幼馴染とイケメンに部活を追い出された元マネージャーの俺、落ち込んでたら学校一の美少女に声をかけられてクラブチームに連れていかれた件 ~部活の運営が面倒だから戻って来い?今更俺に頼ってももう遅い~

ゆうき@呪われ令嬢第一巻発売中!

突然部活を追い出されました

「お前、明日からもう部活に来んな」


 高校二年の九月の初め——今日もいつものように部活が終わり、二学期も頑張らないとな~なんて、呑気に考えながら部室で活動記録を書いている最中に、一人の男子に突然そう告げられた。


「え……?」


 突然の拒絶の言葉に、俺——天野あまのれんは絶句しながら持っていたペンを床に落とした。


 いきなりすぎて頭の処理が追いつかない。


 なんで俺は部長の速水はやみ奏太かなたにそんな事を言われなければいけないんだ?


「ど、どうして……?」

「ウゼェからに決まってんだろ。監督でも顧問でもない……ただの雑用係のくせに、偉そうに練習を指示しやがって」

「ざ、雑用係じゃなくてマネージャー……」

「口答えしてんじゃねえ!」


 チッと舌打ちをしてから、速水は吐き捨てる様に言う。


 そ、それは仕方がないじゃないか……本来なら練習を考えるはずの顧問は、新米教師で余裕がないうえ、卓球は完全に素人で練習の指示が出来るような人じゃない。


 だからマネージャーである俺が、もう一人いた三年生のマネージャーの人と一緒に、練習メニュー作っていたんだ。


 けどその人は夏の大会が終わり、つい数日前に引退してしまった。マネージャーは俺しか残っていないため、これからは一人で頑張ろうと思っていた。


 なのに……部長の速水にそんな事を言われるなんて……。


 確かに速水は、俺の作った練習メニューをやらなかったり、俺のする事にいちいち突っかかってきたりと、反発的な行動が目立っていた。


 でも、まさか俺を追い出そうとするなんて微塵も思ってなかった。ショックなんて騒ぎじゃない。まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃だ。


「そうそう。奏太君に試合で負けて自信を無くした負け犬のくせに、生意気なのよ!」


 一人の女子が、茶色の髪を耳にかけながら俺達の元に来ると、速水の言葉に賛同する。


 彼女は真波まなみ琴葉ことは——俺の幼馴染だ。


 琴葉は幼稚園の頃からの知り合いで、将来は俺と結婚する! とか可愛い事を言っていた。中学からは一緒に卓球部に入り、よく競い合っていた。


 まあ付き合っていたとか、そんな浮ついた事は一切なかったけどな。それでもかなり仲は良い方だったと思う。


 そんな琴葉の、俺に対する態度が一転する事件が起きた。


 高一の春、当時まだ初めて一ヶ月の速水に、俺は試合で負けた。ボコボコだった。


 その翌日、琴葉は俺を呼び出すと、速水に負けて落ち込んでいた俺に、トドメを刺すような言葉を浴びせてきた。


『私、昨日の奏太君のカッコイイ姿を見てたら好きになっちゃった。だからもう話しかけてこないで。はっきり言ってアンタ邪魔だから』


 完全に俺を見下すように言い残した琴葉は、俺の元を離れて速水と一緒にいるようになった。


 ――悔しかった。


 中学から頑張ってきたのに初心者にあっさりと抜かされ、挙げ句の果てに幼馴染を取られてしまった。


 でも俺が試合に負けたのは事実だし、速水は卓球以外のスポーツも勉強もできるし、有志の女子によってのファンクラブが作られるほどのイケメンだ。


 一方俺は、スポーツも勉強も平均以下だし、顔もなんの特徴もない、どこにでもいるような顔だ。


 全ての要素で速水に負け、琴葉も取られたという事実は、俺から自信を奪うのには十分だった。


 本当ならその時に部活を辞めればよかったんだろうけど、どうしても俺は卓球が好きで……辞める踏ん切りがつかなかった。


 自信がないのに辞めたくない。そんな矛盾に悩んでいた時、マネージャーをしていた先輩に、一緒にやらないかと誘われてマネージャーをする事になったんだ。


 マネージャーの仕事は思った以上に俺に向いていて、自分で卓球をしてる時くらい熱中できた。まあ速水と琴葉が仲良くしてる光景を見るのは辛かったけどさ。


「別にアンタがいなくても練習は出来るし? むしろ弱いアンタに指示されるとやる気なくなるし」

「そうだそうだ! こっちはやりたくもない練習ばっかりさせられて、ホント嫌だったんだよ!」


 部室にいた同学年の男子部員が琴葉に賛同する。


 練習というのはそういうものだろ? 好きな練習ばかりしていたら上手くなるはずがない。


 でも、俺は彼が好きな練習を組み込まないとモチベーションが上がらない事を知っていた。だから、なるべく彼の練習メニューには、好きな練習を多めに取り入れていたのに……。


「わかるっすわ~オレも楽しくできればいいと思って入部したのに、天野センパイってば真面目過ぎて付き合いきれないっすよ」


 続いて下級生の一人がヘラヘラ笑いながら続く。


 ああ知ってるさ。君がお遊びで入部したのも、練習にあまりやる気が無いのも。


 それでも卓球を楽しくやっていたのも知ってるから、嫌いになって欲しくなくて……なるべく厳しい練習メニューにしなかったというのに……。


「これでわかったろ? お前は不要なんだよ。わかったら荷物をまとめて帰れ。そして二度と来るな」


 速水は俺の鞄をロッカーから取ると、それを俺に投げつけながら言う。その隣では琴葉が笑っているし、他の部員達も笑ったり遠巻きに眺めるだけで、俺を助ける人はいない。


 速水と同じように俺に反感を持つ奴、速水に逆らうのが怖い奴、琴葉の味方をして好感度をあげようとする奴——色んな思惑があるだろうけど、共通してるのは、俺の味方はいないという事だ。


 まさに多勢に無勢。ここで俺が反論しても一切の勝ち目は無い……俺に残されているのは、潔く部を去る事しかない。


「…………」


 俺は無言で鞄を拾うと、荷物を乱暴に詰め込んで部室を後にする。それとほぼ同時に、わざと俺に聞こえるようにしているのか、速水と琴葉の大声が聞こえてきた。


「あースッキリした! 先輩がいなくなれば大人しくなるかと思って、夏休みの間は我慢してやってたけど……流石にウザすぎて限界だったわ。俺に負けた雑用係のくせに、偉そうに指示とかしやがって!」

「わかるー!ホントウザかったよね!」


 俺を馬鹿にする速水と琴葉の言葉と、部員達の嬉しそうな笑い声から逃げるように、俺は走りだした。


 俺は弱いなりに、部の為……みんなの為にと思って頑張ってきただけなのに……俺は何を間違えたんだろう。




 ****




 翌日の放課後、俺は顧問の先生に退部届を提出した。考え直してって言われたけど、俺はそれを拒絶した。


 なぜなら、速水奏太と真波琴葉という絶対的な存在がいる限り、俺の居場所はあそこには無いからだ。


 ……これからどうしよう。中学の時から部活一筋で、それ以外の趣味なんてない。何か新しい事を始めようにも、そんな気力もない。


 大切な何かを無くした時、心にぽっかりと穴が開いたような感じがするっていうけど、穴どころか全部消えたみたいな喪失感だ。


「はぁ……」


 深い溜息をしながら、俺は職員室を後にしてトボトボと廊下を歩いていると、自然と図書室の前に立っていた。


「習慣って怖いな……」


 ははっと乾いた笑い声を漏らしながら、俺は図書室の扉を開ける。中では結構な人数の生徒が読書や勉強をしていた。


 俺は部活がない日の放課後は、ここで部員の練習メニューを作ったり、他校の選手の分析をしたり、他にも色々と……要はマネージャーの仕事をしていたから、自然と来てしまったのだろう。


「これ……もう使わないか……」


 俺は椅子に座ると、鞄から一冊のノートを取り出す。部員一人一人の性格や得意不得意をメモしたり、練習メニューを考えるのに使っていたものなんだけど……捨てちゃおうかな。


「ねえ」

「…………?」


 ノートの表紙を眺めながらボーっとしていると、鈴の鳴るような声に呼ばれて顔を上げる。そこには、一人の女子が立っていた。


 その女子は腰まで真っ直ぐ伸びる、艶のある漆黒の髪が特徴的な女子だった。ぱっちりとした二重の目、シュッとした鼻、小ぶりな桜色の唇、モデルのような細い体型——どこをどう見ても非の打ち所がない、完璧な美少女だ。


