Ep.3 暴力団と過剰な暴力 ④(終)

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プリン男の生成したゴーレムは、半年間度々この村を襲ったモンスターと同一のものだった。

それは、目撃者達の証言によって確定した。


それにしても、素人の村人達はともかく……猟友会ギルドの職員ともあろうものが、村を襲ったゴーレムが人の手によって作られたものだと気づかなかったのだろうか。

いや、気がつかないはずがない。

気づいても言及できなかったのは、プリン男達の裏にいた《具足戒》という巨大な暴力団を恐れていたからだろう。

情けない話ではあるが……安易に責めることもできない。

それだけ、組織の影響力は大きいということだろう。

そう考えれば考えるほど……何故その巨大組織のNo.2の愛刀が、自分の手元にあるのか。

ルディオは困惑を深める他なかった。


とにもかくにも、この村を支配していた恐怖は去った。

それは間違いのない事実であり、喜ばしいことだ。

あとは……どのように報復を防ぐか、だ。


プリン男たちが組織においてどの程度の地位にあるのか、ルディオにはある程度想像がついた。

ろくな役職もなく、ひたすら村から金をせびっていたような連中だ。

恐らく、上納金の工面に追われ、《具足戒》の名前を出してイキるしかない下っ端のチンピラだろう。

その程度の連中をどれだけいたぶっても、報復などされないのではないか?

そんな希望的観測もあるにはあるが……油断してはならない。

報復は、できる限り避けられなければならない。

せめて、この村に対する報復は。


戦いの後処理を始める際に、ルディオはジーナに提案した。


「酒場の片づけを手伝ってきてくれないか? 俺も結構暴れてしまったからな」

「それはそのつもりですけど……ルディオさんは何をするんですか?」

「俺はまぁ……あの連中と話し合いをしてくるよ。二度とこの村を襲わないように、他の村で同じようなことをしないように、な」

「……話し合いっていうか、脅しですよね?」


それも、かなり荒っぽい脅しになることを、ジーナは察していた。


「それは……そうだな」

「平和な代替案を出せればいいんですけどね……私には難しいです」


一時的に拘束するだけでも、暴力に頼らざるを得なかったジーナだ。

今後の行動を平和的に制限するなど、当然不可能である。


「ジーナが悩むことじゃない。本当なら、警察や裁判所が考えることだ」


その点では、プリン男達も可哀想な連中だと言えた。

あっさりと警察に捕まり、刑務所に服役して済むなら、無駄に苦しむ必要もないのに。


「それじゃあ……話をつけてくる」

「殺さないでくださいよ」

「わかってる」


ルディオは捕らえられた元用心棒達の元に行く前に、雑貨屋でナイフと手ぬぐい、それに墨とバリカンを購入した。


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薄明かりの灯された猟師・スネアの作業場では、身ぐるみを剥がされ、縄に縛られ、手ぬぐいの猿ぐつわをされた五人の元用心棒達が一列に並べられていた。

ドレッドヘア、マッシュヘア、ツーブロックにソフトモヒカン……それとプリン頭。

つい先ほどまで、その特徴的な髪型で男達を識別していたルディオだったが、今となっては誰が誰やらわからない。

全員の頭を、バリカンで丸く剃り上げたからだ。


決して嫌がらせのためではない。

その身に『戒め』を、より明確に刻み込むためだ。

刻み込む場所を検討するために裸にもしたが、ところどころに他のタトゥーがあるためこれといった場所が見つからない。

(ちなみに、武士の情けで下着だけは履かせている)

どちらにせよ、服を着ても隠れない頭が第一候補なのは変わらなかったが。


「多分だが、俺は素人だからな……出来映えには期待しないでくれ」


そう言いながらルディオは、五人のうちの一人の額に、ナイフを突き立てる。


「んんんーッ!! んーッ!!」


恐怖で声にならぬ声をあげる男。

ルディオは男の額に容赦なく、ナイフでゴリゴリと、いびつで直線的な字を刻んでいく。

ぶよぶよとした皮膚は予想以上に掘りづらく、紙に文字を書く行為とも、骨ごと切断する行為とも、別種の難しさがあった。

一般的にどの程度の傷をつけるものなのかルディオは知らなかったが、失敗を防ぐためにもなるべく深くしっかりと傷をつけていった。


「少なくとも俺は、彫り師じゃなかったってことだな……」


少しよれるところもあったが、額に刻まれたその文字は『LD-10』……ルディオ(LDIO)、と読めた。


「いいか。恨むなら俺を恨め。狙うなら俺を狙え。上司に泣きつくなら、俺の名前を出せ。ルディオだ。ルディオ。特徴は、黒いスーツを着ていることと、《村雨》っていうサムライ・ソードを携えてるところだ。身長は180くらいで、年齢はまぁ、18くらいに見えるらしい。それが、ルディオだ。忘れないように額に刻んでやる。この名前を、《具足戒》の連中にも見せて回ればいい」


