Ep.4 魔の伏す横綱 ②

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その後ルディオとジーナは、先程彼女の行きたがっていたレイン・ドロップのショップに行った。

中をざーっと見て回る程度なら数分で事足りそうな広さの店だったが、ジーナはいちいち商品に反応して可愛いとはしゃいだり解説をしたりするので、二時間ほどかかってしまった。

ジーナの解説はお洒落に疎いルディオにはわからないところも多々あったが、彼女が楽しいならいいことなのだろうと感じた。

ちなみに、散々悩んだ挙げ句にジーナが買ったのは、シュシュというふわふわした髪留めだ。

髪の長くないジーナは、それをブレスレットとして身につけた。

本当は服やバッグを買いたかっただろうに、予算や動きやすさを考えてよく我慢してくれたものだとルディオは感心した。


その時点で夕方だったので、もう銭湯に行ってもいいか……とルディオは思ったのだが、ジーナに引っ張られて1時間だけ映画を見ることになる。

映画とは、動いて音の出る白黒の写真……みたいなものという話はルディオも聞いていたのだが、実際に見てみるとその迫力に驚かされた。

鉄道が迫ってくる映像が映し出されたときは、本当に飛び出してくるんじゃないか……と身構えてしまい、ジーナに笑われた。


この日見た演目は、ニュースとカートゥーン。

次元を超えて突如現れた大量のワーウルフに襲われて、結界の魔力供給が追いつかなくなり一つの村が壊滅した……というニュースを見たとき、ルディオの心はざわついた。

最近は何故か次元の壁が不安定で、そのおかげでドラゴンを召還できた……というのは、ルディオの魔力を奪った日に、クローネの言っていたことだ。

次元の壁が不安定になる理由などルディオには到底想像もつかないが、その不安定さのせいでこの世界が危険に晒されているのは確かだ。

カートゥーンは、写真ではなくイラストを動かした作品だ。

二足歩行のネズミが船を運転する作品で、ジーナは大層気に入っていた。


「でも、映画はやっぱり長編作品が醍醐味だと思うんですよね~!!」


映画館から出たジーナは、ルディオにそんな話をし始める。


「ニュースみたいに、現実の出来事を記録して流すんじゃなくて、1、2時間の物語を組み立てて撮影するんです!!」

「へぇ、それは面白そうだな」


ルディオは鉄道が迫ってくる映像のインパクトを思い出しながら、あれで作品が作れるなら確かに観てみたいと思った。


「面白いですよ!! 是非是非行きましょう!!」

「それにしても……この町の魔力の消費量はすごいことになってるんだろうな」


空がすっかり暗くなった代わりに、大量の街灯が大通りを照らしていた。

沢山の人々が集まり、町が発展し、様々な施設が出来る……ということは、その分消費されるエネルギーも馬鹿にならないはずだ。


「一日にモンスター何体分の魔石を使ってるんだ……?」

「いえ、この町は魔石を使ってませんよ」


予想外の回答に、ルディオは困惑する。


「魔石を使わず、どうやってこれだけの施設を動かしてるんだ……?」

「魔石よりも遙かに大量の魔力を生み出す機関があるんですよ。《エルフの心臓》っていうんですけど」

「エルフの……心臓?」


エルフという単語も聞いたことがないし、心臓というのも少し不気味だ。


「エルフはわからないが……心臓っていうのは、都市の心臓部、みたいな意味か?」

「いえ、ほとんどそのまんまの意味で、『エルフ』っていうモンスターの命を使ってるから《エルフの心臓》っていうらしいです」

「そのエルフっていうモンスターは何か特別なのか?」


魔力の高いモンスターと聞けば、ルディオの頭にはドラゴンなどが思い浮かぶが、それで代替にならないとすればどれだけ強大なモンスターなのだろうか。


「詳しいことはわからないんですよね……200年も前に絶滅してますし」

「200年前……? もしかして、200年ずっと魔力を産み出し続けてるのか?」

「はい!! 永久に稼働できると言われてます!!」


これだけの都市を、200年。

ルディオは魔力について詳しくはないが、どんなに巨大なドラゴンの魔力でもこれだけの都市は1日も維持できないに違いない。

しかしエルフの魔力は--一つの都市につき何体使うのかは知らないが--200年も稼働して都市を維持しているのだという。


「どれだけとんでもないモンスターなんだ、エルフっていうのは……」

「イラストでしか見たことありませんでしたけど、結構可愛かったですよ。大きさも人間くらいしかなかったらしいです」

「そうなのか?」


ルディオはてっきり、超巨大なモンスターなのかと思いこんでいた。


「本に描かれていたのは、ウサギさんみたいな見た目でした。耳が長くて尖ってて」

「耳が……」


耳が長く尖ってる、と聞くと、ルディオはどうしてもジーナやクローネを連想してしまう。

しかし、失礼なので心の中にとどめておこう。


「ちょっと親近感湧くんですよね~。私の耳も長めですし」


と思ったら、ジーナは自分から言った。


