Ep.3 暴力団と過剰な暴力 ②

* * * * * * * * * * * * * * *


ルディオとジーナが猟師の家を訪ねると、松葉杖をついた初老の男性が出てきた。

彼は、右脚を悪くしているらしい。


「猟師のスネアだ。役所の人から話は聞いてるよ。まぁ、上がってくれ」

「お邪魔します!」

「どうも……」


スネアは家の奥の作業場まで、二人を案内してくれる。

その途中、彼は脚の怪我を気にするジーナの視線に気がついたようだ。


「こんな脚でも解体くらいはできるから、まぁ気にせんでくれ」

「す、すみません……」


ばつが悪くてジーナは謝る。


「謝るこたぁない。俺のドジでついた傷だ」

「何があったのか、伺ってもかまいませんか?」


ルディオが尋ねる。


「半年ほど前からな、モンスターが村ん中にいきなり現れるようになったんだよ」

「え、村の中に!?」


ジーナが驚く。


「驚くだろ。結界があれば安心と思いこんでたらこのザマだ。こんな村だから治療も遅れて、動かなくなっちまったんだ。俺の他にも大怪我したやつは何人もいるが……まぁかろうじて死んだやつはいねぇな」

「それでその、モンスターはどうしてるんですか?」

「最初に出てきたとき、村に偶然居合わせた旅人達が倒してくれてな。以来そいつらは用心棒として村に居着いてるよ」


先程二人の見かけた用心棒は、そういう事情でこの村にいたらしい。


「それにしても、何度もモンスターが侵入するなんておかしいですね……」

「ああ。結界も調べてもらったんだが異常はなくてな。結界用のセンサーを増やしたが、おかげで魔力の消費は増えるし、用心棒はべらぼうな報酬をせびってくるしで、たまったもんじゃねぇよ」


