第12話 暦戦に呼ばれる、ということ
暦戦に呼ばれる、ということ
ソイの暮らす茅葺の一軒家――。
四畳半の畳敷きの部屋で、川の字に布団を敷いて眠る。ソイの隣にはイナミ、その隣にはアケリだ。
まだ小学生ぐらいのイナミが、血の繋がりのないソイの隣に寝ているのもどうか、と思うけれど、イナミがなついているし、紫微人には性欲がない、というソイの説明もそんなものか、と思ってしまう。それはアケリもそう感じるから。ただ念のため、念を押しておく。
「寝こみを襲わないでよね」
「襲うほどの色気もないだろうが。さっさと寝ろ!」
アケリも唖然とした。これでも学校では人気がある、と自負している。男子からはよく告白されるし、町を歩いていても、よく声をかけられた。確かに、女子高生なんて言っても、興味のない人間からみればただの子供、一緒に寝たところでどうということもないのだろうけれど……。
「寝こみを襲わないでね❤」
「何でイナミは、むしろ襲って欲しい、みたいな言い方なんだよ。いいから寝ろ。明日も朝から農作業をするぞ」
「え? 私も働くの?」
アケリもびっくりしていると、ソイはニヤッと笑う。
「働かざる者、喰うべからず。お前の分のモンペと腕カバー、麦わら帽子も準備してやるよ」
どうやら本気らしい。確かに、土日を利用してきているので、しばらくは滞在するつもりだけれど、これは大変なことになりそうだった。
まだイナミも、ここに来て二、三日だから素人同然……と思っていたら、意外とてきぱきと農作業をこなすので、驚いてしまう。むしろ都会っ子で、土いじりなんてしたことのないアケリの方が、あたふたとするばかりだ。
「きゃーッ‼ 虫! 虫!」
「これはミミズですよ。畑の土を柔らかくしてくれますから、土に埋めておいてくださいね」
「そうじゃない! こっちの!」
「これはダンゴムシです。枯れ葉を食べてくれる一次分解者ですよ。彼らがいるから畑に肥料が生まれるんです。それに、正確に言うとこれは多足類ですから、昆虫ではありません」
そんな合理的で、まともな説明をイナミからされても、アケリは恨めしく思うばかりだ。
「虫は苦手なのよ」
「だから虫じゃないんですけど……。アケリさんも、意外なものが弱点ですね」
「意外じゃないでしょ。女の子ならふつう、虫を嫌がるものよ」
「いや、だから虫じゃないですけどね……。でも、私は平気ですよ。ほら、これが虫です。バッタですよ」
「ほら、じゃない! やめてーッ!」
そんなじゃれ合う二人を遠くから眺めて、農作業がまったくすすまないことに、ソイもため息をついていた。
そんなソイに近づいてきたアケリの真剣な目に「何だ、どうした?」
「聞きたいことがあるの。イナミ……彼女は何?」
「何って?」
「イナミじゃない……でしょ?」
「…………あぁ、気づいたのか」
「騙したの?」
怖い目をするアケリに、ソイも雑草を刈っていた手を止め、そこに腰を下ろす。
「正直、オレにも分からん。だが、オマエは知らないだろうが、暦戦において、最強とされる二つの星宿、タマオノとイナミは、実はあまり登場しない。というか、イナミなんてその姿をみたこともない」
「見たことない?」
「タマオノは、すべてをリセットするときに現れたのをみたこともある。だが、最強の一角であるイナミは、まったく登場しない。それで、この暦戦は二十八宿ではなく二十七宿では? という奴もいるぐらいだ」
「二十七宿なの?」
「インドではそう伝わっている。恐らく、星座のような考え方がアジアに伝わってきた際、インドと中国で、少しずつ違う文化として発展したんだ。その二十七宿で不足するのが……イナミだ」
「どういう……こと?」
「さぁね。オレたちは二十八宿がある、と無自覚に自覚するが、そのうちのいくつかが足りない、という情報は与えられていない。もしかしたら、あの子が本当にイナミなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。自覚がないのに、記憶もないのに、あの場にいた少女……。だから空きとなっていたイナミを名乗らせた。それだけのことさ」
「だから、あの子を守ろうと……?」
「基本、紫微人として選ばれると、死んだときの姿をとることが多い。オレのように長くなると、ここで生活する姿がそのまま、向こうでも通用したりするが、オマエの制服だってそうだろ?」
アケリは自分のことを問われ、一瞬ためらった。それは誰しも、自分が死んだ瞬間なんて思いだしたくもないはずだけれど、彼女のそれはちょっとちがう感情だ。
「私は……制服でいるのが一番、落ち着くの。小学校のころから、制服のある学校に通っていたからかもね」
「家に居場所がなかったから、だろ?」
びっくりして、ソイのことを見る。
「自分で話しただろ? 親も滅多に帰ってこないって。そんな奴が、家にいることを快く思うか? 学校を心地いいと考え、制服でいることで、学校にいるときのような気分を感じる。よくある話さ」
やっぱりこの男は嫌い……改めてアケリもそう思う。
「その通りかもしれないけれど、私が制服でいるとき、殺されたのも事実よ」
「殺されたのか?」
アケリは口を尖らせ、しばらく逡巡していたけれど、やがて「私の話はいいのよ。今はイナミのこと。アナタは彼女をどうするつもり?」
「どうするつもりもない。オレはずっとあそこで調査、研究をしていたし、それはこれからも変わらないだろう。イナミがここにいたい、と言えばいさせてあげるし、どこかに行きたい、というならそれでも構わない。ただ次の暦戦でも呼ばれるのなら、彼女も死んでいることになる……」
