Ep.5 女衒の薬指 ①
「おおぉぉ!! 夜の街もなかなか綺麗なものですね!!」
首都・テルースの中心地まで続く路面鉄道の中、ジーナは窓の外の光景に夢中になっていた。
「鉄道が緊急点検で夜まで乗れないとなったときはガッカリでしたが、これはこれで素敵ですね!!」
《具足戒》の刺客・伏魔殿との戦いの翌日。
ルディオとジーナは疲れた身体を一晩休め、昼頃に路面鉄道に乗り首都の中心部まで一気に向かう……つもりだったのだが、緊急点検により夜まで待つ羽目になった。
「それにしても、昼から点検して夜までかかるなんてどうしたんでしょうね」
「長い点検は珍しいのか?」
「少ない……らしいです。ラジオとかの聞きかじりですけど。都市と都市を結ぶ鉄道はモンスター事故があるから結構止まるんですが、路面鉄道は都市の内部を走ってるだけだから……という話です」
都市の内部であれば結界によりモンスターから守られているため、事故の頻度が低くなるのも頷ける話だ。
「不運だったな……今日中に中心部まで行くのは無理だろ」
「ですね。途中で降りて宿屋をとりましょう」
二人がそんな計画を立てていると、鉄道は突然ガタンと停止した。
「おぉぅ!!? 何事ですか!!?」
まばらな客がざわつき出す。
しばらくすると、乗務員が前の車両からやってきてお詫びを述べ始める。
「誠に恐れ入りますが、本車両は不具合により緊急停止致しました。復旧の目処は立っておりませんので、順番に降車のご案内を致します」
車内からはため息や不満の声があがる。
「うわぁ……今日はとんでもない不運ですね」
「仕方がない。今日は近くの町に止まろう」
「それにしても、降ろすことないと思いませんか!! 電車の中に泊まるのも楽しそうなのに!!」
「俺は普通にベッドで寝たいな……」
* * * * * * * * * * * * * * *
ルディオとジーナは乗務員の指示に従って電車を降りると、線路に沿って最寄りの駅まで少し歩いた。
(線路の上を歩けたので、ジーナはご機嫌になった)
たどり着いた最寄り駅はエフェソス駅。
解説するまでもないが、エフェソスというのは町の名前だ。
駅を出てエフェソスへと降り立つと、甘い香水の匂いが二人の鼻腔をくすぐった。
町のそこかしこに、ドレスを着た女性が見える。
「わ~、華やかですね。パーティーでもあるんでしょうか」
男性と連れだって歩いている女性もいれば、何かの店の前で待ち合わせているような女性もいた。
「あれ、あそこのカップル、女の人はドレスなのに男の人は普段着ですね……」
前を歩いている年輩の男性と若い女性の二人連れは、二人の着ている服装の方向性がアンバランスだった。
「……あの店の前に立ってる人、待ち合わせにしては色んな男の人に声をかけていますね」
声をかけられた色んな男性のうち一人が、女性と一緒に店の中に入っていく。
観察していくうちに、ジーナはこの町の実態に気がついた。
ジーナは顔を赤くし、恥ずかしがりながら恐る恐る尋ねる。
「ルディオさん……その、ここはいわゆる、色町なのでは……?」
「だろうな」
色町とはざっくりいえば、売春宿の集まった町だ。
「あーっ!! ルディオさん、知らないこと沢山あるのに色町は知ってるんですか!! コラッ!! いけませんよ、もーっ!!」
「誘導尋問はやめろ!!」
「別の町に行きましょう!! なんなら野宿でもいいです!!」
ルディオはしばらく考えて、応える。
「……いや、この町にいた方がいいかもしれない」
「なんですって!!? ルディオさん、そういうことは!! 私に気づかれないように真面目な用事があるフリをしてひっそりとやってください!!」
「そうじゃない!! ジーナ、色町って大抵は裏に暴力団がいるものじゃないか?」
「……あ!! え、じゃあ電車が故障したのって」
「……《具足戒》が手引きした、と考えた方がいいだろうな」
二人を自分達の縄張りに引き入れるため、鉄道に細工をしたり裏で乗務員と取引をしたりする可能性は十分あった。
「でも、だったら尚更町の外に出た方がいいんじゃ」
「外に出ただけで諦めてくれるならその方がいいが……向こうはそのパターンも想定してるだろう」
「それにしても、町の中を選ぶ理由はなんですか?」
「この町が連中の資金源だとすれば、そんな場所で従業員や客を巻き込むような無茶をするとは思えない。町の外の方が、周囲を省みない無茶な攻撃を仕掛けてくる可能性が高い」
「確かに……」
「もっとも、町の中の方が罠を仕掛けやすいっていうメリットはあるが……何か大きな魔力の発露は感じるか?」
「いや、特にないですね」
日常生活を超えるレベルの魔法が身近で使われれば、ルディオもジーナもそれを感じるはずだ。
「だったら、今のところは安全なんだろう」
「じゃあ、今日はここに泊まった方がいいですね」
「もっとも、ゆっくり眠れる保証はないがな……」
「とりこし苦労であることを願います」
二人が周囲を警戒しながら歩いていると、突然大通りに叫び声が響く。
「きゃあああああああ!!!」
女性の悲鳴だ。近くの宿屋の一階から聞こえてきたようだ。
「ル、ルディオさん!!」
「とにかく行くぞ!!」
これが《具足戒》の罠という可能性も捨てきれないが、それを警戒して助けられるものを見捨てたのでは元も子もない。
ルディオとジーナは、声の聞こえた一室の窓に近づく。
「誰か、誰か来て!!」
部屋の内側から助けを求める女性の声が聞こえてくるが、カーテンに阻まれて窓の外からでは事態がわからない。
