Ep.2 スーツと彼女の示す道 ③(終)

「それにしても、なんだったんだこの合成獣キマイラは……」

「多分、密売です……」


ルディオの疑問に、ジーナが回答する。


「密売……?」

「はい……。見る限り、この合成獣キマイラ虎型ティガーベース有翼種ウィズウィング。天然物だとしたら希少価値はかなり高いはずです」

「多分、あのトラックの中にいたんだよな?」


荷台を破壊され、転倒していたトラックのことだ。

ジーナは合成獣キマイラが暴れ出す前から、そのトラックに注目していた。


「そうです。一目見たときから、あのトラックは不自然だと思ってたんです。結界のセンサーを無視するためのジャミング装置がついてるのに、食品の運送みたいな装飾がされてて……」


ジーナの話す《結界》とは、町にモンスターが入ってこないよう防ぐための防御魔法だ。

その結界は、基本的に《センサー》とセットで運用されている。

センサーでモンスターの接近を感知し、そこで結界が展開される……という仕組みである。

ルディオが詳しいことを聞いたのは落ち着いたあとのことだが……《ジャミング装置》とは、センサーを無視して町中にモンスターを運ぶための機械だ。

それ自体は通常、猟友会ギルドから審査を経て使用を許可される合法的な装置なのだが、悪用する人間が出てこないはずもない。

今回のケースでいえば、食品の運送用に偽装したトラックに合成獣キマイラを載せ、そしてジャミング装置を利用することで町中まで運び入れ、密売を企てたということだ。


「怪しいことにすぐ気がついたわけだな、ジーナは……」


フラフラと興味を移すジーナに呆れていたルディオだったが、むしろ自らの短絡的な判断を恥ずかしく思った。


「ぼんやりトラックを眺めてるだけだと誤解していた。すまない」

「いや、私もまさか脱走して暴れ出すとは思いもよりませんでしたけどね……。密売自体ダメですが、せめて丁寧に扱ってほしいですよ」


そういうとジーナはモンスターの前にしゃがみこんで、手を合わせる。


「何を……?」


と聞きかけたところで、ルディオは察する。

供養しているのだ。殺したモンスターを。


「ほら、ルディオさんも」

「あ、ああ……」


モンスターの供養など、クローネのパーティにいたときには考えもしなかったことだ。

ルディオにとっては、人間を脅かすモンスターは端的に言って『悪』でしかなかった。

しかし、この合成獣キマイラの境遇はどうだろうか。

遠い故郷から無理矢理連れ去られ、鎖で繋がれ、狭いトラックに押し込まれ……そんな劣悪な状況から逃げ出したかっただけではないか。

そして、突然目の前に広がった人間社会に混乱しただけなのではないか。

この間倒したドラゴンにしても、クローネに召還さえされなければ村を襲うこともなかっただろう。

いや、そもそも自然を生きているだけのモンスターが人間にとっての『悪』になることなどあるのだろうか。

……『害』になることは数あれど。


そんな風に思考を巡らせながら、ルディオは合成獣キマイラに合掌する。

ルディオが理解したのは、あくまでも理屈だ。

ジーナのように、心からモンスターを悼むことはできていない。

それでもルディオは、ジーナの心がけに合わせることを悪くはないと感じた。


「……私に、殺す以外の手段があればよかったんですけどね」

「あのままだと、町の人達も無事では済まなかった」

「わかってます」


* * * * * * * * *  * * * * * *


その後警察がやってきて、ルディオとジーナは事情聴取を受けた。

緊急事態とはいえ、町中で戦闘を行い、希少なモンスターを殺したのだ。

話を聞かれること自体は仕方ない。

二人は一時間ほど警察からの聴取を受けてから解放された。

そして合成獣キマイラと戦った現場に戻ってみると、その遺体は猟友会ギルドの職員によって運び出された後だった。

遺体を残し続けていいわけもないが……ジーナの表情は少し寂しそうだった。


そんなジーナの裾が、ちょんちょんと引っ張られる。

何かわからずジーナが振り返ると、そこには先程ジーナが障壁バリアーで助けた女の子がいた。


「こらっ、やめなさい!」


隣の母親に咎められると女の子は引っ張るのをやめ、にこっと笑う。


「ありがとーございます!!」


そして深々とお辞儀をする。


「すみません。この子、貴女を見かけたら走り出しちゃって……」

「いえいえ、嬉しいです!!」


ジーナは女の子の頭を撫でる。


「おねーちゃんすごかった!! モンスターをドーンって跳ね返して!!」

「凄いでしょー。お姉ちゃんは無敵だからね~」

「私もあれ、できる?」


そう問われて、ジーナは一瞬ふっと固まる。


「……できるよ~。魔法のお勉強を沢山したらね!!」


ルディオには、その言葉が真実のようには思えなかった。


「お耳を伸ばしたらできるようになる?」

「こらっ、何言ってるの!」


母親は女の子を咎めて、抱きかかえる。

身体的特徴はセンシティブな話題だ。子供が突然触れたことを申し訳なく思ったのだろう。


「すみません……。この子が失礼なことを……」

