Ep.3 暴力団と過剰な暴力 ①
「どうか、安らかにお眠りください……」
ルディオの討伐した猪型モンスターの遺体に対して、ジーナが手を合わせて冥福を祈る。
「ほら、ルディオさんも」
「ああ……」
ルディオもジーナに合わせて祈りを捧げるが、殺したモンスターを弔う彼女の習慣にはまだ慣れていない。
ジーナはモンスターの遺体に乗せていた掌サイズの魔石を取って、袋に入れる。
袋の中には、同サイズの魔石がいくつかあった。
「襲ってくるモンスターを倒していくと、魔石もこんなに貯まるものなんですね……」
ジーナはこれまで、何物の干渉も受け付けない最高の護身術といえる
そのため、旅をすればどれだけのモンスターに襲われるのか、という意識が全くなかった。
二人で旅を始めてまだ数日だが、お互いに新鮮な発見がいくつもある。
「次に着いた村で売るか」
「ですね。私達が持ってても宝の持ち腐れですし」
魔石の一般的な用途といえば機械類を動かすためのエネルギーだが、活かせるような機械をルディオ達は持っていなかった。
クローネと旅していたときにはジープの燃料に使っていたものだが。
「そうそう、ここから一番近くの村、美味しいりんごのグラッセを出す酒場があるらしいんです!! 楽しみにしててくださいね!!」
自分が作るかのような言い方である。
「俺はまた、別のメニューを頼まなきゃいけないんだろ?」
二人で旅を始めたとき、ルディオの記憶喪失について不謹慎にはしゃいでしまったジーナは、お詫びにゴールドキウイのパフェを奢る……との話だったが、いざ店に着くとジーナの気は変わってしまった。
やっぱりグリーンキウイのパフェも食べてみたい!! ということで、自分はゴールドキウイのパフェを頼んで、ルディオにはグリーンキウイのパフェを奢って、シェアすることにしたのだ。
「いいじゃないですか!! グリーンキウイも美味しかったでしょ!!」
「ははっ。まぁな」
ジーナと一緒にパフェを食べたことで、ルディオは自分が結構スイーツ好きだと知った。
「二人でいたら二種類の味が楽しめるのがいいですよね~」
「俺は一人で二つ食べても平気だが?」
「太りたいんですか!!?」
「いや、俺は太らない」
根拠のない話ではない。
まず、歩いて旅をするだけでも結構なカロリーを消費するうえに、嫌でもモンスターと戦う必要がある。
更にルディオは身長180cm程度で筋肉質な体型をしており、そして年齢も……見た目から判断すれば18歳程度で、基礎代謝も高そうだ。
「そんなの今のうちだけらしいですよ!! おじさんになったらルディオさんも糖尿病ですよ!! 糖尿病!! 知ってますか!!? 糖尿病って、血管がズタズタになっちゃうんですよ!! 血液を操って戦うルディオさんの血管がズタズタだなんて笑えないジョークですよ!!」
「それは……怖いな……」
食生活には気をつけよう。年をとったら。
ルディオはそう思った。
「食いしん坊のルディオさんは、近くの村まで仏様を運んでください!」
「そうするか」
殺したモンスターを放置するというのは、好ましいことではない。
普段なら人里に近寄らないモンスターが、死骸の臭いを嗅ぎつけて降りてきてしまうこともある。
それに、
ルディオは死骸を袋につめて背負う。
「乗り物があったら運ぶのも楽になるんだがな。魔石の使い道もできる」
ジープで移動するのは、なんだかんだで快適だった。
もしジーナと乗ることがあれば、ちゃんと座席に座ってほしいものだな……と、ボンネットに横たわるクローネの姿を思い出しながらルディオは思った。
「バイクに一票!! 風になりたいです!!」
「バイクか……俺に乗れるんだろうか。車は運転できたが」
「え!! 車運転できるんですか!!? じゃあバイクもいけますよ!!」
「そういうものなのか」
「はい!! 魔力の消費量が低いもの限定ですが!! お金貯めて買いましょう!!」
「どのくらいで買える物なんだ?」
「うーん……首都に着いたら見に行きましょう!!」
自由に使える足があるのは良いことだが、お金を貯める時間でひたすら動いた方が早いという考えもある。
目的地のはっきりした旅なら移動方法を鉄道やバスに絞った方が効率的に違いない。
現時点で、二人の目的地は
ここに行くだけなら、バイクや車などわざわざ買う必要もない。
しかし、真の目標は居場所も分からず、自由自在に動けるクローネだ。
首都に到着した後は、乗り物を買った方が有利かもしれない。
「でも、乗り物に頼ったらルディオさん太っちゃうかもしれませんね!」
突然の失礼な発言に、ルディオの思考は遮られた。
「じゃあ、バイクを買ったら一緒に甘い物を我慢するか……」
「えぇっ!! それは嫌ですよ!!」
* * * * * * * * * * * * * * *
ところでルディオは『血液を操って戦うルディオさんの~』というジーナの言葉で、彼女に相談すべき大切なことを思い出した。
戦闘中は空気中の水や体内の血液を操るという水属性の高度な魔法を使えるルディオだったが、戦闘以外では一切使えないのだ。
もっとも、記憶喪失のルディオにとっては使えたことの方が不思議だったのだが。
記憶を取り戻せば、自由自在に操れるのだろうか。
村役場で魔石の査定を待っている間に、ジーナの前で水を操れるか試すことにした。
ルディオは掌に少し水を乗せ、それを動かそうと念じ、手に力を込める。
すると、掌の水はプルプルと動き出した!