「瑠璃川先輩……」

「私の事、知ってるの?」


 彼女は瑠璃川るりかわみやびさん。うちの学校で知らないものはいないと言われるほどの有名人だ。俺も漏れなく知っている。


 その理由は、アイドルグループにいても何の違和感もないどころか、余裕で一番可愛いと言われてしまいそうなくらいの美貌——というのはもちろんある。


 でも、それ以上に有名なのは、数々の男が彼女にアタックするほどのモテモテっぷりで、しかもその全てをフッているという話だ。


 今日は三年のサッカー部のイケメンが告白してフラれ、今日は同学年のチャラ男が告白してフラれ――そんな話が毎日のように教室に飛び交うくらい、彼女はモテる。


 モテるけど……断り方がかなりキツイらしく、興味がないだとか、あなた誰? とか……例を上げたらきりがない。


 酷い断り方に加えて、基本的に話し方が淡々としていたり、表情に乏しいせいか、一部のアンチは彼女を冷酷な女とか、お高くとまって調子に乗ってるなんて言っているそうだ。まあそれ以外の人にはモテモテだけど。


 そんな美しい彼女は図書委員に所属しており、いつも放課後は図書室にいる。だから彼女を見るために、図書室に通う生徒もいるらしい。


 ちなみに今の話は、全部誰かが話しているのを小耳にはさんだだけであって、俺が自分で確認したわけじゃないんだけどな。


「まあいいわ。ここで話すと周りの迷惑だし、ちょっと付き合ってくれる?」

「え……? あ、はい……」


 全く予想もしていなかった展開の数々に、思考がフリーズしてしまっていた俺は、何も考えずに頷いてしまった。


 あの有名な瑠璃川先輩が、俺のような目立たない男に何の用だ……?


 周りの視線を感じながら、鞄を持って瑠璃川先輩の後をついてくと、そこは中庭だった。周りには部活をする生徒や、談笑しながら帰宅する生徒などが行き交っている。


「そこのベンチに座って待ってて」


 そう言うと、瑠璃川先輩は俺を置いて何処かに歩いていってしまった。


 マジでなんなんだ? 俺、なにかされるのか?


 まあ……なんでもいいか。どうせ今の俺にはやる事はない。そんな時間に、あの瑠璃川先輩と一緒にいられる俺はラッキーだ。


 明日辺りには幸せの反動で車に跳ねられたりしてな……。


「はい、どうぞ」


 変な想像をしていると、いつの間にか目の前に立っていた瑠璃川先輩に緑茶を差し出された。もう片方の手には、イチゴミルクの紙パックが握られている。


 瑠璃川先輩、結構かわいい飲み物を飲むんだな……勝手なイメージだけど、ブラックコーヒーとかを飲むものだと思っていた。完全に偏見だな。


「……ありがとうございます。あ、お金……」

「いらないわ」


 緑茶を受け取った俺は財布を出そうとしたが、瑠璃川先輩は俺の手を押さえながら隣に腰を下ろした。


「…………」

「…………」


 何か話すのかと思って待っていたのだが、俺の事をジッと見つめるだけで、全然話そうとしない。


 それにしても、本当に綺麗な人だ……人工的に作られたんじゃないかって思ってしまうくらい、全てが整っている。こんな綺麗な人がこの世にいるんだな……。


「えっと、瑠璃川先輩……俺に何か御用でしょうか……?」

「……あなた、図書室でいつも凄く熱心にノートを書いていたでしょう?」

「え?」


 確かに部活の無い日の放課後は毎日行っていたし、なんなら昼休みも利用してた事もある。その度に瑠璃川先輩がいたのは知っていたけど、まさか俺の事を見ていただと……? な、なんか恥ずかしい。


「俺の事を知ってるんですか?」

「ええ。放課後は図書室でいろんな人を見てきたのだけれど、あなたぐらい熱心に何かをしてる人は見た事がなかったわ。だから気になって、隣で覗いたことがあるのよ。あなたは気づいてなかったみたいだけど」


 見られていたどころか覗かれてた? しかも隣に立って!? なんで気づかなかった俺! ていうかあのノート、人に見せるための物じゃないからかなり適当に書いてたのに! 恥ずかしい!


「その時のあなたはとても輝いていたわ。でも……今日は全然違う。だから気になって声をかけたの」

「そ、そうだったんですね……」

「何かあったのなら、話して」

「で、でも……うっ……わかりました」


 真っ直ぐと俺を見つめる瑠璃川先輩の圧に負けた俺は、昨日起こった事をぽつぽつと話し始めてしまった。


 こんな事を話しても何も変わらない。きっと迷惑がかかるし、嫌な気分にさせてしまう……でも、俺は話す口を止められなかった。


 ――こんな弱い自分が、俺は大嫌いだ。


「そんな事があったの……最低ね、その人達。あなたはたくさん頑張っていたのに」

「い、いえ……そんな……」

「頑張ってたわ。いつも図書室で見ていた私は知ってるの」


 ほんの少しだけ眉間にシワを寄せながら、瑠璃川先輩は持っていた紙パックをへこませていた。


 俺の自意識過剰なのかもしれないけど、瑠璃川先輩……俺の話を聞いて、怒ってくれているのか? もっと冷たい人だと思っていたんだけど……所詮は噂って事か?


「ねえ。あなたは、まだ卓球が好き?」

「勿論大好きですよ! でも……もうあそこに俺の居場所は……」

「部活の中には無いわ。でも、あなたがいられる場所は他にある」

「え……?」

「ついてきて」


 瑠璃川先輩はそう言うと、紙パックをごみ箱に捨ててから、何処かに向かって歩き出していった。


 ついてきてって……どこに連れていく気なんだろう。どうも瑠璃川先輩は表情の変化が少ないうえに説明が少ないから、言いたい事を理解するのが難しい。


「瑠璃川先輩、どこに行くんですか?」

「来ればわかるわ」


 そりゃそうだろうけど……これで危ない所に連れていかれたらたまったものじゃない。


 その後、ほとんど会話もせずに十五分ほど瑠璃川先輩の後ろをついていくと、彼女は一つの建物の中に入っていった。


 ここが目的地? 三回建ての建物だけど……あっ看板があるな。なになに、【花園卓球クラブ】……?


 連れてきたかったのって、卓球クラブだったのか? 全く予想もしていなかった。


「早く来て」

「あ、はい」


 建物の前でボーっと眺めていると、瑠璃川先輩に急かされてしまった。


 中に入ると、俺と同じくらいの子供がストレッチをしていたり、台の準備をしたりしていた。ざっと数えた感じ、十人くらいはいそうだ。


「あの、ここって……」

「私の伯父が経営している卓球のクラブよ。こんにちわ」


 瑠璃川先輩は子供しかいない中、一人だけいた大人である男性に声をかける。かなりガタイの良い人で、口にたくわえた立派な髭が何ともダンディなおじさんだ。


 確か伯父って言っていたけど……瑠璃川先輩に全く似ていないな。


「あ〜ら雅ちゃん! ここに来るなんて珍しいわねぇ。そっちの子は?」

「体験希望よ」


 ん? この人、話し方からしてオネェの人なのかな? って……体験……? 一体何の話だ?


「体験ならいつでも大歓迎よぉ~! 本当は事前に申し込みが必要だけど……雅ちゃんの知り合いなら特別サービスしちゃうっ! ところで何君かしらぁ?」

「あっ……ごめんなさい、名前を聞いてなかったわね。私の中では図書室の彼で覚えてたから」


 図書室の彼って……まあ確かに瑠璃川先輩と話をしたのは今日が初めてだったし、名前を知らないのは当然か。


「あの……俺は天野蓮っていいます」

「天野クンね! アタシは花園はなぞの修二しゅうじよぉ。運動着とラケット、あとシューズは持ってるかしら?」

「今日授業で使った体操着は持ってますけど……ラケットとシューズは無いです」

「オーケーオーケー! こっちで用意するから大丈夫よん! もうすぐ練習が始まるから、たくさん楽しんでいってねぇ!」


 花園さんは豪快に笑いながら、俺の頭をワシャワシャと撫でる。


 あのー……俺、何も聞かされないでここに連れてこられたんですけど……。


 でも、前にはにこやかな花園さん、後ろには俺をじっと見る瑠璃川先輩というこの状況。断るとか普通に無理だろこれ!


