Ep.4 魔の伏す横綱 ①

「到着しましたよ!! 首都・テルース!!」


バスから降りた途端、ジーナは上機嫌にはしゃぐ。

憧れの大都会・テルースに到着したのだから当然ではあるが。


「といっても、この町・アポリオはテルースの中じゃ端っこなんですけどね!! それでも道路はばっちり綺麗に舗装されてるし、五階立てくらいの高い建物もそこかしこにありますし、いよいよ都会に足を踏み入れたって感じですね~!!」


ジーナは辺りをきょろきょろと見回し、一つの看板に注目する。


「あっ!! 向こうに路面鉄道があるみたいですよ!! あれに乗れば都市の中心部までそこそこの速さでびゅーんと行けますよ!!」


ルディオも、ジーナの指し示す看板を確認する。


「なるほど……じゃあ、あれに乗っていけばいいわけだな。確か、ガン・スミスも中心部にあるんだよな」


ルディオのスーツを仕立てた店である、ガン・スミス。

そこがルディオのルーツを探る手がかりであり、現時点での一番具体的な目的地である。


「う~ん、それはそうなんですが……今日のところはこの町を回ってみませんか?」

「それはまぁ、構わないが……」

「クロネちゃんがテルースに来ていたとして、もしこの町を通ってたらかなりの収穫だと思うんですよね」

「確かに……そうなればルートが絞れるな」


首都に入り、その中心部に向かうルートはいくつもある。

もしクローネが同じ町に来ていたなら、その後の足取りも掴みやすい。


「それに、こんな賑やかな町をスルーしてちゃバチが当たりますよ!! ルディオさんお昼は何が食べたいですか!!?」


そう言いながらジーナは町の中にとてとてと駆けていく。

ルディオは少し呆れながらも、ジーナの後についていった。


「クロネちゃんを見てないか聞きこんで、ルディオさんのタトゥーのことも聞いてみて、そのついでにお店を探しましょう!!」


聞き込みの方がついでにならなければいいが……とルディオは少し不安だった。


* * * * * * * * * * * * * * *


「この模様ですか? うーん……こんな感じのタトゥーをどこかで見たような……」

「本当ですか!?」


ジーナとルディオはアポリオにて、二件の聞き込み調査をしていた。

一つは、ジーナの双子の姉妹であるクローネの探索。

「私と同じ顔の人を見ませんでしたか?」とジーナが尋ねることで情報を集めていたのだが、現時点で成果は0だ。


もう一つは、記憶を失ったルディオのルーツの探索。

同じ顔を手がかりにできるクローネの件と比べて、こちらの手がかりは非常に曖昧だ。

ルディオのうなじには特徴的な《黒いバジリスク》のタトゥーが入っているので、それが『何か』のシンボルを示している『かもしれない』。

そんな頼りない推測のみで動いているにも関わらず、ルディオのタトゥーはあっさりと探索を前に進めた……かもしれない。

ジーナはルディオのタトゥーをスケッチして、町行く人々に見せて回ったが、たった五人目──昼食のために訪れたレストランのマスター──で、見覚えがあると言われたのだ。


「いや、なんとなく見た気がするってだけなんですがね」


正直望み薄だと思っていたのに、あっさりと自分のルーツにたどり着けるかもしれない。

ルディオは逸る鼓動を押さえながら、マスターに尋ねる。


「どこで見たのか、覚えてませんか?」

「うーん、そこまでは……」

「銭湯とかじゃねぇか?」


マスターが答えあぐねていると、ルディオの隣に座っていた常連らしき客が声をかけてきた。


「あー、そうかもしれませんね」

「タトゥーなんて普段はじろじろ見ねぇけどよ、銭湯とか行くとどうしても目に入っちまうだろ」

「なるほど、確かに!!」


二人の会話を聞いて、ジーナは合点がいったらしい。

が、ルディオはいまいちピンと来ない。


「銭湯とは……?」

「公共浴場……簡単に言えば、色んな人が利用できるおっきいお風呂です!!」


ジーナがルディオに解説する。


「確かに……そういう施設なら服に隠れたタトゥーも見えるな」

「ルディオさん、行きましょう!! 今日行きましょう!!」


ジーナはタトゥー云々以前に、銭湯という施設そのものに関心がありそうだった。


