のそれのようだ……。彼女はそれをつくりだせる通変? だとすれば。なぜ彼女は解決しようとするこちらを拒まなかった?
彼女自身がそれをつくりだしたのなら、解決を拒んでもおかしくない。無自覚の発動だったのか……。
しかし、それだとチームを組んだ時点で、こちらを攻撃する必要がなくなり、この通変も止まるはずだった。いくら無自覚の発動だとしても、彼女にとって望ましい形になるのなら、止まるのも自然だ。
「君はこの状況を自分が引き起こしている、という感覚はあるか?」
ミツカケは首を横にふった。
無自覚の発動なら、自覚はないかもしれないけれど、何か感覚でも残っていれば、そこをキッカケにして修正をはかれそうなのに……。
やれやれ……。イナミといい、最近のオレは保護者か? なんでと最初に巡り合うんだよ……。
「恐らく、これは君の通変だろう。これを解消するためには、君を動かすしかない。君はこの暦戦に参加したことは? 今回が初めてか?」
ミツカケは首を縦にふる。
「自分の通変について、分かっているかい? 星官は?」
「右轄、左轄」
星官が二つ……ないこともないけれど、珍しい事象だ。むしろ、その通変から考えると、そういうのが自然かもしれない。長いこと暦戦に参加しているけれど、こんな事象は初めてなのだから。
「右と左と……。君がもっている通変は、恐らく左右を通じてしまうものなんだ。だから右からでると左に通じ、左からでると右に通じる。無自覚に発動しているのかもしれないけれど、君がその通変の発動を押さえれば、この部屋からはでられるようになるはずだ」
ただ、無自覚な発動を止めるにはどうするか?
彼女にとって、そうすることが自然であるなら、タブーでもあるけれど、そこに切り込むしかない。
「君が死んだときの状況を聞いていいかい?」
ミツカケは英国人の母と、仏国人の父の元に生まれた。昔から英仏は仲が悪い。ミツカケの知ったことではないけれど、そのため周りから結婚を反対されたそうだ。そこで、両親は仕事のこともあって、東洋の島国にわたった。そこには異文化にふれさせたい、との思いもあったのだろう。それでも年に半分ぐらいを両親と過ごし、残りの半分ぐらいを父や母の家族と、実家で過ごす、英仏にまたがって……という生活をしていた。
それが嫌だったわけではないけれど、父親の家では母親の悪口をいわれ、逆もまた然りだった。互いの家族にとって、相手は大事な娘、息子を奪った仇敵であり、中々その認識は解消されなかった。
そんなある日、外で遊んでいた彼女の元に、見知らぬ男が二人、近づいてきた。両腕をつかまれ、引きずられていった先で、ひどい暴行をうけた。一部の過激な国粋主義者が、英仏との混血児だと知って、彼女を攻撃の対象、怒りの対象としたのだ。少女が憶えているのは、数人の男たちに囲まれ、怒りに任せて殴りかかってくる姿までだった……。
「集団リンチ……。そのとき、心を閉ざしたか」
心がループするようになった? それがこの部屋をつくる要因……? ただそれだと、どうしてソイがそこに入れたのが謎だ。恐らく心を閉ざしたなら、誰もそこには入れていないだろう。そもそも、こうして語るのだから、トラウマで語るのも嫌、ということでもないはずだ。
でも、今の話で少々気になることもあった。
ミツカケは日本と、英仏にまたがった生活は「嫌だったわけじゃない」といったけれど……。
「君は、祖父や祖母、それにその家族が相手のことを悪くいうのは、嫌だった?」
「…………」
無口になってしまった。どうやらビンゴだったようだ。むしろ無自覚なのかもしれない。彼女は両親のことを悪くいわれ、それを受け流すスキルを覚えた。右から左、もしくは左から右。そうやって受け流せば、相手と対峙することもできる。逆からみれば、そうでないと相手と対峙できない。
この部屋にいる自分とは、星宿によって向き合わざるを得なかった。でも、彼女の通変はそれを拒絶した。
ソイのことも受け流そうとする。でも、星宿によってそれを拒絶され、また同じ部屋にもどされる……。だから、ソイが出て行こうとする先の部屋にソイはおらず、またやり直しになる。
理屈は分かったけれど、ではどうすればこの状態を回避できるのか?
