第8話 チームが崩壊する、ということ

   チームが崩壊する、ということ


 夕暮に染まり始めたこの異世界で、最後の攻防が始まろうとしていた。

「塔が建ったよ!」

 チチリがいう、その奥には高く聳える木を土台にして、そこから何本も木をつないで結ぶことで、高い構造物ができていた。塔と呼ぶほどにがっちりはしていないし、むしろ梯子のようでもあるけれど、その上……、そこには入院患者が着るような服の着た、スゥが立っていた。

 彼女は手を左右に広げると、彼女の頭上には大量の矢が空間に、まるで染み出すように現れてきた。

 数本、数万本……。その矢は次から次へと現れてくる。

 彼女はノドを切っており、声はだせない。水平に開いていた腕を、両腕とも上へとつきあげ、そのまま勢いよく手を振り下ろした。

 上空にあった矢が、一斉に一ヶ所目掛けて降り注いでいく。


「ウミヤメ! 起きて! あなたの蓋屋を、早く!」

 ハツイの声に、目を覚ました小学生ぐらいの、ランドセルを背負った少年・ウミヤメも、パッと顔を上げた。そこにある無数の矢が降り注ぐ光景を見上げて、彼の星官である蓋屋をすぐに展開する。まるでドームの屋根をつくるように、巨大な覆いがつくられ、飛んできた矢のすべてを防ぐ。

 ヒツキとナマメも少し離れたところにいたけれど、堪らず二人の元へと走りよってきた。

「何だよ、この攻撃⁉」

「分からない……。だけど、相当強力な星宿が襲ってきたみたい」

 ハツイも年齢は中学生ぐらいのヒツキとナマメより、かなり上の三十オーバーだけれど、だからといって決して暦戦に詳しいわけではない。しかしここはたった一人の大人として、何とかしなければ……と焦る。焦るから、答えもでない。そのとき、ナマメも辺りを見回す。

「トミテさんは? ウルキさんは?」

「分からない……。用を足すといって離れてから、それっきり……」

 四人は年長者で、経験者でもあるトミテとウルキの知恵に頼り、ここに陣を張ったのだ。ここを守ることが第一だと教えられていたし、そういうものだと信じている。それなのに、それを教えてくれた二人が今はいなかった。

「とにかく守りを固めましょう」

 ハツイも自分の通変を展開しようとした。だが、そのとき……。

「遅いよ!」という声と同時に、身の丈ほどもある鉞をかついだ少女、チチリが飛んできた。まさに飛ぶ、という言葉がふさわしいぐらいの速度で、つっこんできたチチリの刃が、立っていたヒツキの背中をざっくりと切り裂いていた。

「ヒツキーッ⁉」

 ナマメがばっと手を合わせ、それを離すと、そこからは雷光が轟いてチチリを襲っていく。

 しかしチチリはすぐに鉞を手放した。雷は電気であり、鉄の塊である鉞へと落ちることを知っていた。こちらが今まで防御してきた、きっとそのとき通変を見られていたのだ。ハッとするも、そのときにはチチリが新たな鉞を手に、ナマメに突っ込んできた。ふたたび手を合わせようとするも、間に合わない。その重ねた両腕ともども、胴を真っ二つに切り裂かれてしまった。


 ハツイも、二人を一瞬にして失ったことに驚愕するも、ウミヤメのことを守ろうとして、自分たちの周りに壁をつくった。

 鉄壁の守り、ウミヤメの蓋屋と、ハツイの塁壁陣による壁、それで自分たちの身は守れるはずだった。実際、鉞をもった少女も飛んで近づいてくる、ということをしなくなった。

 しかし相変わらず降り注ぐ、大量の矢によってずっとウミヤメは通変を展開していなければいけない。

 ウミヤメは上空を見上げながら、ぷるぷると体が細かく震えだしていた。上からの攻撃なんて、そもそも少ないはずなのだ。経験者であるトミテだって、そう言っていたではないか? なのに、どうしてこんな攻撃をうけつづけているのか?

 まだ小さなウミヤメが、巨大な覆いを長時間展開しつづけるのは、土台ムリな話でもあった。

 そのうち、鼻や目から血が流れだす。力をつかいすぎて、体にダメージが出始めたのだ。ただ、ウミヤメはまるでそれすら気づかないように、上空をみつめつづける。もうその体はとっくに限界を超えている。それでもハツイを守ろうと、力を使い続けているのだ。

 ハツイもそんなウミヤメをみて、自分が死ぬ前のことを思いだしていた。再婚した男が、前夫との間に生まれた息子を虐待するのを放置した。そうして息子が亡くなったときに、やっと自分がしていたことの重大性に気づくほど、自分の子供なのにまるで興味、関心がわかなかった。

