第14話 ふたたび戦う、ということ

   ふたたび戦う、ということ


「離微動が起き始めたな……」

 ソイがそういって、辺りを見回す。この近くで起きているものではなく、遠くで起きていても、彼ら紫微人には感覚で分かるのだ。

「イナミは感じるか?」

「う~ん……。この『ビビッと来ました』みたいな感じ?」

「そんな結婚相手を決めたときの感覚……みたいな言い方をされても……。だが、感覚があるのなら、きっとイナミもまた呼ばれるぞ」

 そうなると、イナミもやはり紫微人なのか……。そうでない可能性も考慮していたので、やや意外にも感じた。

「ばらばら?」

「多分……。大体、置換が起きる一、二時間前になると、エリアの近くに呼ばれて、離微動に耐えながら置換を待つことになる。そして周囲をつつむほどの眩い光が発生したら、それが開始のゴングだ。もしオレと離れた位置にとばされたら、誰にも見つからないようにして、オレを探せ」

 そういって小さな紙を渡す。

「次は……どんなエリアなの?」

「まだ分からないよ。だが、この前の置換が短かっただけに、今回は大掛かりになるかもしれない。……気をつけろ」

「また……殺し合い?」

「そう。オレたちは甦りを賭けて、殺し合いをする。この矛盾の中で答えを探さないといけない。だが、必ずしも答えがなくてもいい……という点が、この事象の難しいところでもある」

「逃げ回るってこと?」

「そういうこと。エリアが広ければ、二十八宿しかいないんだ。隠れてやり過ごせるよ。エリアが狭いと、前回のように仲間をつくって安寧を得、いざとなれば逃げる。だが、誰も信じられなければ、オレを待て」

「分かった。アケリと出会ったら?」

「アイツと行動を共にしろ。ただ、アイツが他のヤツと仲間と組んでいたら、様子をみろ。チームの方針とやらで、アイツの動きも変わってくるはずだからな。アイツの通変は知らないけれど、それほど強い星宿ではないんだ。アイツだって、自分が生き残るのに必死だろうから」

 弱い星宿である彼女だと、いざというときの守りは期待できなかった。

「でも、ソイは弱い星宿だとかいって、全然弱そうに見えないね。何で?」

「さぁ……。何でだろうな?」

 そういって、ソイはニヤッと笑う。イナミが彼を信じるのも、嘘をつかないのと同時に、こうして奇妙な自信に、安心感を抱くからでもあった。それはベテランというだけではなく、何か確信があって、自分が生き残る自信を持っている……と思えるものだった。

 そのとき、離微動が頭痛のように襲ってきた。二人の体は、そこから解けるようにして消えていた。


「前回は、随分と大人しい展開だったな……。結局、半分ちょいしか死んでない。ということは、今回は事情を分かった奴らが、かなり大挙して参戦してくるってことなんだよな……。パスしようかな、今回も……。嫌だな……」

 そう呟くのは、背も低くて太っていて、坊主頭ということもあって。青い全身タイツを着て、ポケットをお腹につけたら、某未来から来たネコ型ロボットのような体型をする成人の男だ。この暦戦にも過去三回、参戦しているけれど、目だった行動はしていない。

 自分は紫微人で、扱える通変も理解してここにいるけれど、あまりの使えなさ、に衝撃をうけた。ただ、別に生き返ろうともしていないので、それは別にどうでもよかった。むしろ、その使えない、ということを人に知られるのが嫌で、ずっと隠れているともいえた。

 カラスキ――。彼の星宿である。星官は軍井。星官に〝軍〟がつくのに通変はろくでもない、なんて……。

 自分の人生と同じで、ろくでもない……。でも、別にこれまでだって、ずっと嫌なことから逃げてきた。卑屈になるつもりもないけれど、悲観するつもりもなく、皮肉を託って引きこもるだけだ。

 小学生のころ、彼はイジメをうけた。当時はまだ太っておらず、色白で小柄、女の子みたいだと笑われた。それぐらいなら、彼もまだ耐えられた。でも、そのうちエスカレートし、胸を揉まれたり、お尻をさわられたり……。でもそこまでなら、まだ悪ふざけの範疇だった。

 やがて、もっと悪いことが起きる。おぞましいことが……

 そして彼は引きこもりとなった。そのまま大人になった。すると、親がアパートを借り、こちらで暮らすように……と言われ、その通りにした。配食サービスを受けているので、食事は問題ない。ネット通販も、上限は決められているけれど、その範囲なら自由なので、好きなものを買うこともできた。別に贅沢する気も、無駄遣いをする気もない。誰とも会わずに、何不自由なく暮らせればそれで十分だった。

 ただ、そんな彼にも予想外が起きた。一人で暮らすアパートの部屋で死んだのだ。不摂生が祟った? 多分、そんなところだろう。ジャンクフードとスナック菓子と、炭酸飲料が中心の生活で、ゲーム三昧なら、そうなって当然だ。小柄だった自分が、今では丸々と肥え、十代で成人病をいくつも抱え、二十代になるころには心臓にだって負担がかかっているだろうし、血管なんてボロボロだったろう。それが限界を迎えただけのこと。

 ただ、死んだはずなのに、すぐに目覚めた。そして、誰に教えられずとも、自分が紫微人となったことを自覚した。

 死んでいることで、不便になったのは、味の濃いものが、極端においしくなくなったことだった。甘い、辛い、しょっぱいなど、とにかく何でも濃い目になると、吐きそうになるのだ。

 ゲームもつまらなくなった。何をやっても、虚しいのだ。熱狂することがなくなった……と言い換えてもいい。暇つぶしぐらいにはするけれど、以前は寝る間も惜しんでいたのに、今では暇をつぶすためにしかゲームはしていない。

 それも死んだ効果なのか……。分からないけれど、こうして暦戦に呼ばれ、周りの凄まじい力に恐怖すると同時に、自分の非力さをさとって、そこでも引きこもっている。敵うはずもないからエスケープ、ずっと人生でしてきたことを、人生が終わってもするだけだ。


 そこで目を覚ましたのは、少年だ。

 辺りを見回す。自分は死んだ……はずでは? でも、ここにいる自分は、明らかに地獄や天国にいる感じではない。むしろ死んでこの世を彷徨っている? それにしては二本の足で、しっかりと立っているけれど……。

 否……紫微人になった? ボクの星宿は……タスキ? 駅伝で肩にかけている奴みたいだ……。星官……なし。何だ、それ?