「大きい町の銭湯、一度行ってみたかったんですよね~。ジャグジーに熱湯風呂にサウナにフルーツ牛乳……。あっ!! 男湯がどんな感じだったか後で教えてくださいよ!!」

「いや、人を探すのに風呂を楽しんでたら本末転倒だろう」

「むしろ逆ですよ!! 色んなお風呂に入って色んな人を確認しなきゃ!!」

「それは一理あるが……」

「百理はあります!!」

「どんな計算だ」

「ハッハッハ!! 嬢ちゃん、のぼせねぇように気をつけなよ!!」


常連らしき客が助言してくる。


「水風呂にも入るので大丈夫です!!」

「それじゃあ今から銭湯に行くか?」

「う~ん、銭湯って多分、夜の方が人多いですよね?」


現在はまだ昼だ。

ジーナは隣の客に尋ねる。


「ああ。今の時間だとそんなに人もいないだろうな」

「じゃあ、しばらく時間を潰しましょう!! ごちそうさまでした、美味しかったです!!」


ルディオとジーナは会計を済ませて、町を歩くことにする。


* * * * * * * * * * * * * * *


「ウワーッ!! 見てくださいルディオさん、レイン・ドロップのショップですよ!!」


珍しい店が沢山あるようで、ジーナはことあるごとに歓喜の声をあげた。

おのぼりさん丸出しでルディオは少し恥ずかしかったが、ジーナが楽しいなら結構なことなので止めはしなかった。


「それは有名なブランドなのか?」

「それはもう!! 十代の女の子に長年トレンドを提供し続けているトップブランドですよ!! 業界でもいち早く工場のオートメーション化を取り入れたことで安価な大量生産を実現したのがミソらしいです!! お小遣いでも手が届かなきゃ流行りませんからね!! あ、ああ!! あのマネキンが着てるのは『風の凪いだ日』って映画で主役の子が着てた衣装ですよ!! すごい、こんな色してたんだ!!」

「確かにオシャレかもしれないが……長旅には向いてなさそうだな」

「それはまぁ……そうですね」


ルディオの指摘を受けて、ジーナが一気にしょんぼりする。


「でもまぁ、アクセサリーとか小物とかもあるんだろ? 店の中も見てみるか」

「ですよね!! ですよね!! 入りましょう!!」


ジーナは再びテンションを上げてショップに足を踏み入れようとした……その瞬間、隣の店に貼られたポスターに気がつく。


「あ、あー!!」


ジーナが注目したそのポスターには、やたらと恰幅のいい……端的に言えば、もの凄く太った上半身裸の男達が描かれていた。


「スモウ・レスリングの巡業があるみたいですよ!!」

「スモウ・レスリング……?」


ルディオには詳しいことはわからなかったが、レスリングという以上は格闘技の一種なのだろう。

そう言われてみれば、ポスターに描かれている男達はただ太っているだけではなく、その下に潜む筋肉を感じさせる体格の良さがあった。

そのポスターをもう少し詳しく読んでみると、その興行があるのはまさに本日らしい。しかも、開場時間も迫っている。


「え!!? このあとすぐじゃないですか!! 小物とかアクセサリーとか見てる場合じゃありませんよ!!」

「お、おう!!?」


ジーナはルディオの袖を引っ張って走り出す。


* * * * * * * * * * * * * * *


「いや~、チケットが余っていて幸運でしたね!!」


闘技場の後ろの方の席しかとれなかったが、それでもジーナはご満悦のようだった。


「スモウ・レスリングの試合なんてニュース映画かラジオでしか知らないから、生で見られるなんて感激です!! しかも今日は、伏魔殿の取り組みが見られるんですよ!!」

「伏魔殿……それは有名な選手なのか?」

「横綱って言う、スモウ・レスリング界でも最強ランクに君臨するスモウ・レスラーですよ!! この間終わったシーズンのチャンピオンも伏魔殿です!!」

「なるほど……その試合が見られるのは確かにラッキーだな」


馴染みのない競技とはいえ、最強の選手の試合が見られるとあれば、ジーナ程ではないがルディオもワクワクしてくる。

試合が始まる前に、ジーナはルディオにスモウ・レスリングの簡単なルール説明をしてくれた。

土俵と呼ばれる円形のリングで二人のレスラーがにらみ合うところから始まる。そしてレスラー同士で押し合い、土俵の外に身体が触れてしまうか、足裏以外を土俵につけてしまった方が負け、というものだ。

