第13話 寝物語をする、ということ

   寝物語をする、ということ


 ソイが暮らす茅葺の一軒家は、夜が早い。LEDライトで明かりはとれるけれど、充電された電気なので、それこそ限りがある。農作業で朝も早いことから、9時を前にして布団に入ってしまう。

 普通の女子高性であるアケリは、当然のようにまだ眠くない。

 隣でイナミの寝息が聞こえるのも、アケリとしては新鮮な驚きだった。ものごころつく頃には、父親は議員をしていて、家にほとんどいなかったし、母親も家を空けることが多かった。お手伝いさんに育てられたけれど、事務的な人で、愛情なんて一切なかった。

 アケリもそんなもの……と思って、特に意識することもなかったけれど、時おり家族連れをみると、淋しい想いもしてきた。

 家族ってこんな感じかしら……? 修学旅行とはちがう、その日の食事を自分たちでとり、それを食べ、こうしてみんなで眠る。アケリにとっては、とても新鮮な一日だった。

「眠れないのか?」

 ソイからそう声をかけられた。

「ふだんは、今からゲームを始める時間だからね」

 アケリはそう応じながら、イナミの向こうにいるソイに尋ねた。

「私たち死んでいるのに、何で眠るのかしら?」

「さぁな……。死と眠りは関連付けられることもあるが、脳の整理だと、死んでからも必要だからだろ?」

 ソイは相変わらず素っ気ない。

「整理……。整理がつくと、私が死んだときのことも、笑い話になるのかな……」

「誰だってイヤな思い出の一つや二つ、もっているものだ。そうするかどうかはオマエ次第だよ。生き返っても、紫微人でいる間の記憶をすべて忘れてしまうか、よく分からないんだ。折り合いをつけることも必要だよ」


「ねぇ……。暦戦って何? 何で私たちが選ばれたの?」

 多分、これが一番聞きたかったこと。迷っていたけれど、互いに布団の中に入っていて、顔が見えないこともあって聞いてみる気になった。

「さて……。何でこんなことを、延々と繰り返して? オレが聞きたいよ。でもオレたちが紫微人となった理由は、何となく分かる気もする。周りの人間が死に気づいていないか、周りがその死を認めようとしないか……」

「……どういうこと?」

「オマエも、死体が発見されなかったら、ただの行方不明だ。その場合、死んでいると認識されにくいからな。もしくは、死んでほしくないという周りの未練が強いと、ここでチャンスを得られるらしい」

「本人の意志……、じゃないことがあるの?」

「それを確認する術はないが、意外とふつうに死んだ奴も来る。ただ須らく、そういうのは若い奴らだ。高齢者のように諦めのつくパターンじゃない」

 周りが仕方ないと思うってこと? それも何か、哀しい気がした。ただ、自分はまだ高校生だけれど、そのカテゴリーには入っていない。それもまたアケリを複雑にさせた。

「本人が生きようとする、とか?」

「それは大前提、だよ。でも、その条件だと、たかが二十八宿しか選ばれないのも不公平だろ? 多くの人間が死にたくない、と考えているはずだからな。それ以外の要因があるはずなんだ。

 そして通常の人間は、異世界があることを知らない。知っていた、噂を聞いた、というレベルの人間がいても、本気で信じちゃあいないだろう。本人の意志、なんて実にチンケなものだ」

