第7話 それが終わりを告げる鐘、ということ

   それが終わりを告げる鐘、ということ


「囲んでいるねぇ、みんな」

 木に登って、特異点の方を観察していたチチリが、するすると木から降りてきて、そこにいるホトオリにそう告げた。チチリは女の子だけれど、かなり活発で木登りも得意だった。

「特異点をおさえられたことが問題なんじゃない。問題は、あの人数を駆逐するだけの時間だ」

 チチリも首を傾げて「どういうこと?」

「どの道、この置換が終了する、その瞬間に特異点のそばにいればいい。となると、必要なのはその特異点の近くに、どのタイミングでいられるか、という戦略だ。どのタイミングだったら、あいつらを排除できるのか? 力の差も考えて、その計算をしておく必要がある」

「ふ~ん……。難しいことは分からんけど、ミイはどう思う?」

 小学生低学年ぐらいのチチリに「ミイ」と声をかけられたのは、高校生ぐらいの少女であり、背が高くて、髪も長い、細身の体は吹けば飛ぶようであり、新たに仲間に加わっていた。

「最後だけ、特異点の近くに立っていればいい、ということですか?」

 ミイが話しかけると、ホトオリも頷く。

「雑魚を相手にする必要はない。ギリギリまで、アイツらに相手をしてもらう。そして美味しいところだけ、掻っ攫う。それで十分なんだが……。このまま何もせず、ただ待っているのも癪だろ? そこで、チチリにはやってもらいたい仕事がある。出来れば……だけど」

 ホトオリは、メガネの奥の細い目が怪しく笑い、チチリの名をだしたのに、スゥのことを見ていた。


 異世界との置換がおきてから、およそ六時間半――。

「折り返し……まだ半分かよ」

 結局、次の守りにはヒツキとナマメがつき、防御の特性をもったハツイとウミヤメの二人が今は休んでいる。後半戦になって、敵の攻撃が増えるだろう、という読みもあるけれど、攻撃の特性が強い二人なので、補って守ろう、という戦略でもあった。そのとき、遠くからコーン……、コーン……と、何か硬いものを叩くような音がくり返し聞こえてきた。

「な、何だ⁈」

 ヒツキも思わず立ち上がった。ナマメも「木を……切っているのか?」

 ゆっくりとしたリズムで、くり返し叩く音が、まるで木こりが木を切っているようにも聞こえた。

「木を……何のため?」

「知らねぇよ。もし周りにいる敵が、塔のような高い建物をつくって、こちらに襲い掛かってくるつもりだったら……」

「トミテさんと、ウルキさんに聞いて来てくれ」

 ヒツキにそう促されると、ナマメもすぐに焚火を囲んでいる四人のところへと走った。

 四人もどちらから聞こえてくるのか? と耳を澄ませているが、ナマメの問いに、トミテも首を横にふった。

「焦る必要はない。高さを利用した方がいい通変は、君のものだけだよ。恐らくこちらを動揺させるつもりだろう」

 ナマメもそうもち上げられて、悪い気はしない。確かに彼は、地上に立っているよりも、上から攻撃した方が有利だ。ここは緩やかな傾斜しかなく、その意味では力が使いにくいと言えた。

 トミテの言葉を補完するように、ウルキも「むしろ、遠くにいると分かったのだから、余裕がもてるのではないかしら?」

 確かに、近くでしている音ではなさそうだ。遠くで木を切ったならば、ここまで運んでくるのも大変だろう。川が近くにあるわけでもないし、そういう通変をもった星宿だと危ないけれど、そんな通変も知らない、という。

 ナマメもホッとしてもどっていく。

 四人にもどると、トミテが立ち上がった。「どれ、今のうちに……」

「どちらへ?」というハツイの問いに「今のうちに、用を足しておくよ。いざ……というとき、近くなったら堪らないからね。何しろ、私ももう歳なのでね。もうトイレは近くて困る」

 高齢のトミテであり、ハツイも納得すると「行ってらっしゃい」と送りだす。ここは森の中で、トイレとしてつくられたものはない。離れたところに行って、用を足すのが決まりだった。

「なら、私も……」と、ウルキもトミテとはちがう方向に歩いていく。二人とも歳だから……。ハツイもくすりと笑って、彼女の膝枕ですやすや眠っているウミヤメを起こさないよう、立ち上がることもなかった。


