Ep.1 魔女を殺しに旅立とう ③

ジーナの回復魔法のおかげで、段々と視力も回復し、彼女の姿がはっきりしてくる。

やはり、ジーナの顔はクローネと瓜二つだった。

クローネの一番の特徴である長く尖った耳も同じ、艶のある青紫色の髪も同じだった。

しかし、眼鏡のフレームが違う。クローネは細いメタルフレームで、ジーナは赤いアンダーリムだ。

そして、髪の長さも違う。クローネは腰まであるロングヘアだったが、ジーナは肩に届かない程度のボブヘアだ。

何より、その表情はこの三ヶ月で見たどのクローネよりも柔和だ。


「その男から離れなさい!!」


ジーナが幽霊のように透けているのは、やはりルディオの見間違いではないらしい。

クローネが実力行使でジーナをルディオから引きはがさないのがその証拠だ。


「怪我を治さなきゃ!!」

「治さなくていいから!!」

「なんでこの人を刺したの!!?」

「そいつが悪い人間だからよ!!」

「だったら警察に届けなきゃダメだよ!!? 私刑はよくないよ!!」

「私が良いと言ったら良いのよ!!」

「そんなわけないよ!!?」


姉妹喧嘩をしている間に、段々と回復魔法でルディオのダメージが癒えてくる。


「……そうだ!!」


アーミルがルディオの腕を掴む。

ジーナに干渉できないなら、ルディオの方を引き離せばいいと気がついたのだ。

頭の回転が早い、と誉めていいものか。

とにかく、アーミルはルディオを引きずり始めた。


「うおわっ!?」


びっくりしたジーナは、ルディオの上に正座する。

これでアーミルがいくらルディオを引きずっても、ジーナはルディオにくっついて回復を続けられる。

ルディオとしてはありがたい話だが、自分の上に人が座っていて、しかも体重は全然感じないというのはなんだか変な気分だった。


「我が輩に任せよ!!」


ファルサがルディオの首根っこを掴んで持ち上げる。


「ひゃあっ!!」


ジーナは持ち上げられたルディオにひっついてぶら下がっている。

180cm程のルディオに150cmもないジーナがひっついていると、しがみつくというよりぶら下がっているという表現の方が適していた。

肩を掴んでいるのか……と思ったルディオだが、よくよく見れば違った。

透き通ったジーナの腕が、ルディオの胸に埋まっているのだ。


「なんだ……これは……?」


ルディオにはなんというか、ジーナに浸食されているような感覚があった。


「うおぉぉぉぉ!!」


ジーナをルディオから引っ剥がすべく、ファルサは首根っこを掴んだルディオをぶらぶらと振り回す。


「わ、ちょ、ふふふっ」


ぶんぶんと振り回されて、ジーナはちょっと楽しくなっちゃったようだ。

ルディオから剥がれる様子はない。


「や、やめろ……」


しかし、首根っこを掴まれたルディオとしてはたまったものではない。


「やめろォ!!」


ルディオはソバット(後ろ蹴り)をファルサの腹にたたき込む。

いつの間にか、ルディオは格闘が可能なほど回復していた。


「うぉッ!!」


思わずルディオを放すファルサ。

ルディオの蹴りを食らってもファルサはどっしりとして全く動かないが、ルディオは蹴りの反動でファルサから飛び退くことができた。

それほど激しく動いても、ジーナはくっついたままだった。


