第5話 仲間になる理由は様々、ということ

   仲間になる理由は様々、ということ


 高校生ぐらいの二人、トロキとアケリ、それより歳が上のソイ、そして小学生ぐらいのイナミ。そんな四人の奇妙な共同戦線――。

 二十八宿のうち四宿が集まったのだから、さぞ強力になった、と思うかもしれないけれど、かなり弱い星宿があつまったものであり、四人で協力すれば何とか……というレベルだ。

「どれぐらいの暦戦をこなしてきた?」

 トロキからそう尋ねられ、ソイは肩をすくめる。

「さあねぇ……。七、八をこなした辺りから、面倒くさくて数えるのを止めた」

 さらに驚かされる。「そんな数の暦戦をこなしてきたのか?」

 今、男二人しかおらず、気兼ねなく話ができることもあって、トロキも目上にも関わらず、タメ口をきく。

「まさか……。さっきも言ったが、敵前逃亡をしてきただけさ。要するに、この星官戦争は『生者にもどる』のが目的だろ? それを放棄すれば、グダグダとこの状況を享受できるものなのさ」

「そんなことができるのか? だって星宿に従っているんだろ? それは暦戦に参加して戦う……」

「だからここには来る。でも逃げ回って、隠れてやり過ごす」

 そうだとしても、疑問は残る。それはこの異世界が、そう長く現れているわけではなく、それ以外でも紫微人はこの世界で、ずっと存在しつづけないといけない、ということだった。

「暦戦に参加しない間は? 隠れ住むのも大変だろ?」

「引きこもっているさ。ずっとそうやって生きてきたし、それは紫微人となっても変わりない。ここに参加するのも、渋々と……さ」

「星官の鍵鈐って? どんな通変をもつんだ?」

「それは明かさないだろ、ふつう。ま、大したことはないよ。大したことのある通変だったら、とっくに終わらせている」

 胡散臭い……。トロキにも、この男を信用するのは危ない、と感じていた。それこそ、いつ裏切るか……。それまでは利用し、いざとなったら……。そう腹をくくることにした。


 そのころ、アケリとイナミは二人と少し離れたところにいた。お花を摘みに行く、といってアケリがイナミのことを連れだしたのだ。

「本当にあの男を信じているの?」

「……?」イナミは何を聞かれているか分からない、という様子で、キョトンとしている。

「ここは騙し合い、殺し合いを厭わない世界。自分のためだったら、平気で相手を裏切る奴もいるような世界なのよ。あんな、如何にも……みたいな奴を信じているアナタが、あまりに哀れで……」

「…………哀れ?」

 まだピンと来ていない様子で、アケリはそんな少女に、自分の小さいころの姿を重ねていた。

「そうやって無自覚でいられるうちは、幸せなのかもしれない。でも、自分が騙されていると気づいたとき、そこで訪れる絶望は、きっとアナタの心を殺す。絶望がさらに死を後押しする」

「…………」

 まだピンと来ていない少女の顔をみつめながら、きっと私はもっと悪い顔をしているのだろうな……。イナミからはそうみられているかも……そう考えて、思わず苦笑してしまう。

「とにかく、アナタみたいなお子様は、あの男に利用されているだけかもしれないってこと」

「ソイさんは私のこと、利用なんてしませんよ」

「盲目の信頼は、危険って言っているのッ! 単なる少女趣味の、変態男かもしれないし……」

「少女趣味? それはスカートの中を覗く、ということですか?」

「えッ⁉ 覗かれたの?」

「はい……。そうしたら急に、協力的になってくれて……」

 あの変態野郎……‼ アケリのソイをみる目は、このとき固定された、といってもよかった。


「とにかく、特異点に行ってみようと思う」

 アケリとイナミが合流して、トロキがそう言った。

 どう考えても年長者はソイであるけれど、こういうところはその資質、周りから認められた者が、リーダーシップをとった方がいい。ただ、そのリーダーの資質に欠けているはずのソイが、苦言を呈した。

「やめとけ、やめとけ。中心に行っても、何もないぞ」

「ソイは行ったことあるのか?」

「数日、暦戦をこなしているうちに、通りかかったことぐらいある。特に何かがあるわけじゃない」

「そのときには、すでに大事なものが奪われていたってこともあるだろ? それに、大切なのはこの置換が終わったとき、特異点の近くにいられるかどうか、だ。そこを死守できれば何かが起こる……と思う」

「ふ~ん……。ま、いいけど」

 ソイはそういって、興味なさそうに横を向いてしまう。文句があるなら言えばいいし、納得していないけれど、とりあえず従います、という打算的な態度、しかもそれを包み隠そうともせず、むしろ不機嫌そうにするのは、もっとも相手に悪い印象を与える。まさにソイの今の態度だ。

「他にやることがあれば言ってくれよ」

「いや……。それこそ、中心点には色々な奴が集まってくるから、危険じゃないかと考えただけだよ」

「それはアンタみたいに傍観者でいるなら、危険なところを避けたいのかもしれないけれど、ボクたちは生者にもどるため、ここに来た。なら、多少の危険を承知で確認することも大切だろ?」