結界は通常、センサーとセットで運用されている。

センサーで近づいてくる魔物を感知して、結界を展開するという仕組みだ。

センサーは常時運転しているものなので、それを増設していけば魔力の消費は馬鹿にならない。


話しているうちに、スネアの作業場に到着する。

そこでルディオは、モンスターの死骸を確認してもらう。


「へぇ……なかなか立派なもんじゃないか。景気がよけりゃあ俺が買い取ってもいいんだがな」

「あの……差し出がましい質問かもしれないんですけど」

「なんだい、嬢ちゃん」

「その用心棒の人達って、信頼できるんですか? 猟友会ギルドに頼めばそんなに高い報酬を払わなくても……」

「……情けねぇ話だがな、信頼できなくても逆らえねぇ事情があんだよ」

「その事情って、どういう……?」

「……《具足戒》だ」

「えっ……!?」


《具足戒》という単語を聞いて、ジーナは驚く。

それは、国内最大の指定暴力団の名前だ。

ルディオとジーナが以前訪れた町では密輸されたモンスターが暴れ出す事件が起こったが、その事件の犯人が《具足戒》の構成員という噂もあった。


「あんたらも知ってるだろう。《具足戒》にゃ警察だっておいそれと手出しはできねぇ。あいつらはその構成員なんだよ」


下手に追い出したら、報復の可能性がある。

もちろん、報酬をケチることもできない。


「最初は誠実そうなツラしてたんだがな……。あれよあれよと報酬を吊り上げて、こっちが渋ったら組織の名前を出して来やがった」


名前を聞いた頃には、既に容易に拒絶出来ないほどの関係が作られていたのだろう。


「まぁ、旅の人が気にすることでもねぇよ。ただ、嬢ちゃんだけは気をつけた方がいい。あいつらが町まで遊びに出てる時ゃ安全なんだがな……」


ルディオには、スネアの話を聞いていて思い当たったことがある。

村に若い女性が見当たらなかったのは、用心棒達から守るため家の中に隠しているのだろう。

しかし、こんなことはいつまでも続けられない。

経済的ダメージが大きく、報酬を払えない……となっても、用心棒達は配慮してくれないだろう。

この村から搾れるだけ搾り取って、また別の村を食い物にすればいいだけだ。


「このモンスターは俺が責任もって処理しとく。あんたらは宿に行くと良い。貧しいとはいっても、一晩過ごすだけなら不自由はせんさ」

「……それじゃあ、お願いします」


ジーナはスネアにそう頼むと、ルディオとともに宿屋に向かった。


* * * * * * * * * * * * * * *


宿屋でルディオとジーナは、この村と用心棒について話をしていた。

二人は別々の部屋をとっていたが、眠る時間以外のほとんどはジーナがルディオの部屋に来ておしゃべりをしたがった。

二人が旅を始めてまだ数日だが、既にそういうパターンができていた。


「話し合いで解決できる相手じゃないですよね……」


基本的に平和主義者のジーナでも、それは確信できた。


「暴力で解決するにしても、徹底的にやらなきゃあダメだ。行方不明ってことで誤魔化せるくらいにな」


オブラートに包んだが、要するに殺して死体を遺棄するということだ。


「きゅ、急に恐ろしいこと言わないでくださいよ……!」

「どっちにしろ、村の問題だ。無関係な俺達がほいほい手を出すことでもない」

「で、でもこのままじゃこの村、滅んじゃいますよ……」

「俺達のせいで、滅びるのが早まることもあるだろうな。責任のとれることじゃない」

「うーん……。村の方から私達に頼んでくれたら話も変わるんですけど、頼む理由もありませんしね……」

「もしくは、あいつらが俺達にちょっかいを出してきたら、だな」


そんな話をしていたら、ドアをノックする音が聞こえてきた。

ドアの向こうの人間が声をかけてくる。


「すみません、この村で用心棒をしている者です」

「噂をすれば影、ってやつですね……」


ルディオは立ち上がり、ドアを開ける。

するとそこには、染めていた金髪が伸びて、つむじの周囲が黒くなった――所謂、プリン頭の青年がいた。


「どうも、私、用心棒のディーンと申します」


ディーンと名乗ったプリン男は、タトゥーの見え隠れする風体には似合わない丁寧な口調で話す。


「先程は私の仲間が、貴方様にお世話になったようで……」


酔っぱらってジーナに絡んできたドレッドヘアの用心棒に、ルディオが肩を貸してあげた件を言っているのだろう。


「まぁ、気にしないでください。困ったときはお互い様ですよ」

「……!?」


適当な応答で『舐められた』と感じたのか、プリン男は一瞬ルディオを睨みつけるが、またすぐ丁寧な態度に戻る。


「それでまぁ、旅の人に相談なんですが、宿屋が満員でしてね。出て行ってほしいんですよ」


プリン男は話を急展開させる。


「既に部屋はとってるんですが……目が見えないんですか?」

「事情が変わったんですよ。そちらの女性の方の部屋は都合出来るんですがね、貴方には村から出て行ってもらいたい」

「あのー、私がルディオさんと同じ部屋に泊まるから大丈夫ですよ」