「ジーナとか言ったな。助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして!」


ジーナはにっこりと笑って元気に返事をする。

その笑顔にルディオは緊張感が抜けそうになるが、気を取り直してジーナに告げる。


「回復してもらっておいてなんだが、俺は今からあんたの姉妹を殺す」

「えっ、クロネちゃんを!!? ダメですよ!!」

「あいつは危険人物だ。殺すしかない」


クローネはジーナに訴えかける。


「危険なのはその男の方よ!! 離れなさい!!」

「離れるのはいいけど……それならきちんと話し合ってよ!!」

「その男と話し合うことなど何もないわ!!」

「じゃあダメ!!」

「なんですって!!?」


ルディオはジーナに告げる。


「殺すのに反対なら、離れてた方がいい」


いくらなんでも、家族を殺すところを間近で見せたくはなかった。


「離れて困るのは貴方の方ですよ!!?」

「どういうことだ?」


すっ……とジーナがルディオから腕を離す。

すると、体力と同時に十分回復できたと思っていた魔力が一気に抜け落ちるのを感じた。


「これは……?」

「貴方は『根源的な魔力』を失ってる……私がいればいなければ補えませんよ!!」


確かに、ジーナの協力がなければ困るのは間違いないようだ。

一人の力ではこの四人を相手に戦うことなどできないだろう。

彼女らの強さは、三ヶ月共闘してきたルディオ自身がよく知っている。


「……それでも、あんたの力を借りてクローネを殺すわけにはいかない」

「クロネちゃんを止めるだけなら、喜んで協力します!!」


殺すのか、止めるだけなのか。

そこに拘る以前に、まずは四人に勝たなければならない。


「……あんたがそれでいいのなら」

「はい!!」


ジーナはルディオの身体をすり抜けると、背後霊のように後ろに浮いた。

先ほどのように身体同士が接続しているわけでもないのに、どういうわけかルディオはジーナの魔力が流れ込むのを感じられた。


「ジーナから離れろォ!!」


クローネは、今まで以上に語気を荒げて訴えかけた。

その声には、はっきりと怒りの感情があった。

多少のワガママは日常茶飯事のクローネだったが、これほど感情をむき出しにした姿をルディオは初めて見た。


「だったら、この人とちゃんと話し合って!!」

「話し合うことなんて何もない!!」

「じゃあ無理矢理止めるしかないよ!!」


ルディオは腰のサムライ・ソードに手をかけ、ジーナに声をかける。


「行くぞ!! ジーナ!!」

「はい!!」


そして、背後のジーナもろともクローネに向かっていく。


「攻撃してもジーナは傷つかない!! 思いっきりやりなさい!! ファルサ!!」


クローネの声を受け、ファルサがルディオに襲いかかる。

ジーナと協力したルディオの力量を測るため、まずは最もタフなファルサをぶつける作戦なのだろう。


「ウォォォラァァァア!!」


ファルサの全体重を乗せた渾身の拳が、ルディオに迫る。

居合いで対抗しよう、とルディオが構えたその瞬間、


「ハァッ!!」


ジーナが光の障壁バリアーを展開し、ファルサの拳を受け止める。


「何ィ!!?」


