Ep.3 暴力団と過剰な暴力 ③
分厚いガラスで作られた酒瓶は、ゴッという鈍い音を立ててソフトモヒカンの頭にめり込む。
ソフトモヒカンは鼻から血を垂らし、女主人の膝にばたりと倒れる。
「きゃあああああああああ!!!」
目の前で突然起きた暴力に怯え、女主人が悲鳴をあげる。
「てめぇ、何しやがる!!」
マッシュヘアの男がルディオに掴みかかろうとする。
ルディオはすかさず、酒瓶をテーブルの上のガラスの灰皿に叩きつける。
ガシャンと大きな音を立てて割れる酒瓶。
その割れた面は、ギザギザの鋭利な刃物と化した。
そうして作った即席の刃物を、ルディオはマッシュヘアの腹に深々と突き刺す。
「ぐぁっ……!!」
マッシュヘアはうめき声をあげながら倒れ、悶え苦しむ。
「ちょ、ちょっとルディオさん!!」
あまりにも殺意の高い攻撃を見兼ねて、ジーナがルディオに呼びかける。
が、ルディオは聞く耳を持っていない。
「このやろ……」
ルディオに襲いかかろうとしたツーブロックの男だったが、文句を言い終わる前に鼻から血を流して倒れてしまう。
ルディオの投げつけたガラスの灰皿が、顔にめり込んだためだ。
「もうちょっと致死率の低い攻撃はないんですか!!?」
「ない」
ジーナの困惑を切り捨てるルディオに、また別の男の叫び声が聞こえる。
「お、おい!! てめぇ!!」
声の方を見ると、ドレッドヘアの男が給仕の女性の首元にナイフを突きつけていた。
「大人しくしろ!! この女を殺すぞ!!」
「ひぃ……」
ナイフを突きつけられた給仕は、涙目でガタガタ震え怯えている。
ルディオはその光景を見て、すっと手を降ろし、攻撃の意志がないように見せる。
「そうだ、大人しくしろ……変なことをしたら本当に殺すからなァ!!」
「いや、死ぬのはお前の方だ」
「あ……?」
その言葉にドレッドヘアが憤る間もなく、ルディオは手元の、まだ中身の満タンに入った酒瓶を持つと、飲み口をドレッドヘアに向ける。
すると瓶から酒が勢いよく噴き出し、ドレッドヘアの口めがけて飛んでいき、その口腔と喉を満たす。
「がっ……!!? あが、あがぁっ……!!」
口腔と喉を満たした酒は身体の奥に落ちることはなく、かといって外にこぼれることもなく、ドレッドヘアの呼吸を妨げ続ける。
ドレッドヘアは陸にいながらにして溺れる苦しみを味わい、倒れて悶える。
「え、え……え?」
ドレッドヘアが倒れたことで死の恐怖から解放された給仕だったが、目の前に現れた異なる死の予兆に怯え、困惑する他なかった。
「おわわ、こ、これ本当に死にますよ!!」
ジーナはあたふたしながら、ルディオの攻撃を受けた男達に次々と回復魔法をかけていく。
「すまん」
「すまんじゃなくて!!」
とにかく、残るはプリン男だけだ。
ルディオがプリン男を見据えようとすると、突然別のものがルディオに襲いかかった。
猪型のゴーレムだ。
「クソッ!!」
ルディオはとっさにサムライ・ソードを抜き、ゴーレムの首を切り落とす。
が、ゴーレムは構わず突進してくる。
「なにっ!!?」
首なし猪ゴーレムの突撃をもろに食らったルディオだが、なんとか踏みとどまる。
「クソがッ……!!」
そしてゴーレムを腕力で跳ね返すと、今度はその胴体を真横に一刀両断する。
しかしルディオがゴーレムを切断したその向こうから、また別の猪型ゴーレムが突進してきていた。
「危ない!!」
ジーナが咄嗟に光の
先程ルディオの切断したゴーレムは、足下で停止している。
どうやらゴーレムが止まるのは、首を斬り落とされたときや胸を突き刺されたときではなく、四足歩行での行動が不可能になったときのようだとルディオは推測する。
ルディオは素早くジーナの前に立ち、
「解け!!」
その号令に合わせてジーナが
しかし、ルディオが入り口を見ると、向こうからまた新たな猪型ゴーレムが突進してくるところだった。
一方で、プリン男の姿は店内には見当たらない。
「キリがねぇ!!」
ルディオは左手で中身入りの酒瓶を引ったくるように手にすると、店の外に走っていき、そのまま猪型ゴーレムを斬り捨てる。
「相手が死にそうな攻撃は控えてくださいよ!!」
ジーナはルディオ呼びかけるが、聞こえているかはわからない。
とにかく今は人命救助だ。
例え非道な犯罪者でも、私刑で殺すのは人道に反する。