基本的なルールがこれだけシンプルなら初見でも楽しめそうだな、とルディオは感じた。

ちなみに巡業とは、様々な町を巡りながら行われる試合のことで、シーズンごとの優勝争いには無関係なファンサービスらしい。


そして試合が始まると、ルディオは予想外に引き込まれていった。

土俵際に一気に追い込まれ、あっさり負けるのか……と思いきや、そこから粘りを見せて逆転するレスラー。

土俵の真ん中でお互いに一歩も譲らぬ力比べをするレスラー。

自分より大きい男を担ぎ上げてたたき落とすレスラー。

基本ルールはシンプルだが、その決着は多彩だった。


ルディオが特に感心したのは、スモウ・レスラー達が共通して着用するまわしと呼ばれるユニフォームだ。

ただ単に強大な肉体を見せるパフォーマンスとして露出度の高い格好をしているのかと思いきや、まわしを掴み合って戦いだしたのだから驚きだ。

球技におけるボールのような勝負に必須の道具を、ユニフォームとして取り入れている構造には洗練された美しさを感じた。

それもメットのように守るでもなく、グローブのように保護するでもなく、相手に攻撃の隙を与えるウィークポイントとして存在しているのがまた面白い。


「うぉっし!!」


気がつけばルディオは、興奮のあまり勝負が着く度に声をあげていた。

隣のジーナが、フフッと微笑む。


「私より楽しんでるじゃないですか~」


改めて指摘されると、なんだか気恥ずかしい。


「まぁ……せっかくだから楽しまないと損だろ」


つい斜に構えたことを口走ってしまい、ルディオはそれが余計に恥ずかしかった。


「もしかしたら、記憶を失う前からファンだったのかもしれませんね」

「それは……大いにあり得るな」


記憶を失う前の自分は、誰とスモウを観戦していたのだろうか。

隣でニコニコと笑うジーナを見ながら、ルディオはそんなことを考えた。

するとジーナは、ハッとして土俵の方を向く。


「ルディオさん……私を見ている場合ではありませんよ」

「え?」


ルディオも同じく土俵を見ると、今までの選手よりも明らかに大きな存在感オーラをまとった二人の男が現れた。


「あれは……まさか……」

「そう、二人とも横綱です」


ジーナはアンダーリムの眼鏡をくいっと上げて言う。

土俵の上でにらみ合った二人の横綱は、どちらも明らかに身長2m、体重150kgは超えているであろう巨体であった。

これだけのパワーとパワーがぶつかり合えば、闘技場まで破壊されてしまうのでは……?

ルディオは思わず、そんな不安を抱いてしまうほどだった。

しかし勝負は、ルディオの胸が静まるのを待ってはくれない。


「はっけよい……のこった!!」


行司と呼ばれるレフェリーが、試合開始のゴングを鳴らす。

これだけの強者が戦うのだ、一体どれだけの激戦が繰り広げられるのか……。

ルディオが緊張するのも束の間、片方のスモウ・レスラーが、その巨体からは想像もつかない猛スピードでもう片方に突っ込んでいった。

そしてドンッという大砲のような大きな音を立ててぶつかると、そのまままわしを掴んで一気に押し出していく。

もちろん、相手も持ち前のストロングで押し返すが、押し出すスピードを多少遅らせるのが関の山だ。

片方が土俵から押し出され、あっという間に決着はついた。

土俵には真っ直ぐ一直線に伸びた、二本の足跡が付いていた。

開始から決着まで、一切のブレも駆け引きもなくそのストロングで一方的に蹂躙した証である。

気がつくと闘技場は、大歓声に包まれていた。

しかしその大歓声には、賞賛も非難も入り交じっていた。


「……ジーナ、今勝ったのは」

「はい、伏魔殿です」


ジーナはアンダーリムの眼鏡をくいっと上げてそう返す。

相手の巨体を感じさせないストロング。

自らの巨体を感じさせないスピード。

これが横綱……チャンピオン……。

ルディオは衝撃にうち震えていた。


* * * * * * * * * * * * * * *


「おおおお!! まさか握手会まであるなんて!! 巡業ってすごい!!」


試合後のファン交流イベントとして、スモウ・レスラー達による握手会が開かれる。

ジーナとルディオのお目当ては、もちろん伏魔殿だ。

二人そろって整理券を手に入れ、ジーナはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶが、ルディオは少し困惑していた。