拳とぶつかり合ったダメージで、障壁バリアーは盛大に砕け散る。

が、砕け散った衝撃でファルサはのけぞり、隙が生まれた。


「死ねぇッ!!」


ルディオはまず、ファルサの腹から右胸にかけて逆袈裟に大きく一太刀浴びせると、素早くファルサの肩を突いて貫く。


「ガァッ!!」

「地獄百景・血流獄!!」


その叫びとともに、ファルサの傷口から夥しい量の血が吹き出す。

その血はファルサの後方にいるクローネ達に向かって吹き出し……そして無数の矢のように襲いかかった。


「まずいッ!!」


クローネは即座に光の障壁バリアーを張って血の矢をやりすごす。

側にいたアーミルと怪印も、障壁バリアーによって血の矢から逃れることができた。


「……なんだ、これは!!?」


が、アーミルはその威力に驚愕した。

血の矢を浴びた木々も地面も、それぞれがサムライ・ソードで斬りつけられたかのような深い傷を負っていたからだ。


「……なんだ、これは」


技を放ったルディオ自身も、驚愕していた。

ただし、威力にだけではない。

その技を放ったこと自体に、である。

ルディオには、こんな技を使った記憶も見た記憶もなかった。


「あ、あの!! プロレスラーさん死にませんか!!?」

「……あ、いや、それは大丈夫だ!!」


ルディオがサムライ・ソードを肩から引き抜くと、ファルサはばたりと倒れた。


「この人はこのくらいじゃ死なない」


ファルサほどタフな人間をルディオは知らなかった。

もっとも、さしものファルサでもこれだけの出血で戦闘を続けるのは無理だろうが。


「でも、死ねって言いながら斬りましたよね!!?」

「え!!? そんなこと言ってたか!?」

「無自覚なんですか!!?」


そうこうしているうちに、次は怪印が襲いかかってくる。


「ヒノワダチ」


怪印が両手から飛ばしたワイヤーが、ルディオを中心にぐるぐると何度も円を描いて360度とり囲んでいく。

そして瞬く間にワイヤーが炎に包まれ燃え上がり、ルディオを締め上げようと迫ってくる。


「これ、障壁バリアーじゃ防げませんよ!」

「ハァッ!!」


ルディオが炎を振り払うようにサムライ・ソードを振るうと、その軌道から水流が発生して瞬く間に炎を消火する。


「……!!」


予期せぬ対処に、怪印は驚愕する。


「大気中の水分をここまで操るなんて……!! 水属性の達人だったんですね!!」

「いや、なんで出来たのか自分でもわからない……!!」

「えええええ!!?」


火遁の術では勝ち目がないと考え、怪印が小太刀を抜いて襲いかかってくる。


「ハァッ!!」


先程水流を発生させた勢いで、ルディオは斬撃に水流を乗せて怪印に向けて飛ばす。


「……!!」


怪印が水流を小太刀で受け止めると、水流は瞬く間に凍り付く。

そして斬撃は、弓状の氷の塊となってゴトッと地面に落ちる。


「何ッ!!?」


図らずも、先程の意趣返しになってしまったか。

ルディオは予期せぬ対処に驚愕する。

ルディオがこの対処を予期してなかったのは、怪印が火遁とその応用以外の魔法を使っている姿を見たことがなかったからだ。

冷気を操るこの魔法を、ともに戦った三ヶ月の間に使わなかったのは、単純に使う機会がなかったからだろうか?