ジーナが回復魔法をかけると、溺れていたドレッドヘアはゴボッと酒を吐き出して息を吹き返す。
ルディオが離れたことで、水属性の魔法が解除されたのだろう。
「ハァ……ハァ……畜生めがッ!!」
意識を取り戻したドレッドヘアは、ナイフを手にとって突然ジーナに襲いかかる。
「うわぁ!!?」
驚きながらも、粒子化によって護身するジーナ。
ドレッドヘアはジーナに触れることもなく、襲いかかろうとした勢いのまま倒れてしまう。
「あぁっ!!?」
「えいッ!!」
ジーナは先ほどルディオが割った酒瓶、その鋭利なガラス片を手に取ると、ドレッドヘアの太股に突き刺す。
「がぁぁぁああああ!!??」
痛みに悶えるドレッドヘア。ジーナはガラス片が突き刺したまま回復魔法をかける。
すると、ガラス片と傷口がぴったりと癒着し、出血が止まる。
「止血はしてるんで、安心してください!! 大人しくしないとまた刺しますよ!!」
例え出血がなくとも、身体を深々と刺され続ける痛みに悶える他ないドレッドヘア。
悶えて動けば動くほど、ガラス片は身体を傷つけた。
「クソッ!! クソォッ!!」
拘束するための有効な手段を思いつかないジーナとしては、彼らが暴れるなら痛みで行動を制限する他ない。
とはいえ、身体に次々と刃物を刺していく……そんな悪趣味な黒ひげ危機一髪は、ジーナだってやりたくなかった。
「あ、あの!! 男の人達を呼んでください!! それとロープを!!」
ジーナはこの店を切り盛りしている二人に、そうお願いした。
「は、はいっ!!」
二人は慌てて店から飛び出す。
用心棒達から何をされていたかわからない、状況も飲み込めていないような二人に手伝いを頼むのは気が引けたが、ジーナはこの場を監視する必要があった。
それに、呆然としていた二人をこの店から避難させたかった。
そんな風に考えるジーナの身体を、太い腕がすり抜ける。
いつの間にか目を覚ましたツーブロックが、ジーナを羽交い締めにしようとしたのだ。
「うおっ!?」
つんのめるツーブロック。
「えいっ!!」
ジーナは彼の太股に、ドレッドヘアの落としたナイフを深々と突き刺し、回復魔法で止血する。
「がああぁぁぁ!!! あ、ああああ!!!」
痛みで悶えるツーブロック。
「だから!! 大人しくしといてくださいよ!! もーっ!! そんなに刺されたいんですか!!」
困った用心棒達に、ジーナはぷりぷりと怒る。
とはいえジーナとしても、安全に拘束する方法を考える必要があった。
ルディオと旅をする中で、今後もこういったトラブルに巻き込まれるかもしれない。
その度に暴力を振るっていては、いずれ人を殺しかねない。
その相手が愛する姉妹であるクローネだったら……考えただけで、ジーナは血の気が引いた。
考えた末にジーナは、
普段はジーナに覆い被さるように、半球状に展開される
それを逆方向に展開して用心棒達を包み、彼らの行動を制限できないかと考えたのだ。
そのためには、用心棒達をできるだけ一カ所にまとめる必要がある。
ジーナはとりあえず、倒れて悶えるツーブロックをドレッドヘアの近くまで押してみることにした。
しかし、成人男性の身体を普通に押すだけでもジーナの腕力では困難なのに、痛みで悶えてるとなれば尚更だった。
「うーん……重い……」
「がああああぁぁッッ!!」
「うーん……」
「ああああッッッ!! あ、ああッッッ!!」
「大人しくしてくださいよぉ!!」
そうこうしているうちに、ロープを持った男達がやってきて、用心棒達を拘束してくれた。
結局、ジーナが魔法による拘束を試す機会は得られなかった。
* * * * * * * * * * * * * * *
「クソッ!! なんだアイツは、なんで俺がこんな目に、クソッ!!」
全速力で走り、ルディオから逃げるプリン男。
しかし脚力ではルディオに分があるようで、どんどんと差を詰められる。
「ウオオォォォォッッッ!!!」
逃走を諦めたプリン男は、意を決してルディオの方を向き、地面に両手の平をつける。
すると、地面から猪型ゴーレムが生成され、ルディオに向かって突進していく。
片手にサムライ・ソード、片手に酒瓶という奇妙な二刀流で走ってきたルディオだったが、ここに来て酒瓶をゴーレムに投げつける。
ゴーレムにぶつかって瓶が割れ、そこから噴出した酒は瞬時にその形状を刃に変えて、ゴーレムを5つのパーツに切断する。そして、そのパーツとともに崩れ落ちて地面に染み込んでいく。
