第5話 コオロギの話④

「はじめまして、東区に越してきたホソイと言います」と挨拶はしたが、実際には初めてではない。こうして面と向かって会ったことは今まで一度もなかったので、そういう観点から評価すれば初めましてでも誤りではないわけだが。それに比べてクロカワの「はじめまして。噂は聞いてるよコオロギ君」は、正真正銘に、初めましてだと思われる。

「噂? 僕の下の名前を知ってるってことは、噂の出所は村長かユウさん、あ……ユウサクさん、のどちらかですね? どういう噂かを聞いて傷付く可能性は二分の一かぁ」

「はは、お勧めしない、という返答だけでもダメージになるかな?」

「ご了承下さい」

「かしこまりました」

 会話は始めてすぐに感じたのは、なかなかどうして、クロカワは話せる人間だな、という好評価。外見も評価に加点されている。

 よく日に焼けた肌と白髪交じりの髪とあご髭が、がっしりとした体形にマッチしていて、野蛮さは微塵もない健康的な野性味もあり、山で暮らすにはもったいないくらいに海と波が似合いそうな風貌だ。彫りの深い顔面でありながら親しみ易さを演出する笑いしわから、年齢は僕より一回り以上も上に思われた。僕とユウサクの中間くらいだろう。

「早速本題ですが、ユウサクさんが行方不明になった、という噂は聞いてますか?」

「……いや全く。行方不明? いつから?」

「あれ、おかしいな。村長からクロカワさんに聞くようにって言われたんですが……」

「村長に? なんだろう。ユウサクさんとはそれほど交流もないし、どういう意味かな」

「あぁ、すみません。正しくは、クロカワさんが人探しに適任だ、って言われたんです。……答えたくなければ無視してくれて良いんですが、以前刑事とか興信所とかで勤めていたみたいな、クロカワさんの技能から適任だと村長は判断したものと解釈していたんですけど。違いますか? えっと、これは、説明の強要ではなく単なる疑問詞です」

「ははは、コオロギ君は真面目だね。そうだな、ここはあえて、元コンサル、ってバラしちゃおうかな」

「ほう。……どうりで」

「どうりで? 胡散臭そう、って続く?」

「とんでもない。話しやすいなって」

「へえ……、コンサルって言うとみんな話し上手って褒めるけど、君は違うんだ」

「え? そう言ったんですが」

「話し上手と聞き上手は根っこは一緒だけど必要とする資質は全く違うよ。……そんなことよりさ、ユウサクさんについて話を聞こうかな。それが用件じゃ?」

 はい、と頷いてからの三分間程度は、ユウサクが消えたと思われる当日から今日までの経緯説明に終始した。ユウサク宅の状況、捜索済みの場所、捜索の応援を要請した際の村民たちの消極的な態度に、村長との会話などだ。クロカワは僕が口を閉じるまで聞きにてっし、その後まとめて、説明の穴埋めや僕の主観の客観化などを手際よく過不足なく行った。さすがと言うべきか、聞き上手とはこのことだな、と合点がいった。どの分野の相談役かは分からないけれど、きっとクロカワは顧客に信頼されるやり手のコンサルタントだったに違いない。

「ユウサクさんを見付けることがミッションなら、まずは考えるべきテーマは一つだね」と、クロカワはあご髭を指でさすった。

「一つ? ……シュウさんが最後に言った、意味深な台詞の真意、とか?」

「うん、確かにシュウ君の台詞は気にはなるね。でもユウサクさんの行方に直接関係があるとは思えないし、今は最優先じゃないかな。それより、ユウサクさんはどうして行方が分からなくなったのか、ってこと」

「だからこうして色々な人に聞いて回ってるんですけど……」

「そうだね。コオロギ君はユウサクさんがどこにいるのか一生懸命探してるんだと思う。でももし俺が人探しをするんなら、自分から姿を消したのか、不慮の事故で消えざるを得なかったのか、はたまた誰かに消されたのか、ってことを最初に確かめるかな」