そう言いながら、ルディオは五つの額に次々と『LD-10』の名を彫り込み、そこに墨を流し込んでいった。

そして、完成した五人分の入れ墨をじーっと眺める。


「一人目は大分いびつだが……五人目まで来れば割と出来がいいぞ。幸運だったな」


人生で(恐らく)初めて彫り込んだ入れ墨を見ながら、ルディオは感慨深そうに呟いた。

そして、恐怖と苦痛で涙を流す五人の坊主頭に向けて、改めて言い聞かせる。


「恩人から『殺すな』って言われてるからな……俺がお前達を殺すことは決してない。だがな、殺さないだけだ。もしお前達がまた悪事を働くようなら、俺は命以外の何もかもを、奪えるだけ奪うつもりだ」


ルディオは五人のうち一人の、丸くなった頭にそっと手を置きながら言う。


「五体満足で生きたければ、大人しくしろ」


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そしてルディオは、五人の首にロープをかけて一列に並ばせると、ロープを引っ張りながら村の大通りを歩いた。

下着一枚という格好で、頭を丸刈りにされたうえタトゥーを彫られて、首にロープをくくられて引っ張られる。

暴力団は面子を重んじる生き物だ。

ここまで恥を晒せば、二度とこの村に近づこうとは思わないだろう。

ルディオはそう考えていた。

そして当然、その様子を大勢の村人達が見守っている。

元用心棒達の醜態に、溜飲を下げている人間も結構いるようだ。

が、その大半はむしろルディオの所業に恐怖していた。

もしかしたら、次はこの男が村を牛耳るのではないか……と考える者もいた。


「おわぁぁぁぁぁぁ!!?」


そんなルディオの耳に、驚いた少女の叫び声が聞こえる。

そして、猛ダッシュで近づいてくる足音も。


「な、何やってるんですかルディオさん!!」


ジーナである。

酒場で片づけの手伝いをしていたが、大通りで行われるルディオの非道な行列を見かねて駆け付けたのだ。


「見ての通りだ」

「見てもわかんないですよ!! ああぁ!! ここまで過激なことするとは思いませんでした!! 一緒に行けばよかった!!」


ジーナは頭を抱えた。


「タトゥーはやりすぎですよ!! これ、消すの相当難しいらしいですよ!!」

「だからいいんだ。こいつらがどこにいても戒められる」

「戒めどころか更生できなくなっちゃいますよ!!?」

「そんなところまで考えてたのか……」


言われてみれば、こんな頭では娑婆で生きづらいに違いない。

ルディオは、悪事をやめとそのあとまで考えるジーナの視野の広さに感心させられた。


「今後は本人の許可なくタトゥーを彫るのは禁止です!!」


ジーナはルディオに怒りながら命令する。


「わかった……」

「こんな禁止令を出す日が来るとは思いませんでしたよ……」


ジーナは深くため息をつく。

そして、丸坊主になった元用心棒達に語り掛ける。


「あの~、私が服を持ってくるので……皆さんはどこか端っこの方で待っててください。ロープも外していいですよ」


その言葉を聞いて緊張の糸が切れたのか、元用心棒の一人が泣き出す。


「うっ……うぐっ……」

「ああぁ……泣かないでください……」


その後、元用心棒達は服を着て、大人しく村から出て行った。


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「終わりました。すみません、作業場片づけて貰って」


元用心棒達を村から追い出したルディオは、猟師・スネアの元を再び訪れた。


「ああ、お疲れ。ルディオさん、砂糖はいくつだ。五個か? 十個か?」


猟師はリビングに、ホットコーヒーとカップを二つ用意していた。


「それじゃあ、三つで」


あまり遠慮のない個数だが、戦いと慣れない作業でどっと疲れたルディオは少し甘えることにした。


「気が合うな」


そう言うと猟師は、二つのカップに角砂糖を三つずつ入れる。


「いただきます」


席についたルディオは、そう言ってコーヒーに口をつける。