「いやぁ、男性のためのベッドがないもので。どうか男性の方だけ、お引き取りください」


要するに、ジーナをルディオから引き剥がしたいのだろうが、随分と雑な交渉である。

これだけ雑でも押し通せるだけの自信が彼にはあるのだろう。


「なるほど。その件に関しては、この部屋で一晩ゆっくり考えます」

「……!? 貴方、《具足戒》って知ってますか?」


煽られたと感じたのか、プリン男は思いの外早く、組の名前を出してきた。


「この国で安全に旅をしたければ、私達の言うことは大人しく聞いておくべきですよ」


具体的なことは言ってないが、明らかな脅迫であった。


「いやぁ……旅なんて危険なのが当たり前ですしね。モンスターに襲われますから」

「お前なぁ!! 脳味噌入ってんのかその頭には!! なぁ!!」


暖簾に腕押しな会話に業を煮やしたのか、プリン男は突然キレた。


「はい」

「はいじゃねぇんだよ!! いいから一人で出て行けって言ってんだよ!! わかったな!!」


そう言い捨てると、プリン男は大きな音を立ててドアを閉め、これまた大きな足音を立てながら去っていった。


「……ちょっかいを出されたな」

「一日宿に引きこもっていれば安全……ってこともないですよね」

「少なくとも、宿には迷惑をかけるだろうな」


ルディオはベッドに座り、ため息をつく。


「今すぐ二人で村を出るっていう手もあるが……まだリンゴのグラッセを食べてないな」

「弱りましたね」


ジーナはふふっと笑う。


「向こうが変なことをしないうちに、こっちから出向いた方がいいかもな」

「とりあえず、酒場に行ってみますか? 入り浸ってそうですし」

「そうだな」


ルディオは頭をかいて、用心棒達の風体を思い出す。

嫌でも目に浮かぶのが、服からはみ出るほどのタトゥーだ。

最初は誠実な態度だった、と猟師のスネアは言っていたが、その頃は隠していたのだろうか。


「これからは、タトゥーの入ったやつにはなるべく関わらないようにして進もう」

「……え?」


ジーナはきょとんとしている。


「……なんだ?」


その態度の理由がわからず、ルディオは尋ねる。


「いや、ルディオさんにも入ってますよね、タトゥー?」

「は?」


寝耳に水の情報だった。

風呂に入ったときや着替えたとき、自分の身体を見る機会はこの三ヶ月で何度もあったが、タトゥーには気がつかなかった。

それに、クローネ達からもそんな話は聞かされなかった。


「え、知らなかったんですか?」

「いや、クローネ達からは何も……どこだ?」

「うなじの辺りです」


そう言ってジーナは、ルディオのシャツの襟を引っ張り、うなじを覗き込む。


「そんなところに、タトゥーが……」


しかし、うなじであればルディオが自分で気づかなかったのは納得だ。


「う~ん、まじまじと見るのは初めてですけどこれは……バジリスク、かな? 黒いバジリスクのタトゥーがありますよ」

「バジリスク……」

「……でもこの模様、何かの本で読んだような」

「本当か?」

その記憶が確かなら、記憶を失う前の自分がタトゥーを入れたのは単なるファッションではないのかもしれない。

そこに意図があるならば、それはルーツを探る手掛かりにもなるはずだ。

「色んな本を読んでるからうろ覚えですけど……黒いバジリスクっていう紋章は引っかかるんですよね」

「首都に着いたら、調べた方がいいかもしれないな」

ルディオとジーナの一番の目的は、クローネを探すことだ。

だが、ルディオのルーツを探るのはクローネの考えを知ることにも繋がる。

「ですね。スケッチしておきます!!」

ジーナはメモ帳に黒いバジリスクのタトゥーをスケッチした。


* * * * * * * * * * * * * * *


タトゥーの話もそこそこに、ルディオとジーナは酒場へと向かう。

話の通じる相手ではなさそうだが、それでもひとまず話し合うため。

話が通じなかったときは……その時に考えよう。

そう話しながら歩いているジーナとルディオが、突然『魔力』の発露を感じ取った。


「ルディオさん、今……」


それはたった今、すぐ近くで何かしらの魔法が使われたということだ。


「そこそこ、大きいな……」


日常生活で使う魔法にしては、少し大きい気がした。

日常生活ではない……戦闘用の魔法としか思えなかった。

ルディオとジーナが魔力を感じた方を振り向いた瞬間、


「ウワァーッ!!」


二人の耳に、男性の悲鳴が響きわたる。

突如現れた猪型のモンスターが、男性に襲いかかろうとしているところだった。


「なにっ!?」

「た、助け」


逃げ遅れた男性が転倒し、そこに猪型のモンスターが襲いかかる。


「クソがっ!!」


ルディオはモンスターが男性を襲わないうちに素早くタックルし、捕らえる。


「逃げてください!!」

「は、はい!!」


男性を逃がしながらも、直接モンスターに触れたルディオはその身体に違和感を覚える。


(この身体……生身じゃあない……!?)