「ん?」

「まずは足じゃなくて頭で探すってこと」

 クロカワにそう指摘を受けるまで自分が全然頭を働かせていなかったことに気付いていなかったが、それを教えるクロカワの口調にさとすような響きがなくて、自分の無能を恥じるよりも彼への感心の方が強く、すとんと納得することができた。

「そういえば、これって取引ですか?」

「ん? どうした急に」

「いやあの、こうやって相談に乗ってもらって、何か対価が必要なのかなって思ったんです。コンサル料、みたいな」

「いやいや、この村でコンサルタント会社を設立しても需要なんてないって。俺はね、環境整備組合に所属してるんだ。この時期だったら山とか区画の草刈りがメインの仕事だね。だからこれは取引なんかじゃない。それに村長からのご指名だし。ご安心を」

「そうですか」と相槌を打ちながら、引っ越した当初にタイラから受けたクチナシ村での職業支援制度の説明を思い出していた。

 この村では主に三つの組合があり、クロカワが今言った環境整備組合もその一つ。他には、農業組合とクチナシ村管理組合がそれだ。でも、最後の管理組合は村役場と同義で、就業したくて就けるものではないらしい。村長の指名制か特別な試験があるのか、きっとそんなところだろう。通貨がないこの村では職業の種類が日本全国と比較して限りなく限定的で、例えば今クロカワが言ったように、コンサルタント業では客は来ない。自身の特技が活かせる職種が見付からず、でもそれなりにうるおった生活を希望する、という村民は、組合に所属して仕事を紹介してもらえる。「組合に入っておけば何かと便利だよ」とクロカワは勧めてくれた。ただ、これに関しては茶を濁すような返事しかできない。実質二つの選択肢である組合は、そのどちらも力仕事なので、体力のない僕には縁遠き話である。

 それから雑談混じりに話をしていたら、願ってもないことだったが、これからクロカワも同行してユウサク宅へ行く、ということになった。ユウサクの行方不明に関するヒントを探す協力をしてくれるそうだ。取引条件として、一度手前の僕の家で昼食をとることに決まり、早速クロカワ宅を出発した。


 来た道を戻るものと思ったが、南区の奥、下り坂をさらに下る方向へクロカワは進んでいく。どうやら東区と直通の近道があるとのことで、集会所へのあの山道をまた戻るのかと憂鬱になっていたところだったから、これには心から嬉しい気持ちになった。区画間同士の交流の乏しさから全く拓かれていない獣道と言える細い林道は、一歩歩く度に梅雨の湿り気で威勢の良い山ヒルが一匹ずつ足にくっ付いてくるけれど、それでも高低差を越える運動に比べれば何の苦にもならない。

 クロカワと縦一列の布陣で東区へ向かいながら、道中はこの村と村民について色々と聞かせてもらった。こういった困り事は誰に相談、もしくは取引を持ち掛けると良いとか、どこを通ると水辺まで近い、などのような話で、東区にはあっという間に辿り着いた。

 昼食は、あった野菜を適当に放り込んだ粥と、キノコの塩漬け、何かの魚を焼いたもの、漬物。魚と漬物は集会所でもらった定期配給品で、野菜各種とキノコと米は、労働の対価としてもらった物だ。それが二人分だったので多少手痛い出費だったが、もともと少食なので、この後の二食分を少し切り詰めれば問題はないだろう。クロカワはキノコの塩漬けをいたく気に入ってくれたので調理法を教えてあげた。ゆでたキノコを瓶に入れて塩をふっただけの工程を調理と言うかどうかは、普段どの程度食事に手間をかけているかによる。食事の後に白湯を飲んで一息ついてから、一時間ほど昼寝をした。一時間、というのは日の高さから目算したものだ。

 いびきをかくクロカワを起こし、ユウサク宅へ向かった。


 ユウサク宅に足を踏み入れたクロカワの開口一番は、「ユウサクさんは誰かに消されたんだきっと!」というものだった。

「もし散らかり具合から物取りを連想したのでしたらそれは間違いでして……。これ、ユウサクさんの家の標準仕様なんです」

「おぉ何と言うか……、手ごわい」

「あ、僕は一応靴を脱いでから上がってますよ」と、一応、の部分を強調する。

 あそう、と言ったきりクロカワはしばらく物を言わずに土間で棒立ちになった。きっとスリッパという便利グッズに思いをせているに違いない。僕が主要な窓を開け終わる頃、何かを決意するような意気込みを感じる「さて!」という声が聞こえた。