ミツカケが、ソイのことを受け入れられるようになればいい。受け流そうとするので、それが宿命によって拒絶されているのだから。もしくは、戦いによって、決着をつける。そうすれば星宿による宿命にも結論がだせるので、このループからも脱せられるだろう。
「一応、仮説は立てられた。君がオレを倒すか、オレのことを受け入れて、心からチームをつくりたい、と思えば、このループを脱せるはずだ」
そうはいってみたけれど、後者が難しいことぐらい、本人だって分かっているだろう。先ほどは打算的にチームを組んでみたけれど、それを本心からに格上げしろ、といっているのだ。心をコントロールするのが難しいように、どうすればよいか、なんて分かるはずもない。
ソイもやれやれ……と頭を掻く。オレは保育園の園長先生か……。正確にいうと、イナミも目の前にいるミツカケも、ともに小学生ぐらいなので、小学校の先生か、というところなのだけれど、今はうんざり感が強くなり、引率する先生の立場がより幼くなっている。
「ここは殺し合いの場ではあるけれど、オレはオマエを害するつもりも、殺すつもりもない。君がもしこの暦戦で生き残りたい、というなら手助けもしよう。
オレは弱い星宿ではあるけれど、この暦戦においてはベテランだ。ずっと逃げ回ってきたからだが、そういう知恵みたいなものは身に着けてきた。もし君が生き返りたいというなら、自分だけそうしてもらっても構わない。今は、チームを組んでこの場を乗り切ろう」
その言葉に、ミツカケもびっくりした顔をして、それから頷いた。彼女はすーっと近づいてきて、ソイの白衣の裾をすっと掴む。ソイがドアを開けると、次の間につながっていた。
パーカーに細身のパンツルックで、メガネをかけた若い男、ホトオリはそこで、サラリーマン風の男と対峙していた。この異世界ではドーム型の、いくつもの小さな構造物が積み重なって、一つの大きなドームをつくっているけれど、ここはそれほど広くない部屋だった。
十二畳もないけれど、居住空間としては広くとも、大きな実験につかうようなテーブルが真ん中に置かれており、ステンレス風の棚があったり、生物教室にあるような人体模型図があったり、その他にも雑然と色々なものが置かれているため、明らかに暦戦をするには狭い。
ホトオリはメガネの位置を直しながら、相手の顔をみつめる。上等なスーツを着ているし、丁寧にととのえられた頭髪と物腰のやわらかい感じもするけど、サラリーマンという感じではない。
どちらかといえば起業家、その自信にみちた顔つきも、過度な余裕も、それを示していた。
ただ、ここにいるということは、彼も紫微人だ。
「やぁ、まだ生き残っていたんだ……。むしろまだ生き返っていなかったんだね、といった方がよかったかな?」
嫌味っぽくはないけれど、ホトオリの心はざっくりと抉られる。
「前回の暦戦……タマオノって化け物が現れた。あんな奴がいることを、教えてくれなかったな」
「タマオノなんてイレギュラーな存在を説明しなかった、というだけで、ボクは悪者かい?」
「……他にも、イレギュラーがあるんじゃないか?」
「勿論! というより、この異世界を百パーセント分かっている奴なんて、いるのかね? ボクも一通りのことは知っているけれど、イレギュラーなんていつ起こるか分からないものまで、すべて説明を尽くすことはできないよ。何時間かかると思っているんだい?」
ホトオリもため息をつく。ちょっとした愚痴……否、祖母を亡くしたことを、誰かのせいにしたいだけ。自分でもそれに気づいている。
「アンタには感謝しているよ。だけど、オレは祖母を失った」
「それは、それは……。ご愁傷様だねぇ。でも、ここは殺し合いをする場。ちょっとした情報の差で死ぬようなら、それは本人の責任……だろ?」
「分かっているよ。アンタを責めたりはしない。オレがアンタと出会って、異世界の情報をうけとった……。それで、他の奴らよりも有利になったのだ。それを思えば、文句をいう類の話じゃない。
前回の暦戦、ホトオリは参戦してすぐで、色々と知っていた理由は彼に情報を教えてもらったからだった。
殺し合いをする場だとして、最初に会ったのが……。
「初めまして。ボクはタタラ。安心してくれ。ボクは戦わない。ただこの異世界で、迷える子羊たちが、光をみつけられるよう導く者だ」
「……チュートリアル?」
「あぁ……。そう受け取るのかい。あ、仕方ないことだけれど、ボクのチュートリアルを聞けない子もいるからね。これはあくまで特別サービス。君が最初にボクと巡り会う宿命をもっていたことで得られた、役得みたいなものさ。だから受けておくのがいいよ。君がこの暦戦で、生き返りたいっていう希望をもっているなら、ね」
タタラはそう言って、自信満々で笑った。
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