 ハツイは華道を継承する家柄に生まれた。最初の結婚も、再婚したときも、自分の意志ではない。両親がそう決めたことで、自分がそうしたかったわけでもない。家を継ぐこと、そのために優秀な遺伝子を遺すこと、それだけが彼女に求められた。だから、再婚相手が娘に冷たく当たることさえ、厳しく躾をしているもの、と言われるとそのまま納得してしまった。

 しかし子供が亡くなり、そこで初めて自分が子供を愛していたこと、ぽっかりと開いた心のすき間に、愕然とすることとなった。

 そして死をえらぶ……。

 自殺した自分が、どうして二十八宿のハツイに択ばれたのか? それは分からないけれど、ここでウミヤメと出会ったとき、これまで感じたことのない宿命を感じた。彼は通学の途中、車に撥ねられた……という。ただ、それは暴走したり、違反をしたり、という車ではなかった。

 彼はぼうっとしていて、車に撥ねられた。それは学校に行くのが億劫で、家にいるのが嫌で、どこにも行く当てがないがゆえの、気もそぞろだった。そぞろ歩きをしていて、車にぶつかった。大型のダンプカーが曲がるのに、その内輪差に巻きこまれてしまったのだ。

 そして人生という居場所も失った。

 そうした身の上話も、付け足しでしかなかった。私はこの子を守るために、ここに来たのだ……と。

「ウミヤメ……。無理をしないで。もう……いいのよ」

 ウミヤメの全身の力が抜けるのと同時に、蓋屋が消え、大量の矢が抱き合っている二人に降り注いでいた。


「制圧、完了ッと!」

 チチリはそこに転がった、四人の死体をみる。ハツイとウミヤメが抱き合いながら倒れているのをみて、冷たい目で見下ろしながら、舌打ちをする。

 彼女は虐待をうけた。ただ、彼女はそれで卑屈になるのではなく、それを外に向けるようになる。親にされたことを、外で周りの子供たちにするようになったのだ。その結果、トラブルを起こし、学校からも追いだされ、それでも彼女の攻撃性は止まらず、手をだしてはいけない大人にも手をだしたことで、なぶり殺しにされた。東京湾に捨てられた。

 それでも彼女は、自分が悪いとは思っていない。親が自分にしていることを、私が周りにして怒られるなら、誰が親を怒ってくれるのか? 誰も親を注意したり、怒ったりしてくれなかったではないか。

 誰かを害してもいい。それは相手が弱い、自分が強い、という厳然たる差を自覚する行為であり、殺されたときは、それが逆だったというだけのこと。自分がその見極めに失敗した、ということだ。

 だから、そこに転がる死体を見ても、何も思わない。私たちより弱いから、こいつらは負けた。死んだ。ただハツイとウミヤメの姿をみて、ちくちくと胸が痛むのは、自分が体験することのなかった、そういうことをしてみたかった……という感情だと思うようにした。

「六人がいたんじゃなかったかしら?」

 新たに仲間に加わったミイが、そういって辺りを見回す。人智を超える速さでチチリが動いていたのも、彼女がサポートしていたからだ。彼女は風をあやつる。紫微人一人を頼りない木の上に立てておいたり、凄まじい速度で動かしたりするぐらい、造作もなかった。

 チチリは、あまり興味もなさそうに「その辺りは、ホトオリがうまくやっているでしょ」


 そのころ、トミテはゆっくりと歩いていた。腰を悪くして以来、早く歩くことはできない。それが見た目以上に年齢を高く見せて、一種の好待遇をもたらしてくれることもあった。

 今回とてそうだ。トミテは前回、参加したに過ぎない。つまり経験値なんて、大したことはない。そこで色々と教えてもらった。それだけのことだ。でも、この見た目のお陰でベテランの感じがでて、立候補もしていないのに、自分のことをリーダーに祭り上げてくれた。

 老いた見た目と経験値――。それが必ずしも一致しない、ということなど気づきもせずに……。

 ただやはり、急いでいるのに早く動けないのは、こういうときだからこそ焦れてしまう。余裕をもって出たのに……。ここで気づかれるわけにはいかない。彼がチーム玄武のみんなを、騙したことを……。

 今回の暦戦、十二時間かかるとしていたが、七時間程度だと彼は知っていた。むしろそれを知って、周りに十二時間と説明した。当然、それは油断させ、自分だけが利を得るために……。

 そして、真の特異点に辿りつくために……。

「じいさん、どこへ行くんだい?」

 トミテはその声に、恐る恐るふり返る。そこには今どきのパーカーを着た、メガネをかけた若い男性がいた。

「お主……どうして?」

「わざわざ特異点で焚火をして、紫微人を集める……そこにくぎ付けにしようなんて狡い手をつかってまで、何かをしようとする。そこにいる奴らのメンバー構成をみれば、大体想像もつく。若い奴らを利用し、体の不自由な奴が、うまい汁を吸おうっていう魂胆がな」