ルディオは窓を叩き割り、ジーナとともに無理矢理乗り込む。
「大丈夫か!!?」
そこにいたのは……自殺のため首を吊った寝間着の女性と、必死になって彼女を縄から降ろそうとするドレス姿の女性だった。
ドレスの女性は慌てふためきながら首を吊った女性を持ち上げるが、縄から降ろすことができない。
「クソッ!!」
ルディオは腰に携えたサムライ・ソードで縄を切断すると、首を吊った女性を支え、その場に横たえる。
「診せてください!!」
ジーナは横たわった女性のもとに駆けつけ、回復魔法をかける。
「大丈夫です!! まだ生きてます!!」
「よ、よかった……」
ドレスの女性は、安堵感でその場にへたり込む。
「あの、申し訳ないんですが誰か呼んでもらえますか!!」
「あ、は、はい!!」
ジーナに頼まれ、ドレスの女性は慌てて部屋を出ていく。
「一体、なんでこんなことを……」
「……まぁ、こんな町だと色々あるんだろうな」
ここが色町である以上、この女性は売春婦である可能性が高い。
肉体的にも精神的にもストレスが溜まりやすいうえ、重い事情を抱えている人間の多いの仕事だ。
自殺を選ぶほど追いつめられるのは、不思議ではなかった。
数分経った頃、回復魔法を受け続けた女性が息を吹き返した。
「……げほっ、ごほ」
「よかった……!! あの、大丈夫ですか?」
その時、ドアが勢いよく開かれた。
「姐さん!! ここです!!」
そう言って先程のドレスの女性が連れてきたのは、黒いドレスを身にまとった、長く黒い髪の女性だった。
黒いドレスの女性はすらっとした長身で目を引く美人だったが、その美しさはどこか、華やかさよりも儚さを感じさせた。
彼女は、ジーナに代わって自殺未遂の女性を抱き抱える。
「わたくしの顔は、おわかりになりますか?」
そう尋ねられた自殺未遂の女性は心ここにあらずという態度だったが、しばらくすると黒いドレスの女性に抱きつき、泣き始めた。
「ね、姐さん……!! すみません、私、本当に、ごめんなさい……!! ごめんなさい……」
「謝ることなどありませんわ……。わたくしの方こそ、貴女が苦しんでいるのに気づかなくて、ごめんなさい……」
黒いドレスの女性は子供をあやす母親のように、自殺未遂の女性の頬を優しく撫で続ける。
しばらくすると、彼女は泣くのをやめて静かになり、寝息を立て始めた。
黒いドレスの女性は、彼女をそっと横たえると、ルディオの方を向く。
「心より感謝いたしますわ、うちの子を助けていただいて……」
そう言ってルディオの姿を見ると、黒いドレスの女性はハッとして動きをとめた。
「……」
「あの、どうしました?」
ジーナに尋ねられて、黒いドレスの女性は気がつく。
「あ、いえ、なんでもありませんわ……申し訳ございません」
黒いドレスの女性は立ち上がり、改めてルディオに向き合う。
「えっと、助けていただいて……本当に……」
「あ、ジーナと言います!」
挙動不審な彼女を見かねて、ジーナが自己紹介をする。
「……ルディオです」
ルディオも合わせて名前を名乗る。
「そう、ルディオ……さん」
黒いドレスの女性は噛みしめるように名前を口にする。
「その方は大丈夫そうなので、俺達はもう行きますね」
そう言って去ろうとするルディオに、彼女は慌てて声をかける。
「あの!! 本当に申し訳ないのですが……この子をわたくしの部屋まで運ぶのを手伝っていただけませんか?」
眠っている人間を運ぶのは重労働だ。確かに、女性二人では荷が重い。
「……そうですね、構いませんよ」
手伝ってくれる男性従業員もいるのでは……とも思ったが、そんな冷たい提案をすることもない。
それに、ルディオの中には一つの推測があった。
ルディオは眠っている女性を両腕で抱える。
すると、彼女のうえにコートがかけられた。
「あの、これ私のコートだから」
最初に彼女を助けようとした女性はそう言うと、ルディオに頭を下げる。
「この子のこと、お願い」
「わかりました」
そういってルディオは会釈をすると、黒いドレスの女性の案内に従って部屋を出ていく。
「あの、ところで貴女は一体……?」
ジーナが黒いドレスの女性に尋ねると、何故か彼女はルディオを見つめながら口開く。
「わたくしはこの一帯の店を管理している者で、名前は……トリアンフィ、ですわ」
トリアンフィは、一言一言ルディオの反応を確かめるように言葉を発する。
「トリア、と呼んでくださいまし」
「この一帯の店を……トリアさん、偉い人なんですね」
「トリアンフィさん、ここから貴女の家まではどのくらいかかるんですか?」
「……え、ああ、家ではなく仕事で使っている事務所ですが、歩いて数分で着きますわ。申し訳ありません、急だったもので車の手配もできてませんの」
「いえ、数分だったら歩きましょう」
「ところで、その……お連れ様の方は……」
トリアンフィは、ジーナをちらっと見て言う。
「お宿でお休みになられても……わたくしが手配致しますわ」
遠回しに、ジーナをルディオから遠ざけようとしているような言葉だ。
ルディオはジーナに目配せする。
誰が《具足戒》の刺客かわかったものではない。
この状況で、離れるべきではない。
「すみません、お邪魔かもしれませんが、何分土地勘がないものですから……できれば同行したいです」
ジーナが恐縮しながら告げる。
「……かしこまりましたわ」
トリアンフィは微笑みながらそう返すが、その雰囲気はやはりどこか儚かった。
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