いや、いずれ敵になるルディオに、なるべく手の内を見せたくなかったからに違いない。

そう考えると、ルディオの胸中に怪印に対する更なる怒りが沸き上がった。


「死ねェッ!!」


ルディオが怪印に斬りかかると、怪印はそれを小太刀で受け止める。

が、ジーナの力添えによって膂力で上回ったルディオは怪印の小太刀を退け、右肩から腹にかけて袈裟懸けに斬撃を浴びせる。


「……!!」


上半身に刻まれた大きな傷を認識した怪印は、瞬時に右手から火遁を放ち、傷口を焼いて止血する。


「させるかァッ!!」


ルディオは怪印の傷口をドン、と掌で押すと、そのまま何かを掴んだ。

その何かは……怪印の血液だった。

怪印の血液が、一枚の布のように塞いだはずの傷口から引きずり出されていた。


「るァァッ!!」

「……!!!」


ルディオが布のように掴んだ怪印の血液を引きずり出すと、怪印は出血多量で倒れる。


「なんだこの技は!!?」


ルディオは自分で驚いて、掴んだ怪印の血液を手放す。


「何もかも無自覚じゃないですか!! 大丈夫なんですか!!?」


ルディオの手放した血液は、再び液体に戻って地面に染み込む。

ジーナの言う通り、何もかも無自覚で大丈夫ではない気がした。

しかし、戦闘中にゆっくり考えるほどの余裕はルディオにはない。

気を取り直してクローネに向かったところを、バズーカを構えたアーミルが迎え撃つ。


「トリモチィ!!」


本日三発目のトリモチをアーミルが発射する。

先程のように、トリモチが固まるまでやりすごさなければならない。


と、考えていたルディオだったが、卓越した動体視力でアーミルの企みを見抜いた。

アーミルが発射したのは、トリモチではなく砲弾だ。

一日に二回もトリモチを発射した事による思考の隙間をついて、ルディオを罠に仕掛けたのだ。

トリモチと同じように対処すれば、爆風による大ダメージは免れなかった。


「死ねぇッ!!」


ルディオは瞬時に対処を切り替え、発射されたばかりの砲弾を斬撃で斬り捨てた。


「なっ!!?」


計算よりも自分の近くで巻き起こった爆風に、アーミルの身体が吹っ飛ばされて後方の木に激突する。

そしてアーミルは、そのまま気を失った。

距離があるとはいえ、爆風を受ければルディオも多少のダメージを免れないはずだったが、ジーナが咄嗟の判断で障壁バリアーを展開したおかげで事なきを得た。


「助かったよ」

「それより、また死ねって……」

「わかった」

「わかったじゃなくて」


またもや無自覚だったが、それを気にしている余裕はない。

残ったのはいよいよ本丸のクローネだけだ。


「……私の妹のおかげで強くなって、イキってるんじゃないわよ」


クローネの言葉通り、ジーナの力添えによってルディオのパワーより格段に上がっていた。

それも、魔力を奪われる前と比べての話だ。

ファルサ・怪印・アーミルをハイテンポで撃破できたのは、彼らがルディオのパワーアップを見誤り、戦い方を間違えたのも大きいのだろう、とルディオは考えた。


「クロネちゃん!! もう戦うのはやめようよ!!」

「やめる理由がないわ!! 私にはその男から奪った力がある!! 二つの力を持つ私の方が単純に有利なのよ!!」

「私……クロネちゃんとは戦いたくない!!」

「ええ、私もよ!! だからさっさとその男から離れなさい!! そんな男に憑依させたくて粒子化を教えたわけじゃないのよ!!」


憑依というのは、ジーナがルディオにくっついて力を与えているこの状態のことだろう。

粒子化というのはジーナが幽霊のように半透明になり、あらゆる干渉を避けている状態のことだろう。

そうルディオは推測した。

ジーナが幽霊なのか、半透明になる魔法を使っただけの人間なのか、ルディオは判断しかねていたがどうやら後者らしい。


それにしても、傲慢な魔女・クローネが誰かに魔法を教えることがあるというのはルディオには驚きだった。

それも含めてクローネの計画の一部……というのなら納得だが、ルディオには純粋な姉妹愛で教えたように思えた。


……そういう人間らしく優しい面を知っても、クローネへの殺意が変わることはない。

そんな自分の心にも、ルディオは驚いていた。


「……どうしても戦うの? その前に話せることはないの?」

「……話したら、貴女は私を止めるでしょうね」