そうじゃない可能性もさぐっているのかしら? 確かに、自分の星宿も知らないなんて、死んで紫微人となり、星宿に従って暦戦をたたかう私たちとは、違いを感じる部分でもあった。
「あの子のこと、不幸にしたら赦さないから」
「何だ、お姉さん気分か?」
「ちが……」
そのとき、一人で収穫をしていたイナミが、こちらに走ってくる。しかも、ちょっと怒り顔で……。「二人でサボって!」
「休憩中だよ。イナミは大丈夫か?」
「このぐらいでへばっていたら、農家はできないよ。それとも……老化?」
「ちょっと! 私をみて老化って言った? 老化はこいつだから。私はまだぴちぴちだから! それに農家じゃないから、私!」
その日の夜も、囲炉裏を囲んで三人がいた。昨日はシシ鍋だったけれど、今日はゴマを擂って、それを鍋のスープとする。家の裏には小さな池もあって、ヤマメが泳ぐので、それが今日の具材だ。
山の上で、外界と隔絶されているけれど、食生活は豊かなようである。ただし基本は、鍋料理一択だ。
「あそこが並行世界という話……。あれから色々と考えてみたけれど、やっぱり無理があると思う」
アケリもそう切り出した。
「それに対して、オレにもはっきりとした答えがあるわけじゃない。状況証拠を積み重ねた結果、並行世界だと判断している。そう結論付けた方が、色々なことに説明がつく、ということだ」
あのときは強く推していたけれど、ソイにも確証はない。確信があることと、確証とはちがうことだ。
「ただ、オレにも分からないことがある。それは、離微動が起きると、粛々と住民の避難がはじまり、自衛隊がそれをとり囲んで、誰も入れないようにすることだ。まるでオレたちが、あそこで暦戦をすることを知っているかのように……」
「……え? 知っているんじゃないの? 政府は?」
「どうかな……。何かが行われていることは知っているだろうし、地球とよく似た環境だからこそ、ウィルスや細菌、そういったものが近似する分、余計に危険だということはあるだろう。だが、調査もせず、元通りになるのを待つなんて、おかしいとは思わないか?」
そう尋ねられると、アケリも頷かざるを得ない。
「そこでオマエ、父親に聞いてみてくれ」
「え⁉ 何で私が……」
「父親は政治家なんだろ? だったら、そういう事情についても知っているんじゃないか?」
「でも、別に総理大臣とかじゃないよ。やっと副大臣にこの前ついた、と喜んでいたぐらいだから……」
「役職なんて何でもいいけれど、そういう話が議員の間でも出ているんじゃないか、ということだよ。オマエだって知りたいだろ? 自分の関わった世界を、国がどう考えているか、を」
「…………狡いわね」
「一度、こういう話をされたら、もう気になって仕方ないだろ?」
その通りだ。ただし、自分の父親とそれほど話したことのないアケリにとって、そのハードルも高かった。
「もう一つ、気になっているのが、本当に生き返ることができるのか……? あのときも、結局誰も生き返っていないんでしょ?」
「最後に聞こえた咆哮は、恐らくタマオノだ。通変で攻撃をしかけても、恐らく通用しない。何しろ通変の塊のような相手だからな。アイツが現れて、すべてをリセットしたはずだ」
「リセットされる条件は何?」
「さあね」
「ちょっと!」
「嫌、本当に知らないんだ。推測すると、誰かが気に入らないと……となる。最初から時間が決まっているんだから、他の星宿をすべて駆逐する……ということではないだろう。実際、オレが残っているけれど、他の奴が祝福されたかのような光景をみたこともある。中心にいることが、その条件っていう可能性もあるけれど、どうもそれだけじゃない」
「偶々、その条件をクリアすると生き返る?」
「多分な。大体、他の奴の行動をすべて観察できたわけじゃないから、何とも言えないよ。こればっかりは」
アケリもそれが知りたかったので、がっかりする。
「どうも、オマエの生き返りたいっていうのは、それで何かする、しようとは思えないんだが……」
アケリもそう言われ、ぐっと詰まってしまう。
「だから、結婚もできないと……」
「別に好きなヤツもいないんだろ? それに家で暮らし、学校へも通えているのだから、焦る必要はないはずじゃないか」
その通りだった。アケリもしばらくじっと考えていたけれど、やがてため息をついてから、語りだした。
「本当は、誰にも喋りたくなかったんだけど……。私は、死んだときの状況をリセットしたいの。
私は驕っていた……。それこそ周りがチヤホヤしてくれるし、女王様気分だった。でもそんな私のことを快く思わない人がいたのね。三人の男の人が乗る車で、家まで送ってもらうつもりだったけれど、山奥へと連れていかれた。私のことを犯すつもりだったのよ。
私は隙をみて逃げた。多分、父親の仕事の都合上、私の事件はなかったことにされる……。それが嫌だった。
でも暗くてね……。崖から落ちた。大怪我をして、崖下で助けを待っているときに思ったわ。どうせなら、あのとき犯されていた方がよかったのかな……って。
そう考えた自分が、死ぬほど嫌ッ! いくら淋しいからって、ひもじいからって、痛みで苦しいからって、楽な方に流れようとした自分を、私はこの世から、記憶から消し去りたいの」
価値観なんて人それぞれだけれど、彼女のそれは、恐らく自尊心に起因するのかもしれない。だからこそ、厄介なのかもしれなかった。
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