「しかし、それだけのモンスターが絶滅したのか……」

「《エルフの心臓》を生み出すために、狩りすぎたのが原因らしいです……。都会を楽しんでる私が言うのもなんですが、ひどい話ですよね」


そういうとジーナはその場で合掌して目を瞑る。


「都市を支えてくれているエルフさんに、お祈りを捧げましょう」


ルディオもそれに合わせて祈りを捧げる。


「……さて、それじゃあ銭湯に行きましょうか!!」

「そうだな」


そう言って二人は歩き出したが、少し歩くと周囲のざわめきに気がついた。

多くの人間が、上空を見上げて怯えている。


「……なんなんでしょうか?」


ルディオとジーナが同じように見上げると、そこには白くて丸いものがあった。


「月……じゃないですよね」

「あれは……白い、ドラゴン?」


それは、白いドラゴンの頭だった。

次元の裂け目を通り抜け、こちらの空にぶらさがった、白いドラゴンの頭だった。

頭だった……が、白い領域は空にどんどんと広がっていき、ドラゴンとしての全貌を露わにしていく。

その白いドラゴンは、力を全く失っているように見えた。


「いや、でも、結界があるからとりあえずは大丈夫なはずだよな……?」

「いえ……あれがもし死体なら、魔力をなくしているなら……落ちてきます!!」


その言葉はすぐに現実のものとなる。

白いドラゴンの死体は、次元の裂け目からずるりと落ちてくる。


「ジーナ!!」

「はい!!」


ジーナは粒子化して、ルディオに憑依する。

これによりジーナの魔力はルディオに与えられ、ルディオは通常よりも遙かに高い力を発揮する。

そしてルディオはドラゴンの死体の落下地点を目測し、その付近にある五階立てのビルの壁を垂直に駆け上った。


「うおおおぉぉぉぉ!!!」


そして屋上まで到達したところで、ドラゴンの死体が落ちてくる。

ルディオの目測通り、それは目の前に落ちてきた。

そして、その背に生えた翼を掴んだ。


「ぐっ……!!」


しかし、全長10mはあろうという巨体を、握力だけで捕まえ続けるのは無理があった。

一度は落下を止めたその死体が、ルディオの手からずるりと離れていく。


「くそぉッ!!!」


そして再び落ちていくドラゴンの死体。

突然の事態に、まだ逃げ遅れている人もいる。

このまま道路に落ちれば被害が出る……とルディオが逡巡したその瞬間、


「ふんんんぬぅッ!!!」


というかけ声が聞こえた。

そのかけ声と同時に、ドラゴンは道路に落下……していない。

ドラゴンが人々を潰し、道路を割ってしまうその手前で、何かがドラゴンの死体を支えていた。

逃げ遅れていた人々や車が、ドラゴンと道路の間の空間から次々と出てくる。


「これは一体……?」

「と、とにかく降りてみましょう!!」


ルディオとジーナが飛び降りると、そこにいたのはドラゴンの死体を両腕で支える――横綱・伏魔殿だった。


「ふ、伏魔殿!!? え、ええ!!?」


思いも寄らぬ有名人の登場に、パニックになるジーナ。

その気持ちは、ルディオも同じだった。


「すまん、みんな早いとこどいてくれぇ!! 腕が痺れてきたわ!!」


人々が離れて出来た広いスペースに、伏魔殿はドラゴンの死体をドーンと落とす。

その瞬間、周囲は彼を讃える大歓声に包まれた。


「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


スモウ・レスリングで勝利したときはブーイングも混じっていたが、今度こそ正真正銘、100%の賞賛だった。


「がっはっは!! こりゃあますます人気者になってしまうのぉ!!」


観衆の声に手を振って応える伏魔殿。


「皆の衆、直に警察と猟友会ギルドが来るはずじゃあ!! 道路を開けてくれんか!!」


伏魔殿の呼びかけに応えて、観衆が道をあけていく。

伏魔殿はルディオとジーナを見ると、にこっと笑いかける。


「すまんのぉ、美味しいところを持っていってしもうた」

「いえ、俺達は結局落としてしまったんで」

「なに、おんしらが止めてくれんかったら、わしも間に合わんかった。わしからも感謝させてくれ」

「そ、そんな!! お礼を言うのはこっちの方ですよぉ!!」

「しかしまぁ、このドラゴンのせいで汗をかいてしもうたな。どうじゃ、ひとっ風呂浴びにいかんか?」

「えええええ!! 丁度私達、銭湯に行くところだったんですよ!! 是非是非!!」


奇妙な偶然で、伏魔殿と一緒に銭湯へ行くこととなった。

ジーナはともかく、ルディオは風呂の中でも同行することになる。

今日ファンになったばかりとはいえ、緊張してしまう。


「警察に諸々を聞かれるのも面倒じゃ!! ちと走るぞ!!」


ルディオとジーナは伏魔殿とともに、人混みのごったがえす大通りを駆け抜けた。

そして、銭湯のある通りに入ったところで再び落ち着いて歩き出す。


「ところで二人とも、今日は巡業に来てくれて感謝しとるぞ!!」

「え!! 私達のこと覚えてるんですか!!」