「ん、美味い。美味しいですね」


深い苦みと、どこかフルーティーな酸味が舌に心地よかった。

そこに溶け出した甘味がじんわりと疲れを癒していく……が、どうせならブラックでコーヒーそのものの味を確かめてもよかったかもしれない。


「よかったらブレンドを教えてやろうか。挽き方はまぁ、自分の身体で覚えていけばいい」

「ありがとうございます。きっとジーナも喜びますよ」


二人で旅をしていけば、何日も人里を離れることもあるかもしれない。

そんな時でも、砂糖を入れた甘いコーヒーを飲めるならきっと心が安まるだろう。


そういえば、ジーナは砂糖を何個入れるのだろうか。

甘いものが好きとは言え、とびきり甘いお菓子と一緒に飲むなら、あえてのブラックもアリだろう。

そもそもコーヒーが苦手だ、なんて言われたら少し寂しいな。

コーヒーを飲みながら、ルディオはそんなことを考えていた。


「それはいいな。俺も若い頃、死んだ女房の気を引きたくてコーヒーを振る舞ったことがあるよ」


ジーナとはそんな関係ではないが、あえて否定することもないだろう、とルディオは話を続ける。


「へぇ。それが結婚の決め手になったんですか?」

「あぁ。緊張のせいかひどい味でな。『この人は私が支えてあげなきゃダメだな』と思ってもらえたらしい」

「フフッ」


微笑ましい思い出に、思わずルディオは笑みをこぼす。


「なぁ、ルディオさん。まずは礼を言わせてくれ。あいつらを追い出してくれてありがとう」


猟師は改まって、話を切り出す。


「だがな、この村のために無茶をするこたぁないんだぞ」

「無茶……ですか?」

「……あんな連中とぶつかってりゃ、あんたの方が殺されたっておかしかない」


ルディオは戦う前から用心棒達の力量を予測し、負けるはずがないだろうとは考えていた。

実際のところ、ジーナの憑依に頼らなくても勝てたほどだ。

しかし……今後、明らかに勝てない程の相手と関わったとして、その相手が目に余る悪事を働いていたとして……ルディオは冷静に退けるのだろうか。

いや、そうできない衝動がルディオの中には確かに存在する。


しかし、危険な人間と関われば危険な目にあう。

それは、当たり前すぎるほど当たり前なことだ。


「ましてや、あんだけ過激なことをやってちゃあな……。いつ何に巻き込まれるかわかったもんじゃない」

「……例えば俺が、素直に身を引けるような人間に変わりたいと、そう願ったとして……なれるもんですかね」


ルディオにはこの衝動が、どんな人生経験から来るものなのか……それすらわからないのに。


「それを言い切るには、あんたのことを知らなさすぎる」


それは、ルディオ自身も知らないくらいだ。


「だがまぁ……心の隅にでも置いといたらいい。どうせいきなり変わるもんじゃないんだ。俺の場合はそれと、人との出会い、だったな」

「出会い、ですか」

「……なんてぇと説教臭いがな、なんのことはない。惚れた女を妙なことに巻き込みたくなかったんだよ」

「素敵な人だったんですね」


ルディオはコーヒーを口にふくみながら、ふと思い出した。

クローネは、角砂糖を五個も入れていたな、と。


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「ん! 美味しい!!」


翌朝、猟師から教わったブレンドのコーヒーを飲んで、ジーナは喜んだ。

とはいっても、ルディオが煎れたわけではない。

猟師に分けてもらった豆で、宿屋のスタッフに煎れてもらったのだ。


「今日からはこれが毎日飲めるんですね!!」

「……失敗しても飲んでくれるなら、毎日挑戦してもいいぞ」

「暇なときだけ練習しましょう!! ふふっ」


アイスコーヒーをストローですすって、ジーナはトーストを一口かじる。


「しかし、角砂糖五個は入れすぎじゃないか?」

「そんなことはないですよ!! 朝から甘いコーヒーを飲むと一日元気に過ごせますし!! それに、沢山入れると溶けきらなかったジャリジャリのお砂糖がカップの底に溜まるんです!!」