 結果から言うと、ユウサクの行方不明に関するヒントは、見付かった。

 僕を呼ぶ声に応じると、ユウサクの寝室で、銀色の箱を抱えるクロカワがいた。箱は、元は米菓が詰め込まれていたであろうスチール製の缶で、蓋はクロカワの足元にあった。促されるままに箱の中を見ると、何枚かの変色した便箋が、つづりと鉛筆と一緒になって収められていた。文字が書かれた便箋を読んでみると、ユウサク宛てのものではないことが分かる。ユウサクが、誰かに宛てたものだった。全ての紙の書き出しと思われる箇所に共通して記載がある人物名は、その内容から推測するに、おそらくユウサクの娘だと思われる。

 内容は他愛もないもので、自分の近況報告だったり相手を気遣う文章だったりで、末尾には決まって「会いたい」と書かれていた。箱の中には封筒と切手がない。一度送ったけれど返送されてきた、というわけではなく、投函すらされていない、描くだけ書いてそのまま箱に封印したような、何となくユウサクの弱い部分を感じる想像ができてしまう。

「これは?」

「おそらくだけど、ユウサクさんは、この人に会いに村を出ていったんじゃないかな。それか、手紙を出しに村を出たか。ここ見て」と言ってクロカワは手紙の最後に書かれた日付を指す。

 どの手紙も五月の下旬の日付だった。何年、という表記から、一年に一度、決まって五月下旬にユウサクは手紙を書いていることが分かった。そしてクロカワが言いたいことも分かった。今年の分がない、ということ。「手紙を出しに村を出た……」と、数秒前にクロカワが言った台詞を口にする。状況から、それ以外に考えられないように感じる。

 顎を上げると、クロカワが苦い顔をしていた。もしかしたら僕と同じことを考えているのかもしれない。

 村の外に出てはならない。村に係わる一切の情報開示をしてはならない。

 ユウサクは自ら法を犯し姿を消した、という可能性を否定できる考えは浮かばなかった。「第五条と第六条をお忘れなく……か」タイラがあの時に言った台詞を思い出していた。それと同時に、僕の身勝手な感想であることは重々承知しているけれど、ユウサクに裏切られた、という気持ちになっていた。何故そのように感じるのか。それはきっと、裏切られたという気持ちと同じくらい、彼の存在を僕自身の中に許していたからだと思う。

 手紙を元あった場所に戻し、僕とクロカワは、黙ってユウサク宅を後にした。


 人見知りの僕がある程度落ち着いて他人と会話ができるようになったのは、感性の鈍化が奏功そうこうしたからかと思われる。あとは少し前までお世話になっていた職場のおかげでもあった。多くの人間と向き合う機会を与えてくれて、それがいわゆる感性の鈍化の促進に貢献こうけんしていた。それでもやっぱり他人は怖い。油断をしているとすぐに自分に不利益を与えてくる。物理的な攻撃なら避ければ済むだけだけれど、僕の心をざらりと削るような不利益、例えば、裏切り、などの免疫の構築はなかなかはかどっていなかった。

 ほんの少しの付き合いだけだったが、乱暴で下劣げれつでデブでハゲで破滅的な悪臭を足から常時放出している人間兵器だとしても僕を裏切るようなことはしない人間だと不思議と安心させてくれる人柄だった。ので、油断した。まさか急にいなくなるとは。

 ユウサクは、何だかんだ言って楽しそうに僕と対話をしてくれていたのに、心では、娘さんに会いたいととても強く願っていた。それを微塵も表に出さず、相談とまではいかないまでも、話の節々にせめて娘さんの存在を匂わすような言動を漏らすくらいしてくれても良かったのに、本当は少しも僕に心を開いてくれていなかったのだ。そういう思考を経由して、ユウサクが自分の意思でクチナシ村の第五、六条に反してまで村を出たことを、裏切り、と認識してしまい、しばらくの間、心が削られていた。