「ルディオさん、プルプル震えないでください! 水がプルプルしてるのか手がプルプルしてるのかわかりません!!」
「すまない……」
ルディオは手に込めた力を抜いて、静かに念じた。
すると、水はさっぱり動かない。
どうやら先程は、手がプルプルしていただけのようだ。
「う~ん……やり方がわからないにしても、ここまで動かせないのは奇妙ですね……。あれだけ高度な魔法を使えたのに」
ジーナは粒子化し、ルディオの手に手を重ねて魔力を送る。
「単純に、魔力不足かもしれませんから。もう一度試してみてください」
「助かる」
「助けます」
ルディオはもう一度念を込める。今度は手を一切動かさずに、水をプルプル動かせた。
「お、いいですね! それじゃあそのまま、水を球体にしてください!」
「さらっと言うな……」
しかしその言葉の軽さは、あれだけ高度な水属性を操れたルディオならこの程度……という期待からだろう。
ルディオはジーナを信じて、球体にするべく念を込める。
が、水は波打つだけだった。
「う~ん……私の魔力があってもダメか……」
「そもそもなんだが、空気中の水分を操ったり血液を操ったりっていうのはそこまで高度な魔法なのか?」
「それはもう!! 空気中の水分は目でも耳でも感じられないから、認識するだけでも普通は無理なんですよ!! 操る以前の問題です!!」
「なるほど……。でも、血液の方は? 血液は目に見えるし、自分の血液なら簡単に操れそうな気もするが」
「むしろそっちの方が難しいんです!! 生物の身体は筋肉や骨だけではなく、魔法によっても組織されていると言われていますが、その魔法は誰にも解明されてないんです!!」
「そんな説があるのか……」
「血液を操る魔法は、自然の法則を無理矢理ねじ曲げる反則技……真理に逆らう行いですよ!!」
「大げさ……じゃないんだろうな」
「もし血液を自由自在に操れたら、ハァッ!! って力を込めただけで目の前のモンスターをパァン!! と破裂させられちゃうはずなんです!! でも、そんなことが出来る人は聞いたことありません!!」
「確かに……それが簡単にできたら世の中変わるだろうな」
ジーナは対モンスターを引き合いに出したが、人間同士の戦いに持ち出された時のことを想像すると恐ろしい。
「すみません、魔石の査定でお待ちのルディオ様」
不意に役場の職員から声をかけられたルディオ。
「あ、はい」
すっと立ち上がり、職員の元に向かう。
「ちょっとルディオさん!! 水!!」
ジーナは慌ててハンカチを取り出し、ルディオの掌の水を拭き取る。
「悪い」
「良いですよ~」
改めてルディオとジーナはカウンターに行き、職員と話をする。
「査定させていただいた魔石なんですが……その」
「何か不備がありましたか……?」
ジーナは心配げに尋ねる。
「いえ! ルディオ様には何の不備もありませんでしたが、ただ、うちの村で今出せるのがこのくらいでして……」
そう言って職員の提示した額は、相場よりもずっと低い。
「あらら。魔力、余ってるんですか?」
そもそも魔石は、基本的な生活に必要な分は国から村に支給される。
祭などのイベントや映画館のような大規模な施設もないため魔力の消費が少なく、その上旅人から魔石を買っているので魔力が余って値崩れする、というパターンもある。
「いや、正直に申せば、魔力を売っていただけるのは本当にありがたいのですが……事情がありまして……」
心底困ってそうな職員の表情を見て、ルディオとジーナは村に入ったときに漠然とした活気のなさを感じたことを思い出す。
開いてる店が少ないとか、道が荒れてるとかいった具体的な問題は思いあたらないが、なんとなく寂れた感じはあった。
「どうします? 困ってるみたいだしこの値段で売っても……」
「慈善事業じゃないんだぞ」
「それは、もっともなんですが……」
少し考えたルディオは、職員に告げる。
「……通話代を上乗せしてくれ」
「通話代、ですか?」
職員に尋ねられたルディオは、モンスターの死骸をつめた袋を見せる。
「見ての通りモンスターの死骸があるから、
「か、かしこまりました!! それでは、換金して参りますのでしばらくお待ちください。通話機はそちらにございますのでどうぞお使いください。」
そう言って職員は、再び奥に引き返す。
通話代程度を上乗せしたところで相場には全く届かないのだが、
もっとも、ルディオ達が再びこの村を訪れることあるのかは不明だが。
「フフッ。沢山おしゃべりしちゃいましょうね!」
「そうだな。モンスターの引き取り方法について
そんな冗談を飛ばしていたが、
明日、