「私は隅っこで見学してるわね」

「あ、先輩!」


 俺の呼びかけに答えることなく、瑠璃川先輩はスタスタと部屋の隅に移動すると、座って読書を初めてしまった。どう考えても見学をする態度じゃないと思うんだけど?


 とにかくこうなってしまったものは仕方がない。帰ってもどうせモヤモヤするだけだし……今日のところは久しぶりに自分で卓球をするとしようかな――




 ****




「よし、じゃあ今日の練習はここまで! みんなおつかれさま~!」


 連れてこられてから、約一時間ほど練習をし、片付けと着替えも終えた生徒達がゾロゾロと帰る中、俺は疲労でその場に座り込んでしまっていた。


 久々にこんなに激しい運動した……体中が悲鳴を上げてるのがよくわかる……。


「雅ちゃん、今日ずっと見学してたね。俺の練習っぷり見てくれた?」

「ごめんなさい。興味なくて見てなかったわ」

「……そ、そっかー……」


 このクラブの生徒の一人が、ニコニコしながら瑠璃川先輩に話しかけるが、軽くいなされていた。


 あの人、見事にバッサリといかれたな……ちょっと気の毒だ。あ、トボトボと帰っていった。


 やっぱり何人もの告白を全部断った話は本当っぽそうだ。


「おつかれさま。はい、どうぞ」

「あ……ありがとうございます」


 さっきの人への態度とは一転し、瑠璃川先輩はわざわざ俺に歩み寄ると、タオルとスポーツドリンクを差し出してくれた。


 あー……タオルフカフカだし良い匂いがする……スポーツドリンクも身体に染みわたるー……。


 って、とてもありがたいけど……瑠璃川先輩はなんで俺をこんなに気にかけてくれるんだろう。


 もしかして……放っておけない程、俺が情けなく見えていたのか? ダサすぎるだろ俺……。


「天野クン、おつかれさま! 楽しかったかしら?」

「はい。練習したのは久しぶりだったんですけど、めっちゃ楽しかったです」


 花園さんの言葉に、俺は大きく頷きながら答える。


 確か最後にやったのは……去年の春に速水に負けた時だから、丸一年は一切やってなかった事になる。時間が経つのって早いな。


「あら、やっぱり経験者だったのねぇ! 初心者にしては動きが良いと思ったわ~」

「ええ、まあ……」


 経験者、か。確かに間違ってはいないけど、俺には才能がない。だからこそ、始めて一か月の速水に負けたんだけどな。


 なんか思い出したら気分が落ち込んできてしまった。


「天野くん、そんな顔しないで」

「先輩……?」

「練習をしている時のあなた、図書室の時の様に輝いていて素敵だったわ。でも今はまた輝きを失っている。そんなの、あなたには似合わない」


 真っ直ぐ俺を見つめながら言う瑠璃川先輩の目はとても綺麗で……嘘をついているようには思えなかった。


 昔は琴葉が、速水に負けてからはマネージャーの先輩が味方だったけど、みんな俺から離れて行ってしまい、これからは一人ぼっちなんだと思っていた俺には、瑠璃川先輩の言葉はとても嬉しかった。


「ありがとうございます。それにしても疲れた……買い物行くの面倒だな……」

「買い物?」

「俺、一人暮らしなんですよ」


 うちは両親が揃って海外を飛び回っているため、家には俺一人しかいない。だから飯は適当にどっかで買って適当に済ませている。


 あー……でも疲れて買いに行くのも億劫だな……家にカップラーメンがあったし、それでいいか。


「なら私がご飯を作りに行ってあげる」

「…………え?」

「だって疲れてるのよね。そんな調子じゃ、ご飯を適当に済ませるのが簡単に想像できるわ。それに、一人でいるとまた落ち込んじゃうでしょう?」


 うっ……図星過ぎる。瑠璃川先輩はエスパーかなにかなのだろうか?


 いや、エスパーとかはどうでもいい。これって、俺の家に瑠璃川先輩が来るって事だよな? 流石にそれは不味いって!


「せ、先輩。その……さっきもお伝えした通り、一人暮らしなんですよ? 不味くないですか?」

「何が不味いのかしら」

「何がって……いろいろですよ」

「天野くんが私を襲うって事?」


 わざわざオブラートに包んで言ったのに、瑠璃川先輩に秒で剥がされたんだけど。


「そ、そんな事しないですよ!」

「じゃあ問題ないわね」


 問題しかないんだが! これは信用されてるのか、それとも男として見られていないのか……一体どっちなんだ!?


 もうこの際どっちでもいい! 俺の家に見られて困るものもないし、掃除もしてるから問題ないけど……ああもう混乱してどうすればいいのかわからない!


 こうなったら花園さんに助けを……ってなんか嬉しそうに顔に手を当てながらうっとりしてるしー!?


「あらあら、雅ちゃんったら! あなたにお友達ができないって姉さんがぼやいていたけど、まさかそれを飛び越えて彼氏を連れてくるなんて。やるわねぇ~」

「か、彼氏じゃないわ。天野くん、行きましょう」

「え、ええ??」


 瑠璃川先輩は俺の手を取ると、スタスタと歩き出す。


 お、俺……瑠璃川先輩と手を繋いじゃってるんだけど……手、小さいしめっちゃ指細いな……って、なんで俺は冷静に手の分析なんかしてるんだ!


「じゃあねぇお二人さ~ん! あ、天野クン! 雅ちゃんの事よろしくねぇ。あとうちはいつでも天野クンの入会を待ってるわよぉぉぉ!」


 建物を出た俺達を見送ってくれた花園さんは、手をブンブンと降りながら大声で叫ぶ。そんな大声で呼ばれたら恥ずかしいし近所迷惑ですからー!


「えと、先輩……?」

「あの人の言葉は気にしなくていいから。それよりも、天野くんの家には何か食材はある?」

「あ、その……いえ……料理はしないので」

「じゃあ買い出しから行きましょうか」


 買い出しに行くのはいいんだけど……手を繋いだままなのを忘れてないだろうか?


 どうしよう、瑠璃川先輩にさりげなく言うべきだろうか……? このまま行くのは恥ずかしすぎるし緊張してしまう……その証拠に、さっきから顔どころか身体中が熱いし、心臓もバクバクいってる。


「あの、先輩……手……」

「手? ああ、ごめんなさい」


 それとなく言ってみると、少し前を歩いていた瑠璃川先輩は手を放して、スーパーのある駅前に向かって行ってしまった。


 別に気にしてなさそうだったし、もうちょっとだけ繋いでいても……いやいや、何を考えてるんだ俺。瑠璃川先輩に失礼だろ。


「天野くん、置いていくわよ」

「あ、すみません。今行きます!」


 あれ、俺を呼ぶ瑠璃川先輩の顔……ちょっと赤くなってる気がする。って、きっと気のせいだろう。さっさと後を追わないとな。




 ****




「ふー……」

「~♪」


 無事に家に帰ってきた俺は、リビングに置いてあるテーブルに正座で座っていた。


 キッチンからは、瑠璃川先輩が鼻歌を歌いながら料理をしてくれているんだけど……正直気が気ではない。


 だってそうだろ? 俺の家の台所には超絶美少女の瑠璃川先輩がいて、しかもご飯を作ってくれてるんだぞ? こんなの学校の男子達にバレたら八つ裂き程度じゃ済まないって!


「もう少しで出来るから待ってて」

「は、はい」


 へ、返事するだけでも緊張する! そもそも女子の知り合いなんて、今まで琴葉以外いなかったから免疫が全然ないうえ、相手は瑠璃川先輩。ハードルが上がり過ぎて高層ビルレベルの高さになってる!