 トロキの苛立ちが伝わったのか、ソイは肩をすくめただけで、反論はしなかった。そういう態度も嫌われるのだけれど、この男に何を言ってもムダだ……そう悟ったのか、トロキはアケリとイナミの二人に向けて、話し始めた。

「ただし、特異点に至るには、それこそ危険が付きまとうだろう。アミのような、危険な星宿もいるし……」

「アミが危険? おっと……つづけてくれ」

 横から変な口をはさまれ、トロキもソイのことをじろっと睨んだ。ただ、ソイも横をむいて、知らん顔を決めこむので、それ以上に怒りのやり場を失って、ふたたび二人にむかってしゃべりだす。

「恐らく、ボクたちと同じように特異点をめざす奴らも多い。ボクたちはそれほど強い立場じゃないから、周りが争う間は近づかず、この置換が終わりそうなとき、そのタイミングで近づくこととしよう。それまではアミのような、好戦的な星宿に見つからないように……」

「アミが好戦的、ねぇ……」

 またトロキに睨まれるも、懲りずにソイは横を向く。

「アミの何を知っているんだ? 今回のアミは、かなりヤバイ。それはアケリも見て確認している」

 アケリも頷く。通変により体を拘束されたはずなのに、簡単に脱出し、相手を真っ二つに引き裂いてみせた。血も涙もない……その力ばかりでなく、残虐性とともに近づきたくない相手だ。

「ま、他の星宿に近づかないっていうのは、いい心掛けだ。その調子で頼むよ」

 あくまでも他人事のようにそういうソイのことを、心底腹を立てた様子で、トロキも睨んでいた。


「ま、待って! 殺さないで……ぐふッ!」

 女性はそう懇願するも、いきなり空から大量に降り注いできた矢、槍、刀といった武器を避けることも、防御することも敵わず、一瞬にして全身を刺し貫かれ、絶命してしまった。

 もう一人のそこにいた男は、近くにあった森に飛びこむ。高い木々と、その枝によって上空からの攻撃は、ある程度は避けられるはずだ。

 ばったりと遭遇した相手、それはまるで入院患者のようなピンクのパジャマ、髪も長くて痩せぎすの、まだ若い女性だった。

 敵意もなさそうだし、か弱そうな女性だったので、声をかけようとしたら、いきなりこの攻撃だ。相棒となったヌリコは先に逝ってしまった。考えろ……。そうしないと、ここで終わりだ。

 とにかく、この通変は何だ……? 空から武器を降らす……。そんな滅茶苦茶な力の使い方、有利すぎるだろ……。

「は……、話し合おう。どうだ、オレと仲間にならないか? オレはトカキ。アンタみたいな強い星宿とお近づきになりたい、と思っていた。大した通変はもっていないけれど、役に立つ。だから……」

「大したことない通変、いらなぁ~い」

 トカキはいきなり目の前に現れた別の少女に、驚いて目を見張る。小学生ぐらいの背丈だけれど、柄と刀身をふくめると、それと同じぐらいの長さがある大きな鉞を手にしており、すでにそれを振りかぶって、こちらを見下ろしていた。

「ま、待って……ぎゃッ!」

 トカキと自己紹介をした男は、有無を言わさず肩から袈裟懸けに、真っ二つにされてしまった。

「へへへ……。私たち、強いじゃん。殲滅戦やっちゃおうよ、ホトオリ」

 重たい鉞を引きずる少女は、そう森の中に声をかけた。

 すると、森の中から現れたのは、メガネをかけた若い男性だった。パーカーにぴっちりめのパンツ……と今どきの若者の感じだけれど、細身のメガネの奥、そこにある切れ長の目は、まったく笑うこともなく「殲滅戦? そんな労力をかける意味があるのかい? チチリ」

「ぶぅ~……」鉞をもつ少女、チチリはそれを消してみせながら、そこにもう一人、入院患者のようなパジャマ姿の女性があらわれたので「どう思う? スゥ」と声をかけた。

 髪が長くて気づきにくいけれど、スゥと呼ばれた女性はノドの辺りに上から下、縦に大きな傷跡があり、声をだせないので「あぅ……、あぅ……」と、呻き声のようなものを上げるばかりだ。

 ホトオリと呼ばれた男は、まったく感情もない様子で「暦戦は、最後に立ってさえいればいいんだ。そうすれば生者にもどるか、次のステージへとチャンスを持ち越すか、いずれにしろメリットを得られる。チャンスとみれば一気呵成、ピンチとみるや撤退もする」

「さっすが、軍師だねぇ」

 チチリにそう言われ、ホトオリはやはり無表情で「暦戦で失敗するような奴は、最初から戦略を練っていないからだ」

「でも、さっきの二つの星宿は、殺しちゃってよかったの?」

「トカキとヌリコなんて、役に立たないよ。もっと役に立つ紫微人なら、仲間に引き入れたいが……」

 そう、まだ足りない。この暦戦を勝ち抜くためのコマ……。ホトオリは他のチームを組んだ奴らから引き抜いてでも、自分たちの力を拡大することを考えていた。できれば弱いチームから、エース級の奴……。例えばタマオノやイナミ、その二つの星宿との出会いを、彼は期待していた。

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