Ep.6 彼《ルディオ》のアイデンティティ ②

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その後、警察によって遺留品の確認が行われたが、男の身元に繋がりそうなものは一切見つからなかった。

男の遺体は病院の霊安室に運ばれた。

明日には無縁仏として埋葬されるという。

シスターは水を含ませた脱脂綿で遺体の唇を濡らすと、両手を合わせた。


「主よ、どうかこの者の魂をぉ、貴方の御元へお導きくださぁい」


シスターは相変わらずのゆっくりとした喋り方で、遺体に祈りを捧げる。

ルディオは彼女の後ろで手を合わせながら、自分の行動を振り返っていた。

教会から感じた強い魔力。

あの魔力に気を取られて、とっさに「教会であれば治癒装置がある」と判断してしまったが、あの判断は正しかったのだろうか。

少し時間をかけてでも病院へ直行していれば、素早く正しい処置が行えて彼は助かったのではないだろうか。

してもしきれない後悔が、ルディオの頭をぐるぐると巡る。

祈りを終えたシスターが、生気に欠けた表情のルディオに声をかける。


「あのぉ、すみませぇん」

「……あ、はい。どうしましたか?」


シスターからの呼びかけにワンテンポ遅れて、ルディオは返事をする。


「よろしければ、教会で少し休んでいかれませんかぁ?」

「というか、教会の掃除をさせてください。俺があの人を運んだから、その責任として」


教会は彼の流した血で汚れているはずだ。


「まぁ、それはありがとうございますぅ。……あ、そういえば、自己紹介がまだでしたねぇ」


シスターはゆっくりと頭を下げる。


「この村の教会でぇ、神にお仕えしておりますぅ。イドラゲアと申しますぅ」

「俺は……」


自己紹介を返そうとして、ルディオは止まってしまった。

自分は、なんと名乗るべきなのか。

ルディオなのか、それとも雲水教化なのか……。

そんなルディオを見かねたのか、イドラゲアは助け船を出す。


「大丈夫ですよぉ。私たちはみんな、神の子供ですからぁ」

「……すみません」


結局ルディオは何とも名乗れないまま、イドラゲアとともに教会へ戻った。


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ルディオは軽トラの運転手に別れの挨拶をすると、教会の礼拝堂にて床やカーペットに流れた血と土埃を掃除した。

丁度、村の住民達が善意で掃除を始めたところだったので、後片づけも含めてスムーズに終わった。

この教会は普段から、シスターであるイドラゲアと村の住民達によって運営されているらしい。

そして掃除の終わった後、ルディオは礼拝堂にぼんやりと座り、正面に鎮座している神を象った偶像を眺めていた。


懺悔という行為がある。

神に対して自分の行った罪悪を告白し、悔い改めることを誓うのだ。

ルディオには告白すべき罪悪が大量にある、はずだ。

《具足戒》のNo.2である、雲水教化として重ねてきた罪悪だ。

しかしその罪悪は、ルディオの中では未だぼんやりとした知識でしかなかった。

どうやら記憶を失う前の自分は雲水教化という罪人らしい、ということを人づてに聞いただけだった。

いざ『告白』となると、そのぼんやりとした知識をどのように神へ語ればいいのか全くわからなかった。

そうやってしばらくの間、何を語るでもなく偶像を眺めていると、イドラゲアが声をかけてくる。


「あのぉ、村の人達が用意してくれたお昼ご飯がありますのでぇ、ご一緒にいかがですかぁ?」

「……ありがとうございます。せっかくですが、食欲がないので」

「そうですかぁ。お腹が空いたら、いつでもおっしゃってくださいねぇ」


そう言ってイドラゲアは、また別の部屋に移動した。

礼拝堂の正面右側にある、大きな扉から出て行って。

きっとあの扉の向こうに、食事を作るためのキッチンや信者同士で集まって話すための集会所などがあるのだろう。

建物の外観からして、教会の敷地面積自体はそう広くないはずだ。

キッチンなどの施設は、恐らく二階にあるのだろう。


イドラゲアが扉の向こうに移動してしばらく経った頃、ルディオはそんな想像を働かせながら自身も扉を開けてみた。

そこには、二階へ続くものと地下へ続くもの、二本の階段が延びていた。

ルディオは階段を降りると、地下室へと続く扉のドアノブに手をかける。

しかし鍵がかかっていたので、ルディオはドアノブをサムライ・ソードで斬り捨てて扉を開いた。


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扉を開いた途端、室内とは思えないような青い香りがルディオの鼻を抜けていった。

そこに広がっていたのは緑色に覆われた一面の畑と、天井から当てられる眩しい照明だった。

栽培されている作物は、見た目では判断できなかった。

トマトやスイカのような果実ではなく、葉っぱとしか形容できない見た目だった。

しかし、こうしてひっそりと世間の目から隠しながら栽培されているという事実から、大体の想像はできた。

率直に言ってこの作物は、違法薬物の原材料に違いない。

ルディオが教会から感じていた多大な魔力は、照明をはじめとした栽培用の設備に消費されているものだったのだ。


「ひぃぃ!! な、なんなんですか貴方!!」


畑で作業していた五人の男女──その中には、先程掃除を手伝ってくれた人間もいた──は、突然現れたルディオを見て怯え、慌てて部屋の隅まで逃げていく。

サムライ・ソードでドアを破壊した挙げ句押し入ってきた危険人物なのだから、怯えるのが当然ではある。

しかしルディオからすれば、善良なはずの住民が違法薬物を育てているという事実の方余程恐ろしかった。


「あんた達、これは一体どういうことだ?」


ルディオがそう詰め寄ると、背後からゆっくりとした声が聞こえてくる。


「あらぁ、いけませんよぉ。鍵を壊したりしたらぁ」


ルディオがその声に振り向くと、声の主はシスター・イドラゲアであった。


「説明してもらおうか。この畑は一体なんなんだ」

「これはぁ、ネクタルっていう植物ですよぉ。とぉっても強いお薬になるんですけどぉ、麻酔や痛み止めに使われるので安心してくださぁい」

「嘘をつくな。医療用なら隠す必要ないだろう」


イドラゲアはこともなげにフフッと笑う。


「お医者様以外にも使いたい人がいるからぁ、親切で売ってあげてるんですよぉ」

「よりにもよって教会の地下で……」

「教会だからこそ、育てられるんですよぉ。《ミティカス教》の教会はぁ、警察でも手出しできない聖域なんですぅ」

「クソみてぇな話だな」

「世間は《具足戒》がこの国で一番強い暴力団だって言いますけどぉ、それは間違いなんですよぉ」


イドラゲアは、左手の白い手袋を摘む。


「この国で一番強い暴力団はぁ、この国で一番信仰を集めてる《ミティカス教》なんですぅ」


そしてイドラゲアは左手の白い手袋を脱ぎ捨てると、その手の甲に刻まれた《黒いバジリスク》のタトゥーをルディオに見せつける。

それは《具足戒》の幹部肆卍奇士の証である。


「だからぁ、《ミティカス教》と《具足戒》の両方で地位のある私はぁ、とぉっても強いんですよぉ」

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