「おまたせ」

「い、いえ」


 エプロンをつけた瑠璃川先輩の姿を見て、無意識に背筋を伸ばしていた俺の前に、彼女は手に持っていたお皿とスプーンを置いてくれた。


 お皿の上には、見事に半熟になっている卵の上に、ケチャップが良い感じにかかっている。


 これは……オムライス? めっちゃ良い匂いがするし、見た目も完璧でとても美味そうだ。瑠璃川先輩って料理が上手なんだな。


「じゃあ……いただきます」

「めしあがれ」


 その……瑠璃川先輩、そんなにじっと見られてると食べにくいんですけど……全然目を反らそうとしないし……気にしないように食べるしかないか。


「もぐもぐ……こ、これは……!」

「どうかしら」

「めちゃくちゃ美味しいです!」

「そう……それならよかったわ」


 瑠璃川先輩は僅かに微笑みながら、自分の分のオムライスを口に運ぶ。


 うわぁ……微笑んだ顔の破壊力凄まじいな……いつも表情が乏しいから、尚更その破壊力が増している気がする。


「うん……美味しい。我ながらうまくできたわ」

「先輩、料理上手なんですね」

「そうなのかしら? 比較ができる人がいないから、自分ではわからないわ」

「ご家族や知り合いは作らないんですか?」

「母はあまり料理をしない人だし、身内以外で知り合いと呼べる人間は、今の所あなただけよ」


 瑠璃川先輩はいつも学校では一人でいる所しか見た事がないなとは思ってたけど、本当に知り合いがいないのか……。


「先輩は友達を作らないんですか? 先輩は優しいですし、作ろうと思えばすぐにできると思うんですけど」

「あら、もしかして私……口説かれてる?」

「え!? あ、いやその……そんなつもりは……」

「冗談よ」


 冗談かよっ! 心臓に悪いからやめてくれ!


「今の所は知り合いも友達も作るつもりは無いわね。あなた以外に興味がないから」


 俺以外に……興味がない?


「あの、先輩はどうして俺には興味を持ってくれたんですか?」

「さっき学校で言ったでしょう?」

「確かに聞きました。でも、納得がいかないというか……その……」


 なんて言えば伝わるんだろう……そんな事を考えていると、「天野くんの言う事もわかるわ」と前置き置いてから、先輩はゆっくりと話し始める。


「まあそれは天野くんを気にするようになったきっかけにすぎないわ。さっきも言ったけど、あなたのノートを見たでしょう?」

「そうですね」

「それが答えよ」


 あのノート? ますますわからなくなってきたぞ。


 あ、もしかして……こんなに雑にノートを書いてる人見た事が無いから興味が湧いたとか!? もしそうなら全然嬉しくない!


「私、努力をしてる人が好きなの。あなたのノートを見れば、凄く努力してるって誰でもわかると思うわ」

「なるほど……でも、努力してる人なんて学校に沢山いますよ?」

「そうね。でも他の人達とあなたでは、決定的に違うところがあるわ」


 俺と他の人との決定的な違い……なんだろう……見当がつかない。努力に違いなんてあるのだろうか?


「あなたは自分の為じゃなくて、人の為に努力をしていたわ」

「人の為……?」

「そう。自分の事で努力するのは頑張れば出来ると思うけど、見返りも無しに人の為に努力できるなんて人、私は今まで見た事がなかった」


 確かにマネージャーの仕事は部員……人の為にする事なのは間違いない。でも俺にとってはそれが当然と思っていたからな……。


「私にはそれが衝撃的で……素敵に見えたの。私に近づいてくる人ってね、私を彼女にして優越感に浸りたいとか、私の身体目的とか、嫌な事を言ったりやったりして満足感を得るような人ばっかりだった……そんな人間ばかり見ていたら、人間は自分の為にしか動かない生き物だと思うようになって、興味を持たなくなったわ。でも、あなたはそうじゃなかった」


 真っ直ぐ俺を見つめながら言う瑠璃川先輩。俺は少し気恥ずかしさを覚えながらも、先輩の言葉をしっかり聞くために、じっと見つめ返す。


「そんなあなたは、一体どんな人なんだろう? って、興味を持ったの。本当はもっと早くに話して見たかったけど、いつもノートに書くのに夢中だったから話しかけづらくて……」


 そ、そうだったのか……それは申し訳ない事をしてしまった。俺に話しかけてくる人なんていないと思ってたから、練習メニューを作るのに夢中になってたんだよな……。


「あとはさっき言った通り、いつもと全然様子が違ったから声をかけたというわけ」

「そうだったんですね。色々と申し訳ないです」

「気にしなくていいわ。それで……どうだった?」


 どうって……急にご飯の話に戻ったのか?


「凄く美味しいですよ?」

「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、そうじゃなくて。卓球の事」


 ああそっちか。なんか変な勘違いをしてしまった。恥ずかしい。


「楽しかったですよ」

「なら、あそこでやってみてはどうかしら?」

「え……?」

「だって、大好きなのに辞めてしまうのなんてもったいないわ。それに……部長と幼馴染だったかしら。そいつらに負けっぱなしで悔しくないの?」


 そんなの……悔しいに決まってるさ。


 でも、実際に俺は速水に負けて、マネージャーとしても追い出された。そんな俺に、卓球を続ける資格なんてあるのだろうか……。


「言っておくけど、身内のために勧誘してるわけじゃないわよ? もちろんクラブだからお金はかかっちゃうけど……もしお金が辛いなら、私から伯父に交渉して値下げしてもらうわ」

「そ、それは花園さんに申し訳ないので……」

「じゃあ何か他に悩むことがあるの?」


 真っ直ぐと見つめる瑠璃川先輩の目から逃げるように、俺は顔を背ける。


「俺には……もう卓球をやる資格なんて……」

「わかった。じゃあ、私の為にやって」

「先輩の……?」

「そう。私はあなたが楽しそうにしてるのを見るのが好きなの。人の為に動けるあなたが、私のお願いを無下にできるかしら?」


 ふふっ、と不敵に笑う瑠璃川先輩。


 くっ……普通の人だったらそんなのヤダって断るかもしれないけど、俺は人のお願いを断るのが死ぬほど苦手だ。この先輩、もしかしてそれをわかって言ってるのか!?


「まあ私の為にっていうのは冗談よ。でも、あれだけ人の練習メニューを考えられるくらい、卓球が好きなのでしょう?」

「そ、それはマネージャーの仕事だったから……」

「そうね。でも好きだからこそ、人の事でもあそこまで熱中出来るんじゃないかしら」

「…………」


 ああ……そうだ。瑠璃川先輩言う通り、俺は卓球が好きだ。


 俺には才能がなくて人より上達が遅かったけど、それでも勝ちたくて。頭を使って戦い、時には攻めて時には守り……そして勝った時の爽快感は計り知れないものだ。


 あの興奮を、また味わっても……いいのだろうか? 昔みたいに楽しんでいいのだろうか?


「どうかしら」

「……やりたい、です。でも……お金が関わってくる事なので、俺一人では決められないです。返事は後日でも良いですか?」

「もちろんよ」

「……ありがとうございます、先輩。俺……もうちょっとだけ、頑張ってみます」


 そう言いながら、俺はオムライスを口に運ぶ。


 こんなに親身になってくれるなんて、瑠璃川先輩は優しい人だな。


 ご飯を作りに来てくれたのも、俺が落ち込まないようにって言ってたけど……きっとこの話をする為でもあったのかもしれない。


 そんな事を考えながら、瑠璃川先輩と楽しく話しながら食べていると、気付いたらお互いのオムライスは綺麗に完食されていた。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。皿は俺が洗っておくので、そこに置いておいてください」

「わかったわ。じゃあ私はそろそろ帰るわね」

「あ、家の近くまで送っていきますよ」

「平気よ。そんなに遠くないし」


 そう言いながら、瑠璃川先輩は鞄を持って立ち上がる。


 外はもう真っ暗だというのに、一人で帰るつもりなのか? そんなの見過ごすわけにはいかないって。


「ダメですよ! 何かあってからじゃ遅いです! 先輩は自分が美人だって事をもっと自覚してください!」

「……わ、わかったわ……もう、ズルい……」

「先輩、何か言いました?」

「なんでもない」


 ……? 後半のところが小声でよく聞き取れなかったんだけど……まあいいか。


 そう判断した俺は、瑠璃川先輩を家の近くまで送るために、彼女と一緒に俺の家を出るのだった――




 ****




「やっと昼休みか……」


 瑠璃川先輩と知り合ってから数か月経ち、十二月の半ばのある日。


 長い午前の授業が終わり、周りの生徒がゾロゾロと動き出す中、俺は自分の席に座って大きく伸びをしていた。


 外は快晴だが、窓の隙間から僅かに入ってくる風は驚くほど冷たい。もう冬も本番だな。


 ――あの日からあった事を少しだけ話そう。


 瑠璃川先輩に初めてご飯を作ってもらった日、彼女と別れてから俺は母さんに電話をして、クラブチームに行きたい事と、どうしてそうなったかの経緯を話した。


 俺としては、ダメと言われても全然おかしくないと思っていたんだけど、母さんは快く了承してくれた。


 そして次の週から、俺は週三日で花園さんのクラブチームに通う事になった。


 通う事で分かった事なんだけど、花園さんの卓球の実力はとんでもないくらい高く、指導者としても凄い人で、昔は世界で卓球をしていたそうだ。そんなクラブに通っているからか、生徒達も実力者ぞろいだった。