「でも、そのチンケな意思が、大前提なんでしょ?」

「生きたい、と思うから生きられる。どんな目的だろうと、邪だろうと、善人だろうと、それは関係ない」

 そう言われて、煤で汚れた天井を見上げて、ふとアケリも思う。

「私……善人だよね?」

 ソイは「ふわぁ~……」と欠伸をしながら「善人だろ。少なくとも、アミにはそう認められた」

 そういうことじゃないんだけど……。このときだけは、アケリも相手の顔をみられないことが、恨めしく思った。


 深夜、歩く人影があった。その人物が立ち止まった先、そこにはまだ炭となった柱などが残る、家の残骸があった。

 それほど大きい家ではないけれど、木造のバラック小屋、ここで祖母と暮らしていた。それが今は、ただの灰だ。

 ただ、そこに立つ少年は無表情のままで、その光景を見下ろす。

「ここがホトオリさんの、死んだ場所ですか?」

 背後からそう声をかけられ、ホトオリは「あぁ」とだけ応じた。

 そこをじっと見下ろす男に近づく女性は「焼死だったんですね……」と呟く。そこに現れたのは、ミイだ。

「オレだけが死んでいたら、もしかしたら紫微人にはならなかったかもしれない。だけど、ここで一緒に暮らしていた祖母が亡くなったことで、オレは未練が生まれたのかもしれない」

 しかも、焼死ですらなかった。彼はその日、呼びだしをうけて、深夜に家をぬけだした。悪い仲間と付き合い、そこから儲けも得ていたけれど、祖母の家だけは絶対に教えなかった。ここが、ここだけが自分がまともにもどれる場所だったから。小さいころの、無邪気な自分にもどれる場所だったから。どんなに手を汚しても、ここにくれば無邪気なころの自分にもどれたからだ。

 しかし連絡先は知られているので、連絡があった。なるべく、祖母の家からは離れようと、バイクでその場所に向かった。

 だが、いくら待っても相手が来ない。訝しく思いながら家までもどってくると、燃えていた。

 そのとき、遠くで見知った顔をみつけたけれど、祖母が逃げていないことに気づいて、それどころではないと、火の中に飛びこんだ。

 燃え盛る炎の中で、家の奥にある祖母の部屋へと向かう。和室に布団を敷いて眠っていたはずの祖母は、そこにいなかった。


 逃げだせたのか……そう思ってキッチン・ダイニングへくると、そこでカーディガンを羽織り、お茶でも飲んでいたのか……? テーブルの横で、仰向けに倒れている祖母の姿をみつけた。

「ばあちゃん!」

 体を起こして呼びかけると、祖母は薄っすらと目を開けた。

「……あぁ、帰ってきたのかい? 早くお逃げ……。私はもうダメだ」

 起きていたのに、なんで逃げださなかった……? そう思ったけれど、そのときぬるっとした感触があった。ハッと手をみると、べっとりと血がついている。祖母は後頭部をなぐられ、背中が血まみれだったのだ。

「何があったんだ⁈」

「あなたが出て行ったのに気づいて、起きて待っていようとしたんだけどね……。外で足音が聞こえてね。あなたが帰ってきたものだと思って、カギを開けたら、いきなり踏み込まれて……」

 オレのせいだ……。ホトオリもそう気づく。祖母は慎重な人で、いつもカギをかけているような人だ。それが、オレが出かけたことで一旦カギをかけ、もどってきて開けたのだろう。

 逆に、カギ音がしなければ、侵入して襲うこともなかったかもしれない。ただ家に火をつけよう……なんて連中だ。その残虐性は、ただ火をつけるばかりでなく、盗みを働こうと侵入した可能性もあった。

「あなたはお逃げ……。悪い仲間と、付き合うんじゃないよ」

 祖母は知っていたのだ……。そして、その言葉とともに、さっき外でみた顔を思いだしていた。

 アイツらかぁ~ッ‼ 怒りに打ち震えるも、そのとき火が燃え上がるのをみた。外でガソリンか、灯油でも撒いたのだろう。恐らく、ここで裏切り者……この場合、彼らに黙って、寄りつく先をもっていたから、だろうが……。

 そんなことはどうでもよかった。復讐してやる! ただ、それは生きて叶いそうもない。だから死んで、呪ってやろうと思った。徹底的に燃やし尽くすため、残っていた灯油を祖母と自分の体にかけ、自ら喉を貫いた。脱力した自分は、祖母に覆いかぶさった。すべてが灰となるように、奴らに死体すらみせないように……。そうやって彼は死んだのだった。


