第6話 強い星宿がいる、ということ

   強い星宿がいる、ということ


「白狼爪牙掌!」

 少年がそう叫んで、両腕を思いっきり前へとふりだした。すると、彼の背中からは白く光る、オオカミのような形状をしたものが複数体飛びだし、目の前にいる男性へと襲い掛かっていく。

 長髪で気弱そうな、襲われた男は六角形の光の板、恐らくそれが彼の通変だろうけれど、それを両手の前につくりだし、盾にして何とか回避する。それは六角形で、しかも何枚もだせるようで、それをハニカム構造のようにすることで、強度を増すことができるようだ。

 ただ、光のオオカミに次々と食いつぶされ、壁を突破されると、たまらず男も逃げだしていく。

 少年は勝ち誇ったように「一昨日来やがれッ!」と、その背中に向けて叫ぶ。無理に追うことはせず、 元の位置にもどっていくと、そこには落ち着いた感じの和服姿の女性がいて、笑顔で出迎えてくれた。

「ヒツキはどうして、わざわざ力をつかうときに叫ぶの? そんなことをしなくてもできるでしょ?」

 ぐっと力こぶをつくって「だって、必殺技みたいでカッコいいだろ?」

 厨二病……。実際に中学二年生ぐらいだけれど、そういうことをしてみたい年頃なのだろう。紫微人となり、通変という不思議な力がつかえるようになって、まさに憧れのヒーロー気分のはずだった。


「今の連中はしばらく来ないでしょう。ヒツキも休んでいて」

 ヒツキは「休むのはいいけど、今回の暦戦は長くはつづかないんでしょ? だったら、ずっとオレが警戒していてもいいんだぜ」

「短いといっても、十二時間ぐらいはあるそうよ。それまでヒツキが、ずっと警戒をつづける気?」

 そう言われてしまうと、時間の長さを感じて、ヒツキもたじろいだ。

「じゃあ、ハツイさんに任せるよ」

「私だけじゃ、役不足だから、ウミヤメもね」

 ハツイは和服をきており、普段着なので派手さはないけれど、それが見た目の年齢を高くみせる。ただ、肌ツヤなどをみると三十前後だろう。その女性の背後から現れたのは、まだ小学校に上がったぐらいの少年だ。彼がウミヤメ……。怯えた様子でハツイの後ろにくっついており、まるでハツイが母親のようだ。ランドセルを背負っているのも、恐らく彼が死んだときのまま……であって、通学の途中で車に撥ねられたのでは……とハツイも推測している。

 ここにいる紫微人は、誰もが一度、死を体験している。それが大なり小なり行動を変化させていることは間違いない。ハツイも、自分だってそうかもしれない……と思いながら、ここにいた。


 ヒツキがもどると、焚火を囲んで三人がいる。

 この焚火は決してここが寒いからでも、明かりをとりたいから、でもない。ここが特異点だと明らかにするためだ。

「ナマメ。次に交替は、オマエな」

「オマエとナマメをかけている? 殴るぞ、こらッ!」

 ナマメと呼ばれたのは、同じ中学生ぐらいの男子であり、仲がいいからこそのツッコミである。

「ウルキさんもトミテさんも戦いには適していないんだから、次はナマメの番で当然だろ?」

 ヒツキが『さん』付けするのも、ウルキもトミテも明らかに年齢が上、しかもそれは校長先生クラスの年齢差だからだ。

 ウルキは白髪まじりの女性で、品よく「ごめんなさいね。私、力不足で」

 ナマメにつつかれ、ヒツキも慌てて「そ、そんなつもりじゃないですから。ウルキさんもトミテさんも、このチーム玄武にとって、絶対に必要な人材ですからね。その経験値は絶対に必要ですから」

 ヒツキも慌てて『絶対に必要』を、二回も言ったことに気づいていない。

 現状、六人もいるこのチームが、暦戦においてもっとも有力で、勝利に近づいているはずだった。何しろそれは人数ばかりでなく、すでに特異点をおさえて守りを固めているのだから。

「トミテさんの忠告で、一刻も早くここをおさえることができて、圧倒的に優位に立てたんですよ」

 ナマメもそうフォローする。トミテは腰が曲がった高齢の老人であり、杖をつくほど体が弱っていた。

 ヒツキは「でも、特異点を守り切ると、本当にいいことがあるんですか? 勝利できるんですか?」

 それにはトミテも好々爺とした笑みを浮かべて答えた。

「ワシにもはっきりとしたことは分からんよ。だが、前回の暦戦のとき、この特異点の近くにいた者たちには、確実に何かあった……。奴らがどういう運命をたどったのかは想像するしかないが、この暦戦という呪縛から解かれたことだけは、間違いないことだよ」

「オレはこの状況、結構気に入っているけど……」

 ヒツキはそういって、力こぶをつくってみせる。厨二病を発症している彼にとっては、必殺技のような通変をつかえる今が、かなり気に入っているようだ。

 だが、トミテは首を横にふってみせた。

「親しい者にも会えず、暦戦のたびに引っ張りだされ、こうして生き死にをやりとりしなければならない……。初めての者には楽しいのかもしれんが、二度、三度となると苦痛だよ」


 トミテの言葉には重みがあった。年齢的なものではない。彼は何度か、暦戦をくぐり抜けてきている、という経験値の差だ。他の者が、初めて参加する中で、トミテがこのメンバーを集めた。それは勝利するために、口説き落とした側面もあって、こうしてチームができたのだ。

「そうッスよね。オレなんて、部活で走っているときに急死なんて、結構ハズい形で死んでいますから、リセットできるなら有難いッス」

 ナマメがそう言うと、ヒツキが「まだいいじゃないか。オレなんて癌で、最後の一年は学校にさえ通っていなかったんだぜ。それがどういう形でリセットされるのかは分からないけど、その一年をなかったことにして学校に通えるのなら、絶対に生者にもどってみせるぜ!」