 最初はついていくのが精一杯で、やっぱり俺には才能がないと思う日は一度や二度じゃなかった。でも、いつも見学に来て俺を見守ってくれた瑠璃川先輩のおかげで、くじけずに頑張れた。


 ……まあそのせいで、花園さんにからかわれたり、生徒達に羨ましがられたのも一度や二度じゃないんだけどね。


 あと、瑠璃川先輩のアドバイスで、俺は自分用の分析ノートを書いている。


『マネージャーの仕事で磨かれた力を、自分のために活かしてみたらどうかしら?』


 そう言われた時に、俺は確かに! と思い、練習のあった日はノートに今日の練習内容や学んだ事、自分の課題点などをまとめるようにした。


 これが思ったより楽しくてさ。課題点を見つけて、それがしっかり克服できた時の達成感がとても気持ちが良い。


 そうそう。ノートといえば……瑠璃川先輩が俺の制止を振り切って、花園さんや生徒達にノートを見せた事件があった。


 日頃から大人っぽくて物静かな彼女にしては、随分と突拍子もない行動だったから、何故そんな事をしたのか直接聞いてみると、


『みんなに、天野くんは卓球の上達が遅いかもしれないけど、それを補う為に努力をしているのを知って欲しかったの。嫌な気持ちにさせてごめんなさい』


 そんな事を、申し訳なさそうに言われたら当然怒れるわけもなく……俺は簡単に許してしまった。


 ちなみにそのノートは花園さんから大絶賛で、俺くらいの歳でここまで分析できるのは大したものだと言っていた。生徒達もビックリしていたな。


 ……その時の瑠璃川先輩、『そうなの。天野くんは凄いのよ』って言いながらちょっとドヤ顔で……とても可愛かったな。


 まあそんなわけで、今は更なる上達を目指して日々練習に励んでいる。


 卓球事情はこのくらいにしておいて。あとは……瑠璃川先輩の事を話そう。


 あの日から、俺は瑠璃川先輩と交流するようになった。


 最初は図書室で会ったら挨拶をしたり、クラブがある日は一緒に行ったり……それ以外の日にも一緒に帰る事がだんだんと増え、今では毎日一緒に帰っている。


 それ以外にも、週に一、二回くらいのペースで家にご飯を作りに来てくれている。


 とてもありがたいんだけど、流石に申し訳なくて一度断ったんだけど、


『あなたの家のゴミ袋の中にある、大量のコンビニ弁当の残骸を見たら、栄養のある物を食べさせないとって思うでしょう?』


 と、やや呆れ気味に言われてしまった。


 確かに栄養の事は考えずに、楽なコンビニ弁当とか惣菜で済ませていたのは事実だから、それ以上何か言うことは出来なかった。


 とはいえ、やっぱりしてもらうだけっていうのは申し訳なかったから、先月にお礼として、良い感じのブックカバーをプレゼントした。


 その時の瑠璃川先輩、喜びたいのを我慢していたのか、変なニヤケ顔になってしまっていたのが、何とも可愛らしかった。


 他にも、彼女が甘いものが大好きだったり、おばけが苦手だったり、熱血系の王道物語が好きだったり……色々と新しい一面を知ることが出来た。


 そんな瑠璃川先輩と一緒に過ごすうちに、いつの間にか俺は瑠璃川先輩の事が頭から離れなくなり、先輩が何をしたら喜んでくれるかとか、何をしたら笑ってくれるかってずっと考えるようになっていた。


 それどころか、瑠璃川先輩と一緒にいる時は嬉しくて、ドキドキして……こんな気持ちは初めてで、これが恋心だって気づくのに時間はかからなかった。


 でも……俺はどうしても自分に自信が持てない。


 それに、瑠璃川先輩もいきなり好きなんて言われたら困るだろう。


 瑠璃川先輩と過ごせるだけでも、俺は幸せ者なんだ――そう自分に言い聞かせる事で、この気持ちを今日も胸の奥底にしまっている。


「おーい天野ー。お客さんだぞー」


 クラスメイトに声をかけられた俺は、教室の入口に顔を向ける。そこには、瑠璃川先輩が僅かに微笑みながら立っていた。


「天野くん、お昼行きましょう」

「はいっ」

「また天野かよー!」

「今日もラブラブかー?」

「オレも瑠璃川先輩とメシいきて―!」


 クラスメイト達のからかいの声の中、瑠璃川先輩の提案に、俺は即座に首を縦に振って答える。


 最近はこうして瑠璃川先輩と一緒にお昼を食べる事が多い。しかもこうして迎えに来てくれるうえに、お弁当まで作ってくれるという贅沢仕様だ。


 最初はクラスの男子達の妬みの声が多かったが、最近はそれは無くなり、かわりに今みたいなからかいの声が多くなってきているのが、最近の小さな悩みだったりする。


「すみません先輩。クラスメイトが変な事を言って……」

「大丈夫。気にしてないわ」


 廊下を歩きながら瑠璃川先輩に謝罪したが、本当に全く気にしていないのか、彼女は淡々と答える。


「今日も中庭でいいかしら」

「いいですけど、今日はかなり寒いですよ?」

「だからこそよ。寒ければ人が少なくていいわ。それに、寒さ対策としてブランケットを持ってきたの」

「なるほど。いつもは弁当だけなのに、なんで今日は鞄を持ってきたのかなーって思ってたんですけど、ブランケットが入ってるんですね」


 ブランケットを手で持つのは邪魔になりそうだし、鞄に入れたほうがよさそうだもんな。納得。


「じゃあそこのベンチに座って食べましょうか」

「いつもすみません……」

「いいのよ。一人分も二人分もそんなに労力変わらないし」


 俺は料理をしないからわからないけど、そんなに労力って変わらないのだろうか? 正直俺にはそうは思えない。


 これは、また瑠璃川先輩にお礼をしないといけないな。この前はブックカバーだったから、こんどはブックスタンドでもプレゼントしようかな?


 そんな事をを思いながら、俺は瑠璃川先輩と一緒にベンチに座った。


「あの……先輩、ブランケット……結構大きいですね」


 鞄から出てきたブランケットの大きさは、かなり大きかった。大は小を兼ねるとは言うけど、これでは膝にかけたら地面について汚れてしまいそうだ。


「天野くん、もっとこっちに寄ってきて」

「もっと……?」


 これ以上瑠璃川先輩の方に行ったら、肩がぴったりくっつく距離になっちゃうんだけど……。


「早く」

「は、はい」


 瑠璃川先輩に急かされた俺は、言われた通りに彼女のそばに寄る。め、めっちゃ近い……肩どころか足まで当たってるし……いや、めっちゃ嬉しいんだけど、いいのかこれ?


「ブランケットを広げるから、端っこを持って」

「こうですか?」

「ええ」


 一緒に大きめのブランケットを広げると、瑠璃川先輩は俺達の肩にかける。もしかして……俺が寒くないように、二人で一緒に肩にかけれる大きめのブランケットを持ってきてくれたのか?


「どう? 暖かい?」

「は、はい。凄く暖かいです。でも先輩……これだと俺にくっついちゃってますよ?」

「何か問題があるの?」

「問題っていうか……緊張しちゃうっていうか……その……」

「もしかして……嫌だった?」

「そんな事ないです!」


 嫌なわけないだろ!? むしろこんな魅力的な人と寄り添えるなんて機会、恐れ多いくらいだよ!


「なら問題ないわね。私としてもこうしていたいし」

「え?」

「な、なんでもないわ。それより食べましょうか。今日のは自信作なのよ」


 瑠璃川先輩は急に話を切ると、鞄から弁当を取り出そうと、ガサゴソと漁り始める。


 先輩が焦るなんて珍しいな……急にどうしたんだろうか? まあ考えてもわからないし、今は弁当を楽しむとしよう。


 そう思っていたのに……俺達の邪魔をする不届き者が現れた。


「おい雑用係」

「……え?」


 聞き覚えのある……そして聞きたくもない声に反応して顔を上げると、そこには速水が仁王立ちしていた。隣には琴葉が寄り添う様に立っている。


「速水……琴葉……」

「こんな所で女と仲良く昼飯とは、雑用係のくせに随分と偉くなったもんだな? 」

「べ、別に俺が誰と食べようと速水には関係ないだろ」

「ちょっと、なに奏太君に口答えしてるのよ。きもっ」


 まるで汚物を見るような目で俺を見てくる琴葉。


 わかってはいた事だけど……もう俺の知っている、勝ち気だけど素直な琴葉は、速水に心酔して俺を見下す、性格の悪い女に変わってしまったんだな……。


「……何か用?」

「用がなきゃお前みたいな辛気臭い奴に話しかけるかよ」

「ホントそれ! こいつと話してるとテンション下がるよね~」


 ……いちいち俺を馬鹿にするような事を生きていけないのか、こいつらは。


「部長の俺が、お前をもう一度雑用係に任命しにきてやったんだよ。ありがたく思え」

「……は?」


 もう一度雑用係に……って事は、俺にマネージャーとしてもう一度部活に入れっていう事か? 急になんでそんな事を?