「クソォォッ!!!」
再びゴーレムを形成しようとするプリン男。
だが、形成が完了する間もなく地面に染み込んでいた酒が再び刃となり、ゴーレムを切断していく。
「あ、ああああ……」
最早勝機なしと悟ったのか、その場に崩れ落ちるプリン男。
ルディオはサムライ・ソード《村雨》を携えて、ゆっくりと彼に近づく。
「言い残すことはあるか、プリン野郎」
ガタガタと怯えるプリン男だったが、ふとルディオの持つ《村雨》に目が止まると、その震えも止まる。
そして、その身に怒りや困惑の感情が沸き上がってくる。
「な、なんでてめぇが《村雨》を持ってるんだ!!?」
「え……!?」
サムライ・ソードの話をされるとは……この男が《村雨》について何かを知っているとは思いもよらなかったルディオは、つい動きを止めてしまう。
「お前……このサムライ・ソードのことを知ってるのか?」
「とぼけてんじゃねぇ!! それはどう見たって《村雨》だ!! あの人の……雲水さんの愛刀だ!!」
「雲水……さん?」
それがこの《村雨》の本当の持ち主なのだろうか。
だとすれば、何故それを自分が持っているのか……?
「誰だ、それは……」
「雲水 教化(うんすい きょうげ)さんだよ!! 《具足戒》のNo.2で!! 裏社会最強の男!! 戒長とともに《具足戒》をこの国で最大の暴力団にのし上げた生ける伝説だ!!」
プリン男の口から、仰々しいプロフィールが語られる。
ルディオに、サムライ・ソードの真贋を鑑定する力はない。
恐らく、プリン男も同じだろう。
しかしもし、ルディオのもつ《村雨》が本物で、雲水という男のサムライ・ソードと全く同じものだとしたら……何故そんなものが、ルディオの手にあるのか?
「その男とお前は……親しいのか?」
「いや、一度挨拶させてもらっただけだ……。だが、俺にとっての憧れだ!! 組織の誰もが尊敬する最強の男だ!! それなのに……なんで雲水さんの《村雨》をお前が持ってるんだ!!」
記憶を失う前の俺が……盗んだ?
いや、話を聞く限り、おいそれと追い剥ぎできるような弱い男ではなさそうだ。
では、質屋で買ったとでもいうのか? そんなことがあるのか? 国内最大の暴力団のNo.2だという男が、簡単に愛刀を売り飛ばす理由があるのか?
ならば……貰ったのか?
何故だ?
何故裏社会の大物から、俺が愛刀を譲り受けたのか?
例えば……俺も具足戒の構成員で……うなじに刻まれたタトゥーは、その証で……?
答えを出せるはずもなく、ルディオの思考はぐるぐると回る。
その隙を、プリン男は見逃さなかった。
ルディオに怯え、崩れ落ちながらも、彼の両掌は地面に触れていた。
予想外に訪れた、《雲水 教化》に関する問答で生じた隙。
彼はその隙を見逃さず、時間をかけて反撃の大技を準備していたのだ。
「うおおぉぉぉぉぉッッッ!!」
プリン男の目の前の地面に、亀裂が走る。
そして、真っ二つに割れていく。
「な……!?」
思考を巡らせていたルディオは逃げ遅れ、その谷間に落ちていく。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
プリン男は落ちていくルディオに向かって叫ぶ。
「クソがぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
奈落に落ちていくルディオ。
だが、地面に染み込んでいた酒が飛び出して、ルディオの足下に踏み場を形成する。
「なにッ!?」
意表を突かれたプリン男の目の前に、酒を踏み台にしたルディオが飛び出してくる。
「お前が死ねぇぇぇぇぇぇッッ!!!」
そう叫んでルディオは、地面についたままのプリン男の両手をサムライ・ソード《村雨》で斬りつける。
「ぐぁあああああああ!!!」
皮膚を通り越して骨すら斬られる痛みに悶えるプリン男。
着地したルディオは、ポケットから白いハンカチを取り出す。
「……どうしてこの《村雨》が俺の手元にあるのか、さっぱりわからねぇが」
そして、ハンカチで《村雨》の血を拭い、
「憧れた男の愛刀で斬られたんだ。嬉しいだろ」
そう吐き捨てると、《村雨》を鞘に納めた。
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