 別々の場所で死んだ六人……。それぞれの事情があって、勝利をめざしている。

「そのために、ここを押さえたんだよ。紫微人には通変がある分、それに頼りがちだからね。一般的には守りの方が難しいとされるけれど、攻城戦がそうであるように、通変をもって守られると、攻める方が圧倒的に難しい。何しろ、防御の通変は絶対の力をもつからね」

 そういうトミテに対して、同じ高齢のウルキが「戦略ですねぇ、トミテさん。歴史好きですか?」

「大河好きだよ。だが、最近の大河は合戦シーンが少なすぎて、あまり面白くないんだが……」

 大河ドラマは歴史に範をとっているけれど、シナリオのあるストーリーだ。いわば勝ちに勝ちの理由があり、負けには負けるだけの理由がある。しかしここにいる彼らにとって、これは現実だ。

「でも、今のままで勝利できますか?」

「厳しいかもしれん。玄武にはイナミという、かなり強力な星宿もいるのだが、仲間になってくれれば、かなり勝利に近づくが……」

「大丈夫。オレがその分、活躍しますよ!」

 勇ましくヒツキがそういったけれど、二十人近くを相手にするには、これでもまだ足りない……誰にもそれは分かっていることだった。


「特異点はすでに押さえられた。見てみろ」

 トロキから手渡された双眼鏡を覗いて、アケリも「五、六人?」

「多分、早い段階からチーム作りに着手したんだろう。最初の段階では、かなり二十八宿も近くに配されているから、その間にチーム作りをした……。向こうにも、ベテランがいるみたいだ」

 トロキがそう説明する。自分もそれを目指していたけれど、最初に出会ったアケリから殺されそうになり、その後うまくチーム作りがすすめられなかった。そして、それ以外で仲間になったのは……。

「狼煙まで上げて、自分たちの存在を主張するなんて、殊勝だねぇ~」

 そう、和をみだすソイだ。イナミが彼になついており、そんなイナミの力に期待するからこそ、ソイを切れずにいる。

「周りを威嚇するつもりだろ。オレたちはもう押さえているぞ、という……」

「初めて参加する奴らは、それこそ特異点の重要性なんて、知らないはずだ。そんな奴らにわざわざ知らせる必要があるか? ここに集まってこい……みたいな、如何にもな策……」

「知らないよ。アイツらはそう考えている、ということだろ!」

 トロキも声を荒げるが、ソイは柳に風とばかりに、そっぽを向いている。

 そんな険悪となった雰囲気を感じとり、アケリも双眼鏡を覗きながら「何、あの通変は?」といって、双眼鏡をトロキにさしだす。

 トロキも渋々とそれをうけとって

「あれは……ハツイと、ウミヤメかな。星宿は元々、方角をしめす四神に、七宿ずつ分類されるのは知っているだろう? ハツイとウミヤメの二人の星宿は、北方の玄武に属し、その亀に似た生物のちょうど甲羅の部分を表すんだ。つまり防御に特化した星宿だよ」

 光の壁と、それを覆うほどの大きさのある天蓋と、遠目でもはっきりと分かる、そうしたもので一帯が包まれているのだ。

「攻めているのは……ナカゴかな。架空の軍隊を造りだし、攻めさせるという強力な通変だけど、玄武の硬い甲羅は、そう簡単に破れないだろうね」

 遠くから攻めていたナカゴも、しばらくすると諦めて行ってしまった。すると、天蓋も壁の消えてしまう。どうやら敵がいるときだけ、展開するもののようで、攻略する余地もありそうだけれど……。

「あんな風に守られたら、私たちでもムリよね?」

 アケリの問いに、先に応じたのはソイだ。

「ムリじゃない。防御の通変は、それこそ疲労が激しいんだよ。つまり長続きはしない。だろ?」

 ソイにふられ、渋々とトロキも応じた。

「防御系は長く維持できない……、とされる。攻撃は一瞬、巨大な力をつかえば済むけれど、防御はそれに対抗するだけの力を、ずっと使いつづけなければいけないからね。恐らく交替しながら、六人で特異点を守り続けるつもりだとすれば、かなり厄介な相手だ」

「どこだって、厄介なのは同じだろう。むしろ、あそこから動かない分、行動が読みやすく、扱いやすいともいえる」

 ソイはそう言い放った。なるほど……と、アケリもその説明に感心する。きっと、そういう思考パターンで、ずっと彼は逃げまわっていたのだろう。そういう意味の感心だった。

「私たちはどうするの?」

 アケリの問いに、トロキも考えこみながら言った。

「当面は様子見するしかないだろう。まだ他に残っている星宿もいるだろうし、アミとつぶし合ってくれればいいんだけど……」

「つぶし合う?」

 またソイの横槍だった。さすがに堪忍袋の緒を切ったのか、詰め寄ろうとしたトロキだったけれど、そのときソイにぎゅっと寄り添ったイナミをみて、彼も我に返ったようだ。

 イナミは強い星宿だ。誰だって彼女のように、強い星宿とはお近づきになりたいものだ。でも、本人がその通変、力のつかい方を分からない、というのがナゾだった。もしかしたら、本人が意図しない形で発動する、そんな力なのかもしれない……と、トロキも想像していた。

 それだけに恐怖する部分もあるし、また期待もしてしまう。この子が味方でいてくれたら……と。

 どうやってこの男は、この子をたらしこんだ? トロキも、薄汚い中年男と、まだ幼い、小学生ぐらいのイナミを見比べて、まずはこいつからを引き離す策が必要なのかもしれない……と考え始めていた。

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