 コーン……という音が鳴り始めると、それまでふて寝のように横になっていたソイが、むくっと起き上がった。

「そろそろ……だな」

 近くで、一緒に横になっていたイナミが「どういうこと?」

「クライマックスが近づいている、ということさ。恐らく、この置換がもうすぐ終わり、この異世界が消えて、元にもどる」

 アケリもびっくりして「そんなことが分かるの?」

 逆に、ソイも知らないことにびっくりして

「オマエら……、そんなことも知らずにここにいるのか? 離微度の観測をすれば、置換がいつまでつづくのか? それが分かるだろ?」

「……え? レジャイスク・リポートではそんなこと……」

 反りの合わないトロキも、思わずそう聞くほどの衝撃だった。

「あれは、エリアについての研究しか載せていない。それ以上の情報は、一般人には必要ないからだ」

 驚愕した表情を浮かべるトロキとアケリに、やれやれと座り直してから、ソイも説明をはじめた。

「離微動が何で起きているのか? オマエら分かっていないのか? そもそも異世界とは何だ?」

 そう問われても、誰も答えられない。

「異世界は、この世界と分岐した並行世界、パラレルワールドのことだよ」

 いきなり結論めいたことを言われ、もう誰も口をはさむことができなかった。

「通常、パラレルワールドは未来につながる、選びとられた世界との乖離を大きくすると消滅する、と言われているけれど、実際にそうであるかどうかは、誰もみたことがない。あくまで想像上の存在だ。だから、それが実際にどう終わるのか? そんなことは誰も知り様もない、それこそ想像における話なのさ。

 離微動のことを時空共鳴振動とするように、これは時空が重なり合うことによって置換される世界。異世界とは、異なる世界の、異なる地球の上にある、同じ座標の場所、ということなのさ」


 トロキもアケリも、唖然として薄汚いソイの顔を見つめてしまう。

「それを示す証拠は?」

 トロキがやっと絞りだした、そんな問い掛けに対しても、ソイも即座に「そんなもの、あるか!」

 あまりにあっさりとそう否定するので、トロキも唖然として「だったら、何を根拠に……?」

「地形をみてみろ。そこにある状況はちがっても、寸分の狂いもなく地形の連続性が保たれていることに、違和感をもたなかったのか? つまりここは同じ地球で、かつプレートテクトニクスによる地形変化も、それほど大きくない段階のパラレルワールド、という可能性が高い。

 ただ。それこそ人類の進化なんてごく最近のことであるように、ある程度の文化や発展の差、開発地域としての違いがあるのだろう。常に決まったパラレルワールドが現れているわけでもないだろうしな。ここにいる魔獣だって、別の地球上でちがう進化を遂げた種だ」

 ソイは長いこと、この暦戦に携わっても、戦いもせずに研究、検証をしていた。それが彼の出した結論なのだろう。

 でも、トロキとアケリの二人には、まるでそんな絵空事をいきなり語られて、混乱するな、という方がムリだった。

「あくまで仮説……だろ?」

「レジャイスク・リポートについて知っているなら、あそこにも書いてあるだろ。異世界とされる場所の、岩石成分は地球のそれと、ほぼ一緒だ。それは単に、同じ岩石惑星だから……じゃない。大気と地磁気と、そういった環境要因まですべて一緒でないと、絶対に同じにはならない。何しろ、宇宙放射線をカットしない限り、そこにある成分は放射化されるはずだからな。それに、一度でも高熱だった状態があると、岩石などに焼成の後ものこる。意外と、同じというのは、成立の難しい状況なんだよ。そしてそうなると、植生だってちがってくるはずだ。ナゼここは、地球と同じDNAという構造を生物がもつのか? 動物はミトコンドリア、植物はクロロホルム、そういう形で別れたのか? そういうことにも説明がつかない。やはり同一の進化の過程にある、と考えた方がいい」

 アケリもまだ頭の中が空っぽだった。ここは異世界で、むしろ死者のいく世界との間にある場所、と言われた方が、よほどファンタジー設定で、自分を納得させることができただろう。

 逆に、ここは地球だけれど別世界、といわれたことで、急に身近となり、反論するのが難しいこととなった。

 自分がこういう立場になっていなかったら、一笑に付すぐらいの話だったろう。しかし身につまされるだけに無視もできず、思わずこう尋ねていた。

「なら、どうして私たちは、そのパラレルワールドと置換された、こんなところで暦戦を戦うの?」

「そんなこと知るか! しかし異世界の方だって、急にこっちと入れ替わるなんて、向こうだって戸惑っているだろうし、混乱していてもおかしくない。それこそ唐突に起きるものなら、人だって入れ替わっていてもおかしくない。

 でも、そういった事象は確認されていないだろ。あくまでここにいる生き物は魔獣だけ……。異世界人がここにいない理由――。それは離微動が人払いをする……、そのために起きている可能性を、オレは疑っている。

 要するにここは、戦場とするために準備された……。準備しようとする誰かがいたのかもしれない。

 なら、その戦場を、終わりを決めずに開場するか?」

 話が最初にもどってきた。そうだった。離微動がこの戦場のタイムリミットを決めている。その話から始まったのだ。

 そう問われても答えられないトロキとアケリに、ソイはため息をつく。

「離微動を細かく計測して得られた答えは、今回は七時間ほどでここが消える……ということだ」

 トロキも慌てて、自分の腕時計をみる。「もう六時間半は経っているぞ……。後三十分しかないじゃないか⁉」

「しか……じゃない。も……だ。だからそろそろだと、周りにいる奴らも動き出したんだろ。そう、もしかしたらこの響く音は、今回の暦戦の、クライマックスのはじまりを告げる鐘だ」

 終わりの始まり……。誰もがそれを意識せざるを得ない。今、鳴っている木を切るような音が、そのカウントダウンのように聞こえていた。

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