その様子を見かねて、ジーナが尋ねる。


「どうしたんですか? まだ試合のショックが抜けないんですか?」

「いや……あんなに強いチャンピオンなのに、あっさり整理券が手には入ったなぁと思って」


先ほど負けた方の横綱は、抽選で選ばれた人しか握手会に参加できないほどの人気ぶりだったが、伏魔殿の方は希望者が全員参加できる程度であった。

思い返せば、伏魔殿が勝利したときの歓声にはブーイングが混ざっていた。

先の試合に勝ったのも伏魔殿。現在のチャンピオンも伏魔殿。

それなのに、実力と人気が比例していない現状にルディオは納得がいかなかった。


「ああ、それはですね……伏魔殿って、嫌われ者なところがあって……」

「え!? それは、普段の素行が悪いとか……?」

「そんなことはありません!! ただ、伏魔殿は強すぎるんです……」

「……確かに」


先ほどの試合だけでも、明らかな事実だった。


「伏魔殿が強すぎるせいでスモウ・レスリングは面白くないんだ、なんて言い出す人も結構いて……」

「なかなか、難しいもんだな……」


ルディオとしては大興奮の試合だったが、スモウを何度も見に行って、毎回あんな圧勝ばかりだったら……と想像すると、嫌う側の気持ちもわからなくはなかった。

負けている方に肩入れしたくなる、判官贔屓もあるだろう。


「伏魔殿は何も悪くないのに」

「実力を出すな、っていうのも無茶な要求だしな」

「全くです!!」


そんな風に話しているうちに、ジーナとルディオの番はすぐそこまでやってきた。

回ってくるまであと数人……という状況で、ルディオは何故か伏魔殿と目が合った。

その視線は人数を把握するためとか、そんな事務的な理由で向けられたものではないようにルディオは感じた。

目の前のファンよりも、ルディオに気を取られている……そんな風に感じる視線だった。

ほんの一瞬だったが、睨みつけられているような……。

と考えていると、ジーナが小声で話しかけてきた。


「あと一人ですよ、あと一人」

「あ、ああ」


そして、ジーナの番がやってくる。


「次の方、どうぞ」


係の人にそう誘導されると、ジーナは飛びつかんばかりの勢いで伏魔殿の手を握る。


「うわーっ!! すごい!! 手がおっきい!! あの!! ファンです!! 感激です!!」

「がっはっは!! こんな可愛らしいお嬢さんにモテるとは、鍛えた甲斐があるというもんじゃな!!」


伏魔殿は巨大な見た目に似合う、豪放な大笑いでジーナを歓迎した。

伏魔殿の片手をジーナが両手で包んでいるにも関わらず、ジーナの方が赤子に見えるほどのサイズ差である。


「普段から映画では見たことあるんですけど、生で見るのは実はその、初めてで!!」

「どうじゃ!! 生の方がハンサムじゃろう!!」

「はい!! それはもう!!」


楽しく話しながらも、伏魔殿の視線はチラチラとジーナの長く尖った耳に向いていた。

珍しい形をしたジーナの耳は、誰の目も引いた。

先ほどの視線は、自分ではなくジーナの耳に向けられたものだったのかもしれない……とルディオは思った。


「次の方、どうぞ」


そんなことを考えていると、ルディオの番が回ってくる。


「ああっ、ルディオさんずるい!!」

「ずるいってことはないだろ」


ルディオはすっ……と伏魔殿と握手をする。

ルディオの手も十分に大きいのに、伏魔殿と比べると子供のようだった。


「彼氏さんはおサムライか!! なかなか立派な業物じゃの!!」


伏魔殿は、ルディオの腰に携えたサムライ・ソード《村雨》に注目して言った。


「いや、鞘に収まってるからわからないでしょう」

「……がっはっは!! これは一本取られたな!!」


ルディオは伏魔殿の笑いに、奇妙な間を感じた。

それこそ、本気で一本取られて戸惑っているかのようだった。


「スーツも立派でよぅ似合うとる!! ブランドもんじゃろ!!」

「いやぁ、自分でもよくわかってないんですけど、そうみたいです」

「わかっとらんのか!! そいつぁ傑作じゃの!! わっはっは!!」


意味があるのかないのか、わからない会話で時間が過ぎていく。


「……あ、生まれて初めてスモウを見たんですが、感動しました」


ルディオは終わり際に、素直な感想を伝えた。


「……そうか」


伏魔殿の返事は、何故か静かだった。

そうしてルディオの番は終わる。

次のファンと握手をするまでの僅かな間で、伏魔殿はルディオの目をじっと見つめた。

先ほどは『睨まれている』と感じたその視線だが、今度は何故だか、ルディオには哀愁が感じられた。

その理由を考える間もなく、伏魔殿は次のファンを笑顔で出迎えた。


「ルディオさんの方が長くありませんでしたか!!?」


ジーナの言いがかりで、ルディオの思考は途切れてしまう。


「……自分でもそう思った」


有名な競技者と単なるにわかファン。意味があるのかないのかわからない会話。

それなのに妙な密度を感じる時間であった。


「やっぱり!! ずるい!!」


ジーナはルディオをぽかぽかとパンチする。

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