Ep.6 彼《ルディオ》のアイデンティティ ①
首都・テルースはその土地すべてが綺麗に整備され、都市として発展している。
……とルディオは想像していたので、軽トラが鬱蒼と茂る森の中に突入したときは少し驚いた。
ただ、森の中と言っても道はきちんと舗装されているし、距離としてもそう長いものではないらしく、数分走ると作物の生い茂る広い畑が見えてきた。
「もうすぐリトホロ村ですよ」
軽トラの運転手はルディオにそう話す。
国内最大の
移動手段としてヒッチハイクを選んだことには、彼なりの理由がある。
彼が《具足戒》に狙われていることと、《具足戒》を狙っていること。
エフェソスに辿り着いたときと同様、《具足戒》は組織の
であれば、公共交通機関を使うよりもヒッチハイクの方が向こうとしても案内しやすいはずだ。
一般人の車よりも先にルディオを乗せればそれで済むのだから。
今乗せてもらっている軽トラの運転手にしても、本当に一般人か怪しいものだ。
いっそのこと堂々と「《具足戒》の者です。案内します」と名乗り出てもらえればルディオとしては楽なのだが……向こうとしてはルディオを罠にかけるつもりなのだ。先にネタばらしする理由もない。
いずれにせよ、この先のリトホロという村に《肆卍奇士》最後の一人が待ちかまえているかもしれない。
ジーナ抜きで倒せるかどうかわからないが、倒さなくてはならない。
ルディオは自分の正体が、《具足戒》の
そんな自分がジーナの傍にいるわけにはいかない。
しかし、《具足戒》がジーナを狙っている以上、戦いを避けることはできない。
自分一人で倒さねば。
そんな決意が、ルディオの頭を支配する。
その思考は……ふと目に入ったショッキングな光景によって途切れる。
「止めてください!!」
ルディオがそう叫ぶと、軽トラの運転手は急ブレーキをかける。
「一体どうしたんですか!?」
「人が倒れています!! 血を流していた!!」
ルディオは軽トラの運転手とともに降車し、倒れた男性の元に駆け寄る。
車で走りながらだと出血箇所までわからなかったが、その男性は腹から血を流していた。
その右手には、血塗れのナイフ。
状況からして、割腹自殺を図ったものと思われた。
その顔は青ざめているが、まだ微かに息はある。
「すみません、荷台借ります!!」
ルディオがそう言って彼を抱えると、その腕にあるものを見つけた。
それは、いくつもの注射痕。
その痕が、彼が自殺を選んだ理由を物語っていた。
彼は、薬物中毒者に違いなかった。
薬物の幻覚に追いつめられた末、割腹自殺を図ったのだ。
そういった違法薬物の流通には、大抵暴力団が絡んでいる。
とすると、この人もまた《具足戒》……引いては、その大幹部である自分の被害者なのではないか。
そんな自分が、彼を救っていいものだろうか。
ルディオは脳裏に過ぎったそんな考えを一瞬で振り切って、軽トラの荷台に彼を乗せる。
自分がどんな人間であったとしても、目の前で死にかけている人間を救わない理由はないはずだ。
割腹自殺を図った男を荷台に乗せると、ルディオは軽トラでリトホロ村に向かう。
それにしても……とルディオは考える。
二日連続で自殺を図った人間に出会うとは、全くの予想外だった。
しかしルディオにとってこれは、単なる偶然として受け止められるものではなかった。
昨晩の自殺未遂者は、借金に追いつめられた末に重い呪いを受けた売春婦だった。
彼女は間違いなく《具足戒》の被害者だ。
そして薬物中毒で割腹自殺を図った男も、恐らく同じだ。
自分の重ねてきた罪を突きつけられているのだと、ルディオはそう感じざるを得なかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
軽トラはものの数十秒で、畑に挟まれた道路を抜けて村に到着する。
リトホロに近づくにつれてルディオは、日常生活では使わないほど大きな魔力の発露を感じていた。
その発露を感じる場所は、村の入り口付近にある《ミティカス教》の教会だ。
教会であれば、治癒装置があるはずだ。
「俺がこの人を教会に連れて行くんで、医者を呼んできてください!!」
村に着くなり、ルディオは軽トラの運転手にそう言って降車すると、荷台の男を抱えて教会の扉を開く。
「すみません、怪我人です!!」
礼拝堂で花瓶の手入れをしていたシスターは、ルディオの言葉に驚いて振り向く。
「治癒装置を持ってきますぅ。少し待っていてくださぁい」
白い修道服に身を包んだ銀髪のシスターは、驚いている割にはゆっくりとした喋り方であった。
彼女は走って別の部屋に移動するが、その速度はあまり速いものではなかった。
ルディオは焦るが、自分自身は治癒装置の場所も、その使い方も知らないのだ。
しかし、待っている間にも怪我人はどんどん出血して死に近づいている。
シスターが装置を持ってくるまでに出来ることはないかと考えたルディオは、魔法での止血を試みる。
血液を操るのは水属性の高等魔法……というのはジーナから聞いた話だが、ルディオにはそれができた。
できる理由はわからなかったが、今思えばそれはルディオの正体である教化の力なのだろう。
教化という男は、地位としては《具足戒》のNo.2だが、戦闘におけるその実力は裏社会でもトップだったという。
高等な魔法が使えてもおかしくはない話だ。
「くっ……」
ルディオは大きく割けた男の腹に手をかざして力を込めるが、何も起こらない。
戦闘から離れると、ルディオはろくに魔法を使えなかった。
その理由は未だにわからない。
結局ルディオが男の怪我に対して何もできないでいると、シスターが治癒装置を持ってきた。
「それじゃあ回復しますねぇ」
そう言ってシスターは、ゆっくりとした動作で治癒装置を使い男の怪我を手当てする。
治癒装置はその名の通り、回復魔法を使うための装置だ。
片手で持てる大きさをした箱型の本体から、ケーブルが延びている。
そのケーブルの先端にある、聴診器のような小さい円盤を患部にあてると回復魔法がかけられる……というものである。
シスターが白い手袋をはめた手で男の腹に魔法をかけていくと、その傷口は塞がっていく。
が、男の顔色は青ざめていく一方であった。
「すみませぇん、お医者様を呼んできてもらえますかぁ」
「それは大丈夫です。もう呼んでもらってます」
ルディオがシスターにそう説明したしばらく後に、白衣を着た男が教会に入ってくる。
「診せてください!!」
そう言って医師は男の服を引き裂き、傷口が塞がっていることを確認すると、植物の種を青紫色になった男の口に含ませた。
先の戦いでトリアンフィが使っていたような、木属性魔法による薬効の再現なのだろう。
そして治癒装置を、心臓のある左胸あたりに使用する。
そういった処置をいくつか行ったのち、医師は男の脈拍と呼吸を確認し、白衣の内ポケットから懐中時計を取り出す。
「11時47分、ご臨終です」
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