そう言いながら、クローネは弓を構える。

クローネの魔力で弦と矢が形成される。


「クロネちゃんがそう言うなら、話さなくても私は止めるよ」

「貴女の前で、人を殺したくはなかったわ」


クローネがルディオに向けて矢を放つ。


「ハァッ!!」


迫り来る矢に合わせて、ジーナが光の障壁バリアーを展開する。

が、ルディオの目はある異変を捉えた。


クローネの放った矢は、『闇』で形成されていた。

ルディオが彼女と一緒に戦った三ヶ月、ずっと『光』で形成されていた矢が、『闇』で形成されていたのだ。

クローネは怪印と同じように、力を隠し持っていたのだろうか。

もしやこの闇は、自分から奪った力なのではないだろうか。


疑問は尽きないが、今最も重要なのは「何故『闇』の矢を選んだのか」だ。

その答えにルディオがたどり着けないまま、闇の矢はジーナの障壁バリアーと接触する。

その瞬間、光の障壁バリアーは闇の矢に吸い込まれて消滅した。


「な……!?」


ルディオが驚愕する間もなく、闇の矢はルディオに襲いかかる。

胸の中心に向けて放たれた矢を、ルディオは無理矢理身体をよじって回避しようとする。


「ぐぁッ!!」


結果、ルディオは避けきれず矢は彼の右肩を大きくえぐり取った。


「か、回復ッ!!」


ジーナは慌てて肩の傷に回復魔法をかける。

その間も、クローネの追撃は止まない。

ルディオは走りながらクローネの放つ闇の矢を避け続ける。


クローネが攻撃を続ける限り避けなければならないが、ルディオの脚は何故か、ジーナから得た力をあまり感じられなかった。

恐らく、回復に魔力を回しているせいなのだろう。

そしてクローネは、他に魔力を回せば膂力が落ちるという性質を知っているに違いない。

何せ、ジーナにこの魔法を教えた張本人なのだから。

脚力を落とした中で、ルディオが矢を食らうその瞬間を待っているのだろう。


「回復は一旦やめだ!!」

「は、はいっ!!」


まだ傷は痛むが、ともかく大量出血は免れた。

障壁バリアーも回復も大きな隙を生む、となれば攻勢に転じるしかなかった。


「死ねェェェェッ!!」


ルディオは叫び声をあげながらクローネに接近する。

当然クローネは矢での攻撃を続けるが、ルディオの方から接近している分その軌道は読みやすかった。

そして、軌道さえ読めれば避けられるだけの動体視力と瞬発力が、ジーナの力添えを受けたルディオにはある。

矢を避けながらクローネに肉薄し、サムライ・ソードを抜いて居合い切りを浴びせる。


が、その斬撃をクローネは、弓の反り部分に発生させた光の刃で受け止める。

クローネの弓は、反り部分を刃で形成した所謂『刃弓』へと変貌していた。

一般的な刃弓と異なるのは、刃の部分が金属ではなく、クローネの魔力で形成されているところだ。


「くっ……!!」


魔力を奪ったとはいえ、膂力ではやはりルディオが勝る。

鍔競り合いでルディオに押されるクローネは、すっ……と力を抜くと、バランスを崩したルディオに素早く闇の矢を放つ。


「がぁッ!!」


右手を大きく損傷したルディオは、ひるむことなくクローネに斬撃を浴びせる。


「うぐっ……!!」


ルディオのサムライ・ソードはクローネの左腕に深い傷を刻む。


「クロネちゃん!!」


ジーナが思わず声をあげる。

が、ルディオのサムライ・ソードはクローネの左腕を捕らえたまま離れてはいなかった。

ファルサに食らわせた攻撃のように、サムライ・ソードを介してクローネの血流を操作し、多量の出血をさせようとしているのだ。


「ハァァッ!!」


……だが、クローネの血流は自然のままで、ルディオの思い通りには動かなかった。


「なっ……?」

「愚か者めッ!!」


クローネは刃弓でルディオのサムライ・ソードを弾くと、その隙にルディオの右腿に闇の矢を食らわせる。


「がァッ!!!」


右手の大怪我と心理的な隙、そこに食らったダメージのために、ルディオは思わずサムライ・ソードを手放してしまう。


「魔力で上回る私の身体を操作できるわけがないでしょう!!」


クローネはそう勝ち誇ると、もう一度ルディオに矢を食らわせるべく弓を構える。


「もう……もうやめて!!」


ジーナの訴えは、ルディオにもクローネにも届かない。


ルディオはただ、次の一手を思案する。

