Ep.1 魔女を殺しに旅立とう ④(終)
* * * * * * * * * * *
クローネと戦った場所で考え込んで……どれだけの時間が過ぎただろう。
数分しか経ってないようにも、何時間も経ったようにも感じられた。
ただ一つ確かなのは、夜の帳がすっかり降りたということだ。
とにかく、この場に留まっているわけにもいかない。
ひとまずどこかの町に行って、宿をとってゆっくり休もう。
そして体力を回復したら、クローネ達を探す旅に出よう。
当てはない。
それでも自分が、あの女を殺さなければならない。
怒りなのか、危機感なのか、理由は断言できないがそういう判断がルディオの中にあった。
そういう行動指針を定めてルディオは、しゃがんで塞ぎ込むジーナを見る。
戦闘力のなさそうな女の子だ。普通ならば安全のために自分が近くの町まで同行するべきところだろう。
しかしジーナには、粒子化という最高の護身術があった。
身体を幽霊のように半透明にして、あらゆる干渉を避ける。
教えたクローネでさえ、対処のできなかった魔法だ。
恐らく、一人で帰ってもらっても大丈夫だろう。
何より……ジーナから自分を遠ざけようとしたクローネの忠告が、ルディオには気にかかった。
殺そうとしている相手とはいえ、愛する家族のための言葉だ。
無下にする気にはなれない。
そもそも、自分は彼女の姉妹を殺そうとしているのだ。
すぐにでも離れた方が良いに決まっている。
「……なるべく早く帰れよ」
ルディオはそう声をかけて、ジーナから去ろうとした。
「あ、あの!」
ジーナはルディオを引き留める。何を話すことがあるのだろうか。
「なんだ?」
「帰り道、わかってますか?」
「……」
ルディオはクローネ達と一緒に歩いてきただけで、どんな道を通ったかなど全く気にとめていなかった。
ジープの轍が残っていればそれを辿って帰れるだろうが、残っているとは限らない。
ルディオは自分がほとんど遭難状態であることに、たった今気がついた。
「私は来る途中に目印を残してきたんですけど」
ジーナはしっかりしていた。
「……申し訳ないが、一緒に帰らせてくれ」
姉妹を殺そうという相手に頼みごとをするのだから、本当に申し訳ない話だ。
「はい!!」
ジーナはにっこりと笑って返す。
クローネのことは、心の中で整理がついたのだろうか。
「それじゃあ行きましょうか」
「……ああ」
とにもかくにも、二人は歩き出した。
それにしても、共闘していたときはテンションがおかしくなって普通に話していたが、冷静になるとばつが悪い。
そう思っているのは、ルディオの方だけのようだが。
「あれ、そういえばお名前も聞いてませんでしたよね? なんていうんですか?」
「……知る必要はないだろう」
「え、なんでですか?」
「クローネが言っていただろう。俺からは離れた方がいいって」
「それは確かに気になりますけど……理由はなんなんですか?」
「俺が多分、危険な男だからだ。どう危険なのか自分ではわからないが」
「また無自覚なんですか!? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫ではないかもしれない。だから、俺とは関わらない方がいい」
「……クロネちゃんがそう言ってても、判断は自分でしますよ」
ジーナはふふっと笑い。
「確かに怖いところあるけど、悪い人とは思えないんですよね。憑依したからわかる気がします!」
「気がするだけなのか……」
「はい! 気がするだけです!!」
「……どっちにしろ、だな」
ルディオは改めてジーナに向き合って、話す。
「俺はクローネを殺すつもりなんだ。一緒にいるべきじゃないだろう」
「……尚更、一緒にいるべきじゃないですか。絶対に止めますから」
「なんだそりゃ。クローネを見つけるまでずっと一緒にいる気なのか」
その言葉で、ジーナはハッとする。
「確かに……そうですね! 一緒にクロネちゃんを追いかけるべきです!」
「……え? いやいやいや」
「二人とも、クロネちゃんを探したいのは同じじゃないですか。一緒なら効率UP!!」
「理屈はそうだが……」