 翌朝――。

「ホント……。ここは何で日の昇るときには起きるのよ。それに朝シャンもできないのは何で⁉」

 アケリはぼさぼさの頭に一生懸命に櫛を入れながら、そうぶつぶつと文句を言っている。

「朝シャンしたければ、してもいいぞ。その代わり、薪で焚かないとムリだから、いつになるか分からないが……」

「もう~ッ!」

 そういいながら、アケリは水で顔を洗う。寒くなってきたら、水洗いも大変なのだけれど、給湯器などもないので、こればかりは仕方ない。

「でも、随分とすっきりした顔をしているぞ」

 ソイにそう言われて、アケリも舌をだしながら「うるさい、バカッ!」と、つんつんして返した。

「何だかアケリ、今日はぷんすかだね」

「イナミ、ぷんすかって何? 私は今日、午後にはここをでるつもりだけれど、お昼ご飯まではだしてよね」

「じゃあ、今日のお昼はぷんすかだね」

「え? ぷんすかって食べ物なの?」

「そんな奇妙なもの、つくれないよ。バカを言ってないで、鶏の卵をとってこい。くれぐれも、中でヒナが育っているものはもってこないように。朝食で、トラウマになりそうなご対面をすることになるからな」

 イナミが懐中電灯をもって飛びだすのを、アケリも慌てて「待って」と、後を追いかける。アケリは生きた鶏を始めてみたらしく、お世話をするのも好きなようだ。ただ鶏を捌いて食べる、ということまではさすがにさせられないだろうな……。暦戦ではナイフとボーガンで武装していたけれど、人間を殺すのと、鶏を殺すのとでは訳がちがうのだから。


「とにかく、この二日間は……楽しかった」

 昼食をとって、帰宅の途につこうというアケリは、そう言って顔を赤らめる。どうやら、あまり人に感謝を伝えたことがないのかもしれない。三人はアケリを麓まで送るために、獣道を歩いていた。

「そいつはよかった。ま、田舎暮らし体験会みたいなものだからな」

「じゃあ、また来ていいよ。仕方ないから、色々と教えてあげる」

 イナミもそう応じる。アケリもニコッと笑って「そうね。色々と教えてもらわないと……」

 ただ、急に真面目な顔にもどって「ねぇ。今度の暦戦はいつ?」

「さぁね。でも、この前の暦戦が七時間と短めだったから、次は意外と早くくるかもしれないぞ」

「ねぇ……。またチームを組みましょう」

「オレと一緒だと、それこそ生き返りたいのなら、むしろ遠ざかる方向になるぞ」

「私も焦って、生き返る必要はないって、そう思い始めたし……。もしふつうに生活するのが難しくなるようだったら、ここで暮らすのもいいかなって……」

「え? アケリもここで暮らすのか?」

「何よ、嫌なの?」

「イヤ、男と一緒の部屋で寝るのを嫌がっていただろうが」

「紫微人は性的欲求が少ないんでしょ? それに、襲ってきたら撃退してやるわ」

 そういってナイフをもち上げてみせる。

「じゃあ、私がアケリを襲っちゃおうかな❤」

「うん、イナミなら受け入れる❤」

 二人は仲良くなったみたいで、そういって手を取り合っている。

「大体、前の暦戦でもチームを組んでいたら、次の暦戦でもチームを組むことが多いけれど、必ずしも次も近くに配されるわけじゃない。離微動がおき、置換が近づくとオレたちが呼ばれるが、その配置はランダムだ。エリアが広いと、出会うことさえないかもしれない。

 協力するのは吝かではないが、出会うまではしっかりと生き残っていないといけないんだぞ」

「私も?」イナミがそう尋ねると、ソイも頷く。

「一緒に暮らしていたからといって、必ずしも近くに現れるわけじゃない。イナミも生き残って、合流をめざせ」

「うん、合体をめざすね❤」

「いや……、チームは合体をしてつくるものじゃないぞ」

「じゃあ、合体しましょ、イナミ」

「合体だよ、アケリ!」

 徐々に漫才がコンビになってきて、ソイもうんざりしつつため息をついた。

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