「いえいえ、全然気にしないでください!! 自分でも不思議なんですよね、この耳」

「自分でも……?」


ジーナの発言が気になり、ルディオが口を挟む。


「全然見かけませんよね、耳の尖った人」

「それはそうだが……」


ジーナ自身も知らないこととは思わなかった。

これといって深い事情がないから……と解釈してよいものだろうか。


「ところであの、モンスターを運んでいた人達なんですが……」


耳の話題を気まずく思ったのか、母親が話を切り替える。


「まだ捕まってないらしいので、気をつけてください。貴方たちみたいな強い人なら大丈夫かもしれませんが……」

「いえいえ! お気遣いありがとうございます!」

「これは単なる噂ですけど、モンスターを運んでいたのは《具足戒》の人間らしいんです」


《具足戒》という単語を耳にして、ルディオの心はざわついた。

そんな単語、聞いたこともないはずなのに。


「えっ!!? でも確かに、そういう巨大な組織がいないとあんな希少なモンスターは密売できないかも……」

「《具足戒》っていうのは……?」


ルディオの問いに、ジーナが答える。


「国内最大の指定暴力団ですよ」

「暴力団……か」

「暴力団というのは、非合法な手段で経済活動を行う組織で……」

「いや、そこは大体わかってる。ありがとう」


理解のできない会話に退屈したのか、母親に抱っこされている女の子が大きくあくびをした。


「とにかく、今日の夜はなるべく出歩かない方がいいと思います」

「そうですね!! ありがとうございます!!」

「それにしても、治安の良い町だと思ってたのに、まさか《具足戒》が騒ぎを起こすなんて……」


母親は困ったように言葉を漏らすと、頭を深々と下げて挨拶し、去っていった。


「ばいば~い」


母親に抱っこされながら、女の子が大きく手を振った。


「ばいばい!!」


ジーナが女の子に向かって大きく手を振る。

その隣で、ルディオも一応手を振った。


合成獣キマイラを運んでいた人達のことも気になりますが……ひとまず帰りましょうか。疲れました」

「……その前に、聞きたいことがあるんだが」

「なんです?」

「ジーナの使ってる障壁バリアー、あれってそんなに難しい魔法なのか? 女の子から聞かれて困ってるように見えたが」

「……難しいというか、普通はできない、らしいです。障壁バリアーだけじゃなくて、回復魔法も粒子化も」

「そうなのか?」


普通はできないというなら、それができるジーナとクローネは一体なんだというのだろうか。


「もし出来るなら、みんな使ってるはずです。でも、ルディオさんはこの三か月の間で、他に使っている人を見ましたか?」

「いや……」


確かに、障壁も回復魔法も粒子化も、全人類が覚えればどれほどの人間が助かるのかわからない魔法だ。

にも拘わらず、使っている人間はジーナとクローネ以外に見たことがない。


「魔法陣とか機械で似たようなものは再現できると思うんですが、全く同じものは普通できないはずです」


機械での再現といえば、町を守る結界は障壁に似た魔法といえる。

回復魔法に関しては、魔石の魔力で動かせる治療装置を猟友会ギルドの活動で何度か見たことがある。


「クロネちゃんは言ってました。私達はスペシャルなんだって」

「スペシャル、か……」


自分達がスペシャルだという主張はいかにも傲慢なクローネらしいが、この件に関しては根拠のないことではないだろう。


「だから私達は《魔法使い》じゃなくて《魔女》を名乗っていい。そう言ってました」


《魔法使い》と《魔女》の違い……その拘りに、クローネは何を思っていたのだろうか。


「ジーナとクローネがスペシャルだっていうその話……耳の形とは無関係なのか?」


ジーナとクローネの共通点として、どうしても頭に浮かぶのは特徴的な尖った耳だ。

クローネのパーティにいたとき、ルディオはそれを後天的なものだと考えていた。

というのも、魔法手術による人体改造というのは噂程度に聞いたことがあったからだ。

あくまで想像だが、耳の手術でかけた魔法が偶発的に耳を伸ばしてしまったとか。

逆に、聴力をアップするための手術でわざと耳を伸ばしたとか。

クローネが話さないので特に聞かなかったが、ルディオはそういう理由なのだと思っていた。

しかし、顔のそっくりな双子のジーナは、耳までそっくりだった。

先天的なものだと考え直すのは当然のことだ。


「正直、わかりません。自分ではそんなに気にしてなくて、遠い国の少数民族の血が混ざってるとかそんなのかな~、なんて思ってます」

「両親はどうなんだ? やっぱり同じような形なのか?」

「ママは普通の耳でしたよ。パパはそもそも、どんな人かわからないです」

「そうか……」


そうなると、尖った耳は顔も知らない父親からの遺伝かもしれない。

どんな事情で家庭から離れたのか……は、一旦踏み込まないようにした。


「でも、一緒に住んでたメイドさんの耳は尖ってたんですよね」

「は?」


話がややこしいことになってきた。

なぜ住み込みのメイドと同じような身体的特徴を持っているのか……複雑な経緯しか想像できなかった。