「どういう事だ?」

「どいつもこいつも、この俺が練習の指示をしてやってるのに、最近反発しやがる馬鹿が増えてきてよ。あげく辞めた馬鹿もいてな。ぶっちゃけ面倒になったから、戻ってきて馬鹿共の練習メニュー考えろ」

「あ、あと雑用の仕事もちゃんとやってよね。あれ思ったより大変でやりたくないのよね~」

「まあそういうこった。わかったらさっさと入部届を顧問に出してこいや」


 ケラケラと俺を馬鹿にするように笑う速水と琴葉。


 俺を追い出しておいて、面倒になったから戻って来いなんて……冗談にしても笑えない。あまりにも勝手すぎるだろ。


 それに、マネージャーに戻ったらクラブを辞めなくちゃならなくなるし、瑠璃川先輩と一緒にいられる時間も確実に減ってしまう。そんなの絶対に嫌だ。


「嫌だ」

「……は? よく聞こえなかったな。もう一回言ってみろ」

「何度でも言ってやる。嫌だ」


 わざとらしくそう言ってやると、俺の態度が気に入らなかったのか、二人してプルプルと震えながら表情を歪めていた。


「俺は新しい所で卓球を始めたんだ。だからもうマネージャーをやる時間はない。他を当たってくれ」

「あ、アンタに拒否権なんてあるわけないでしょ! アンタには雑用係がお似合いだから、さっさと戻って仕事しなさい!」

「琴葉、俺は嫌だって言ってるだろ。そもそも勝手に追い出しておいて、大変だから戻って来いとかムシが良すぎるだろ」


 俺は間違った事を言っているつもりはないのだが、琴葉にとっては俺が間違った事を言っていると思っているようで、「うるさいうるさい!」と、まるで子供みたいに騒いでいた。


「はっはっは! 言うじゃねえか……けど琴葉の言う通り、お前に拒否権はない。何故なら部長であり、カースト最上位の俺が言う事は絶対だからだ。わかったら大人しく従えカースト最底辺の雑魚が」


 こっちはこっちで高らかに笑いながら、全く意味のわからない持論を展開している。


 とにかく何と言われようとも、俺は今の生活がとても気に入っているし、こいつらやあんな部員達がいる所に戻るつもりはないんだが……。


「はぁ、低脳過ぎて嫌になるわね」


 どうやれば、この暴君達が納得して引いてくれるか考えていると、瑠璃川先輩がそう言いながら、俺と速水の間に立った。


 せ、先輩……? 急にどうしたって言うんだ……?


「ん……? 確か、瑠璃川雅先輩っすよね? 初めまして、俺は速水奏太といいます」

「自己紹介は結構よ。微塵も興味が無いから」

「ずいぶん強気な女だ。そういうの、嫌いじゃないっすよ? 屈服させて俺のものにしたくなる」

「あらそう。私はあなたみたいな軽薄な男は大嫌いなの」


 瑠璃川先輩……めっちゃ怒ってないか? 正直速水の隣で「なにこの失礼な女!」と大声で騒ぐ琴葉よりも、冷静に話す先輩の方が何千倍も怖い。


「事情は天野くんから聞いているわ。あなた達が彼の代わりが出来なかったからって連れ戻すなんて、無様過ぎて笑っちゃうわ。ホント、どの面下げてきたの?」

「さっきから黙って聞いてればいい気になって……あんたに奏太君の何がわかるのよ!」


 ムキになっている琴葉を嘲笑うかの様に、瑠璃川先輩ひ大袈裟に溜息を一つしてから、更に言葉を続ける。


「そうね……ちょっと顔が良いからって理由でもてはやされ、部活でも部長だからって自分が一番と勘違いした馬鹿な猿山の大将が、キーキー鳴いてるって事かしら? あっ、ついでに教えといてあげる。あなたもその男にくっついて偉そうにしてるけど、見てみて痛いからやめておいた方がいいわよ」


 俺の位置からは瑠璃川先輩の顔は見えないけど、きっと無表情で淡々と言っているに違いない。一方の琴葉は、顔を真っ赤にして瑠璃川先輩を思い切り睨みつけている。


 瑠璃川先輩には、告白してきた相手に酷いフリ方をしていたという噂があったけど、ここまで言えるって事は、その噂も本当なのかもしれないな。


「わかったらさっさと揃って猿山に帰りなさい。そして二度と天野くんの邪魔をしないで」

「……あんまり調子に乗らないほうが身の為っすよ」

「っ!?」

「先輩!」


 少しイラついたように舌打ちをしながら、速水は瑠璃川先輩に手を伸ばす。


 こいつ、瑠璃川先輩に手を出すつもりか――


 頭の中にその考えがよぎった瞬間、俺は咄嗟に手を伸ばすと、速水の腕をガシッと掴んで止めた。


「おい雑用係、この手はなんだ?」

「——じゃねえ」

「あぁ?」

「汚い手で先輩に触んじゃねえよ!!!!」


 俺は今までの人生の中で、一番の声量なんじゃないかって思うくらいの声で叫ぶ。


 俺以外の当事者の三人はもちろん、周りで遠巻きに見物したり、たまたま通りかかった生徒達も驚いてこっちを見ていた。


「俺に何かするのは百歩譲って許してやるけどな! 先輩に何かするのは絶対に許さねえ!」

「はぁ!? 雑用係のくせにナイト気取りか!?」

「うるせえんだよ! お前らに散々こき使われた挙句、ウザいからって追い出された俺を助けてくれた瑠璃川先輩の優しさが! お前らみたいなクズにわかんのかよ!!」

「天野くん……」


 俺は速水の胸ぐらを力強く掴みながら、更に声を荒げる。当の速水は顔を真っ赤にしながら震えているけど、そんなの知ったこっちゃねぇ!


「この野郎……! ぶっ殺されてえか!」

「がはっ!?」

「天野くん!?」


 気づいた時には、俺は速水に顔面を殴られていた。その衝撃で後ろによろめいてしまったが、瑠璃川先輩が受け止めてくれたおかげで転ばずには済んだ。


 ま、まさか殴ってくるとは思ってもみなかった。頬がめっちゃ痛いし、口が中に鉄の嫌なにおいが広がっている。口の中を切ったか……?


「お、おいなんだケンカか?」

「もしかして、あれって速水じゃねーか?」

「誰か先生呼んで来い!」

「ちょ、ちょっと奏太君……マズイって……!」

「うるせえ! この雑魚が……ボコボコにして俺に歯向かった事を後悔させてから、馬車馬のように働かせてやる!」


 周りにいた生徒達が異常事態に騒ぎ始める中、速水は怒りが収まらないようで再度俺に殴りかかろうとするが、琴葉に止められていた。


 俺がこいつと喧嘩をしたら、瑠璃川先輩が巻き込まれてしまうかもしれない。そんなのは絶対にダメだ! とにかくここはさっさと逃げよう!


「先輩、逃げましょう!」

「あ、天野くん!?」

「この雑魚が! 逃げんじゃねえ!」


 俺はベンチに置かれた瑠璃川先輩の荷物をやや乱暴に回収してから、彼女の手を取って走りだした。


 なんと言われようが知った事ではない。今俺がするべきことは、瑠璃川先輩を一秒でも安全な場所に避難させる事だ。


 そう思った俺は、瑠璃川先輩と一緒に走って校舎裏までやってきた。


 ここまでくれば逃げ切れたか……? でも、こんな人気の少ない所まで追いかけて来たら、好きなだけボコボコにされそうだ。もっと人がいる所に逃げればよかったか……?