「……それが?」

「そのお砂糖がまた美味しいんですよ!!」

「なんだそりゃ」


同じだけの角砂糖を入れていたクローネも、底に溜まった砂糖をひっそりと楽しみにしていたのだろうか。

ホットコーヒーを口にながら、ルディオはそんなことを考える。


「ルディオさんはブラックなんですね」

「違いのわかる男だからな」

「酸い甘いも噛み分けるのが人生、らしいですよ。ルディオさんも今度は五個入れてみましょう!!」

「たまにはそれも良いかもな」

「一緒にジャリジャリ言わせましょう!!」


コーヒーを飲むジーナが、ふと寂し気な表情を見せる。


「……そういえば、角砂糖を沢山入れるの、教えてくれたのはクロネちゃんなんですよね」

「あいつが?」

「小さい頃なんですけど。溶けなかったお砂糖がジャリジャリして美味しいのよ!! って自慢げに」

「ドヤ顔で言うようなことか」


ルディオは呆れて、少し笑った。

そして、想像してしまった。

ベタベタに甘いコーヒーを飲みながら、一緒におやつを食べて笑う、小さかった頃のクローネとジーナを。

他人の犠牲を厭わない傲慢な魔女の姿と、双子の姉妹と一緒にはしゃぐ小さな女の子のイメージが、ルディオの脳内で上手に重なってくれない。

クローネがジーナに向ける愛情のうち、角砂糖一個分でも他人に向けてくれたなら、ルディオはクローネに殺意を抱かずに済んだだろうに。

そんなことを考えていると、ブラックコーヒーが余計に苦く感じるのだった。


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朝食を済ませたルディオとジーナは、猟師・スネアに挨拶をすると村を出発した。

酒場にも寄ってみたが、二人ともまだ眠っているらしかった。

あんな事件のあとだ。早起きはできなくても仕方ないだろう。


バス停へと向かう道中でジーナは、酒場とスネアにまつわる話をルディオに聞かせた。

あの酒場のマスターは二年ほど前に他界しており、それ以来まだ若い二人の娘が経営を継いでいたらしい。

調理の腕は先代に及ばないものの、村の人間に親しまれて順調に切り盛りしていた……そこにやってきたのが用心棒達だ。


最初はやはり気のいい旅人として振る舞っていたらしいが、次第に横暴な本性を露わにし、酒場をほとんど占拠するようになったという。

(そんな連中が二人の若い娘にどんなことをしてきたのかは、ルディオにもジーナにも想像がついた)

図らずもあの酒場は、用心棒達が他の場所で暴れないための生け贄になってしまったのだ。


ほとんどの村人が用心棒達、そしてバックにいる《具足戒》に怯える中で、直接抗議をした唯一の人間がスネアであったらしい。

当然、初老の男が一人で抗議したところで用心棒達が素直に従うはずもない。

それでも、スネアは何度でも抗議に来ると言ってくれた。

その行為は酒場の二人にとっての希望となったが、その希望はたった一度の抗議であっけなく打ち砕かれた。


酒場から帰る途中、スネアは猪型のモンスターに襲われ、歩くこともままならない程の大怪我を負ったのだ。

例え自作自演の証拠がなくともこの事件は、用心棒達に逆らってはいけないのだという意識を村人達に強く根付かせた。


スネアがルディオにあんな話をしたのは、結局のところ若者を自分のような目に合わせたくはないからなのだろう。

しかし、スネアの存在自体が、変わることの難しさを証明しているのは皮肉だった。


ところでジーナは、評判になっていた酒場のりんごグラッセを食べられなかった。

あんなことがあった後で、頼めるはずもない。

次にこの村を訪れることがあるなら、今度こそ普通に食べられるくらい、酒場の二人の心の傷が癒えていることをルディオとジーナは願った。

それは、たまたま通りかかっただけのルディオとジーナにはできない、村の人々にしかできないことだ。


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さて、村から追い出された元用心棒達の話だが、結局彼らは村にもルディオにも報復には来なかった。

頭に一生消えない恥を刻まれた彼らとしては、できれば具足戒にも顔を見せたくなかったのだが……あっけなく見つかってしまった。

あれだけ特徴的な頭の人間が五人も集まっていれば、当然ではある。

彼らから事の経緯を聞いた直属の上司は、報復のためにルディオを探す……ということもなく、上納金の支払いが遅れていることを責め立てて暴力を振るうだけだった。


だが、彼らから《具足戒》に流れた情報は、思いも寄らぬ形で組織を大きく動かすことになる。

《村雨》を携えたスーツの男と、耳の尖った少女の情報が。

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