 ここでは暦戦……というものを戦うのか。勝てば、生き返れる……。生き返りたいのか、ボク?

 脳の中に、次々と流れこんでくる知識、それは正直、自分が望んでもいないことでもあった。

「何でボクが、こんな目に……」

 少年もそうつぶやく。せっかく死ねたのに……。

 ただ自分の通変に思い至ったとき、ふと少年も笑みを浮かべた。

 おもしろそうじゃないか。ボクの通変をつかって、この暦戦という奴を楽しいものにしてやろう……。

 そのとき離微動が起きた。くり返し発生するようになると、それが置換を招く。やがて光に包まれていく。ふたたび歴戦の開始だった。


「どうやら、今回の暦戦は一日と八時間。今が十時だから、明日の夕方、十八時までの戦いか……」

 そう呟いたのは、ソイだ。これまでのように、この異世界のことを調べ、それだけで終わり……と思いたいけれど、イナミを探さないといけない。そして今回は、余計に大変そうだ

「しかし、今回は天微垣かよ……」

 そこにあらわれたのは、巨大な構造物だった。石を積んでアーチをつくって、小さな……といっても、一つ一つがサーカスのテントぐらいはありそうな、巨大なドームがいくつも重なって、一つの大きな構造体をつくっていた。

「まるで、ハチドリの巣だな……」

 アフリカのハチドリの仲間は、一つの木に多くの仲間が競うように巣をつくるために、それが多くのまとまりになってみえる。

 この構造物も、一つのドームにさらにドームを重ねるようにつくって、今では地上三十メートルを超えるほどの巨大さになった。そうすることで、まるで天へと伸びる塔をつくろうとしているようだ。

 まさに、あぶくの城――。


 魔獣に怯えて逃げまわったり、行き場所に悩んだりすることはなさそうだが、逆にいえば、一度このドームに入ったら最後、一本道でこの中において戦わされる仕組みか……。

 チーム戦が通用するのか? それすら分からないけれど、異世界の中心は明らかにこのドームの中にあり、多くの星宿もこの中に入っていくだろう。中心点を目指すのが目的だと思っているのだから。

 やれやれ……。

 ソイも近くにある、木製の扉からそのあぶくの城に足を踏み入れた。そこは小さな空間で、そこに一人の少女が立っている。

 金髪のロングヘアで、大きな目と彫りの深い顔立ちからも、西洋系を思わせた。ただここでは、人種など関係ない。異世界が発生する場所もランダムだし、選ばれる人も区々だ。

 ただ、東洋系が多いのは、恐らく宗教的なものがあるのだろう。何しろ、西洋人の信じる死生観は、生まれ変わりを容認しない。死んだ者は復活の日までそのまま、そこで神の選別をうけ、善人は天国へ、悪人は地獄へと送られる。それは生まれ変わりではなく、生前の姿のままだ。

 ここでは生き返り、甦りが起きる、とされるけれど、それは東洋系の宗教観でないと、最初から信じられないことなのだ。

 彼女が西洋人だけど、ここで起きることを信じられているなら、ある程度は言葉も通じるか……。

「オレの星宿はソイ。君は?」

「ミツカケ」

 やはり紫微人……。発音もしっかりしており、会話も問題なさそうだ。

「君もここに来たってことは、生き返りを目指しているのか?」

 少女は急に無口になってしまう。大きな目でこちらをじっと見つめるばかりで、言葉を返してこない。

「オレは先に進みたい。別に戦う必要もないと考えているんだが、君はどうだ?」

「…………別に」

「そうか。じゃあ、先にすすもう」

 ソイが入ってきた扉と、別の扉は一つしかない。ミツカケはそちらから入ってきたのか? だとしたら、出口はどこだ……?

「ここに出口はないよ」

「どういうことだ?」

「試しに、二つのドアから出てみればいい」

 そう言われて、恐らくミツカケが入ってきたであろうドアを、開けてみることにした。そこにはやはり最初に予想した通り、同じようにドームがつづいていた。ただ一つ驚いたことは、その部屋にはミツカケが立っていることだ。

 えッ⁈ ふり返ると、動いていないミツカケがそこに立って、後ろ姿をこちらに見せている。

 正面には、こちらを向いているミツカケ、ふり返って、同じ部屋にいるのも後ろ姿のミツカケだ。

「時空が歪んでいるのか……」

 ここから脱することができない、ということだ。くるりとふり返って、自分が入ってきたドアを開けるも、同じようにミツカケが後ろにみえ、ふり返ると正面を向いて立っていた。

「勝負をして、勝たないと出られないのか……?」

 しかし勝負といったところで、何も決められていない。別に、暦戦はチームを組むこともあるように、必ずしも戦うという選択肢が必須ではないのだ。

 考えろ……。どうすればここから出られるのかを。ソイも、目の前にいる金髪少女を前にして、自分が人形になったように動かなくなっていた。

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