 クチナシ村は、確かに贅沢をするには適した環境ではない。何をもって贅沢か、ということはさておき、電気が通っていないだけで、電話もテレビも照明もパソコンも冷蔵庫も使えない。だからここで生まれ育った純粋な村民以外は、多かれ少なかれ、過去の利便性をうらやむことはある。それでも尚ここでの生活に甘んじるのは、僕をはじめとして、後天的にここに移り住む全ての村民に、その理由があった。不便さよりも強いそれらの理由とは、当然だが後ろ暗いものが多く、だからこそ第一条の個人情報保護法が定められていると理解している。ユウサクの場合は、不便さに加えて娘さんに会いたいという気持ちもあり、元々はそれらを上回る何かしらの理由があってこの村で過ごしていたのだろう。しかし時間が経つにつれ、ユウサクの娘さんを想う気持ちが理由とやらと同列になるまで大きく育っていき、ユウサク宅の箱に収められていた出されることのなかった手紙の枚数が最低でもこの村で暮らした年数だとすると、三年間以上も、村から出たいけど出られない葛藤かっとうと戦っていたことになる。その理由が何なのかは想像もできないし、いくら考えても答え合わせは二度とできないのだ。

 クロカワとはあの一件以来、会えばそれなりに話をするような間柄になった。一度集会所で定期配給を受け取っていた時には、環境整備組合の打ち合わせに同席させてもらい、十名にも満たない組員だったけれど、僕をみんなに紹介してくれた。東区にも組員がいて、ユウサク捜索の応援を最初にお願いしたマキも一員だったことが分かった。互いに少しだけ気恥ずかしい表情をしたが、それがどこに由来する気恥ずかしさかは分からない。

 クロカワ以外のみんなからも組員に誘われたが、それは「検討させて下さい」という魔法の言葉で乗り切った。前にも少しだけ聞いていたが、草刈りや土砂崩れの整備などが主な活動ということで、僕には不向きという情報が更新されることはなかった。

 ユウサクのことは気持ちを切り替えるようクロカワに肩を叩かれた。見て分かるくらい残念そうにしていたのか、それとも以前までの職業柄、僕の内面を敏感に汲み取ってしまったのか。どちらにしても、ユウサクのことがあったので、おいそれと他人を信用しないように気を付けている。気を付けるということは、気を付けなくてはならないくらいにはクロカワを信用してしまいそうになっている、と言い換えることもでき、多少混乱しながらも平坦な日々を過ごしていた。


 とある日、イズミが自宅に訪ねてきた。「わあ、素敵」と言いながら、陳列棚に並べてある日時計のコーナーを眺めている。東区と南区を直結する近道をクロカワに連れられて歩いた際に、両区画を分断する川に架けられた脆弱ぜいじゃくな橋を渡った。先日その橋を増強したのだが、日時計はその際に出た木端材を使って工作したものだ。本当は椅子やテーブルも作りたかったけれど、既に村に家具職人がいるということで、余った木材を取引材料にして商品の陳列棚を作ってもらった。シンプルな構造ながら、細かい箇所に職人芸を感じる出来である。それ以来、陳列棚を埋めることが楽しくなってしまい、手製の小物を作っては並べ、雑貨店みたいな現状になった。村役場にはまだ届け出を出していないため、宣伝活動はゼロ。イズミの来訪は、別件があるようだった。

「前のこと、すみませんでした」本題がなかなか来ないので、こちらから話しかけた。

「前のこと? ……って、シュウと何かもめてた日のこと? 時効時効、大昔のことじゃん。もともと私は何とも思ってないしね。でも何で険悪な感じになっちゃったんだっけ?」

「いや、……僕も忘れました」

「ホソイ君って自分のこと僕って言うんだ。可愛いね」イズミはからからと笑った。馬鹿にされている、に二千ポイントをベットする。これまでの経験上、害した気分をあらわにすることで人間関係が良くなるなんてことはなかったので、我慢をしつつ、「ご用件は?」と尋ねた。