ルディオはジーナのことを、悪辣なクローネと違って優しい子だと思っていたが……奔放さや強引さはそっくりだと感じた。
「旅してるうちに、殺す気も失せますよ!」
「どこから来るんだその自信……」
「それに、悪い人やモンスターが立ちはだかっても二人なら大体倒せますよね!」
「それは……」
確かに、ジーナの憑依があればルディオの戦闘力は格段に上がる。
というより、ジーナがいなければ魔力を奪われたルディオの戦闘力は頼りないものだ。
そんじょそこらのモンスターが相手ならともかく、ジーナ達に敵うはずがない。
クローネの捜索にしたって、仲の良い姉妹であるジーナの方が彼女のことをよく知っているわけで、見つけられる可能性は断然高いだろう。
そもそも双子なのだから「私と同じ顔の人を見かけませんでしたか?」と聞いて回ることだってできる。
クローネの写真すら持っていないルディオと比べて、なんと頼りになることか。
考えれば考えるほど、ジーナと旅をすることにはメリットしかない。
……その複雑な心情を除けば。
「町に行って宿をとったら作戦会議ですよ!」
「……わかったよ」
理屈で考えて、メリットが高いというのはある。
しかしそれ以上に、ルディオはなんだか、彼女の奔放さに押し切られるのも悪くはないと思ってしまった。
自分の心情は一旦置いて、ジーナに従おうと思ってしまった。
考えてみれば、彼女は命の恩人だ。
だから恩返しのために、しばらく従おう。
サムライとして、そんな理屈を後付けした。
ルディオはジーナに見せるため、首にかけたドッグタグをワイシャツから引っ張り出して言う。
「ルディオだ」
「え?」
「俺の名前」
「おお! いい名前ですね。それでそのネックレスは……」
ジーナは指に魔法で光を灯し、ドッグタグに刻まれた文字を読む。
「『LD-10』……ああ! ルディオ(LDIO)っていう名前をもじったんですね!」
「……いいや、逆だ」
「へ?」
「このドッグタグを見て、クローネが名付けてくれたんだ」
「……それは、どういう」
「所謂、記憶喪失ってやつでな。俺を拾ったクローネが、そう名付けてくれた」
三ヶ月前のあの日、『ルディオ』はクローネのおかげでこの世に生を受けた。
クローネのことをどう思おうと、それだけは確かだ。
「……え!? 記憶喪失の人って、私初めて会いました!!」
「はい?」
何やら嬉しそうだが、理由は検討もつかないのでルディオは困惑した。
テンションの上がったジーナは、突然ハッと我に帰る。
「あ、物語の中でしか見たことないからはしゃいじゃって……。現実で会えるとは思ってもなくて……。不謹慎でしたよね、すみません……」
「そんな、有名人に会ったみたいなリアクションされても……」
ジーナは申し訳なさで凹んでしまう。
「ルディオさんは苦しんでいるのに……私ときたら……」
「いや、そんなに深刻に考えなくても大丈夫だ……」
「あ、あの! 甘い物は好きですか!?」
「え!? いや、どうだろう……」
この三ヶ月で甘い物を食べる機会は、あるにはあった。
しかし、それが好物と断言できるほど試したわけではなかった。
「あ、あぁ……。そうか、覚えてないんですよね、すみません……。あの、私はお詫びに奢ろうとしたんですよ。この近くの町のカフェにあるゴールドキウイのパフェがすごく評判だから」
そう説明してからジーナは、不安に襲われる。
記憶喪失のルディオに、どれだけ自分の話が通じているのか。
「ゴールドキウイっていうのはフルーツの名前なんですけど、えっと、元々キウイっていう緑の果物があって、それは酸っぱいのにゴールドキウイは酸っぱくないのが売りで、酸っぱくないキウイっていうのがそもそも凄くて、その……この話通じてます!?」
「……くふっ」
ルディオは、なんだか笑えてきた。
この世に生を受けて三ヶ月、初めて心の底から笑った。
「はははははっ!!」
「え、なんで笑うんですか!? 真剣に説明してるのに!」
「ふふっ、いや、すまない。そうだな、一緒に食べに行こう。ゴールドキウイのパフェを」
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