「がっはっは!! こんな可愛いお嬢さんのこと、そうそう忘れんわい!!」

「うわーっ!! 可愛くてよかった!!」


そう言いながらも伏魔殿の目は、ちらちらとジーナの耳に向いていた。

やはりジーナの耳は印象に残る、というだけなのだろうか。


「そういえば、まだ名前も聞いとらんかったな!! わしはご存じ、横綱の伏魔殿じゃあ!!」

「ジーナです!! 私、ジーナって言います!!」

「ほほぉ、ジーナ!! よぅ似合っとる!! そちらのおサムライさんは!!?」

「ルディオ、って言います」

「いやぁカッコいい名前じゃ!! 伏魔殿の次にカッコいい!!」

「番付二位ですよ!! やりましたね!!」


そんな会話をしているうちに、目的の銭湯に到着した。


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「ルディオは銭湯、初めてなんかぁ!!」


脱衣所で全裸になったルディオは、伏魔殿と隣り合って歩く。

そして風呂場の扉を開けると、そこには真っ白な大理石を基調とした、古いお城風の光景が広がっていた。


「まずはそこで湯を浴びてな、身体をしっかり洗ってから入るのがマナーじゃ!!」


ルディオは伏魔殿の助言通り、滝のように流れっぱなしのお湯を桶で受け止め、それで身体を流す。

そして、鏡の前に座って石鹸をとり、垢擦り用のタオルで身体を洗っていく。


「おんしらは、旅をしとるんか?」

「あ、はい。まだ、二週間程度ですが」

「何ぞ目的はあるんか?」

「ジーナの双子の姉妹がまぁ、行方不明でして……それを探すのが目的です」

「ほぉ、あの子に双子の姉妹が……。その子も、やっぱり耳が尖っとるのか?」

「はい。理由はわからないそうですが、二人とも」

「ふむ……耳の尖った子は、二人いるわけじゃな」


その言葉に、妙な含みがあるようにルディオは感じた。


「じゃあ……先に風呂、つかっときます」

「ああ!! そうしとくれ!!」


伏魔殿は身体がデカいうえに、結構髪が長い。

伏魔殿も含め、全スモウ・レスラーは『髷』という髪型を作っていた。

頭の上で髪を結う『髷』はスモウ・レスリング伝統の髪型なのだが……そのスタイルを維持するためには、そこそこ長髪でなければならないようだ。


ルディオは銭湯の中でも、屋内にあった一番大きな風呂を選んで入湯する。

広い湯船に浸かると旅の疲れが溶けていくようだった。

壁に大きく描かれた雪山の風景画も、ルディオの心を癒した。

しかし、これだけ心地よい空間でもルディオの緊張はとれなかった。

それは、伏魔殿の存在が原因だ。

有名人だからどう接して良いか迷っている……というだけではない。

伏魔殿には、どこか心を許してはいけない雰囲気があった。

それが具体的にはなんなのか、まだわからないが。

そんなことを考えていると、身体を洗い終えた伏魔殿がやってくる。


「どっこいしょおッ!!!」


伏魔殿がその巨体をざぶんと湯船につけると、広い風呂からお湯が大量に溢れ出す。


「がっはっは!!! いやぁ、いい湯じゃなぁ!!!」


伏魔殿は豪快に笑いながら、思いっきり身体を伸ばしてくつろぐ。


「どうじゃルディオ、銭湯は気に入ったか!!」

「ええ、とても。伏魔殿さんはよく来られるんですか?」

「そうじゃな!! ただまぁ、部屋の連中と一斉に行くと流石に狭くなるからのぉ!! 仲のいいツレと三人で行くことが多かったな!!」

「へぇ、それはいいですね」

「ただまぁ、そのツレは身体にタトゥーが入っとったからな。カタギの人間は怖かったかもしれんのぉ」


それはまるで、自分がカタギの人間ではないかのような言い方だ。


「……そのお友達は、どこにどんな模様のタトゥーを入れていたんですか?」

「そいつはなぁ、うなじに《黒いバジリスク》のタトゥーを入れておったのぉ」


そういうと伏魔殿は、すっくと立ち上がる。

湯船のかさが減るのを、ルディオは身体で感じる。

立ち上がった伏魔殿の後ろ姿……土俵の上ではまわしの下に隠れているその腰には、《黒いバジリスク》のタトゥーがあった。

ルディオのうなじにあるものと、全く同じデザインの。


「……ルディオ、おんしは何者じゃ?」

「……さぁ? 自分でもよくわかってないんです」


ルディオは立ち上がり、銭湯の高い壁を見る。

男湯と女湯を隔てるための壁だ。

そして、壁の向こう側に呼びかける。


「ジーナ!! 風呂を出るぞ!!」

「えええーっ!!? 何言ってるんですか!! 私まだ入ったばかりですよ!!」


壁の向こう側から、ジーナが驚きの声を上げる。


「《黒いバジリスク》のタトゥーをした男が見つかった!!」

「え、は、えええーっ!!? そんなすぐに見つかることあります!!??」

「俺も驚いてる!!」


今思えば、レストランの店主が《黒いバジリスク》のタトゥーに見覚えがあるかもしれないと言っていた話。

あれも、相手が伏魔殿という有名人だからこそ記憶に残っていたのだろう。

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