第20話 ヘイワの話⑤

「適正な評価をしていたつもりだったのですがまさかあれ程とは……、完全に見誤りました。私の落ち度です、申し訳ありません」と、最大にまでシートを倒している助手席のシュウに声を掛けるも、返事はない。

 シュウは、爆破の衝撃で背中を強く打ち一時的に意識が飛んではいたが、骨や内臓に届く負傷はなさそうで、それよりも、彼のメンタルが大損害を受けていた。お願いされた仕事を失敗させてしまった、と過剰に自責しており、マルタとの数十分間にも及ぶ立ち合いで相当疲していたこともあって、今は夢の中で盛大な反省会を行っているところである。私としては、マルタという若者は私が手を下すに値するかどうかの評価ができて、シュウには悪いと思うけれど、目的は果たされたと満足していた。

 マルタとの立ち合いの一部始終は、シュウに装備してもらっていたカメラとマイクを通じて確認した。その二つの機器はキララに用意してもらったものだが、それらから発信されたデータを高精度に再現できるとかいう目だけを覆うガスマスクのような装置もキララからの支給品で、一体何をどうすればこうなるのか理解の範疇はんちゅうを越えているものの、とにかくそれを被れば、まるで首から上だけシュウになったみたいな疑似体験が可能だった。文明の利器の不気味なほどに高い利便性には未だに慣れることはできないが、こんな機械音痴の昭和の人間にでも最低限の恩恵にあずかれるくらいの操作感への配慮が可能なステージにまで世の機械技術が進歩しているのだな、とあまり興味なくただただ感心する。

 そのマスクを介して見たマルタは、どこにも寄っていない、という印象だった。

 どこにも寄っていない。特定の武器の扱いだけを突き詰めているわけでもなく、決まった種類の格闘技で師事しているわけでもなく、重心は定めず身体は如何様にも動かせて、鋭い眼光は一つ処に集中させずに相手と自分と周囲の全てを等しく見ていた。相手にその在り様を決めさせるような自我の感じられない立ち振る舞いは、例えばこちらが好意をもって接すれば好意で返してくれるような、自然体と言ってはあまりに洗練された構えのない構え。心と身体のどこかで、微塵にでも何かに寄るような意思があった場合、あのようにはいかない。

 それでも今のマルタでは経験と体格と相性の条件によりシュウを打ち負かすことはできず、もしあの場にスピッツさえいなければ、今頃は後部座席にマルタを積んで来られていただろう。その私の見立てを上回って、マルタは逃走に成功した。あの状況から。そういったことから、やはり、と考えを固めていた。

 やはりマルタは、私が直接手を下す。

 彼にはそうしてあげるだけの価値がある。

 

 通例ならば、殺しの依頼が入ってからしばらくは、依頼人へ正式な請け負いの返答はしない。対象者の調査をキララに手配し、その人物が私の手にかかる権利を持っているか厳正な審査をしてから、殺しを引き受けるか否かの判断をする。この厳正な審査は私の理念を形作るのに不可欠なもので、短くとも二週間は費やしていた。だが、マルタの場合はその手順を省略した。省略せざるを得なかった。極めて異例のことである。カフェでカミナガとスピッツとの会話を盗み聞いて、マルタが危険だと判断したからだ。とても審査にかかる期間などは待てない。だからシュウをクチナシ村から呼び寄せマルタに送り込み、臨時の試験をした。

 事を急ぐのにはもう一つ訳がある。シュウのカメラとマイクを通じ相対してみた感触で、マルタは、いずれ私ですら制止できなくなるほどの殺し屋になり得ると確信した。

 その前に処理をしなくては。強すぎる花は他を枯らすのだ。強くならなくても良い世界へ掬い出してあげなければならない。

 マルタは純粋で、もろく、悲しいくらいに自らに一途いちずだった。

 若者は、この世界で生きてはいけない人種だった。


「しかし……、どこに消えたのでしょうか」と、瓦礫がれきからのシュウの救出時を振り返る。

 私は少し離れた場所でシュウからの信号を受けていた。その信号が突然途切れたので、急いで現場に駆け付けた。マルタの家まで車でたったの五分二十二秒。軽い破片がまだ宙に浮いていて所々火の手も上がり、細かくぜる音と何かがショートする音が聞こえる半分以上は骨組みが露出していたマルタの家は、正に惨事さんじだった。目の当たりにする惨事と現場に残る酸味を帯びた火薬の残り香から、相当の量の火薬を用いた爆破があったと分かったが、それだけの爆破で無傷とは思えないマルタとスピッツは、私が到着するまでの数分間で姿を消していた。

 シュウを瓦礫から救出することに精一杯で周辺をくまなく捜索する余裕はなかったけれど、死体はなかった。可能性としては低いと言わざるを得ずとも、マルタはまだ生きている、と不思議と確信しているのは、信号が途切れる寸前までマルタは自暴自棄にはとても見えない、生きるための選択をしている目だったからかと思われる。


 絶対に見つけ出す。

 最後に見せたマルタの目には、私にそう誓わせるだけの、危険な輝きが見えた。

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