「逃げる場所ミスったな……先輩、もっと人のいる――」

「天野くん! 顔見せて!」


 人のいる所へ行こうと提案しようとした矢先、随分と慌てた様子の瑠璃川先輩は、俺の顔に手を当てる。


 先輩の手、ひんやりしていて気持ちいいな……。


「赤くなってる……早く保健室に……!」


 そういえば俺、速水にぶん殴られてたな……とにかく彼女を逃がす事で頭がいっぱいになってたから、全く痛みが気になってなかった。思い出したら痛んできた……。


「この程度大丈夫ですよ。それよりも先輩こそ、どこか痛んだりしてませんか?」

「わ、私は大丈夫」

「よかった。先輩が無事なら俺はそれでいいです」

「天野くん……ばかっ。もっと自分の身体を大切にして」


 俺の身体の事なんて、瑠璃川先輩の事に比べればあまりにもどうでもいい事だ。無事で本当に……あれ、何か顔が赤くなってるように見えるんだけど。


「……先輩、顔が赤いですよ? やっぱりどこか怪我をしたんじゃ!?」

「え? だ、大丈夫よ」


 本当に大丈夫なんだろうか……俺の事を気にして怪我したのを隠してるとかないよな?


「本当に怪我はしてないわ。走ったからちょっと暑いくらい」

「あ、なるほど。だから顔が赤いんですね」

「そ、そういうことよ」


 なるほど納得した。怪我がなくて本当に良かった。散々世話になってる瑠璃川先輩が俺のせいで怪我でもしたらって思うと、それだけでショック死してしまいそうだ。


「すみません先輩。こんな事に巻き込んでしまって……せっかく弁当も作ってきてもらったのに……」

「気にしてないわ。それに、お弁当はいつでも一緒に食べれるしね」

「でも……」


 そうかもしれないけど……それでもやっぱり申し訳なく思ってしまう。


「なら……そうね。今日ごはん作りに行ってあげるから、沢山おいしいって言いながら食べてくれたら許すわ」

「え?」

「だって、お弁当のおいしいを聞き損ねるわけだから、その分を聞かないと割に合わないでしょう?」


 そう言いながら微笑む瑠璃川先輩。


 きっと俺がこれ以上自分を責めないように言ってくれているんだろう。そんな事をされたら……もっと好きになっちゃうじゃないか。


 改めて瑠璃川先輩の優しさを感じながら、俺は彼女の手を取って教室へとあるいていくのだった――




 ****




 速水と琴葉との騒動があった日から一週間が経ち、今日は終業式。そしてクリスマスイブでもある。


 ――そうだ。あの騒動があった後の事を話しておかないとな。


 速水と琴葉との騒動があった日の放課後、俺は担任の先生に呼び出されて何があったか聞かれた。


 とは言っても、先生は現場を見ていた他の生徒に色々聞いていたようで、俺には事実確認をするだけだった。


 その話の後に、俺はあまり気乗りはしなかったが、真実を聞く為に部活を辞めた連中の元に行った。


 辞めた部員達が言うには、速水の練習指示はかなり適当で部員達はかなり困っていたようだ。だが、いくら言ってもきかないし、一番速水に近い琴葉も部員達を蔑ろにしていたようだ。


 結果、部員達にイライラし始めた速水と琴葉は、練習中に部員や物に当たるようになったそうだ。そりゃ退部する奴が出てきてもおかしくないし、面倒になって俺に戻って来るように言うのも納得できなくもない。


 ちなみに速水だが、俺を殴った事で謹慎処分を言い渡された。


 その間に、部員の連中や騒動を見ていた連中、そして陰で速水を嫌っていた連中が中心となって速水の悪評を流しまくった影響で、速水の人気は地に落ち、学校から居場所が消えた。


 そのせいか、最近速水は学校に来ていない。不登校になって引きこもっているのか、それとも他に何かしているのか……。噂では、逃げる様に別の街に引っ越したとかいう話も聞いたが、正直どうでもいい。


「さて、先輩は……図書室にいるかな?」


 面倒な終業式とホームルームが終わり、ようやく冬休みだと浮かれるクラスメイトで溢れる教室の中、俺はぼんやりとそんな事を考えながら鞄の整理をしていると、中に一枚の紙きれが入っていた。


 その紙には、『お話があります。放課後、屋上であなたを待ってます』と書かれていた。


「なんだこれ……ひょっとして……告白の呼び出し?」


 今日はクリスマスイブだし、告白しようって思う人もいるだろう。


 でも……一体誰だろう? 俺は瑠璃川先輩と知り合うまで、女子との交流なんて琴葉くらいだ。しかも嫌われてたし。


 ……マジでわからん。けど、俺は瑠璃川先輩一筋だから、告白されてもその気持ちには応えられない……でも放置するのは相手にも失礼だな。


「まだ告白とは決まってないけど、もしそうなら丁寧にお断りしよう」


 そうと決まれば、瑠璃川先輩に急用が出来たから、それを済ませてから図書室に向かうって連絡を入れておかないとな。


「これでよしっと……」


 瑠璃川先輩に連絡を入れてから、俺は屋上へと向かっていく。


 手紙には名前は書いてなかったし、一体誰がこんな事をしたんだろう?


 そんな疑問を浮かべながら屋上の扉を開けると、そこには一人の女子が立っていた。


 そう――真波琴葉が。


「遅いんだけど」

「……お前だったのか、俺を呼び出したのは?」

「そう」


 かなり短く答えた琴葉は、俺に近寄ってきてからじっと見つめてくる。速水との一件があってから一切関わっていなかったというのに、何の用だというのだろうか。


 それにしても……くそっ、相手が琴葉だってわかってたら来なかったのに。名前書いておけよ……いや、書いてあったら絶対俺は来ないのがわかってて、わざと書かなかったのか?


「今更何の用だよ」

「単刀直入に言う。ウチと付き合って」

「……………………………………は?」


 え、一体何を言い出すのかと思ったら……付き合う? こいつは一体何を言い出しているんだ? 全く理解が追いつかない。


「お前には速水がいるだろ」

「あんな暴力男、もうどうでもいいよ。それよりも女の子を守るアンタの方がよっぽどカッコイイ。だから、一緒にもう一度部活をやろ? あんな綺麗だけど性格が悪そうな女より、ウチと一緒にいる方が絶対楽しいよ。ねえ……いいでしょ?」

「…………」 


 俺を誘惑するように、上目遣いで少し甘えたような声を出す琴葉。


 大方、速水に愛想が尽きて俺の元へ自然と戻りつつ、部活の面倒を見させようっていう魂胆だと思う。


 それにしても……こんな性格でも見た目は美少女な琴葉に告白なんてされたら、ドキッとしてしまう男子はいるかもしれないが、俺にはただウザいとしか思えなかった。


「話は分かった」

「じゃあ……!」

「琴葉は俺が好きなんだな?」

「もちろん! 小さい頃からずっと仲良しだったじゃん!」

「そうだな。仲良しだったな……でもお前は俺を裏切って、話しかけるなとまで言った」

「え、あれはその……あの暴力男がそう言えって!」


 ……速水なら本当にそう言えって指示しそうで怖い。けど、どうせ琴葉の作り話だろう。現にかなり挙動不審になっているし。


「だから俺も言ってやる。俺は瑠璃川先輩と過ごしていたら彼女が好きになった。だからもう話しかけてくるな。はっきり言ってお前は邪魔だ」

「え……」


 俺は高一の時に琴葉に拒絶された時と同じように言ってから、瑠璃川先輩がいるであろう図書室に向かおうとしたが、琴葉に背中から抱きつかれて止められてしまった。


 なにしてんだこいつ……ていうか、瑠璃川先輩が相手だったら、ほんの少し触れただけでもドキドキするのに、琴葉が相手だと抱きつかれても全く心が動かない。むしろウザいを通り越して気持ち悪さしかない。


「ぐすっ……なんでそんな酷い事言うの? 大切な幼馴染のウチがこんなにお願いしてるのに!」

「速水に負けて落ち込んでる所を、好きになったから話しかけるなってトドメを刺したのは、どこのどいつだ?」


 何が大切な幼馴染だ。琴葉の言っている事はあまりにも都合がよすぎて付き合いきれない。


 俺は琴葉を振り払うと、キッと睨みつけながら口を開いた。


「もう一度だけ言う……話しかけるな。お前は邪魔だ」


 それだけ言い残すと、俺は再度歩き出す。後ろから「馬鹿ッ! 人でなし!!」という琴葉の震えた声が聞こえるけど、俺の知った事ではない。


 さあ、早く図書室に行って瑠璃川先輩と合流しないと。そう思うと、自然と俺は一段飛ばしで階段を降り、小走りで教室に駆け込んで自分の鞄を乱暴に回収してから、今度はかなり全力で廊下を走って図書室に向かう。


 こんな姿を先生に見られたら、廊下を走るなって怒られるかもしれないけど……そんな事よりも、俺は一秒でも早く瑠璃川先輩の元に行きたかった。


「はぁ……はぁ……」


 息を荒くしながら図書室の扉を開けると、図書室の隅っこにある窓際の席――瑠璃川先輩がいつも座っている席に、彼女は今日も座って本を読んでいた。


「天野くん。って……汗だくだけど、大丈夫?」

「あ、あはは……大丈夫です……」

「そんな息が切れた状態で言われても説得力無いわ。ほらこっち向いて」


 瑠璃川先輩はポケットからハンカチを出すと、俺の汗を優しくふき取ってくれた。


 身勝手な琴葉を見た後だからか、彼女の優しさがいつもより暖かく感じる。


「ありがとうございます」

「何か用事って言っていたけど、もういいの?」

「ええ。琴葉に呼び出されたんですけど……さっさと終わらせてきました」


 素直に用事の事を伝えると、瑠璃川先輩は何故かジト目で俺の事を睨んできた。え、何か俺怒らせることをしたか……?