「今考えると、不思議ですよね」

「……とにかく、わからないってことだな」


どちらにせよ、二人で話して結論の出せる話ではない。

ルディオは話を切り上げて、宿に帰ることにした。


* * * * * * * * * * * * * * *


結局その晩、合成獣キマイラを運んでいた連中は無事、警察に連行されたそうだ。

という情報をルディオとジーナは宿屋の主人から聞いたのだが、連中が本当に《具足戒》の構成員だったのか……というところまでは流石にわからなかった。

そして翌朝、ルディオとジーナは町を出発する。

目的地は、首都・テルースだ。


「楽しみですね~テルース!! 面白そうなところが沢山あるし……でも、最優先はルディオさんのスーツを作ったガン・スミスですからね!!」


ルディオのルーツ探しが前進したことで、町から出て行く道中のジーナはご機嫌だった。

だが、ルディオとしてはきちんと確認すべきことがあった。


「……なぁ、ジーナ」

「なんです!!?」

「クローネの捜索と俺の記憶、今回はたまたま目的地が一緒だったからよかったが……もし食い違ったらクローネを優先させるぞ」


ジーナはすー……っと大人しくなり、口を開く。


「それはちょっと、違うと思ってるんです」

「違う……何がだ?」

「私、考えてたんです、クロネちゃんと戦ったあと。どうしてクロネちゃんは止まってくれなかったんだろう……って」


一昨日の晩の話だ。

クローネはルディオから魔力を奪い、パーティを連れて去っていった。

その際クローネは、止まってほしい、話し合いたいというジーナの呼びかけには一切応えなかった。

二人は仲のいい姉妹のはずなのに。

クローネとの戦いの後、ジーナはしばらく放心状態に見えたが、内心ではそんな疑問を解決しようとしていたのだ。


「それで、思ったんです。クロネちゃんが髪を伸ばし始めたのは、いつだったかなぁって」

「髪を……?」


ジーナは青紫色のボブヘアを撫でながら、静かに微笑む。


「小さい頃は、クロネちゃんも同じ髪型だったんです。同じ女優さんに憧れて、真似をして。それが、いつの間にかクロネちゃんだけ伸ばしてた」


その微笑みは、どこか寂しそうだった。


「伸ばした髪を見ても、可愛いな、似合ってるなとしか思わなかった。でも、どうして伸ばしたのかは知らないんですよね。他に素敵なモデルを見つけたのか、なんとなくなのか、私とお揃いが嫌になったのか」


ジーナは真剣な目つきで、ルディオを見つめる。


「私、今のクロネちゃんの心が知りたいんです。それを知らなきゃ、止まってくれないのも、話し合ってくれないのも、当然だって思います」

「……それを知るために話し合う方が、普通だと思うけどな」


ルディオは、ジーナの気負いを少しでも和らげたくて、フォローのつもりでそう言った。


「言いませんでしたか? 私もクロネちゃんも、スペシャルなんですよ」


ジーナはフフッと笑う。


「だから、そのためにもルディオさんのことを知らなきゃダメなんです」

「俺のことを……?」

「クロネちゃんは、ルディオさんの過去を知ってる。魔力を奪う相手も、ルディオさんに拘ってた。ルディオさんの記憶は、クロネちゃんの居場所を探す手がかりにはならないかもしれません。でも、心を探すための、大事な手がかりなんです」


昨日の合成獣キメラとの戦いでも、ルディオが思ったことだ。

ジーナは、ただ単にあっちこっちへフラフラしているだけの子ではない。

ジーナは、色んなものに興味を惹かれる分、ルディオよりも広い視野で世界を見ている。


「俺のための記憶探しなら、断ってたんだがな……。それがジーナのためになるっていうなら、従うよ」


ルディオはジーナをじっと見つめて言う。


「俺は一応、サムライだからな」


ジーナはニッコリと笑う。


「頼りにしてますよ、おサムライさん」


ルディオとジーナは再び、前を向いて歩き出す。


「それに、クロネちゃんの心がわかったら、ルディオさんもクロネちゃんと仲良しになれるかもしれませんよ!!」

「それはない。それだけはない」


ジーナの思考にはやはり、ルディオには想像のつかない面があった。


「そもそも、俺はクローネを殺すつもりなんだぞ」

「またそんなことを言う!! もしもクロネちゃんが危ないことをやめて、仲良しになれたらそっちの方がいいに決まってますよ!!」


あり得ない仮定で話を進めるのは、詭弁である。


「もし万が一、そんなことがあり得たら、な」

「ほら!! 論破!!」


ジーナはドヤ顔で言い放つ。


「そういうのを論破とは言わない」

「負け惜しみはやめてください!!」


ジーナがクローネの心に絶望したとき。

心の中を知ったからこそ、止められないのだと理解したとき。

そんなときのために、自分が傍にいるのだろう。

だからこそ自分は、クローネへの殺意を持っているのだろう。

ジーナの代わりに、自分がクローネを殺すために。

元気に騒ぐジーナの隣で、ルディオは自分の決意を新たにした。

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