サムライ・ソードを拾う隙はない。

クローネの血流は操作できない。

普通の打撃なら、クローネはすぐに回復してしまうだろう。

この状況で残された武器は一体何なのか。


ルディオはまず、クローネに飛びかかった。


「ハァッ!!」


クローネはルディオに向けて闇の矢を放つ。

ルディオはそれを左腕で受け止めて、逸らす。


「ぐっ……!!」


当然左腕は大きくえぐれるが、ルディオはそれでも突撃をやめない。

そしてルディオは、負傷した右手でクローネの左腕に刻んだ傷を掴む。


「なっ……!?」

「死ねぇぇッッ!!! 溶血流葬ッ!!!」


そしてルディオは、自身の血液を小さな無数の刃にしてクローネの傷口に流し込んだ。


「ああああああぁぁぁっっっっ!!!」


流れ込んだルディオの血液は、クローネの腕を内部からズタズタに切り裂き、そして溶けていく。

溶けた血液はクローネの血液と反応して、赤血球を破壊する『溶血』を引き起こし、クローネの身体を蝕んでいく。

左腕がもぎとられるような苦痛に、クローネは悶え苦しむ。


「クロネちゃんっ!!!」


ジーナは悲痛な声をあげる。


「こ、この不届き者めぇぇぇぇッッ!!!」


クローネが怒りと苦しみに叫び声をあげると、その身体から一気に大量の闇が放出される。


「うっ……!!」


闇を浴びたルディオは力を失い、その場に膝をつく。


「こ、この闇は……制御できない!!? 私が、くっ!!」


だが、クローネ自身にもこの現象は想定外のようだった。

魔力を奪ったばかりでまだ不安定な状態だったこと、肉体の大ダメージと精神のブレによってコントロールを失ったことが暴走を引き起こしたのだ。


「クロネちゃん、大丈夫なの!!?」

「……それならっ!!」


クローネから大量に放出されていた闇が、一気に光へと変わる。

魔力の制御ができていないのは変わらないが、放出する魔力を闇から光に切り替えたのだ。

その光を浴びて、クローネもルディオも痛みが和らいでいく。

そしてそれは、気絶して戦闘不能状態のファルサ・怪印・アーミルも同じだった。


「貴方達!! 撤退するわよォ!!」


クローネの声に目を覚ました三人は、急いで壊れたジープの元に集まる。

中でも怪印は、クローネを抱えて飛んでいった。

ルディオが抵抗した時のために、撤退時の行動は予め示し合わせていたのだろう。

壊れたジープの元に集合し、怪印に降ろされたクローネはジーナを見つめて言う。


「ジーナ!! 家族としてこの忠告だけは聞きなさい!!」


そしてクローネは、ルディオを睨みつけながら吐き捨てる。


「その男からは離れなさい!!」

「クロネちゃん……!!」


いつの間にか、怪印の掌には激しく回転する雪の塊のような物が乗っていた。

それを地面に叩きつけると、辺りは冷気を伴う白い靄に包まれた。


「何っ……!?」


そして白い靄が晴れると、そこにはクローネ達も、壊れたジープも見あたらなかった。

人間が走り去るだけならまだしも、この僅かな時間で壊れたジープまで移動できるはずがない。

怪印の放った白い靄が、高度な転移魔法だと考えられた。

この魔法もまた、ルディオが仲間だった頃には一度も見たことのないものだ。


後に残されたルディオとジーナは、ただ呆然とするしかなかった。


「クロネちゃん……」


それにしてもルディオが気にかかるのは、クローネの捨て台詞だ。


『その男からは離れなさい!!』


あくまでもルディオの印象だが、彼のことが嫌いだからそう言った……だけではないように思えた。

恐らく、クローネのジーナに対する家族愛は本物だ。

愛する姉妹を心から心配して、危険な男を遠ざけようとしている……そんな風に思えた。

しかし、この三ヶ月、反論することは何度もあったとはいえ、クローネの指示には忠実に従ってきたつもりだ。

この三ヶ月の間に、クローネから『危険な男』として警戒されるような心当たりはルディオ自身には全くなかった。

となれば……その心当たりは、三ヶ月よりも前にあるはずだ。

ルディオがクローネと出会ったはずの日よりも前に、だ。

クローネは一体、ルディオの何を知っているというのだろうか。

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