「私よりも、彼女を優先したの?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか! この紙が鞄に入っていて……琴葉だってわからなくて、無視するのは申し訳ないって思って、それで……」


 先程鞄に入っていた琴葉の手紙を実際に見せながら説明すると、瑠璃川先輩はジト目から一転、クスクスと楽しそうに笑っていた。


「冗談よ。天野くんって、可愛い反応してくれるからついからかいたくなっちゃうのよ」

「心臓に悪いから勘弁してください……って、そういえば今日は他に人がいないんですね?」

「今日から冬休みだし、クリスマスイブだからかしら。さっき今日の受付担当の先生がいたんだけど、買い物に行ってくるって出ていってしまったわ」


 言われてみれば、よっぽどの物好きじゃないとわざわざ図書室に残る奴はいないだろうし、瑠璃川先輩を見たくてここに通っていた連中も、冬休みとクリスマスイブの誘惑には勝てなかったという事だな。


 瑠璃川先輩も、俺が図書室で合流しようって言ったからここにいただけだろうし……いや、彼女だったら言わなくても時間ぎりぎりまでここで読書をしてそうだな。


 それにしても……クリスマスイブ、か。瑠璃川先輩と一緒に過ごしたいけど……何か予定はあるのだろうか?


「ね、ねえ。天野くんはイブの予定はあるの?」

「っ!? な、ないですよ! 先輩は?」

「な、無いわ」

「な、なら……俺の家でクリスマスパーティーしませんか?」


 モジモジしながら言う瑠璃川先輩の言葉に舞い上がってしまった俺は、突拍子もない事を提案してしまった。


 な、なに言ってんだ俺!? 確かに瑠璃川先輩は何回も俺の家にご飯を作りに来てくれているとはいえ、イブにわざわざ家に呼ぶか普通!? もっとこう、おしゃれな場所にデートに誘うとかするんじゃないか!?


「良いわね。チキンとケーキを買って、二人でパーティーしましょう」


 あ、あれ? 思った以上に喜んでくれてる……よかった、完全にやらかしたと思ったけど大丈夫だったみたいだ。


「ふふっ、高校生活最後のイブは今までで一番楽しいイブになりそうだわ」


 高校生活で最後……そうだよな、瑠璃川先輩は三年生。今年で卒業してしまう。もう一緒に過ごせるのはあと数か月しかない……そう思うと、俺の中に一つの気持ちが生まれた。


 ――卒業してしまう前に、この好きって気持ちを伝えたい。


 いや、ダメだ。いきなり好きなんて言われたら、絶対に瑠璃川先輩は困ってしまう。それに、もし断られて嫌われたら……残り数か月の間、瑠璃川先輩と一緒に過ごせなくなってしまう。


「天野くん? どうかしたの?」

「え?」

「何か言いたそうな顔をしてるわ」

「そ、そんな事ないですよ」


 まずい、顔に出てしまっていたか? 何とかうまく誤魔化さないと。


「嘘ね」

「嘘じゃないですよ」

「あら、知らないの? 天野くんって、嘘ついてる時とか誤魔化そうとしてる時、いつも左に視線を逸らすのよ?」

「え、本当ですか!?」


 そんな癖が俺にあったというのか!? くそ、これじゃ完全に俺が誤魔化そうとしてるのがバレバレじゃないか!


「嘘よ。そんな癖は天野くんに無いわ」

「…………」


 カマかけられた……完全にしてやられたぞ……。


「話したいことがあったら話して。大丈夫、何を言われてもあなたを嫌いになったりしないわ。だから……ね?」


 俺の言いたい事をわかっているのか、瑠璃川先輩は頬をほんのりと赤く染めながら、俺の事をジッと見つめてくる。


 本当に綺麗な人だ……そのうえ俺の事を考えてくれて……親しくしてくれて……ダメだ、もうこれ以上気持ちを抑えきれない。


 俺は瑠璃川先輩の手を取ると、真っ直ぐ目を見つめて口を開いた。


「……好き、です」

「…………」

「先輩と一緒にいると凄く嬉しくて、会話してるだけでも楽しくて、笑った顔を見るとドキドキして……先輩の笑顔を見ると凄く幸せになれるんです」

「…………」

「楽しそうに読書や料理をしてる所も、俺の事を考えてアドバイスしたり支えてくれる優しい所も、速水に反論したカッコいい所も……他にもたくさんありすぎて、言葉で言い表せないくらい……先輩が好きです!」


 もう自分で何を言っているかわからなくなっている。それくらい、俺の心臓は爆発しそうなくらい動いているし頭も真っ白。手足はガクガクだし、声も震える。


 ああもう、とんでもなく不格好な告白になっているのはわかる。でも、もうここまで来たら引けない。この気持ちを……瑠璃川先輩に伝えるんだ!!


「俺は……世界中の誰よりも、瑠璃川雅さんが大好きです!」

「本当に……?」

「本当です!!」

「……天野くん……」

「は、はい!!」


 瑠璃川先輩は、綺麗な顔を真っ赤に染めながら俺の名を呼ぶ。その綺麗な瞳は潤んでいて、今にも雫が溢れてしまいそうだった。


「私ね……一生懸命で、楽しそうに卓球をしてるあなたが好き。私の作ったご飯をおいしいって食べてくれるあなたが好き。ちょっと照れて困ってる可愛いあなたが好き。私を庇ってくれたカッコイイあなたが好き。自分の事よりも、私を第一に考えてくれる……優しいあなたが好き。世界中の誰よりも……天野蓮くんが大好きよ」

「せ、先輩……!」


 ポロポロと、宝石のように輝く涙を流す瑠璃川先輩が愛おしくて、俺は思わず彼女を力強く抱きしめてしまった。それに応えるように、俺の背中に腕を回してくれた。


 胸の中にすっぽり収まる瑠璃川先輩の温もりが俺にじんわりと広がっていく。こんな細い体を強く抱きしめたら壊れてしまうかもしれないのに、俺は彼女を抱きしめる腕の力を抜けなかった。


「先輩……俺を救ってくれて……好きになってくれてありがとうございます……!」

「私こそ……こんな可愛げのない女を好きになってくれてありがとう……」


 ダメだ、瑠璃川先輩への好きって気持ちがどんどんと湧いてきて抑えられない。


 俺は瑠璃川先輩を抱きしめる手を緩めると、彼女からほんの少しだけ離れて、じっと顔を見つめる。


「瑠璃川先輩……」

「……名前で呼んで」

「……雅さん」

「なに?」

「俺と付き合ってください」

「はい。不束者ですが……よろしくお願いします」


 俺は嬉しそうに頷く瑠璃川先輩……いや、雅さんにそっと顔を近づけて、彼女の唇を優しく奪った。


 ほんの数秒にも満たないキスを済ませて顔を離すと、雅さんはもう一度俺に力強く抱きついてきた。もちろん俺も雅さんを離さないように、強く抱きしめる。


「これからもずっと……ずっと一緒にいてね。大好きよ、蓮くん……」

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幼馴染とイケメンに部活を追い出された元マネージャーの俺、落ち込んでたら学校一の美少女に声をかけられてクラブチームに連れていかれた件 ~部活の運営が面倒だから戻って来い?今更俺に頼ってももう遅い~ ゆうき@呪われ令嬢第一巻発売中! @yuuki_0713

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