「あはは、ごめんごめん、ちょっと怒らないでよぅ」と言われ、先程の我慢が失敗していたことを知る。

「今日は一人なんですか?」

「そうなの。どうする? お誘いできる絶好のチャンスだと思うよ」

「……いつも一緒にいる女の人は今日は別行動何ですか?」

「なに? ホソイ君もおばさん趣味なわけ?」

 何か勘違いをしているようだったので、慌てて僕の質問の真意を説明しようとしたけれど、畳み掛けるように、イズミはとても品があるとは言えない類の台詞を乱発しはじめた。「お呼びがかかった時のあの勝ち誇ったような目!」と、一つ大きく放ったかと思うと、「なんで男ってあんな分かり易い整形にも気付かないんだよ」とか「大きすぎて垂れてきてんじゃん」とか、「裏表がエグい」「髪ぱっさぱさ」「足の親指、巻き爪」「おなら臭い」などを思い付くままに言葉にし、次第に、バイタ、カス、クズ、などの、小学生までしか許されない語彙ごいの少ない喧嘩みたいな様相をていしてくる。罵詈ばり雑言ぞうごんの対象者をはっきりと名前で指定はしていないが、きっかけとなった僕の台詞との文脈から容易にサナエのことだと察しがつき、イズミの言葉を借りるならば、イズミの裏表のエグさに恐怖すら覚えた。我を忘れたようなイズミに「ちょっと落ち着いて下さい」と声を掛ける。決死の覚悟で、彼女の両肩を抑えたりもした。

「ね、ホソイ君はサナエさんと私、どっちがタイプ?」と、それまでの表情が一転してにこやかになり、テレビで毎年特番が組まれる夏の風物詩を観るよりも効果的に背筋が冷えた。タイラとは全く質の異なる圧に、「イズミさんです」と口が屈服させられる。

 僕の服従に気分を少し良くしてくれたみたいで、それからはきちんと互いの目を見て会話ができた。どうやらイズミとサナエは喧嘩をしたようだ。エグい裏表を学習した直後だったので彼女の一方的な言い分を鵜呑みにすることはしないが、要は、サナエの順調な仕事ぶりをイズミは面白く思っていないため、どうにかサナエを悪く言って精神を安定させたく、相手に心無い言葉をぶつけてそのまま家を飛び出してきた、というものだった。もっと要約すれば、喧嘩したから家出した、である。どうやらイズミとサナエは同じ建物で暮らしていたようだ。越して来た時点でそう割り当てられたのか、きちんとそれぞれの家があるけど同棲の合理性を優先していたのかは不明だ。そういった細かいことを質問すると舌打ちされそうで怖かった。

「お二人の仕事って農業じゃなかったんですか?」

「それはそう。でもそれはついでみたいなもんね。エクササイズ感覚」

「はあ。……ではもう一つのお仕事って何してるんですか?」

娼婦しょうふ

「へえ、ショーフですか」

「そ。この村には欠かせない大切な仕事ね。そう思うでしょ?」

 ショーフがどういった仕事か分からなかったけれど、そうですね、と同意した。何にしても、折角いだ彼女の心を再び荒立てないように気遣うことが、今の僕に課せられた使命だ。

「ホソイ君もどう? このお洒落なオブジェとの取引ってことでも良いし」

 オブジェじゃなくて日時計っていう時計のご先祖様ですよ。という返事と迷ったけれど、「どうもです。じゃあ今度お願いしますね」と、話を合わせておけば物事は円滑に進み易いという無難な返事を採択さいたくした。その選択肢が正解だったようで、一層気を良くしてくれたイズミは、今日の集会所で行われた定期アンケートのことや他の村民の悪口など、とりとめもない話をし、特に何かを注文をすることもなく帰っていった。初めてクロカワ宅に行った際に途中で僕を呼び止めた老婆もそうだったが、クチナシ村の女性は、会話自体に娯楽性を見出しているようだ。

 そう言えば、あの老婆と久しく会っていないな、と思い出す。話し好きの性質がショーフ業に必要なのだとすると、あの老婆もショーフが適任だったりするのかもしれない。

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