ドラゴンのような10m超えの大型モンスターならともかく、2m未満のモンスターでいちいち引き取りに来ていたら赤字だ。こればかりは仕方ない。
* * * * * * * * * * *
役場の職員に確認したところ、バス停は徒歩一時間程度の場所にあり、一番近い便は明日の昼頃の予定らしい。
朝早くに出発すれば、道中でモンスターに襲われる可能性を考慮しても間に合うだろう。
ルディオとジーナは役場の職員に宿を手配してもらい、一晩この村で休むことにした。
あとは、猟師の方にモンスターを解体してもらえば用事は終わりだ。
ルディオとジーナは猟師の家に向かう最中、改めて村の様子を見ていて、最初に感じた『なんとなく活気がない』という感想の正体に一つ気がついた。
「さっきから、若い女の人が全然いない気が」
「不自然なくらい、な……」
若者がそもそもいない過疎の村、というならむしろ話はわかる。
しかしこの村は、男性なら子供から年寄りまで普通に見かけるのに、女性は若くても初老の人しか見あたらないのだ。
若い女性は全員よその村に行ったのか、家の中に隠しているだけなのか。
事情は不明だが、いずれにしても大事には違いない。活気がなくなるのは当然だ。
不穏な空気を感じながらルディオとジーナが歩いていると、前方から二人の若者がふらふらとした足取りで歩いてきた。
赤みを帯びた顔色からして、ふらふらしているのは酒を飲んでいたからだろう。
昼間から酒を飲んでいるのは、まぁ個人の自由だ。
しかしルディオが気になったのは、二人の腕や首元にタトゥーが入っていることだ。
ファッションとして小さいものを入れている人間ならたまに見かけるが、二人のタトゥーはデザインから察するに、服の中まで書き込まれているほど大きいものに違いなかった。
そのタトゥーは、なんらかの組織に属している証……端的に言えば暴力団関係ではないか、とルディオは推測した。
自分一人ならともかく、ジーナもいる状況ではなるべく関わりたくはないな……と考えていると、二人の若者のうち一人……ドレッドヘアの方がジーナに気づいて、ニコニコしながら近づいてくる。
隣にいるルディオが目に入ってないのは、酔っぱらっているせいだろうか。
「君、旅人!!? 可愛いね!!」
「ど、どうも。よく言われます」
愛想笑いであしらいながらもジーナは、護身のために粒子化を始める。
「何もない村でつまんないでしょ!! 俺達この村で用心棒やってるからさぁ、酒場でいくらでも奢れるよ!! 一緒に行こうよ!!」
「行けたら行きます~」
ルディオとしてはすぐに引き剥がしてもよかったが、厄介ごとがあってもなるべく話し合うのはジーナの打ち出した方針だ。
それに彼らがただ純粋に、旅人と仲良くしたいだけという可能性も現段階では否定はできない。
「っていうか君、珍しい耳の形してるね!! それ、どうなってんの!?」
ドレッドヘアの青年はジーナの耳に顔を近づけながら、おもむろにジーナの肩に腕を回そうとした。
なので、ルディオは青年の腕を掴む。
「痛っ!!」
突然腕を剛力で掴まれた青年は、驚いてルディオの顔を見る。
「どうした、肩を貸してほしいなら俺が歓迎するぞ。遠慮するな」
そう言ってルディオは青年の腕を力ずくで引っ張り、自分の肩に無理矢理回そうとする。
「痛ッい!! やめっ、放せよっ!!」
ドレッドヘアの青年は腕を振ってルディオの拘束から逃れる。
「飲み過ぎだバカッ!! 男連れに声かけてんじゃねぇよ!!」
一緒にいたマッシュヘアの青年がドレッドヘアの青年を引っ張っていく。
「チッ!!」
ドレッドヘアの青年はルディオに向けて大きく舌打ちし、二人揃ってその場から去っていく。
「ありがとうございました」
ジーナはルディオに礼を言う。
「まぁ……余計なお世話かとも思ったがな」
ルディオが介入せずとも、粒子化したジーナが触れられることはなかったはずだ。
「そんなことないです。助かりました」
そう言ってジーナは微笑む。
「それにしても、あいつら用心棒とか言ってたな……昼間から酒を飲んで勤まるのか?」
「っていうか、用心棒なんて珍しいですね。この村にもモンスター用の結界はあったはずですが」
「結界でも対処できないトラブルがそんなにあるのか……?」
結界に引っかからない程の小型の魔物ならたまに侵入するかもしれないが、そうだとしてもわざわざ用心棒を雇うような問題ではない。
とすると、人間同士のトラブルでもあるのかもしれない。村に若い女性が見当たらないのも関係あるのかもしれない。
しかしルディオには、用心棒を名乗る彼ら自身がトラブルの種に思えて仕方がなかった。
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