 そう、この程度は簡単に見透かされる。でも、それを邪魔してくれたのが、この見た目なのだ。見た目が後にくる、先に戦略を見抜かれたら、こうして本質をつかれるのが難点だった。

「前回の暦戦をみて、思った。全員が助かるわけじゃない。二、三人だけがいい目をみられるのだ、と……。だが、勝利するためには人数は多ければ多いほどいい。その矛盾をうまく両立させるためには、騙すしかない……」

 ホトオリも大きく頷く。「その意見には賛成だね。ただ、その手がつかえるのは一度だけだ」

「そう、だから今回に賭けた……。頼む、見逃してくれ!」

「おいおい、鳴き落としか?」

「どうしても生き返りたい。そのためなら、何でもする」

「何でそんなに生き残りたい。老害をばら撒きたいのか?」

 そんな悪態をつかれたにもかかわらず、トミテはあくまで慇懃に「婆さんを一人残してきてしまった……。私が生き返らなければ……」

「この期に及んで、嘘をつくなよ」

 ホトオリの細い目に睨まれ、トミテも項垂れた。他の紫微人をだますほどだから、自分の通変に自信がない……ということでもなかった。自分の通変をつかうためには時間を使う必要があったのだ。そして考えこむふりをして、カウントダウンしていたトミテはニヤリと笑った。

「私の星宿はトミテ……。星官は司命! キサマの寿命は掌握した!」

 一対一、相手を殺すだけなら、寿命を制するこの通変は、絶対に最強のはず。体が不自由でも、一定期間相手と話すことでつかえる力だ。

 だが、相手は一向に怯むこともなく、むしろ余裕の笑みを浮かべる。

「反撃を喰らうつもりなら、出てこないだろう。無駄な足掻きだよ。すでにオマエの通変ぐらい、掌握済みなんだよ。それがホトオリ、この場のルールはすでにオレの掌中にある」

 トミテも力をつかっているはずなのに、相手の寿命が尽きないことで、がっくりとヒザをつく。彼の通変の方が、上をいったのだ……。そう自覚した。

 しかし彼は諦めない。徐に立ち上がると、もっている杖でホトオリに向かって殴りかかった。ただ、ホトオリに軽くあしらわれ、その場にばたりと倒れてしまう。腰が悪いトミテのこれが精いっぱいだった。

「くそーッ! 私は教師だ。かわいい生徒たちとちょっと戯れてみた写真を、消去する前に死ねるか!」

 戯れた……そう、まだ小さい小学生たちと、体を触れ合った。裸にして、その写真も撮った。

「私は、生徒想いの優しい先生なのだ。その評判、覆させて……グハッ!」

 起き上がろうとしたトミテの、その曲がった腰の辺りを、ホトオリは思いきり蹴り上げた。トミテも堪らず、曲がった腰が伸びるほど悶絶する。ただそれ以上、ホトオリは手を上げるつもりはない様子で、しばらく冷たく見下ろしていたが、くるりとふり返った。

 ただ最後に「オマエみたいな下衆は、この異世界でもいずれ鉄槌が下されるさ」そう言い残して、歩き去ってしまった。


 ホトオリがしばらく歩いていくと、そこに一人の女性が立っていた。

「ご苦労様、朋弥」

「やめてくれよ、お婆ちゃん。ここではウルキとホトオリ、だろ」

 そう、祖母と孫、それが彼らの関係だった。

 ここに来たときから、互いにチームをつくり、そして最終段階では手をむすぶことを約束していた。トミテがそうだったように、ウルキもその見た目で、得をした。敵意がない、強そうでない、ということで油断し、仲間にしてくれるだろう。だから相手の懐に入り、時を待とうとしたのだ。

「今回はいいのかい?」

「ウルキが先に、生き返ってくれ。オレの不注意で、家に火をだしちまった。オレは次の暦戦に賭けるさ」

「じゃあ、私は行くよ。特異点に」

「あぁ、オレは仲間のところにもどるよ」

 二人は一緒に暮らしていたわけではない。だが、両親との折り合いが悪く、度々祖母の家に寝泊まりしていた。だが、悪い仲間とも付き合いがあり、そういう人間が祖母の家にくることを彼は嫌って、その場所を教えようとしなかった。

 それが彼らには裏切りに映った。悪いことをする上で、互いのすべてを知り合って行動する……。そんな不文律に抵触したのだ。

 そして、家に火をつけられた。二人とも、気づくことができずに焼死したのだ。燃え盛る炎の中で、逃げていく悪い仲間の姿をみた。早くもどって、仕返ししてやりたいけれど、そうなると祖母を生き返らせることができなくなる。今回は、先に……。一回パス、みたいなことが通用するかどうか? まだこのときは彼にも分かってすらいなかった。

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