今日、別の猪型モンスターを倒したばかり……というのもあるが、そうでなくてもじっくりと触れば気がついただろう。

今ルディオが交戦しているモンスターの身体は、明らかに脂肪や筋肉で形成されたものではなかった。

その触り心地にはまるで、岩か陶器のような冷たさと固さがあった。


陶器のように簡単に割れてくれればいいが……と願いながら、ルディオはモンスターを担ぎ上げ背面に向けて叩き落とす。

ジャーマン・スープレックスである。

モンスターはズドンッと重い音を立てて叩きつけられるが、残念ながら割れることはない。

そして、不自然なほど鳴き声の一つもあげない。


「ッラァッ!!」


ルディオはモンスターが体勢を整える前に素早く振り返り、腰のサムライ・ソードを抜くと、モンスターを縦に一刀両断する。

真っ二つになってばたりと倒れるモンスター。

その断面は、やはり土だった。


「ゴーレム……?」


モンスターの亡骸(と言って良いものか)を見て、ジーナが呟く。


「ゴーレムっていうと、土や岩で作られた魔物か……見たまんまだが」

「それと……人が作った可能性があります。高度な土属性魔法を使えるなら、ある程度自律したゴーレムも作れます」

「まぁ……予想の範疇ではあるな」


結界を無視して村を襲うモンスター、その正体がこのゴーレムに違いなかった。

あの用心棒達は、自作自演で村からモンスターを守り、そして報酬をせしめていたのだ。

やり口の汚さもだが、その被害にもルディオは憤りを覚えた。

猟師のスネアは脚に後遺症を抱えていた。大怪我をした人間は何人もいるそうだ。

自然に生きるモンスターとの戦いならいざ知らず、私利私欲のためにそれだけの被害を与えたことは看過できなかった。


ゴーレムを作り出した男は、今もどこかでルディオ達を狙っているのだろうか。

いや、卑怯な手を使う連中だ。

何食わぬ顔で酒を飲み食らい『ゴーレムのことなど知らない、言いがかりはよしてくれ』とすっとぼける可能性の方が高い。


……とはいえ、これはあくまでもルディオの推測だ。

ゴーレムを作り出したのが全くの別人で、用心棒達はなんだかんだで真面目に仕事をしてきた、という可能性がないわけではない。


「……とりあえず、酒場に行ってみましょうか」

「そうだな」


まずは、話し合いだ。

向こうが話し合いに応じてくれれば、の話だが。


* * * * * * * * * * * * * * *


まだ日も高いというのに、酒場の中からは馬鹿騒ぎの喧噪が聞こえる。扉を開ける前から届くほどの音量で。

ルディオとジーナは、酒場の扉に手をかけて中に入る。

煙草の煙がもうもうと立ちこめる中で宴を開いていたのは果たして、用心棒達五人であった。

宿屋に訪れたプリン男、道ばたで出くわしたドレッドヘアにマッシュヘア、それともう二人、ソフトモヒカンとツーブロックの男だ。


その五人の男の他に、若い女性が二人いた。

服装から判断するに、恐らく二人ともこの店の給仕だろうか。

酒場で働く女性など、真っ先に家の中に隠した方が良さそうなものだが、そうできない事情もあるのだろう。

例えば、この店で働いているのがこの二人だけだとか。

二人とも用心棒達に肩を抱かれ、その衣服には乱れがあった。


「あ、あの、いらっしゃいませ……」


ソフトモヒカンに肩を抱かれていた女性が、ルディオ達を見て立ち上がろうとする。

言葉こそ客を迎えるためのものだが、その様子は突然現れた第三者に助けを求めているようにも見えた。

が、立ち上がろうとする女性の腕をソフトモヒカンが引っ張って無理矢理座らせる。


「ちょっとママ、あんな奴らほっといてよ俺の相手してよ」

「は、はい……」


ソフトモヒカンの口振りから、その若い女性がこの店の主人らしいとルディオが察した。

そしてソフトモヒカンは、すっ……と女主人の乳房に手を伸ばし、撫で回し始めた。


「ひっ……」


嫌悪し、そして怯えるような女主人の表情からはとてもその行為が合意のものとは思えなかったが、かといって声をあげて助けを求めることもなかった。

女主人はただチラチラと、すがるようにルディオの方を見るだけだ。


「てめぇ、一人で出て行けって言ったろうが」


ドアの一番近くにいたプリン男が、ルディオに向かって凄む。

ルディオはその声を一旦無視して、女主人の身体を撫で回すソフトモヒカンに近づいた。

ルディオの目には合意のない行為に見えるが、勘違いということもある。

まずは、話し合いからだ。


「嫌がってるじゃないか。やめたらどうだ」

「あぁ!!? 誰だてめぇ、関係ねぇだろうが!!」

「わかった。死ね」


ルディオは近くのテーブルから酒の空瓶を手に取ると、ソフトモヒカンの頭に向けて強かに振り下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る